今日は、この街にいます。

昨日の街は、懐かしい記憶になった。そして・・

294 大王崎(三重県)・・・水軍も絵かきの町で太平洋

2010-08-24 21:49:54 | 岐阜・愛知・三重

何とも豪快な地名である。紀伊半島の東端、熊野と遠州の灘を分けて複雑に入り組んだ海岸線の先端、大王崎のことだ。かつて九鬼水軍が砦を築き、列島有数の船の難所を仕切った岬である。その城山に守られた漁師町・波切(なきり)は、静かな昼下がりを迎えていた。男たちは漁から帰り、まどろんでいるのだろう。街は、コトリとも音がしない。だから女たちは、満開の河津桜に埋まる大慈寺で、心行くまで花を愛でているのだった。

漁師町は山が海に落ちる、水深の深い入り江に営まれることが多いから、おおむね平地が狭い。だから民家は軒を接するように建ち、狭い路地が家々をつなぐことになる。波切は、漁師町というには大きな集落だが、やはり狭い土地に人家が密集し、城山に連なる高台へ細い石段を上って行くと、そこにも暮らしを縫う路地が続く。

太平洋を望む、リゾート地さながらの眺望が広がる高台なのに、家の前面は石垣やコンクリートの塀で隠されている。せっかくの眺望をなぜ塞ぐのだろうか? 台風など季節風がよほど激しいのだろう。そこは灯台を望む、海面から数十メートルの崖上であるのに、なお堤防が築かれている。ひなたぼっこのお年寄りに「先週のチリの地震では、避難されたのですか」と訪ねると、「なあに、ここで津波が来るか眺めていたのさ」ということだった。

漁師町の佇まいは、平坦な敷地に作業場や庭を持つ屋敷の点在する農村とはだいぶ異なる。それは地勢の差とともに、農と漁の「なりわい」の違いが深く関わっているように思える。定住耕作民と海上狩猟民の、「住まい」に対する観念が異なるからではないだろうか。農民は「大地」が宇宙であり、漁民のそれは「海」にある。

というのは私の勝手な連想なのだが、津軽半島を一周した折りに、そのことを強く感じたのである。陸奥湾に面した半島東側は、小さな入り江に漁港が連続する。一方西側は、屏風山と呼ばれる砂丘で日本海の風が遮られる農地だ。西と東では集落のありようが対照的で、外部から眺めた限りは、農村部の方が屋敷回りの手入れが行き届き、暮らしを細やかに気遣っているように見えた。漁村の家々は潮焼けし、あっさりとした生活感である。

漁村で暮らしたことのない私が、集落のありようを軽々に比較できるはずもない。ただ波切で感動したことは、かくも居住適地が限られている土地で、小学校だけは広々と、高台の一等地が確保されていたことである。大地震などに襲われた場合の住民の避難場所なのだろうが、子供たちには伸び伸びとした学びの場を確保してやりたいという、集落の強い意思を見た思いがした。



灯台を遠望する城跡が公園として整備され、絵筆を手にしたベレー帽の若者の像が建っていた。起伏に富んだ岬に漁港、そして太平洋に白い灯台と、大王崎の風景はどこを切り取っても絵になる。だからキャンバスやスケッチブックを手に、絵を描きに来る人が尽きないのだという。そこで大王町は「絵かきの町」を宣言し、絶景スポットなどの案内板を整備した。いい話だ。
            
漁師町はことのほか、お寺や神社が立派だ。海に生きる厳しい職業が、篤い祈りにつながるのだろう。私は「旅が仕事」の暮らしを3年3ヶ月続け、日本中を歩いて来た。その最後が大王崎となった。先々で出会った人たちに感謝し、無事に仕事納めをすることができたと、寺の満開の桜の下で祈りたい気分になった。(2010.3.5)
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3 コメント

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最後なのですか (sarasoba12)
2010-08-24 22:38:21
つい最近このブログを知りました。みな余韻の残る話ばかりで、感銘しています。machi-1さんのことは存じ上げないのですが、これが最後の紀行とあります。この後はもうないのですか。
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まだ続きます (machi-1)
2010-08-25 00:33:34
私が仕事と旅を兼ねて、あちらこちらの街を歩いていた最後の所用先が大王崎でした。

それ以降は純粋に個人的な旅として、頻度は減りましたが出歩いています。

これからも「街歩人」を気取り、訪ねた街の記憶を綴って行くつもりです。読んでいただいてありがとうございます。
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うれしいです (sarasoba12)
2010-08-25 23:49:09
 お返事ありがとうございました。これからも続けられる由、うれしいです。
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