毎年12月と年明け1月の15、16日に開催される「世田谷ボロ市」は、420年も続く関東屈指の伝統行事なのだ。年齢相応に、骨董品に惹かれ始めていた私は、一昨年の開催初日、勇んで東急世田谷線に乗り込んだ。その顔つきは「掘り出し物を見つけてやろう」という下心が剥き出しだったに違いない。しかし期待は肩透かしに遭い、私の欲望は失望に変った。恥かしながら以下は、徒労に終った「私のボロ市」紀行である。
ここ . . . 本文を読む
東(ひむかし)の野に炎(かぎろひ)の立つ見えてかへり見すれば月傾(かたぶ)きぬ――とは、御存知・柿本人麻呂の万葉秀歌である(巻一48)。そのリズミカルな調子に酔って、天空と一体になったスケール感を楽しんでいるうちはいい。しかしいったん「野」とは何処だ、「炎」とは何だ、などと気になり出すと、心が捕らえられてしまう厄介な歌なのである。挙句の果ては、奈良の山中まで出かける羽目になる。
行き先は「阿騎 . . . 本文を読む
旭川市の東郊に「旭山」と呼ばれる丘がある。山頂にはテレビ塔が林立し、全域が市民の憩いの公園らしい。その一角に、日本で最も北にあって、ひょっとするといま、日本で最も人気が高いのかもしれない動物園がある。旭川市営の旭山動物園である。旭川に行くと言うと、だれもが「動物園に行くといい」と薦める。「ペンギンの散歩だけは見逃すな」と念を押す人も。余りにうるさいから立ち寄ってみることにした。
動物園におじさ . . . 本文を読む
機内アナウンスが「旭川はマイナス11度。出発地との気温差は15度でございます」と告げた。それでようやく「日本で一番寒い街」にやって来たのだという実感が湧いた。空港ビルを出る。日差しがあって風はなく、「なあんだ、寒さはさほど感じないではないか」と駐車場を歩いて行くうちに、手の甲がグングン痛くなってきた。「これがシバレルということです」と迎えの土地人。私の甘い心の内を見透かされてしまった。
どうせ . . . 本文を読む
この雑踏はいったい何だ! 青山から表参道に回り、緩やかな坂を下りながら人込みにもまれているうちに、場違いにも「竹下通り」に紛れ込んでしまった。正月の4日、ここばかりは「仕事始め」とは無縁である。畑の芋のように野性味溢れた娘たちが、それこそイモを洗うような混雑をむしろ楽しんでいる。還暦過ぎにはいたたまれない熱気であったが、私は「野仏」になった気分でこの不思議な街を観察したのだった。
先ず、売る側 . . . 本文を読む
「ハチ公」前のスクランブル交差点を眺めていると、信号が変わるたびに入り交じる群集の動きが、「谷」に合流しようとしてぶつかり合う水の流れのように見えてくる。それもそのはずで、ハチ公が主人の帰りを待った渋谷駅は、東は宮益坂、西は道玄坂、そして北からは公園通りの坂道が下ってくる「擂り鉢の底」にあるのだ。渋谷という街は、この「底」を中心に増殖しながら、めまぐるしく表情を変えてきたのである。
渋谷はいつ . . . 本文を読む