今日は、この街にいます。

昨日の街は、懐かしい記憶になった。そして・・

827 ストーンヘンジ(英国)

2018-08-01 16:49:57 | 海外
イギリスの子供は大胆である。ストーンヘンジを写生するのに、腹這ったり脚を広げたり、まるで「畏れ」を知らない。極東の年寄りが、この太古の造形見たさにはるばる極西の島国までやって来て緊張し、感動に浸っているというのに、彼らは「早くランチタイムにならないかなあ」と思っているらしい。5000年もの昔、この「空と大地の狭間の石柱」で何が行われていたのか、感嘆するくらいの畏れが必要ではないか?



ストーンヘンジ(Stonehenge)はロンドンの西方200キロほどの内陸部に建つ。緩やかなうねりの牧草地がどこまでも広がる平原の、比較的小高い丘陵上である。今でこそ視界は開放された大地だけれど、紀元前3000年ころは深い森が続いていたことだろう。それから2000年ほどに亘り、一帯に細々と集落を営む人々が血族を超えて集い、土塁を築き、遺骨を埋葬し、巨石を運び天空と交歓する聖地を築いた。



彼ら(どういう人々かはわからないが)は、何に駆り立てられてこれほど巨大な構造物を建てたのだろう。ユーラシア大陸の反対側では、縄文人が10000年に亘る平和な文化を育んでいる、その中ほどのころのことだ。彼我の違いを挙げるとすれば、縄文人が現代日本人と繋がっていると考えられるのに対し、ヘンジ人はケルト系なのかもしれず、後にブリテン島を支配するアングロ・サクソンとは断絶していることだろう。



日が昇り日が沈み、満天に星が輝き月が行き、そして再び日の出を迎える。そんな光景を思い描いて、いささか気障ではあるが万葉歌が口を吐く。「天の海に雲の波立ち月の船星の林に漕ぎ隠る見ゆ」。未だ汚れの何もない、澄みきった大気のなかで宇宙と交歓できた太古の人々。人麻呂歌集のこの歌のように、天空に身を任せていたのではないか。私も石柱にもたれ、このまま夜を過ごしたら、古代人になれるかもしれない。



「ストーンヘンジとは何か」は膨大な発掘調査・研究があり、思索は今も続いている。なかには「この場所が与える肉体的感覚」と言うしかない何かが指摘されてもいる。私もどうやらその肉体的感覚に捕らえられたようで、不思議な高揚感で石柱を廻った。秋田の大湯遺跡のように、縄文人も石柱を中心に石を並べるストーンサークルを残しているが、こちらは石柱にまぐさ石が渡されているから、明らかに建造物だ。



英国ではイングリッシュ・ヘリテッジという組織が文化財や歴史的建造物の保護に当たっている。ストーンヘンジもその一つだが、街の建物に「ここにこの偉人が暮らしていた」というプレートを見ることが多く、そうした文化活動も行っている。民間の寄付によって文化遺産を買い上げ、保護しているナショナル・トラストとも連携しているようだ。他にも文化財保護活動をしている団体は多いようで、羨ましいお国柄だ。



30年以上昔になるが、奈良の葛城古道を歩いていて、日本でもナショナル・トラスト運動の手法で遺跡地を買い上げる活動が行われていることを知った。あの活動は続いているだろうか。ストーンヘンジのような世界遺産になれば、保護資金は潤沢に集まるかもしれないが、文化財の価値は大きさや重さで測れるものではない。腹ばって写生する子供たちが、いずれその貴重さに気づいてくれることを願う。(2018.6.26)











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