暁庵の茶事クロスロード

茶事が好きです。茶事の持つ無限の可能性に魅了されて楽しんでいます。2015年2月に京都から終の棲家の横浜へ戻りました。

夜咄の茶事へ招かれて・・・・・その3

2016年12月20日 | 茶事・茶会(2015年~他会記録)
                      
                       セキショウ (季節の花300提供)

後座へ席入りすると、床にセキショウの鉢が置かれていました。
とても立派なセキショウで、青々とした葉が清々しく、Oさまのお心入れを感じます。
点前座にまわると、古備前らしき種壷の水指と茶入が荘られ、湯相も好く、濃茶が楽しみです。

濃茶点前が始まり、一同、閑かに目を凝らしてM氏の点前を見詰めます。
一糸乱れぬ所作と佇まいに緊張感と清浄感を覚えながら、
「お点前は茶事の御馳走、亭主の最大のおもてなしです」と言われたA業躰先生を思い出しました。

茶香が茶室に満ちて来て、熱くよく練られた濃茶を頂戴しました。
「お服加減いかがでしょうか?」
「熱く、まろやかな甘みがあって、とても美味しゅうございます」
五感を総動員して闇の中で味わう濃茶は格別でした。
茶銘はたしか?祥瑞の昔、広島・平野園の詰だったと思います。

濃茶が終わり、薄茶になりましたので
「よろしかったら、Oさま、Sさまもご同席でいかがでしょうか」とお声掛けをしました。
すると、水屋にいらしたOさま(懐石)、Sさま(半東)、それにIさま(灯り担当)の3人が席に入られました。
なんと! 客3人に亭主方4人のおもてなしに改めてびっくりし、みなさまのお気持ちに大感激でした。
その日の道具組から鴨とり権兵衛さんの昔話やなら橘プロジェクトから取り寄せてくださった干菓子に因む話、
N氏の名残の茶事の思い出など次々と話が弾み、夜が更けていきました。

                   
                          橘(たちばな)の実

頃合いを計り、亭主M氏が箱炭斗を持ち出して、炭を継ぎました。
止め炭です。
薄茶が終わり、釜の煮えも落ち始めています。
このままの状態で客を送るのはしのびなく、もう一炭して釜が松風を奏でるまで清談して過ごすのです。

Oさまがいろいろ考えて取り合わせてくださったお道具のうち、茶杓を書き記しておきます。
茶杓は後藤瑞巖和尚作で銘「庵の友」でした。
京都に居るときにOさまが灑雪庵・節分の茶事へお出まし下さって、その時の茶杓が「庵の友」でした(今は茶友Sさまの元にありますが・・・)。
これからも「庵の友」として親しくご交誼頂けると嬉しい限りです。

清談はなかなか尽きませんが、このへんでお暇の挨拶となりました。
      
                   


・・・あれから2週間が過ぎ、その間に思うことがいっぱいありました。
夜咄の茶事は独特の感性が磨かれる、特別な茶事だとやっと気が付きました。
人間が本来持っていた野生の感覚、いつか失われたり、忘れてしまっている感覚が暗闇ゆえに呼び覚まされ、それが鍛えられる貴重な機会ではないかと・・・。

それとは別に夜咄ならではの工夫や道具組の面白さにも心惹かれ、大いに刺激を受けました。
夜咄の茶事はかくあるべき・・・といったようなことは一切無にして、
暁庵が夜咄の茶事をやるとしたら、どんな茶事になるかしら?・・・考えるだけで楽しいです。


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