鈍想愚感

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日銀短観の大幅な景気ダウンを払拭したかのような官邸とテレビ各局タッグの新元号の狂騒ぶり

2019-04-04 | Weblog

 4月1日はエイプリルフールであるが、昨日はそれにふさわしく来月1日からの新元号が決まって、異常ともいえる大騒ぎとなった。新元号は「令和」とあいなったが、テレビをみていると、午前11時40分からの菅官房長官の発表からまるで国をあげての祝賀ムード一色といった感じで、そこまでめでたいことなのか、まだ1か月先のことではないか、と思われた。首相官邸とテレビ各局が仕組んだ演出で、日銀が同日発表した全国企業短期経済観測調査(短観)で大企業の景況感を示す業況判断指数(DI)は前期から7ポイント悪化するという大幅なダウンで、あらかじめこの発表がわかっていたので、それを払拭しようと官邸が新元号の狂騒を仕掛けたのではないかと思った。日本中が浮かれている間に景気の腰折れが忍び寄ってきているのではなかろうか。

 そもそも新元号の「令和」は日本文学者の中西進氏の発案と言われており、万葉集から採ったといわれている。確かに万葉集の巻5の815にある「天地のともに久しく言ひ継げとこの奇魂しかしけらしも」の和歌の説明に「初春の令(よ)き月、気淑く風和み、梅は鏡の前の粉を披き、蘭は琲の後の香を薫らす」とあり、ここから令と和の字をとって「令和」と名付けたのだろう。しかし、令という字と和という字は離れた個所で」記述されており、ここから「令」と「和0」を結びつけることは考えにくい。どう考えても先に「令和」を考案し、あとから万葉集のこの」下りを探し出して、こじつけた、と考えるのが至当と思われる。日本文学、万葉集に詳しい中西進氏ならいかにも考えつきそうなことである。 

 だから、安部首相が記者会見で言っていた「我が国の悠久の歴史、薫り高き文化、そして四季折々の美しい自然、」こうした日本の国柄をしっかりと次の時代へと引き継いでういくべきだ」との言辞は全くのこじつけであることがはっきりと認識すべきである。安部首相は中西氏の説明を聞いて、勝手に自らの所信を述べているに過ぎない。むしろ、忍び寄る不景気の風をなんとか吹き飛ばしたい、との思いから出てきた所信とみるべきだろう。それでもって新時代を切り開くのは自分だとでも言いたいのだろう。そんなムードに乗せられる国民こそいい迷惑である。

 もともと「令」という字は命令の令の字が思い出され、まずはおふれ、おきての意が強い。次いでおしえ、きまりがきて、県令の長の意、その次に「令夫人」の意であるよき意がくる。だから、令というのは真っ先に命じるという強権的な意がきて、和である平和に上の権力でもって民を従わせるという意味にとらえ、外人ジャーナリストの間では必ずしも評判がよくない。

 それに「令」は発音では数字の0、もしくは幽霊の霊にも通じ、必ずしもいい響きではない。レイという発音はきりっとした音ではあるが、冷たい感じがする。社名にしろ、商品名にしろ、新たに名づける際には最初は違和感が伴うもので、使っていくうちに慣れてくるので、本当にいい名であるかは多少、時間が経ってみないと判断がつかない面がある。この点では少し時間が経ってから判断したいが、4月1日の狂騒ぶりだけは異常であったのは間違いないことだろう。

追記 4日になって外務省が「令和」の英語表記を「beautiful harmony」とすることが伝わってきた。安部首相が盛んに日本の美しさや梅の花の咲くようにとこじつけで説明しているのに忖度しての訳語となったのだろう。しかし、和をharmonyとするのはともかく、令をbeautifulとするのはしっくりこない。令夫人には良き夫人という意はあるが、美夫人というのは行き過ぎだろう。そのままreiwaでいいのではなかろうか。ちなみにチベット語では「令和」は希望の意だそうで、せいぜいそこまでだろう。新元号で内閣支持率は3~10ポイントくらい上昇したといわれているが、塚田一郎国土交通副大臣の失言で元に戻ることだろう。 

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