WALKER’S 

歩く男の日日

17日目 6月8日 

2012-07-13 | 12年別格巡り


 朝が早いので夕食が終わったときに支払いを済ませた。大女将がねぎらいと明日の応援の言葉をかけてくれた。こういうとき本当にお遍路をしているのだと思う。一人で歩いているのではない、こういう四国の人たちの応援、後押しがあってこそ気持ちよく1200kmを歩くことができる。こういう送り方をされたら、しっかり元気に気持ちよく歩かねばと思う。自分たちの代わりに歩いて貰っていると本気に考えてくれている人はそんなに多くないかもしれない。でも時々はそういう期待をかけられているのだと心底感じることがある。
 朝玄関を出て靴を整えていたら、勝手口から大女将がおにぎりを持って出てきてくれた。4年前は玄関に腰掛けて待っていてくれた。5時前ですよ。これが本当の遍路宿というものだ。今年のおへんろ最後の日になった寂しさはない、来年が始まった嬉しさの方が大きい。


 5:18
国道まで20分で下ってきた。いい感じの下り坂なので時速は6.9kmも出てしまった。足の調子も最高、筋肉の張りも足首の違和感も全くない。


 5:20
3年前と4年前、大窪寺で出迎え、見送ってくれたワンコが出てきてくれた。昨日も今朝も大窪寺の近くで見かけなかったのでどうしたのだろうと心配していた。これではずみがついてさらに調子よく歩ける。


 5:22
竹屋敷の前から国道を離れて行く。

この矢印も4年前にはなかったはずだ。


 5:40
向こうの方にこれから合流する国道が見えてきた。


 5:43
一旦国道の下を抜ける。


 5:44
ダイハツの前で国道に合流。

合流するとUターン。


 5:58
さぬきコミュニティバスの起点、中山。4年前同様ここが今回の旅(歩き)の終点になる。

時刻表に変更がないか念のためチェックしておく。ここから大瀧寺まで7時間で往復すればよい。


 5:59
さぬき市から三木町に入る。


 6:03
国道377号が国道193号に突き当たる。ここが県境になっていて、大滝寺までずっと徳島県美馬市を歩くことになる。


 6:03
突き当たりにそれらしい神社の杜がある。この奥から県境の尾根道を行くと別格20番大滝寺に至る、と教えられた高崎さんが登ったところ、ものすごく険しい道で遭難しそうになった。これは遍路のための道ではなくて、上級登山家のための道、杖を持って登れるような道ではないようだ。全然近道にもなっていなくて倍以上の時間がかかるそうだ。


 6:04
確かに神社があるようだ。でもお遍路がこの鳥居をくぐるのは絶対避けなければならない。


 6:15
若い二人連れのお遍路さんとすれ違った。見るからに野宿、昨日は夏子ダムの休憩所で泊まったに違いない。後から分かったけど逆打ちだった。初めてで野宿で逆打ちで108ヶ所、ぼくなどからすれば無謀だとしか思えない。何よりお遍路の本当の良さを充分味わうことができないまま終わってしまうことになるだろう。


 6:30
夏子休憩所まで1.3km、ということはあと12分、ということは4年前よりかなりいいペースだ。


 6:38
夏子休憩所が見えてきた。


 6:40
夏子ダムが見えてきた。休憩所は目の前。


 6:42
民宿から105分03秒で夏子休憩所に到着した。4年前より3分も早かった。4年前もこの区間は絶好調だったからこれだけのタイムが出るとは思わなかった。大滝寺まで2時間以上休めないので、おにぎりを食べておく。今回は栄養不足と休養不足でうまく歩けなかったことが度々あったので最後くらいはきっちりまとめておきたい。


 7:03
国道を離れて大滝山に向かう。


 7:04
三角寺と負けないくらい大きな矢印がある。15kmとあるけれど、歩き登山道を行くと12kmくらい。

距離表示が消してある、おそらく正確ではなかったのだろう。


 7:12
短絡路の入り口はやはりペンキで塗りつぶされたまま。新しく開発されたという噂も聞いたけれど、全く見あたらなかった。自動車道は確かにものすごく迂回した道になっているけれど、時間にすれば大したことはない。訳の分からない道で迷っている方が余程時間を食ってしまうのだ。


 8:01
夏子休憩所から58分26秒で歩き登山道の入り口まで来た。4年前と同タイム、ここからが本当の登山。この標高は450m、大滝寺の標高は910m。


 8:02
腰掛けるところはないけれど、地べたに座って10分ほど休憩する。4年前は30分かけて迷って一周してここに戻ってきた。完全にパニックだった。リベンジを果たす前に一休み。


 8:10
登り始めてすぐ、貼りにくい所に無理矢理矢印があった。右折れの道があるので初めて来た人にはありがたい。もちろん4年前にはなかった。


 8:12
新しいのか古いのかよく分からない丁石がある。この20丁は全く信用できないけれど。


 8:16
4年前最初に道をはずした所に来た。分かりやすい黄色い遍路札が掛けてある。草も刈られていて右後ろへUターンする道がすぐ確認できる。4年前はこの道があることすら判らなかった。


 8:21
2回目道をはずした所にも黄色い遍路札が掛けてあった。もうこれで道をはずす人はいなくなるはずだ。別格の道も4年前に比べてずいぶん歩きやすくなった。


 8:57
思ったよりずいぶん早く広いところに出てきた。拍子抜けといってもいいくらいの山道だった。ほとんどの山道は辛かったことや苦労したことは忘れているので新たな苦しみに出会うことになるけれど、この山道だけは全然辛くも苦しくもなかった。こんな快適な道で900mの標高まで来たというのは不思議な感じさえする。


 8:58
大瀧寺まで900m、ここまでの山道よりここからの舗装道の方が急で歩きにくい道になっている。


 9:09
県道106号に出てきた。ここまでの10分の舗装道のきつさは忘れていた。それにしてもつづら折れの山道は本当に快適だった。登っているという感じすらあんまりなかった。


 9:09
県道に出るとちょっと下りになる。


 9:11
歩き登山道登り口から62分14秒で四国別格霊場第20番大瀧寺に到着した。四年前は二回目に道をはずしたロスタイムを含めたとはいえ80分もかかった。これだけ短縮できるとはとても思わなかった。本当にパニックだったし空回りしていたのだとつくづく思う。


 9:16
大師堂が新しくなっていた、そしてその隣に立派な住宅もくっついてできていた。ブザーを押すと出てきたのは、4年前とは違って年配の貫禄のある住職だった。新しい住職が来るから住宅が新しくなったのか、住宅が新しくなったから新しい住職が来たのか、いずれにせよ若い名物住職と再会できなくてがっかりだった。

無事20個目の念珠をいただくことができた。前回と違って全くロスタイムがなかったからゆっくり休むことができる。昨日コンビニで買ったパンを食べながらたっぷり30分以上休憩する。


 11:46
納経所の前で休んでいる頃から雨が激しくなってきた。10時ちょうどに下山を始めることにした。傘もさしているし、足場のそんなに悪い山道ではないけれど、タイムを気にせず慎重に歩くことにした。登り口まで50分55秒かかった。前回より3分遅れだけどこれは納得の数字。前回は時間がなくて飛ぶように下ってきたはず。
 登り口から夏子ダムまでの自動車道は53分08秒で下ってきた。こちらは足場が安定しているので4年前と勝負する気満々だった。結果1分早くて大満足。中山のバス停にはベンチも屋根もなかったはずだからできるだけぎりぎりまで夏子いなか市の前にあるベンチで休むことにする。35分の休憩。


 13:04
夏子ダムから45分02秒で中山のバス停まで戻ってきた。前回この区間はバテバテで48分もかかった。今回は、傘もさして靴の中はビチャビチャだったけど気力も充実足元もしっかり、予想以上のタイムで大満足で今年の四国の旅を締めくくることができた。


 14:47
コミュニティバスは国道をローラーコースターのように飛ばす。大窪寺に着くと、歩き遍路さんが3人乗り込んできた。70歳の女性は神戸の人、60代の男性、20代の男性、いずれも初めてのお遍路だと言っていた。女性は昨日は屋島の宿から長尾寺門前のあづまや旅館まで、距離が短いので13時過ぎに着いてしまった。女将さんに、そのまま入ってもいいけどお遍路交流サロンまで歩いてきたら、と薦められたのでそのとおりにしてバスで旅館に戻ったそうだ。朝早くに宿を出ると交流サロンが開いていないこともあるから充分意味のあることだ。あづまやの女将にはものすごくよくして貰った、と感激していた。そう、ぼくも5年前あづまやでお世話になってとてもいい気持ちだった。これこそがお遍路の醍醐味、その醍醐味を野宿の人は味わうことはできない。お金がかからない分本当のお遍路を味わうこともできない、コスパはとても貧しいとぼくは信じている。
 女性は高速志度バス停で降りていった。男性二人はぼくと同じJR志度駅で降りた。電車で徳島に戻る、オレンジタウン駅で降りればよかったと後悔していた。手前のJR駅にバスが寄ることを分かっていなかったらしい。ぼくは駅には入らず、歩いて「表装の詠智会」に向かう。昨年の日帰りで位置は把握している。駅から8分で到着した。
 詠智会の奥さんは自ら何人かを先導して別格巡りもすると話していた。さっきまで雨の中大瀧寺まで登って下ってきたと言うと、それは値打ちあるわぁ、と感心してくれた。別格だけとなると距離がすごく離れている箇所がいくつもあるから車やバイクで巡る人が多いようだ。実際にバイクで巡っている人には二人会ったし、車で巡っている人も何組も見かけた。念珠の色は緑、房は利休梵天でお願いした。木箱にして欲しいと言ったら、使うのだから紙箱にしておきなさいと、全く商売っ気なし。今年の逆打ちツアーの盛況さにも半ば呆れていた。訳も分からず辰年の閏年は御利益が3倍というそのうたい文句だけで参拝者をかき集める旅行社のやり方には否定的だった。何しろ1月から始めて12月に終わるのはまだ分かるとして、6月から始めて12ヶ月で巡るツアーも募集しているのは理解に苦しむと嘆いていた。ぼくも、逆打ちの人には何人もすれ違ったけれど、その半分くらいはこちらから挨拶しても返事すらできない人たちだった。全く逆打ちの意味を分かっていない人たちだ。逆打ちは衛門三郎の故事に始まる。お大師さんに巡り会うために逆に打つ。すれ違う歩き遍路の人は皆同行二人、お大師さんと一緒に歩いている。お大師さんと会うために逆に打っているのにそのお大師さんと会ってなぜ挨拶すらできない。本当に嘆かわしい奴らだ。訳も分からず四国をさまよって真面目なお遍路さんのじゃまをするのは止めて貰いたいものだ。

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