駒子の備忘録

観劇記と乱読日記、愛蔵コミック・コラムなどなど

宝塚歌劇星組『鎌足』

2019年05月10日 | 観劇記/タイトルか行
 シアター・ドラマシティ、2019年5月6日12時。

 飛鳥時代。留学先より帰朝した僧旻(一樹千尋)の開いた学塾には、法師の持ち帰った最新の大陸文化・学問を学ぶ多くの貴族の子弟が集っていた。その中には、のちに時代を大きく揺り動かすことになるふたりの若者の姿があった。ひとりは大臣・蘇我蝦夷(輝咲玲央)の嫡子であり、のちに大臣の位を継ぐ蘇我入鹿(華形ひかる)。そして、乙巳の変にて入鹿を討ち取ることになる中臣鎌足(紅ゆずる)である。代々神祇官を務める中臣氏に生まれた鎌足は、父・御食子(如月蓮)より課せられた修行を厭い、生まれに支配された人生を抜け出し求めるままに生きたいと常々考えていた。父との衝突が絶えず鬱々とした想いを抱える鎌足を、幼なじみの少女・与志古(綺咲愛里)は、泣くよりも強くならなければ、と励ますが…
 作・演出/生田大和、作曲・編曲/太田健、高橋恵、振付/藤間勘十郎、若央りさ。次の本公演での卒業が発表済みの星組トップコンビによる「楽劇(ミュージカル)」。全2幕。

 配役発表時には役名がまるで読めず、大化の改新についても学校で習った教科書程度の知識しかないので不安で、『あかねさす紫の花』の鎌足は私はキャラクターとしてはめっちゃ好きなんですけどこれを主人公にするとどんな話になるのかまったく予想がつかず、しかも生田先生の日本ものってどんなになるのかこれまたまったく予想がつかず、しかも先生の直前の公演である『CASANOVA』を私はあまり評価できなかったので、ホントどうなることやら…と思って臨みました。初日の評判はまあまあいいようでしたが、初日はファンが観るものだから割り引きして考えるべきだろうし、そして自分はそのすぐ次の回一回きりの観劇予定だったので、わからないままに見終えてしまったらどうしよう…と、まあまあ不安てんこ盛りだったのです。
 でも、とてもおもしろかったです。とてもよかった。私は好きです。
 思うに私は、生田先生の秀才肌っぽいところがわりと好みなんですでしょうねえ…理解できるというか。エラそうにもディスってるようにも聞こえるでしょうからそれは申し訳ないのですが、でも天才肌ってタイプじゃないと思うんですよね。でもそこがいいと思うのです。
 基本がある程度できていたり、良いものに寄せて作れたり、その上でちゃんと自分のしたいことがあってそれを乗せられている感じが生田作品にはあると思うのです。基本も何もあったもんじゃないのに自分の主張ばっかあるような若手あるあるみたいな作風より、私は全然好きです。天才じゃなくて秀才なんだとしても、とにかく才能を感じるのです。技術もある、その上で萌えも性癖も感じられるから作家性もあるんだと思うんですよね。ハリーとは違う意味でわりと好みで評価甘めかもしれませんよね私、すみません。でもホントに、意外にも(オイ)楽しくわかりやすく観たし、感動したし感心したのでした。なんならうっかり泣きました。コレ大事。
 令和の時代に大化の話を、みたいなタイミングが話題になることが多いですが、ベニあー(気恥ずかしくてパッサァとは私は書けない)のプレサヨナラ、というタイミングの方がこの演目の巡り合わせとして素晴らしいことだったのではないでしょうか。墨一色みたいなシンプルなお衣装でたたずんで絵になる域に達するのはトップスターでも退団間際でしょうし、その幼なじみから一度は他人の妻になり、けれどずっと両想い、最後は共白髪…みたいな運命の相手役を余すところなく演じきるトップ娘役も今が盛りの充実期だからこそでしょう。本当にいいものを見させていただきました。

 プロローグの(正確にはS1)天命の時空間、ってのがまずいいですよね。生田先生のこういう中二っぽいところ、オタクなところがまず嫌いじゃないんです、私。
 ヒロさんの使い方としてはかなり贅沢な気もしますが、案配として素晴らしい。そこに拮抗できるみっきぃもまた素晴らしい。ちょっとアンドロギュヌス的にも見える、まさに人であって人でない変幻自在の存在として時空を行き来している感じがたまりませんでした。
 歴史は勝者が綴り書き換えるもの、とか歴史と物語、というモチーフや、学堂の景色など、ちょっと『月雲の皇子』を想起させましたが、これはインスパイアされる部分があったのかな。ともあれ物語の始め方、進め方としては手堅く、固く、スムーズで、こういうところも私は高く評価しちゃうんです。
 そして幼いあーちゃんがめっかわで! でも全然カマトトじゃないしむず痒くないんですよ、可愛いのプロは芸としてこの高みにすでに達したんですよ。素晴らしい!
 むず痒いというか微笑ましいのは、ここの志の歌みたいなのが、それこそ柴田万葉ロマンへのオマージュなのかな、あえてベタにやってるんだろうな、ってところです。でもベニーもみつるもてらいなくやっていてすがすがしく、愛らしく、健やかに育て幸多かれと願わずにはいられません。キャラクターの立て方がフツーに上手い、コレ大事。
 そこからのみつるくらっちターンがまた濃厚で素晴らしい。けっこう長くベニーが出てこないままに話が進んじゃうんだけど、引きつけられました。演技と展開に説得力がある。単に男が女の美しさに目をくらませて志を変えた、というだけではない、ドラマとロマンがありました。
 ちょっと話がズレるようですが、世の男性って、女性を自分の妻にしたり自分の子の母親にしたりと仕事やめさせたりと自分のために変えさせるくせに、自分は相手のためには変わってくれないじゃないですか。夫になっても父親になっても全然変わらずのうのうとしていられるようなところがあって、それがこちらからしたらホント小面憎いってことがあるじゃないですか。だからせめて宝塚歌劇くらいでは、女性への愛のために否応なく変わってしまう男の姿、なんならその破滅、転落…を観たい、と思ってしまうところがあるのかもしれない、と最近私は考えたり、しました。それこそ復讐のように。物語の中で復讐して溜飲を下げて、ままならない現実を生き抜く心の支えにする…みたいな。そう、古典的少女漫画の、学園一のモテ男が地味で冴えないヒロインに恋してくれて、「ありのままの君が好き」と言ってくれて、プレイボーイを返上してヒロインだけの王子さまになってくれる…というドリームって、女性は変わらないですんで、男性の方が変わってくれる、という女性の願望を叶えるシチュエーションってことなのだと思うのです。
 実際には、関わったら、お互いに変化するのがあたりまえなのに、男性は無自覚すぎて、女性の方が社会的な制約含めて変化を強制させられるのが、不平等で理不尽で嫌なんですよね。素直に変わってほしいのです。それを私たち女性は見たいのです。
 鎌足は、与志古のために変わろうとするじゃないですか。強くなろうとするじゃないですか。その姿勢が嬉しいんですよね。その対比として、皇極帝(有沙瞳)によって変わってしまう入鹿、という構造がある…

 ひーろーと紫月音寧ちゃんがめっちゃいい仕事していて、都優奈ちゃんのワンポイントもめっちゃ良かった! あときらり杏ちゃんもやっとちゃんと認識できましたが、イイね!?
 さらにみつるがいい仕事しちゃうんで、鎌足はその傍らでおろおろしているだけの役にちょっと見えちゃうというか、これベニーじゃない成立しないよな、しどころなさすぎて困っちゃう役になっちゃってるんじゃないかなとか心配しかけたのですが、ここからの苦役の場面がまた良くて。『夢幻無双』に続いてでっかい石が!というのにはちょっと笑いましたが、政権の暴走、圧政に泣かされる庶民の心が汲める、という鎌足がきちんと描かれていて、かつただ同情して泣くだけの優しさとかではなく、そこから具体的にどうしたら改善できるだろう、と動ける人間になっているのが大きいと思うのです。そんな鎌足が出会うもうひとりの運命の相手…中大兄皇子(瀬央ゆりや)。
 蹴鞠の場面の演劇性がまた嫌いじゃない私。天狗もイイ。あと桃堂純と湊璃飛と朱紫令真、めっちゃ上手くてめっちゃ目立つ! あと腹芸できなくてしょーもないみきちぐ、ホント腹立つくらい上手い!!(笑)
 そしてプログラムのなんてことない一カットかな、としか思っていなかった弓矢が、鎌足のキャラクターを表し弓を教えた入鹿との友情を紡いだその矢が、こんなにも劇的に使われる…!(史実のようですが)上手い!!
 自分の生命を、立場を、家族を守るために愛する男に背を向けるくらっちも、そんな彼女に「それでいい」言って死ぬみつるも、たまらん! せつない! カッコいい!
 そして女官として宮中に入っていた与志古にとっては、優しい与志古にとっては、こんな乱暴狼藉がショックで、それが強くなると口では言いつつもずっと優しいばかりだった鎌足の仕業とわかってショックで…の幕切れ。なんとも鮮やかなものではないですか!

 二幕、寒い笑いが嫌いな私ですが、「令和」のギャグは意外に嫌いじゃありませんでした。今しかできないだろうし、やっとかないとね!って気持ちになるのはわかります。のちのち映像に残ることを考えると「なんじゃコリャ」とはなるかもしれませんけれどね。
 鎌足と与志古は無事に結婚してラブラブで、1幕ラストの引きからしたらその後ふたりがどう折り合ったのかちょっとはしょりすぎかなと思いまししたが、やはりいちゃいちゃはいいものです。ただこのあたりでもうちょっと、鎌足の才気とか政治手腕みたいなものが周りに高く評価されていることを描写しておいて、だからこそ中大兄が手放さず、逆に離反を恐れて人質を取ろうとまでしようとするのだ…としないと、ちょっと「なんでそんなに?」ってなっちゃうかな、と思いました。奇しくもせおっちがナウオンで「ラブではなくて」と言っていましたが、実際的な必要性と執着、才能への嫉妬や恐れ、そして愛憎…まで生田先生としては込めたかったんだと思います。だからここが足りないのはちょっともったいなかったかな。
 それを踏まえての安見児(星蘭ひとみ。『デビュタント』に続きせーらちゃんの正しい起用法だと思う! あとまおくんに関してもスタートしては役付きは年々落ちてるんだろうけれど得難い役者として今回もいい仕事をしていたと思いました)のエピソードであり、『あかねさす』もかくやのメナージェ・ド・トロワ場面なワケですよ! いやー、たぎりましたね。
 ところでここの与志古は鎌足の生命を、政治的立場を守ろうとしてあえてこう動いているのだけれど、それこそ額田のように、実は中大兄に性的な魅力を感じてぐらりとしてしまっているのだ…とは見えないように、もうちょっとわかりやすく整えてもいいのではないかしらん、とは思いました。
 そして中大兄は人質として鎌足の女を抑えておきたかった、というのもあるだろうけれど、鎌足の女が欲しかった、鎌足の女を抱くことで鎌足より男として優位に立ったつもりになりたかった、というのももちろんあって、さらに本当は鎌足を愛していて鎌足に愛されたくて、だからその女を奪って彼のそばから離れさせたのだ、って側面も絶対にあるんですよね。だからこれは『あかねさす』よりむしろ『太王四神記』だけど、実際には与志古には指一本触れてはいなかった…ってのもアリかなとも思ったんですけれど、イヤ逆に子をなしたかそれが不比等(咲城けい。これがまたイイ!)か!というのにはまたたぎりました。

前後しますが、大立ち回りでの歌舞伎的演出の外連味、嫌いじゃないです。会を通して大向こうふうの掛け声を入れるというのもおもしろい趣向だと私は思いました。ただ、失笑していた観客がいたのも事実。とまどってつい笑っちゃったのかもしれませんが、そういう場面ではないということが伝わらなかったのは残念ですね。

 総じて、史実の点と点の間を結ぶ創作や改変が上手くハマり、おもしろいドラマになっていたと思います。鎌足は皇族でも豪族でもないのに大きな政治権力を振るった人間なので、野心的であるとか策略家であるとかいったイメージが強い人物だと思いますが、生田先生はそれを、まっとうな志を持った、才気あふれる、人としては優しくてむしろ弱いくらいの人間だったのかもしれない、として描こうとしたんですよね。そして政治の道具にされがちな、か弱い女であるはずの与志古の方がむしろずっと強く、愛する者のためならどんな犠牲も堪え忍ぶしたたかさ、しなやかさを持った人間として描いたのです。ベニあーのキャラにぴったりだし、晩年まで支え合い労り合い、楽しかったと回顧する姿はトップコンビの生き様そのもので、そういう点も美しく、よくできていたと思いました。
 鎌足の才人の部分の描かれ方が弱かったのと、なんせベニーが素直にウェットな芝居をすするので、鎌足が本当に弱く優しいだけの男に見えかねないことは、ちょっとアレだなと思うのですけれど、それでも物語の主人公として、ある種のヒーローとしてギリギリ成立させているんだからやはりベニーのこの芸風はたいしたものです。『エルベ』もよかったし『アナワ』も当て書きだったのだろうけれど、これもまた代表作のひとつに挙げられるのではないでしょうか。
 ひとつだけ生田先生に言いたいのは、人間の、というか男の弱さをあまりに肯定的に描きすぎると、それはそれで我々女性観客はちょっとイラッとさせられることがあるかな、ということです。幻滅する、と言ってもいい。現にそんな弱くくだらなくつまらない男の姿は我々は世で散々見ているわけで、そんな男どもより何億倍もカッコいい男役を観に我々は宝塚歌劇に通っているわけですよ。そしてもっと言えば、そういうカッコいい男役を通して、なんだかんだ言って男にまだドリームを持ちたいと思っているのですよ。そういう期待を捨てられないの、だって男が好きなんだもん女は。
 だから、これは男性作家にありがちなことかもしれませんが、あまり弱い男ばっか描いてちゃダメです。そこは作家としてがんばらないと。客が喜ぶもの、望むものを提供しないと。アンタが男としてつらいの弱いボクちんを許してねとか言いたいならそれは家の中でやってね。それはパートナーに見せるべきもので仕事はそうじゃない。
 あと、世の中がしんどい方に傾きつつあるだけに、踏み留まる努力をしてほしいのです。弱さを認めすぎちゃうと、がくっとそっちへ寄っちゃう危なさが、今、あると思う。本来は人はもっと強く明るく健やか幸せであるべきだ、という姿勢を崩しちゃダメだと思うのです。だからそういう物語を紡いでほしい。恵尺先生もそう言ってた(嘘)。
 もちろんこれは読後感がよかった…じゃないな、幸せに甘く優しくけれどどこかせつなく、すがすがしく見終えることのできる舞台でした。パレード、ラインナップそして一瞬のデュエットダンスにまた気持ちよく泣きましたしね。
 強くあろうとして破滅するような男の物語、そして愛は成就するも命は奪われる女の物語、みたいなものの方が今までは多かったから、これはこれで新しいとは思いましたが、上手くバランスを取りつつ、より新しい時代に新しい未来のための良き物語を、とさらに期待したいです。



コメント (1)
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