WALKER’S 

歩く男の日日

17日目 くろうさぎ~民宿磯屋

2017-07-10 | 17年四国の旅


くろうさぎの朝食は6時半から、ちょっと早めに行ってご主人、奥さんとちょっとおしゃべり、本当に残念だと思いました。大岐の浜に泊まるとどうしてもこの宿とは距離が合わない、これが最初で最後になるとは・・・、
 あまりに残念なので帰宅してからいろいろ考えてたら、ひらめきました。来年は逆打ち全歩きなので不可能なのですが、再来年以降は順打ちで、ユートピア、大岐の浜、大岐の浜に泊まった翌朝はバスで足摺まで飛んでしまう、足摺からくろうさぎまで38km歩く、楽々16時には到着できます。帰ってくる宿がもう一つ確定です。
 Uさんは昨日今の山越えできたので来栖野トンネルの手前までご主人に車で送ってもらいます、昨日の続きを歩く訳だから全歩きは途切れません。ぼくとMさんは一足遅れで一緒に歩き始めます。女性のMさんは今日はほとんど歩かないのでさらにゆっくり、


 くろうさぎを7時18分に出て1.5kmほど来たところ、くろうさぎから延光寺までは16kmだからこの看板の距離は正確です。


 くろうさぎを出て40分、宮の川トンネルを抜けます、くろうさぎからだと普通県道21号をそのまま行きがちですが、こちらの道の方が200mほど近道になります。


 トンネルの入口から20分、県道に合流する交差点の少し手前にバイパスができていてびっくり、そういえば昨年はこちらの道ではなく県道を歩いたのでした。


 本当に必要なのかという感じもしますが、
 このしばらく先、清水川荘の手前でMさんが先に行くようにと言われたので、自分のペースで歩きます、Mさんは今日は宿毛までなのでもっとゆっくりでも十分なのです。ぼくは宿毛のさらに20km以上先の宿なのでベストのペースに戻します。
 3kmほど先二つ目のトンネルを抜けたところで後ろからUさんの声がかかりました、二つ目のトンネルは日本語の地図には赤線がありますが、英語の地図には赤線がなくて川沿いの道に赤線があります、その道にトイレとヘンロ小屋があってUさんはそこで休んでいたようです、そこからはUさんと延光寺まで一緒に歩きます。
 山の中を抜けて平地に下りて自動車道と歩き道の分岐の所で前を行くご夫婦、間違って自動車道の方へ行かれたので挨拶できませんでした。あとで訊いたらやはり森本まるに泊まられたそうです。


 国道56号から昔の道に入るところに新しい矢印、
 このすぐ先で、2日前3日前に会った野宿の男性に追いつきました、2日前は頑張ってじんべえ広場まで戻ったそうです、昨日は清水川荘の近くのヘンロ小屋まで30kmほど歩いたようです、延光寺まで3人並んでおしゃべりしながら歩きます。


 10時10分、高知県最後の札所39番延光寺に到着です、
 本堂では女性のMさんがすでに到着、お参りを始めていました。


 延光寺でUさんとはお別れ、10時32分に出発します、延光寺を出てすぐの所にある昔の短絡路は最近道しるべが分かりやすくなって歩く人も多くなったようですが、ぼくは一度歩いて、ちょっと荒れて歩きにくい部分もあったので、以降はずっと二つ目の短絡路を歩きます、ここにはずっと遍路シールが全くなくて国道までそのまま出てしまう人が圧倒的に多かったはずですが、新しい矢印が貼られていました、これでこの道を行く人が多くなるのか、この手前で古い道に入ってしまうのか、時間的にはこちらの方が短いし歩きやすい。


 これがその入り口、矢印がないと絶対入れない雰囲気、ぼくも入れたのは3回目か4回目の時でした。

 延光寺を出て国道に入ってからはいつもの道なので写真は撮りませんでした、今日は距離が長い上に出発時間も遅くなったので、ほとんど時間の余裕がなくなっています。
 延光寺を出て4km、二つ目の脇道が国道に合流するところでKさんに追いつきました。2日前の金剛福寺の山門前以来です、昨日は風車かそれとも清水川荘だったでしょうか、今日は札掛乃宿までだそうです。ぼくのスピードを見て先に行ってくださいと気遣ってくれます。
 岡本旅館の前がタイムチェックポイント、その岡本旅館は廃業して看板も完全になくなっていました、12年前11年前の2回お世話になりました。61分、ほぼベストタイで到着、この区間久々のベストタイ、ほんとに時間に追われると思わぬ力が出ます、
 そのすぐ先の国道の交差点にあるローソンで昼食を調達、出てきたら、国道を向こうからやって来る人が、話を聞くと、昨年友だちに誘われて初めてなのに逆打ちで始めて、今年はその続きを一人で歩いているそうです。今日は延光寺の先の鶴の家までだからもう2時間ほどです、ただいま12時、それではと宿案内を手渡します、まだ半分以上残ってますからね。
 その先松尾峠の登り口までは49分、ベストに1分半ほど及びませんでした、
 登り口から県境松尾峠までは29分、またもベストより2分遅れ、松尾峠は昨年登っていないので少し覚えていないところもあってペースが掴み切れませんでした、山登りはタイムを狙ってもなかなか思うようにはいきません。峠に到着したのは13時39分、まだ宿まで15km以上あるから16時までに着くのは不可能、それは初めから覚悟していました。
 登りはタイムが出なかった分、2年ぶりの下りは思い切り飛ばします、この下りは何度来ても気持ちいい、下りの山道では一番のお気に入り、雲辺寺の下りも好きですが前半だけ、後半は段差がきびしすぎるのでトータルでお気に入りまではいかない。
 里まで下ると、新しいトイレが見えかけてくるところでお接待が待ちかまえていました、すごくありがたいけれど、時間がぎりぎりなので、でも気持ちよく受けることにします、次から次へといろんなものが出てきてびっくり、まともに昼食を摂っていなかったのでありがたいのですが、そうそう落ち着いている訳にもいかず18分ほどでおいとまします。
 峠からその先のトイレまでは31分でほぼベストタイ、その先の一本松の交差点までは12分でベストよりちょっとだけ早い、
 一本松からは久々に国道を行きます、お接待でいっぱい食べたせいか眠気におそわれて全然調子が出ませんでした、


 16時10分、ベストより8分も遅れて40番観自在寺に到着です、あまりに眠たいので途中でしゃがみ込んで1~2分眠りました、こういうのは今までほとんどなかったこと、これからあとも同じようなことが何回かありました。


 16時43分、民宿磯屋に到着しました、当然同宿の二組はすでに入られています。到着するなり、女将から昨日和田さんという方がぼくの紹介で泊まられたと聞かされます、とっさに思い出せなかったのですが、1分以内に高松の方、関学吹奏楽部のOBで学年はぼくの一つ上、昨年砥部町のたちばな旅館で同宿だったと思い出しました。
 彼が1年生の時は交響的断章(ネリベル)で全国金賞、この年ぼくは浪人で姫路文化センターで行われた県大会を生で見ていました、2年生の時は5年連続金賞で招待演奏、3年生の時はカプリチオ(ポート)で全国金賞、4年生の時は交響曲第1楽章(フォーシェ)で全国金、関学の全盛期を担った一人。ぼくは4年とも関西大会で後塵を拝したチームのメンバーでした。関学がフォーシェを演奏した年はぼくのチームも同じ曲でこの曲を聞くと何十年経った今でもこみ上げてくるものがあるというトラウマの1曲です。負けたことよりあの時の幹部の鬼のような厳しさがいまだに悔しくてならない、


 同宿は2日前大岐の浜で一緒だったベテランのご夫婦と、初めての男性、ベテランの人とは話すこともないので隣の男性とばかり話して宿案内も渡すことができました。女将は相変わらずの饒舌で、ぼくはほとんど聞き役で楽しませてもらいます。