前橋は、私が社会人の第一歩を踏み出した街である。人はだれもがそうした街を持っているわけで、よく耳にするのは「転勤でいくつかの街で暮らしたけれど、初任地がいちばん懐かしい」という感慨である。私も全くそうした一人なのであって、前橋は懐かしさに満ちているのである。ローカル線しか通らない小さな駅も懐かしく、県庁に続くケヤキ並木の樹肌も懐かしい。空を仰げば、澄んだ空気の先を流れる白雲さえも懐かしく感じるの . . . 本文を読む
やはり《空海》はすごい! 侘び寂びなどとしたり顔に唱えて縮んでしまう以前の日本は、宇宙をわしづかみするような人間がいる国だったのだ。例えば空海が現代に生きて、目下の自民党総裁選に立候補したとしよう。居並ぶ候補者たちは格の違いに顔色を失い、早々と選挙を辞退して遁走していることだろう。何をそんなに興奮しているかといえば、私は京都・東寺を訪れて、講堂の立体曼荼羅と向き合っているのである。
弘法大師空 . . . 本文を読む
「北近畿タンゴ鉄道」をご存知だろうか。京都府の西舞鶴と兵庫県の豊岡を結ぶ宮津線と、宮津と福知山を結ぶ宮福線で構成される第3セクター鉄道だ。京都北部の生活の足であり、関西の方々には親しみのある鉄道なのかもしれないが、東エビスにとっては初めて聞く名で、旧国鉄時代の「宮津線」の方がまだ耳に親しい。タンゴは丹後のことらしいがなぜカタカナ表記なのか、首を捻りながら西舞鶴駅から乗り込んだ。
乗客の減少でか . . . 本文を読む
もし日本の国花・国樹を選定する(そんな必要はないけれど)となると、「花は桜」「樹は松」あたりが無難な選択であろうか。しかしサクラはともかく、マツは曲者である。門松にしても式典を飾る盆栽にしても、はたまた能舞台の鏡板にしても、松は傲然とその存在を誇っているようで、嫌らしささえ感じることがある。とはいえ私は「その時」ばかりは、松の美しさに酔ってしまった。天橋立を歩いていた「その時」のことである。
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日本で一番美しい名の街はどこか、と質されたら、まず思い浮かぶ有力候補は「舞鶴」であろう。鶴岡でも美浜でもそのようなことを書いたが、「鶴が舞う」舞鶴には敵わない。にも関わらず、私が舞鶴に抱くイメージは暗いのである。「引き揚げ船」も『飢餓海峡』(水上勉)も『神の火』(高村薫)も、この街を辛く悲しい舞台にしているからだ。本当はどんな街なのだろう。私は長年の謎に挑むような思いで東舞鶴駅に降りた。
軍都 . . . 本文を読む
京都は、ミヤコが営まれた京都盆地を北に抜けると、その先は山だらけなのだということを、山陰本線に揺られながら知った。時おり深い渓谷を覗き込むことになったものの、里山ほどの稜線が重なり合う程度の可愛い山列に過ぎず、東国の猛々しい山影に親しんでいる眼にはいささか半端である。そんな風景の連続に、車窓から気だるさが忍び込んでくるような思いになったころ、特急「たんば」は丹後の玄関・綾部に到着した。
綾部は . . . 本文を読む