今日は、この街にいます。

昨日の街は、懐かしい記憶になった。そして・・

1168 榛名(群馬県)山の淋しい湖に‥‥たたずむ

2024-06-06 14:56:22 | 群馬・栃木
群馬の人は東の赤城、西の妙義、そしてその中程に聳える榛名を、親しみを込めて「上毛三山」と呼ぶ。このうち榛名山は、今でこそ最高峰が1449メートルの、さほど高山とは呼べない山容を県域の真ん中に横たえているけれど、50万年前には標高が2500メートルに達する富士山のような火山だったらしい。秀麗な姿はその後の噴火や山体崩壊で、悪い歯並びの見本のような姿に落ち着いてしまった。せめて山頂に登って榛名富士を眺める。 . . . 本文を読む
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1167 伊香保(群馬県)湯煙は懐かしさと淋しさを超え

2024-06-05 08:40:01 | 群馬・栃木
ブログ『すずめ通信』の読者から「このブログが開設されて20年になりますね。こんなに続くとはすごい」とご指摘をいただいた。確かに創刊は2004年7月だから、いつの間にか20年を経たことになる。「すごい」と言われると面はゆいけれど、雀たちに「これを機に20周年総会を開催しようか」と呼びかけた。Nagano雀とChiba雀は即座に「いいね!」の返信。Tokyo-e雀からは「群馬あたりの温泉に浸ってみたい」と提案があった。 . . . 本文を読む
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1090 鹿沼(栃木県)蒼天の鹿沼を歩き「はるのくれ」

2023-03-20 14:56:58 | 群馬・栃木
まばゆいほどの早春の光を浴びて、美しい桃色を広げているこの花の名は何だろう。桜でも梅でもない、花桃の一種かもしれない。鹿沼の名園の一つ、掬翠園の塀越しである。周囲はまだ冬の装いを脱していないというのに、ここだけは季節が進んでいる。だから通りかかる人は、写真に収めずにはいられないのだろう、背伸びをして頑張る。隣りで目を細めて眺めているのは芭蕉だ。334年前、奥の細道行脚の芭蕉は、3日目の草鞋を当地で脱いだ。 . . . 本文を読む
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1089 今市(栃木県)巨木見上げ往く日光の杉並木

2023-03-19 15:36:21 | 群馬・栃木
日光杉並木は、日光街道・例幣使街道・会津西街道の、東照宮に通じる3本の街道に植林されている。総延長は37キロにもなる世界一長い並木道なのだそうで、今市で合流して聖域を目指す。国から特別史跡・特別天然記念物の二重指定を受けている極めて貴重な樹列は、心地よい木陰を作って今も生活の傍らにある。東武日光線の上今市駅前から始まる最後の日光街道部分を歩くと、天を衝く巨木に覆い包まれるようで、自分が小さくなっている。 . . . 本文を読む
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1088 日光(栃木県)神橋も花粉に霞む杉並木

2023-03-17 15:30:13 | 群馬・栃木
閉山50年の足尾銅山を歩こうと計画した今回の旅は、帰路は再び「わたらせ渓谷鐵道」で戻るしかないと思っていた。ところが調べてみると、足尾から日光に通じるバス路線があるではないか。日光市は大規模な合併で、全国3位の広大な面積の自治体になったのだが、その市域を12の市営バス路線がカバーし、奥地の集落にも公共交通の便が届いているようだ。たとえ財政負担は重くても、それができないようでは合併した甲斐がないとの意気込みか。 . . . 本文を読む
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1087 足尾(栃木県)「あかがね」が造って消えた「足尾千軒」

2023-03-16 08:49:00 | 群馬・栃木
渡良瀬川を最上流部へ遡り、時間も500年ほど巻き戻してみよう。杣人らの倹しい暮らしの場であった奥日光南面の足尾山地は、1610年、銅鉱脈が発見されたものだから江戸幕府直轄の鉱山となり、谷は「足尾千軒」の賑わいに一変する。明治になって「古河」がやって来て新鉱脈を発掘、日本一の大銅山となって38000人の街に膨れあがった。山はそうやって富を産み、毒を流し、脈が尽き閉山する。今、人口は1600人を割り込んでいる。 . . . 本文を読む
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1086 神戸(群馬県)渓谷の花粉かき分けわれは行く

2023-03-12 09:43:13 | 群馬・栃木
鉄道唱歌に「山に続きて二里南 銅鉱出だす足尾あり」と歌われた足尾線は、70年間の国鉄・JR時代を経て1989年、地元出資の「わたらせ渓谷鐵道」に引き継がれた。群馬県桐生駅から渡良瀬川に沿って北上し、栃木県旧足尾町の間藤駅までを結ぶ44.1キロの山あいの鉄路である。紅銅(べにあかがね)色と言うらしい塗装を施されたディーゼル車両が、1時間に1本ほどのダイヤで運行している。その中ほどに「神戸(ごうど)」駅がある。 . . . 本文を読む
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1079 小山(栃木県)桜樹の一株ごとの街づくり

2023-02-04 16:42:22 | 群馬・栃木
小山駅からまっすぐ西に延びる「祇園城通り」は、小山市の都市軸なのだろう。3車線の車道の両側にはゆったりと歩道が設けられ、桜並木が続いている。ほどなく現れる「小山宿場通り(旧日光街道)」との交差点界隈は、かつては商店が密集する賑わいの中心だったようだが、大規模な再開発が実施され、今では18階建てマンションが聳えている。都市軸はやがて思川に突き当たる。この15分ほどの散歩で肌に感じるのは「街づくりの苦労」だ。 . . . 本文を読む
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1026 太田(群馬県)半世紀の変貌に驚く浦島太郎

2022-05-01 08:31:44 | 群馬・栃木
太田の記憶は微かである。50年前に一度訪れたきりなのだからそれは致し方ないことだが、それにしてもこの街は、この半世紀で大きく変貌したのではないだろうか。私の記憶の中の太田は、日光例幣使街道に沿った鄙びた商店街と、やたらと「呑龍さま」を自慢する市民気質くらいのものなのだが、今回、東武伊勢崎線の太田駅に降りて、高架になったモダンな駅舎にまずびっくりし、南口に広がる現代的なオフィス街にさらに驚かされたのである。 . . . 本文を読む
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1025 躑躅ヶ岡(群馬県)花にも香りにも酔って元少女

2022-04-30 11:28:13 | 群馬・栃木
ツツジを「躑躅」とは、随分難しい文字を当てたものだが、いつの時代かの知恵者が考えたのだろう、「数歩行っては止まる」状態を表す「躑躅(てきちょく)」という言葉を、ちょっとひねって「ツツジは人がつい足を止めるほど美しい花だから」と当てはめたらしい。ツツジは庭や公園の植え込みなどで生活には馴染み深い花木だ。見慣れたツツジについて改めて考えているのは、つつじ祭りで賑わう館林の「つつじが岡公園」に来ているからである。 . . . 本文を読む
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995 那須野(栃木県)沃野なり水無き原の那須疎水

2021-11-29 11:50:47 | 群馬・栃木
東北新幹線で北に向かう時、私はなるべく左の窓側の席を選ぶ。小さな里山に抱かれて農家が点在するという、ニッポンの温もりの風景が連続する地域があるからだ。ところがそれがいったいどの辺りなのか、何度も通過しているのにボンヤリしたままだ。宇都宮より北、郡山より南であるのは確かなのだが、北へ急ぐ私は、いつもその辺りの駅を飛ばす列車を選んでいるから特定に至らない。それがついに確認できた。ポイントは「那須野ヶ原」だ。 . . . 本文を読む
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994 大田原(栃木県)団結のイチョウに残照輝いて

2021-11-28 17:56:54 | 群馬・栃木
冒頭の写真には、その街で最も印象に残った一枚を選んでいるつもりだ。そうやってたくさんの街を歩き、書いてきたけれど、市庁舎そのものを掲げるのは初めてかもしれない。晩秋の残照に映える大田原市役所は、それほど美しかったのだ。東日本大震災で旧庁舎が倒壊し、ほぼ8年をかけて新築された庁舎だという。市民の多くが被災し、土壌は放射能汚染され、風評被害に苦しんだ街だ。黄に色づく広場のイチョウは「団結の樹」と呼ばれている。 . . . 本文を読む
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972 みなかみ(群馬県)大河始まる水の源

2021-09-23 07:57:01 | 群馬・栃木
「流域面積」とは、「雨水などが川に入ってくる土地の面積を言う」のだと、国土交通省関東地方整備局のホームページに書いてある。「雨水など」とは何だ? 雨水以外に何がある? 湧水があるか。まさか下水はカウントされないのだろうな。などと取り止めもなく考えているのは、中学校の同級会から帰って、脳の働きが中学生に戻っているからかもしれない。新潟と東京の中間の水上温泉に集まって、年寄りが息災を確認し合ったのだ。 . . . 本文を読む
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908 世立(群馬県)道楽10年、お世話になりました

2020-10-29 13:29:29 | 群馬・栃木
群馬県吾妻山中の高台に立って、南方を見晴らしている。はるか前方を塞ぐように聳えているのは浅間山である。好天の今日は、山頂の冠雪が美しい。視界の中央を深く穿って流れるのは白砂川だ。合併して今では中之条町になるここは、旧六合村の世立(よだて)集落である。陶芸道楽者の私がこの村の暮坂に通って10年になる。そして好んで立ち寄る景観の地がここだ。大きな眺めに心が晴れる。季節が少し進めば、風景は紅葉で彩られる。 . . . 本文を読む
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907 川原湯(群馬県)ダムに沈み湖畔に生きる千年湯

2020-10-11 06:00:00 | 群馬・栃木
八ッ場(やんば)ダムが完成した。計画決定から50年余、激しい反対運動、民主党政権による計画凍結など、曲折を経ての完工である。激しい反対活動が目立ったのは、この地で古くから温泉郷を営む川原湯の人たちだった。今そこは「八ッ場あがつま湖」の湖底に沈み、旅館街は湖畔の高台に真新しい施設を並べている。川原の湯は湖畔の湯に変わったのである。このことが新たな幸せな街造りに繋がることを願う。 . . . 本文を読む
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