ライプツィヒの夏(別題:怠け者の美学)

映画、旅、その他について語らせていただきます。
タイトルの由来は、ライプツィヒが私の1番好きな街だからです。

東京でやっていた展覧会を関西で観る馬鹿

2018-07-31 00:00:00 | 展覧会

福岡の記事と同じようなものですが、関西でこれは2泊3日で所要を済ませたので、ちょっと簡単に記事にします。今回は、行きは新幹線、帰りは高速バスという交通手段です。「展覧会」のカテゴリーっもやや無理なのですが、こじつけで。日曜日は仕事が入ったので、終業後新幹線に乗りました。

吹田市のホテルです。安い実用的なホテルですが、私がチェックインした際に、外国人数人のグループ(1人は少なくとも日本在住の人だった模様)が予約していませんでしたがフロントで交渉していました。翌日朝食をいただいた際には、やはり中国人の観光客が大勢です。

このテレビでワールドカップ決勝を観ました。

用事があったので、神戸の元町へ。用事は、空振りでした。中華街の門です。今回は、寄ることができませんでした。

それで展覧会を見ることとし、兵庫県立美術館へ行きました。ここは、はるか昔にゴッホ展を見たことがあります。私が行ったのはこちらですかね。もう16年も前です。

ところで私は、サヴィニャックは好きなので、これは行ってみようかなと思いました。すでに関東近辺では終了しているようですので、遠征も仕方ありません。こちらの本は面白いので、興味のある方は是非どうぞ。

レイモン・サヴィニャック自伝

 しかしサヴィニャックの展覧会は今日は当然やっていません。私が行ったのはこちら。 

芸術の館 兵庫県立美術館 神戸 プラド美術館展 ベラスケスと絵画の栄光 ...

ベラスケスとかプラドなんてのは、正直あんまり強くないのですが、これ都内でやっていた時見損なったので、今回は絶対見ようと思いました。しかし都内でやっていた展覧会を、関西で完勝するというのも、我ながら抜けています。

チケットです。元町のチケットショップでディスカウントで購入しました。

まあでも、絵を美術館で鑑賞している時間というのは至福のひとときですね。映画を観る、コンサートで音楽に身と精神をゆだねる、スポーツ観戦をする、どれも、これがあるから人生やっていけるんだと思わせる時間です。それを総合的につかさどるのが「旅行」というものなのかもしれません。

ではいくつか絵を。絵の出典は、この展覧会のFBより。

 

ベラスケスの絵を2枚。「東方三博士の礼拝」と「フェリペ4世」です。ベラスケスの絵というのも、ミシェル・フーコーあたりがいろんな解釈をしていて勉強すればいろいろな発見があるかもです。

解説によると、イエス・キリストを見ているのは、作者自身とのこと。

美樹館を出ます。

阪神電鉄の駅に向かいます。美術館前の学校に何かがかかっています。

そういうことでしたか。こちらの学校のようですね。

美術館の外観です。この日もひどい酷暑で、体力を消耗しました。

阪神電鉄の駅の近くの食堂で昼食です。肉丼です。たれを選べるので、辛目のものにしたら「辛いですが」といわれたので、大丈夫ですと答えて食べたら、確かに辛くて食べるのが大変でした。もちろん完食しましたが。

店の前の看板です。私が食べたのは、「大劇場丼」というやつ。ご飯の量は、普通にしておきました。

この店です。

JR鶴橋駅のホームでエッグタルトを買って食べます。マカオに行ってもこの数回食べそこなっている私。

 

大阪の定宿に落ち着きます。しかしこれからは、もう少し安い宿泊施設に泊まるようにしないとな。実は今年の春、西成の各安宿に泊まったのです。その話はまた書きます。

4月にも行ったフーターズの大阪店へ行きます。これは「ブルックリン ラガー」。始めて飲む銘柄でしたが、かなりおいしく感じました。

カクテルもいただきます。私の相手をしてくれるスタッフの名前が書かれています。

私の担当の方の写真を撮らせていただきます。4月の時と同じ女性でした。なお、カウンターに常連さんらしい人がいて、彼と話をしている時は関西弁でした。私には共通語でした。

それで進歩なく、次にミナミの「自由軒」に行きます。このお客たちは外国人だった模様。

こちらの家族連れ(?)もご同様。

チキンカツとライスです。今日はおとなしくホテルに戻ります。

次に大阪に来るときも、やっぱりこの店に足を運ぶのだろうなと自分の進歩のなさに苦笑します。

翌日バスで都内に戻ります。長距離バスは安くていいですが、しかし肥満体の私にはきついのも事実です。展覧会より食べたもののご紹介のほうが中心の記事になってしまいました。

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あまりに初歩的なところから粗雑すぎる

2018-07-30 00:00:00 | あまりに初歩的なところから粗雑すぎる

昨日(7月29日)ネットを見ていて、とある記事にあまりに粗雑な誤記を見つけたもので。

>【バーチャルデート】夜は看護師、昼はモデルの癒し系 ~熱狂ガール 藤田彩さん
7/29(日) 18:30配信 GOETHE

看護師の藤田彩さん(@ayastagram.chu)。身長163cmに、小さな童顔。学生のようにも、ものすごくお姉さんにも見える不思議な女性だ。カメラを向けると別人のようにくるくると変わる表情に、いつしか引き込まれてしまう。 昼は看護師、夜はモデルとして働く彩さんの魅力をとらえようと、何度もカメラのシャッターを切った。

【バーチャルデート】夜は看護師、昼はモデルの癒し系 ~熱狂ガール 藤田彩さん
「わたし、注射は失敗しないですよ?」
大好きな家族と離れて、看護師になった
夜勤専門の看護師として働いている。暗くなってから出勤し、朝日が昇ってから帰宅得意なのは、採血だ。

(後略)

 >昼は看護師、夜はモデルとして働く

太字化は私です。なお、これは誤りが訂正されるかもですから、私がうそをついているのでない証明として、スクリーンショットを掲載しておきました。

どんだけ粗雑なんだよ!!!

最初私、タイトルはろくに読まないで記事を読んだので、へえ、夜にモデルの仕事するんだ、変わっているなと思ったんですが、これ記事の力点の部分じゃないですか。こういうことに、ここまで粗雑ではどうしようもないですね。

以前、自分の本を出版してくれている会社の名前を自分のサイトで誤記している人物がいましたが、あれは個人サイトですからまだいいですが、これYahoo!ニュースなんていう膨大な人間が読むサイトの記事じゃないですか。もう少ししっかりと対応してほしいものです。

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1泊2日で、福岡に(とある用事で)行った

2018-07-29 00:00:00 | 旅(国内)

ちょっと用事があり、6月末から7月初めに1泊2日で福岡に行ってきました。といっても夕方初夜到着のLCCで福岡に到着し、夕方の便で東京に戻ったので、実質24時間にも満たない福岡滞在です。

成田空港です。

 

ジェットスターに乗ります。ジェットスターは初めてです。今回は、事前チェックインをしてスマートフォン(iPhone)のウォレットでの画像をセキュリティに示して制限エリア内に入れました。これは手軽です。読者の皆様もぜひどうぞ。

第3ターミナルの乗り場です。

ゲートでくれたボーディングパスです。

福岡に到着し、博多駅の近くにある某ラーメン店でラーメンをいただきます。この店は、ずいぶん昔に来たことがあります。

電車に乗って、本日の宿がある北九州市黒崎に向かいます。ここも前に行ったことがあります。

その時食べた24時間営業の食堂へ行きます。

焼飯(と、九州では表記することが多い)と鶏のから揚げです。そのあと近くのホテルに泊まります。ここも、前に泊まったのと同じホテルです。写真はありませんが、外国人客がとても多かったので、やはり日本のホテルは外国人客なしの経営は考えられないなと痛感しました。

用事を済ませ(すみません、ちょっと具体的な話は書けないので)、JR博多駅の駅ビルのレストラン街のもつ鍋の店でもつ鍋をいただきます。

蒸しテール

から揚げ

〆のちゃんぽんです。この店も、前に行っています。うーん、進歩のない私。

空港に戻ります。

またLCCのピーチに乗って帰京します。

暑すぎてとても快適な旅行(用事ですが)ではありませんでしたが、こういうことができるのも安く移動できるLCCのおかげです。LCCはやめられません。読者の皆様におかれましても、ぜひLCCを活用していただければと思います。なおこの記事は、iPhoneの写真を中心に、一部コンデジの写真も使用するという形式です。iPhoneでもきれいな写真が撮れるなとあらためて思いました。

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シェムリアップ、バンコク、成都紀行(2017年12月~2018年1月)(5)

2018-07-28 00:00:00 | 旅(中国本土ー広州・深圳以外)

さて、成都といえば四川省、四川省といえばパンダです。別にパンダを好きなわけではありませんが、やはりせっかくだから、本場の成都でパンダを見学することとします。これは地下鉄の車内にあったもの。

成都でパンダを見ることのできる施設は複数ありますが、今回は動物園に行きます。

やはりうっているおもちゃもパンダ関係が多い。

入場します。

まず最初にパンダを見ることにします。

やはりパンダは人気があり、やたら人がいます。そういった人ごみの中でも、女性で腕を組んでいる人を撮影する私。

この中にパンダがいるわけです。

かいくぐってみてみると、あ、パンダがいました。

パンダか出てくると、「おお!」と歓声が上がります。

パンダは、いかにも人のよさそうな、パンダのよさそうな顔をしていますが、実はけっこう気性は荒い動物です。

で、私がパンダを生で見たのは、はるか昔上野動物園で見て以来ですから、たぶん成人してからは初めてですが、しかしそんな私でもやはりパンダを見ると夢中になってしまいます。うーん、パンダの魅力おそるべしです。

で、意外だったのは、パンダに見慣れているはずの成都の動物園の人たちも、パンダに大喜びしているということです。もちろん好きだからここにいるわけですが、やはりパンダの人気は侮れません。

最近では知っている人が多いでしょうが、パンダのしっぽは白です。昔はこのあたりよくわかっていなかったので、パンダのぬいぐるみや人形は、黒いしっぽにしているものもあった模様。

 

 

すみません、今日はパンダの写真のみです。

(つづく)

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シェムリアップ、バンコク、成都紀行(2017年12月~2018年1月)(4)

2018-07-27 00:00:00 | 旅(中国本土ー広州・深圳以外)

昨日の続き。さらに中をほっつき歩きます。

中国の女性も、彼女らのようなレベルの高い女性が多いと思います。成都もどんどん発展しています。

で、こんな話はまったく旅行とは関係ないのですが、ここにいながら私は、iPhoneでいろんなサイトを観ていまして、毒親(娘の母親)の記事を読んでいて、思いっきり気分を害してしまいました。こんなところに来ていてそんなもの閲覧しなくていいだろと思いますが、まったくスマートフォン中毒(依存症)とかいうのも困ったものだと自分で自分に腹が立ちます。

いろんな像があります。

中国も少子化がひどいようです。儒教文化圏は、だいたい少子化が極端です。

外に出ます。

女の子同士仲が良くていいことです。

男女カップルもご同様。

上の2枚とも、私が気に入っている写真です。

容赦なく写真を撮る私。

犬も神妙な(?)様子です。

配電盤がむき出しというのも「おいおい」です。

ほんと、中国人は赤い色が好きです。

(つづく)

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シェムリアップ、バンコク、成都紀行(2017年12月~2018年1月)(3)

2018-07-26 00:00:00 | 旅(中国本土ー広州・深圳以外)

こういう光景は心を和ませます。

やはり女の子同士腕を組んでいます。

右の女の子は私の好みです。

カバンも赤かったりします。

このような鳥が枝にとまっているのに気づきました。

こんな風に飛び立つわけです。なかなかきれいです。

女の子の服も赤い。

鷺系の鳥ですかね。

白い服の女の子は、なかなかいいと思います。

それではあらためて中に入ろうと思います。さきほどの池は、隣接している場所であり、有料エリアではありません。

チケットを買います。

中に入ります。

 

大きな石碑があります。

『三国志』に出てくる大物たちの像ですかね。

動物の像があります。

さらに観光します。

(つづく)

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今井正監督の『小林多喜二』がソフト化されたことを知り、さっそく購入した

2018-07-25 00:00:00 | 映画

先日、映画監督の今井正監督のことをちょっと調べていまして、そういえば今井監督の『小林多喜二』って映画も、たしかソフト化されていたなかったよなあと考えてちょっと調べましたら驚きました。あーら、今月(2018年7月)ソフト化されているじゃないですか。

このブログで、

なぜかDVD(あるいはBD)化されない映画

というのを1回だけやっていて、(2)以降をしていないんですが(『誘拐報道』もその後DVD化されました)、『小林多喜二』は、VHSビデオすら発売されていなかったので、鑑賞もなかなか難しいものがありました。私もよく知りませんが、たぶん共産党系のサークルとか、多喜二関連のイベントか何か以外で鑑賞するのはかなり難しかったんじゃないんですかね。そしてあまりプリントの状態もよくなかったらしい(たぶんデジタル上映できるものではなかったでしょう)。

ソフト化がされなかった事情としては、この映画の著作権者が「多喜二プロ」というもので、これについて未確認ですが、たぶんこの映画を製作するために設立されたものだと考えます。これが大きな障害だったのでしょう。ネットで検索した限りでは、現状について確認できませんでした。これについては後日誤りであることを確認すれば訂正します。

いわゆる独立プロの製作した映画というのは、この映画に限らずソフト化がされていないパターンがありますね。権利関係が複雑だったり契約書にそのあたりが書かれていなかったり(映像ソフトが市販される時代より前でしたら当然です)します。昨今の映画はソフト化はだいたい前提とされているかと思いきや、無名映画はそうでもなかったりするので、やはり映画というのは可能であるなら上映されている時に観るのが正解みたいです。

またこの映画の場合、監督の今井正、原作の手塚英孝 、脚本の勝山俊介とみな日本共産党員であるのも、あるいは大手のメーカーなどが手を出すのを嫌がった事情につながるのかもしれません。それは仕方ないというものでしょうが、1974年公開の映画で、四十何年前の映画であるならば、そのあたり関係者その他もいろいろ考えなおしてくれればなあと思います。前に記事にした、丸源の社長の話と同じです。ところで社長は、脱税で懲役刑の求刑を受けましたが、判決はどうなるんですかね? どっちみち控訴するでしょうから収監はされないでしょうが、早く考えを変えていただいて、貴重な3作品の公開とソフト化を許可していただきたいものです。

そのあたりはともかく、DVDをご紹介。

小林多喜二 ≪HDニューマスター版≫

予告編(オリジナルではありませんが)もどうぞ。

奇跡の初ソフト(DVD)化!『小林多喜二』監督:今井正、主演:山本圭

主演が山本圭というのが、いかにも当時の左翼映画の雰囲気です(笑)。山本は、翌年の『新幹線大爆破』でも、学生運動に挫折した犯人を演じていたくらいで、当時の映画では、もっぱら左翼系の役をやっていました。

正直山本圭って、あんまり小林多喜二と顔が似ていないし、それ以前にだいぶイメージが違うのですが、この映画は凄惨な拷問シーンなども話題になったようです。予告編でもその一端を観ることができます。

ね、あんまり似ていないでしょ。

ちなみに写真にもある中野良子が演じたのが、多喜二といい仲だった田口タキで、彼女はそれなりに中野と顔が似ているような気がします。中野さんも、この頃が、映画で一番活躍した時代ですかね。

今回DVDを発売してくれた会社さんは、埋もれた映像作品のDVD化をしている会社さんです。このような会社こそ、私のような人間にとっては、頼もしいにもほどがあるところです。感謝の言葉もありません。

それでこの会社のHPに、主演の山本圭氏へのインタビューがありますので、これはぜひお読みになってください。ものすごく面白い。

注文したDVDが届いて数日以内に観ることができますので楽しみです。でも初めのほうに拷問シーンがあるので、それでだいぶ精神が鬱になってしまうかな。

ところで今井監督の遺作である『戦争と青春』も、VHSでは発売されていますが、DVD化はされていません。このあたり、やはりなんとかならないかと思います。

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検察は、かつての主張を撤回したのかな

2018-07-24 00:00:00 | 社会時評

先日の記事を。

>無期懲役に検察控訴=千葉女児殺害

 千葉県松戸市のベトナム国籍の小学3年レェ・ティ・ニャット・リンさん=当時(9)=が殺害された事件で、千葉地検は18日、リンさんが通っていた小学校の元保護者会長で殺人などの罪に問われた渋谷恭正被告(47)を無期懲役とした千葉地裁判決を不服として、控訴した。無罪を主張していた弁護側は既に控訴している。

 6日の判決で千葉地裁は、弁護側の無罪主張を退け、「犯行は卑劣で悪質」と非難する一方、「残虐性が高いとは認められず、殺害に計画性がない」と指摘。検察側の死刑求刑に対し、無期懲役を言い渡していた。(2018/07/18-12:50)

かつて私は、こういう記事を書きました。

そんなことを言うのであれば、検察は今後裁判員裁判では、量刑不当の控訴はしないのかという話になる

その記事で私は、東京高検の主張の次のくだりを引用しました。

> 東京高検は25日、「一般市民の量刑感覚を個々の裁判に反映させるという裁判員制度の趣旨を損なう」とする上告趣意書を最高裁に提出し、要旨を報道機関に公表した。

そして私は、

>こんなこと言っていたら、今後検察は、裁判員裁判に関しては、量刑不当による控訴をすべきでない、っていう話になりますよ。でも量刑不当で今後も控訴するんだろ?

と批判しました。それで予想通り2016年ですが、

>福岡地検小倉支部は13日、殺人罪などに問われた内間利幸被告(47)を無期懲役とした福岡地裁小倉支部の判決を不服として控訴した。検察側は死刑を求刑していた。

ということがあったわけです。量刑不当で控訴しているじゃないですか(呆れ)。これは福岡地検小倉支部でのことだ、東京高検のものとは関係ないなんてことではないでしょう。

それで今回の控訴はとうぜん東京高検と協議のうえでのものですから、東京高検も、かつての主張は撤回したんでしょうね。毎日新聞によれば

>死刑を回避した千葉地裁の判断は、「市民感覚」が反映される裁判員裁判においても、遺族の処罰感情も考慮した上で、過去の裁判例との公平性を重視する姿勢を鮮明にしたといえる。

とのことですから、この判決をどう評価するかはともかく、判例を重視した判決なわけで、つまりは量刑不当による控訴なわけです。いやー、ほんと検察ってデタラメなところですね。なにをいまさらながら、こういうその場しのぎのいい加減なことをされると本当にいろいろと迷惑です。

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来年の祇園祭の際は、京都に行って映画『祇園祭』を観たいと思う

2018-07-23 00:00:00 | 映画

京都の祇園祭といえば、日本でももっとも知名度の高い祭りでしょうが、私はまだ行ったことがありません。実のところあんまり祭りが好きでないので、地元の祭りも、客としてもスタッフとしても最大限かかわらないようにしているのですが、祇園祭くらいは、社会勉強で行ってみてもいいかなと考えています。

が、そういった一般論というより、私には祇園祭の時期に京都に行きたいという理由があるのです。それは、この時期に、京都で映画『祇園祭』を観ることができるからです。ちょうど半世紀前の1968年に制作された映画です。

この映画は、Wikipediaを引用すれば、

>製作:日本映画復興協会、協力:京都府・京都市・映画「祇園祭」製作上映協力会、配給:新日本興業・松竹映配。原作は西口克己の同名小説「祇園祭」(1961年、中央公論社刊)。イーストマンカラー、シネマスコープ。168分。著作権京都府が保有し、原則的に1回50,000円の上映料金で貸与している。祇園祭の時期には京都府京都文化博物館で数回上映される。

というわけです。原作者の西口氏という人物は、小説家であるのと同時に京都市議、京都府儀もつとめた日本共産党の政治家であり、そう考えると蜷川府政時代の京都では、おあつらえ向きではあったのかもしれません。

さらにWikipediaの引用を続けますと、

>「祇園祭」の映画化が再浮上し、製作が具体化したのは、京都府政百年記念事業として京都府及び京都市の協力が得られる見通しが立った1967年7月で、「日本映画復興協会(代表中村錦之助)」の名の下に同年8月に製作発表された。監督伊藤大輔、主演中村錦之助、製作費1億5千万円、同年11月クランク・イン、翌年4月公開の予定だった。しかし、脚本の問題、スタッフの降板、製作費の調達などで難航し、ようやくクランク・インしたのは1968年8月だった。その後も、脚本完成の遅れ、伊藤大輔から山内鉄也への監督の交代、出演者の日程調整、製作費の増大(約3億円)、さらには政治的介入、ロケ現場での暴力団による妨害もあり、まさに艱難辛苦の末に完成した映画であった。最初の企画から完成まで実に7年を経た労作でもある。

そうした一方で大手映画会社の主導ではなく、新たに設立された独立プロの日本映画復興協会による自主製作であったため、五社協定に縛られた映画会社の枠にとらわれず、東映、東宝、松竹出身のスター俳優が進んで参加し、フリーの新劇俳優も加わり、豪華で異色な配役となった。また、群衆シーンのエキストラとして、京都市民も数多く参加している。

新日本興業・松竹映配の配給で、封切りは1968年11月23日。通常の邦画系映画館ではなく洋画系映画館にてロードショー公開され、大ヒットを記録した。東京では新宿ミラノ座、渋谷パンテオン、松竹セントラルの3館で翌年1月10日までの7週間上映され、観客動員数30万9,800 人、興行収入1億1,441万円を上げ、それまでの邦画ロードショーの新記録を樹立している。ロードショー終了後はフリー・ブッキングで日本各地の映画館や市民ホールで上映された。この成功は、日本の観客が時代劇に関して興味を持ち続けていることを証明し、また、映画会社大手5社によるブロック・ブッキングの配給制を打破したという点で、日本映画産業の将来に大きな影響を与えた

作品の上映権は現在京都市が所持しており、その他権利関係が複雑に絡んでいるためソフト化の機会は得られておらず、祇園祭のシーズンに京都文化博物館・映像ギャラリーで行われる上映会が唯一の一般公開である。

つまり、その他の機会ではなかなかこの映画を観ることができない、しかし祇園祭のシーズンならこの映画を観ることができるわけです。それなら、祇園祭見学にかこつけて、この映画を観るのも私のような人間にとっては非常に楽しいというものです。

さらにフィルムの劣化褪色への対応もされています。新聞記事の写真を引用します。

なお、上の2枚の写真は、こちら様からいただきました。感謝を申し上げます。

それで今年はもう観ることは私はできませんが、今年の上映はつぎのような予定だったようですね。

そういうわけで、来年は何とか都合をつけて観てみたい気がします。明日が今年の最終上映ですので、都合がつく方がもしいらっしゃいましたら、ご覧になってはいかがでしょうか。

来年観たら、レポート記事を書きます。気の長い話ですが、乞うご期待。またWikipediaの脚注の番号は、削除しましたことをお断りしておきます。

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さすがに抜本的な改革を必要とする時期に来ているんじゃないか(不要な外出は控えるんじゃなかったっけ)

2018-07-22 00:00:00 | スポーツ

昨今の猛暑はすごいですね。岐阜県では何年振りかの40度越えになりましたし、私の住んでいるあたりでもひどい暑さです。いう価値もないですが、職場でも「暑いですねえ」がお約束のあいさつです。

さてさて、そうとなると、日本の夏の風物詩、高校野球のことも考えないといけません。もうだいぶ前の記事ですが、これはどうでしょうか。

>埼玉大会で熱中症相次ぐ 熊谷38・3度

[2013年7月12日10時4分 紙面から]

 埼玉大会は11日、熊谷市で最高気温38・3度を記録したのをはじめ、県内全域で酷暑となり、熱中症で倒れる球児や関係者が相次いだ。

 川越初雁球場の第3試合では、川越西のエース井原彰吾(2年)が1点リードの9回2死で、突然マウンドにうずくまった。熱中症で右手にしびれを感じ、そのままグラウンドを後にした。熱中症による交代はチームで3人目。3回に横手優樹外野手(3年)、6回に森田京介内野手(3年)が、それぞれ暑さから両足をつり、救護室で治療を受けた。筒井一成監督(41)は「試合で倒れるなんて初めてです。何をやっているのか」とあきれ顔だった。

 試合後も川越西のダンス部員、熊谷西のマネジャーが倒れ、2台の救急車が出動する騒ぎとなった。川越西の主将、野村真吾外野手(3年)は「水分と塩分の対策からやり直しです」と猛省した。

 同じ光景はここだけではなかった。市営浦和球場では所沢西の応援に駆けつけた生徒5人、さいたま市川通公園野球場では越ケ谷の野球部員1人、生徒1人が救急車で搬送された。埼玉県高野連・高間薫専務理事(58)は「ちょうど期末試験が終わり、体が慣れていないんじゃないかな。対策を考えないと。毎日これでは困る」と話した。

この記事読んですげえなあと思ったのが、これを書いた記者に危機感が感じられないということです。危機をあおるような記事が、高校野球主催者である朝日新聞系列の日刊スポーツに掲載されることもないでしょうが、監督も、主将も、高野連の人も、どういう見解なんだよと呆れますが、書いている記者もそれをたんたんと報じているだけじゃないですか。実に問題意識がない。この監督は、炎天下でスポーツをやるのは危険だという認識に欠けていますね。主将も、

>「水分と塩分の対策からやり直しです」と猛省した。

はないでしょう。このような環境で試合をするということが根本的に誤っているということです。本人その他の自覚や準備の不備とかそういう話ではない。埼玉県の高野連の幹部に至っては、

>毎日これでは困る

だそうです。てめえ! 当事者だろ! と思います。無責任な人物です。

それにしてもこの記事、つい先週くらいの記事みたいですが、日付でわかるように2013年の記事です。5年前のものです。5年たって対応は少しはましになりましたかね。一応

熱中症対策で工夫  地方大会で高野連

毎日新聞2018年7月20日 19時00分(最終更新 7月20日 20時30分)

大会日程や試合時間の変更など
 連日の猛暑を受け、第100回全国高校野球選手権記念大会の出場校を決める地方大会で、熱中症対策で大会日程や試合時間の変更などを行う高校野球連盟が相次いでいる。

 暑さが強まる時間帯での試合を避けようと、滋賀では21、22日に4試合ずつ行う予定だった3回戦を午前開始の2試合のみとし、21~24日の4日間に分散した。準決勝の試合開始時間も当初より1時間半早め、逆に決勝は午後0時半から午後3時に遅らせた。

 ただ、準々決勝は25日に4試合を行う。滋賀県高野連の大久保雅生理事長は「暑さ対策も大事だが、2日間に分けると準決勝に進出したチームの中で公平性を欠く」と理由を説明した。

 21日以降は三、七回終了後には5分程度の休息を取る。守備時間が約20分続くか、10失点したのを目安に試合を一時中断し給水時間の確保も決めた。三、七回終了後の給水タイムは、岐阜や和歌山でも21日から導入し、岐阜ではベンチへの扇風機の持ち込みやうちわの使用を認める。三重では球場に業務用扇風機を設置する。

 東愛知、西愛知の両大会も22~25日の準々決勝と準決勝の試合開始を各1時間早め、準決勝と決勝を行う岡崎市民球場の外野席には日よけ用テントを設置。各チームには経口補水液を提供し、必要に応じて選手らの給水のための試合の中断を行う。京都でも21、22日の4回戦2試合ずつの試合開始をそれぞれ1時間早めた。

 19日に熊本市のリブワーク藤崎台球場で34人の観客が熱中症の症状を訴え、搬送されたことを受けて、熊本では21、22日の準決勝、決勝での全校応援の自粛を要請した。福岡は応援団の学ラン着用の原則禁止や帽子着用を求めたほか、山口では生徒の応援に中止や規模縮小を含めた態勢の見直しを呼びかけている。

 日本高野連は19日付で都道府県高野連に熱中症対策に万全を期すよう呼びかけている。【安田光高】

>2018.07.21.

大阪府教育長が朝夕の試合検討要望 高校野球の北大阪、南大阪大会で
 大阪府の酒井隆行教育長は20日の記者会見で、全国高校野球選手権の北大阪、南大阪大会での熱中症対策として、比較的気温が低い朝や夕方に試合時間をずらすことを検討するよう府高野連に要望したと明らかにした。

 夏の高校野球については、松井一郎知事が19日の記者会見で「状況の変化に応じてイベントも見直されていくべきだ」と開催時期の変更に言及。知事からの指示を受け、府教育庁として「時期をずらすのが難しくても、今の枠組みで工夫できることがある」と朝夕開催を提案した。

などある程度の改善もみられます。しかしやっぱり、遅々とした、牛歩の歩みじゃないですかね。

それにしてもこのままじゃ死者が出ますね。今年は出ないかもしれませんが、いずれ出るでしょう。そうなったらさすがに抜本的に改善されるんですかね? 組体操も、事故連発でさすがに問題になり、ある程度改善がされているようですが、しかし私が引用した非常識な事故を起こした学校の校長は

>今後の実施について検討する

なんていうこれまた他人事をほざいていた始末ですからねえ。この前年にも、この学校は組体操で事故を起こしています。なんかこの校長の無責任さと高野連の幹部の無責任ぶりが酷似しているように感じるのは私だけ?

タイトルにも書いたように、昨今不要な外出は控えるようなんていうことも言われているじゃないですか。それで運動して応援ですか。野球をしてもいいですが、するべき季節と時間が違うでしょう。

いいかげん真夏の炎天下の兵庫県西宮市で野球の試合をするなんてことはやめたほうがいいんじゃないんですかね。北海道でするとか大阪ドームを活用するとか、季節をずらすとか、ナイターにするとか、やれることはいろいろあるでしょう。死人が出てその人が人柱になって、それで改善されるというのなら、どんだけ野蛮な社会なのよです。地区予選だって、春の大会でそれをすればいいし、いろいろ改善はできるでしょう。

死者や一生寝たきりの人間が出なければ改善されないんですかね。そうなのでしょうが、お話にもならないとはこのことです。ちょうど参考になる事故がありました。

>伊勢神宮周辺の石灯籠、バス接触で落下 直撃の男性死亡

2018年4月15日20時48分

 三重県伊勢市楠部町の県道で14日、道路脇の石灯籠(どうろう)に路線バスが接触し、石灯籠の上部が落下。歩行者の男性の頭を直撃し、男性が死亡する事故があった。伊勢神宮周辺には民間団体が約60年前に建てた石灯籠が400基以上残る。地震などで倒壊のおそれがあるとして、県が随時、撤去を進めていた矢先だった。

 伊勢署によると、現場は外宮と内宮を結ぶ県道で、14日午前10時ごろ、三重交通の路線バスが道路左側にある高さ約2・5メートルの石灯籠に接触した。その衝撃で落下した灯籠の上部(幅約70センチ、高さ約60センチ)が、近くにいた同市神田久志本町の西沢政信さん(81)の頭部に当たった。西沢さんは間もなく死亡した。上部はボルトや鉄柱などでは固定されていなかったという。

 三重交通によると、運転手はバス停から約4メートル先の歩道上に、西沢さんら2人の男性の姿を発見。乗客かもしれないと思い、停車しようとして左に寄り、サイドミラーを石灯籠にぶつけたという。

 遺族によると、西沢さんは日課の散歩中で、居合わせたのは県外からの観光客だった。遺族はこの観光客から「石灯籠を珍しそうに眺めていたら、道路の反対側から駆け寄って声をかけてくださり、親切に説明をしてくださったところだった」と聞いたという。

 伊勢神宮周辺では、昭和30年代、民間団体が寄付を募って石灯籠を建てた。その後、団体が解散してからは所有者や管理者が不明のまま、老朽化が進んだ。

 2016年、県は伊勢志摩サミット開催を前に、特に危険だった32基を撤去。その後も年1回安定性を調査し、17年度は28基を撤去した。

そうしたら行政側も早急に動いたわけです。記事を。

>お伊勢さんの石灯籠見納め 死亡事故受け夏までに撤去
安田琢典2018年5月16日16時02分

 伊勢神宮(三重県伊勢市)周辺の沿道を彩ってきた石灯籠(どうろう)が、今夏までにすべて撤去される。路線バスのサイドミラーが接触して上部の石が落下し、歩行者に当たって死亡した事故を受け、国、県、市が話し合って決めた。住民や観光客からは、安全に配慮した決定を支持する意見がある半面、半世紀以上にわたって「伊勢らしさ」を醸してきた石灯籠の撤去を惜しむ声も聞こえてくる。

 ゴールデンウィーク中、伊勢神宮には多くの参拝客が訪れた。年に数回参拝するという三重県松阪市の奥山幸司さん(72)は「当たり前だった景色がなくなるのは寂しい」。愛知県岡崎市から初めて伊勢を訪れた会社員山田広輝さん(19)は「撤去を知り、残念に思った。危険なものだけ取り除くか、全体的に修繕するかして残せばよいのに」と惜しんだ。

 住民の反応は複雑だ。内宮近くで飲食店を営む男性(62)は「東日本大震災以後、撤去すべきだという声が増えたと思う。観光資源として生かすなら、行政はもっと早く対処すべきだった」と話す。自宅前に石灯籠がある男性(69)は「人命が失われた事実は重く、撤去は仕方がない。ただ、伊勢の雰囲気をより情緒的なものにしていたのも事実」という。

 市監理課などによると、石灯籠はJR伊勢市駅前から内宮までの間に500基以上が残る。1955年に設立された民間団体「伊勢三宮奉賛献灯会」が寄付を募り、道路の占有許可を得たうえで順次、建設した。高さ2・4~6メートルの4種類があり、柱には元首相の吉田茂や岸信介、東急電鉄創始者の五島慶太ら寄進者の名前が刻まれている。

 当初は内宮の別宮・伊雑宮(三重県志摩市)を結ぶ16キロへの「奉献」を目的としたが、団体は64年に解散。以後、管理者不在のまま道路を占有する「不法状態」が続いていた。

事故があって1か月でこうですか。つまり私物を公金で撤去するのはどうよというので行政が積極的に動かなったわけですが、死亡事故が起きてはそうもいっていられなくなったということでしょう。それもどうかですが、なにはともあれ一歩前進というべきなのでしょうか。

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