子どもが元気な街は、歩いていて気持ちがいい。何より少子化が危惧される時代、賑やかな笑顔に出会うと「頼もしいなあ」と声をかけたくなる。加古川駅近くの寺家町商店街は、ちょうど高校生の下校時に当たっていた。シャッターの目立つ通りが元気を取り戻す時間帯で、女子高生がカメラにポーズをとってくれた。よく見ると視線は私の隣りの方向だが、とてもかわいく撮れたので、加古川代表としてここに掲載させていただく。
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地理的に「日本の真ん中」に位置することに何の意味があるのか、よくわからない。しかし「わが町こそ日本の《へそ》である」と主張する街はいくつもある。それぞれに何らかの根拠はあるらしいが、西脇市の「へそ宣言」は分かりいい。国土の北辺と南端の中央が北緯35度で、東と西のそれが東経135度。そのラインが交差する地点こそが「日本のへそ」だというのだ。そしてまさに、両ラインは西脇市の「そこ」でクロスするのであ . . . 本文を読む
「篠山」は、普通に読めば「シノヤマ」であろう。ところがその頭に「丹波」が付くと、すらすらと「タンバササヤマ」と読めてしまう。人間の脳の、連想力の不思議である。その篠山の、篠山城跡を訪ねた。小さな丘の頂きで、古い石組みが残照を浴びていた。ひょっとしたら「ささやかな丘=ササヤマ」なのではないか、などと考えた。時が停止し、城下町がそのまま現代の暮らしに続いているような、何とも奇妙な印象の街だった。
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季節遅れではあったけれど、砺波市のチューリップ公園に行ってみる。公園の一角に立派な「砺波市美術館」があって「となみ野美術展2009」が開催されていた。よくある地域の同好家展だろうとの推量は外れ、きちんと入場料を徴収され、監視員の配置も本格的なスタイルだった。失礼ながらそれ以上に驚かされたのは、絵画・彫塑・書など出品作品のいずれもが高水準で、見応えがあったことだ。「となみ野」とはいかなる土地か?
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庄川での所用を終えると「少し奥地をご案内しましょう」と告げられた。庄川とは砺波平野の奥、旧庄川町である。そこでも十分に「奥地」のように感じていた私は、さらに奥に入って何があるのだろうといぶかしんだのだが、未知の土地に行く機会を逃すテはない、二つ返事でお願いした。すると車は庄川温泉郷を経てどんどん山を登り、谷は深く空が狭くなってようやく停車した。集落の入口には「越中五箇山相倉合掌造集落」とあった。 . . . 本文を読む
日本列島には多くの「湾」があるけれど、際立って水深が深い湾は駿河湾と富山湾なのだという。この二つの湾はいずれもプレート(地球を覆う岩盤)の境目にあって、プレートの一方がもう一方の下に潜り込み続けているため海底は深く、従って地震の巣でもあるというのだ。余りに規模壮大な話で私の理解力を超えているものの、だから魚種が豊富で、周囲に風光明媚な景観が作られ、温泉が湧き出すなどと聞くと楽しくなって来る。
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