今日は、この街にいます。

昨日の街は、懐かしい記憶になった。そして・・

393 狼煙(石川県)漆黒の海に烽火が命なり

2011-10-25 13:40:45 | 富山・石川・福井
狼煙(のろし)とは、日本書紀にも「烽(とぶひ)」の表記がある古代からの情報伝達手段だが、能登半島の先端には明治の初めまで「狼煙村」があった。現在は珠洲市に含まれるものの、なお同市狼煙町としてその名を留めている。ここは海の難所だということで、夜ごと火が焚かれた土地なのだろう。いまその役割りは禄剛崎灯台に引き継がれている。能登半島はこの北端の岬を境にして外洋側を外浦、富山湾側を内浦と呼ぶ。 . . . 本文を読む
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392 時国(石川県)奥能登は海の止まり木財を成し

2011-10-18 19:48:19 | 富山・石川・福井
私を能登に誘った1冊に網野善彦著『日本社会再考』がある。副題に「海民と列島文化」とあり、農業単色経済であるとされがちな近世以前の日本社会が、実は「海」という自然資産を活用した、もっと多彩で豊かな社会であったことを論証しようとする内容だ。その具体例として奥能登を取り上げ、時国家について考察を深めている。半島のさいはて、シベリアからの季節風が容赦なく吹き付ける地で豊かな交易? 行ってみねばなるまい。 . . . 本文を読む
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391 名舟(石川県)おそろしや御陣乗太鼓が響く海

2011-10-17 09:14:29 | 富山・石川・福井
輪島市街から半島先端方向へ、国道249号線を10余キロ行くと、海の中に建つ鳥居が見えて来る。対する山側は神社への石段が続き、周囲にわずかな集落が固まっている。鳥居の隣りに「御陣乗太鼓之地」と彫られた碑がなければ、能登の至る所にある小さな入り江の漁村に過ぎないと、通過するところであった。誰にも話したことはないのだが、私はこの奥能登の御陣乗太鼓ほど恐ろしいものはないと、密かに怖れ続けて来たのである。 . . . 本文を読む
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390 輪島(石川県)朝市にイシルとウルシ同居して

2011-10-14 10:13:51 | 富山・石川・福井
朝市が店を広げるより早く、街散歩の途中で古寂びた神社に立ち寄った。鳥居を見上げていると小さな車がやって来て、小柄な女性が走り出て来た。続いて野球のユニフォーム姿の男の子。母子だろうか、二人は拝殿前でしばらく手を合わせ、また走って去った。ここは輪島の重蔵神社。最古の輪島塗という朱塗扉が伝わる神社だ。漆芸のルーツは市民の精神的支柱でもあるようで、必勝を祈願したらしい彼の試合は、どうなっただろうか。 . . . 本文を読む
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389 黒島(石川県)どこまでも黙して語らぬ黒い能登

2011-10-11 20:35:06 | 富山・石川・福井
能登で記憶に残った《色》は何かと問われれば、私はさほど迷わず《黒》と答えるだろう。輪島塗も黒あっての朱である。そして須恵器にルーツを持つ珠洲焼きも黒い。しかし何より瓦だ。半島の家々はすべて黒い能登瓦が葺かれ、曇天の小雨に濡れて鈍い光沢を放っている。壁を覆う板も濡れるほどに黒ずみ、海さえも黒く沈んでいる。そしてここは「黒島」である。伝統的建造物群に指定されている集落は、海岸沿いに黒く蹲っている。 . . . 本文を読む
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388 福浦(石川県)この灯見て千石船が沖を行く

2011-10-10 15:25:39 | 富山・石川・福井
能登の人々は、半島をその付け根から順に口能登、中能登、奥能登と三つに地域分けし、沿岸は富山湾側を内浦、日本海に洗われる西と北は外浦と呼ぶ。だから地元流に言うと、私たちは中能登の能登島を発ち、外浦の福浦に向かっていることになる。能登半島の中ほどを東から西へ、横断しているのだ。山越えとは名ばかりの、平坦な野に整備された舗装路が続いている。しかしさすがに外浦に出ると、荒波が打ち付ける断崖であった。 . . . 本文を読む
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387 能登島(石川県)光線を招いて放つガラス島

2011-10-06 20:13:08 | 富山・石川・福井
能登を旅したかった。半島→先端への憧れはもちろんだが、そこで制作されているガラス工芸と漆芸に触れ、自分はなぜこの二つの工芸に魅力を見出すことができないのか、答えを見つけたかったのだ。そこでまず石川県のガラス美術館がある能登島を目指す。陶芸・彫金・漆芸・染色・織物と、伝統工芸の展示館のような加賀国にあって、欠けているのがガラス工芸だから設けられた施設だという。必ずや私の眼を開かせてくれるだろう。 . . . 本文を読む
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386 館林(群馬県)程々に暮らし楽しむ茶釜かな

2011-10-04 22:36:06 | 群馬・栃木
逢魔が刻とかいう、街歩きを切り上げるべき時刻が近づいていたからかもしれない。館林の街を歩いていて、通りの静けさと、庭や外観に気を配った豊かな家並が、青森の弘前を思い出させた。メインの大通りから一つ中に入った住宅街が、弘前の城跡公園から禅林寺街に向かう道筋で見かけた、結構な住宅地に似ているように思えたのだ。街の規模は弘前の方が大きいのだろうが、城下街はどこか似通った風情になるのかもしれない。 . . . 本文を読む
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385 多々良(群馬県)こんにちは空飛ぶ兎がこんにちは

2011-10-04 13:26:14 | 群馬・栃木
緑の絨毯だけで十分に気持ちがいいのに、真っ青な空はさわやかな微風を運んで来る。「暑さ寒さも・・」の言い伝え通りに夏から秋へ季節が入れ替わった日、私は館林市郊外の多々良地区を歩いていた。広場にはターゲットバードゴルフを楽しむお年寄りの歓声が響き、水辺では孫と戯れる老夫婦が陽を浴びている。美術館に入ると自分の時間を楽しむ人たちがちらほら。世はすべて事もなしの昼下がり、ウサギも大喜びで空を跳んでいる . . . 本文を読む
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