駒子の備忘録

観劇記と乱読日記、愛蔵コミック・コラムなどなど

宝塚歌劇星組『BIG FISH』

2024年06月17日 | 観劇記/タイトルは行
 東急シアターオーブ、2024年5月30日15時(初日)、6月2日15時半、14日13時。

 まるでお伽話のように自らの人生を語り、周囲を魅了するエドワード・ブルーム(礼真琴)。自分の運命を教えてくれた魔女(都優奈)やともに故郷から出てきた巨人(大希颯)の話、サーカスでの最愛の妻サンドラ(小桜ほのか、若かりしサンドラは詩ちづる)との出会いなど、彼の奇想天外な話は幼い息子ウィル(極美慎、ヤングウィルは茉莉那ふみ)を虜にしていた。しかし成長するにつれて、ウィルは父の話を素直に聞くことができなくなっていき…
 脚本/ジョン・オーガスト、音楽・作詞/アンドリュー・リッパ、潤色・演出/稲葉太地、訳詞/高橋亜子、音楽監督・編曲/太田健。ダニエル・ウォレスの小説をもとに2003年にティム・バートン監督で映画化、2013年にはブロードウェイでミュージカル化され、2017年に日本でも上演された作品。全2幕。

 川平さんとウラケン、きりやん、ねねちゃんで上演されたとき、タイトルは知っていましたがなんとなく食指が動かなかったんですよね。タイトルからもなんの話かよくわからなかったし…でも宝塚歌劇での上演が決まって、そのあと映画のテレビ放送があったので見てみました。人は釣果を大きく吹聴しがち…というところから、ホラ話とか、ほら吹き男とかいう意味がある言葉だったんですね。それは洋の東西を問わないと思うので、わかる気がしました。ただ私はティム・バートンに特に思い入れがないからなのか、また映画館で観ていたらもうちょっと没入感が違ったと思うんですが、この映画はそんなにおもしろいとは感じなかったんですよね。なんか、父親と息子の、いかにも男性が好きそうな男のロマンの話だな-、とか思いました。
 男性って自分では産めないから、妻に産んでもらう自分の子供に思い入れがひとしおある、というのはわかる気がします。それが娘なら愛する妻の延長なんだろうけれど、息子となるとダイレクトに自分の延長で、より深くこだわっちゃう、というのもわかります。女性からしたら性別問わず自分がお腹を痛めて産んだ子だ…とはならず、母親側にも子の性別によっていろいろ思うところはあるのでしょう、私は経験ないのでわかりませんが。ただ、とにかく自分では産まない性の人が自分と同じ性の子供にだけ入れあげる構造には、私は心底ケッと思うのでした。演目発表時も、恋愛パートがほぼなくて宝塚歌劇向きではないのに、何故…?というような意見もよく聞いていたのもあって、さてどんなもんなんだろうかねえ…と、やや穿って初日から出かけてきました。
 で、こっちゃんがやるから…というのもあるのかもしれませんが、宝塚歌劇の枠を超えて、素晴らしい作品になっていたと思いました。論評するためには外部版も観ておけばよかったな…でも両方観たお友達によればやはり人海戦術でショーアップされた部分が素晴らしく、より良い作品になっていたように思う、とのことでした。確かにエドワードのホラ話部分は舞台、しかもミュージカルに向いていますよね。舞台は生で上演されるからこそ魔法がかかるし、音楽や踊りの力でよりファンタジックになるものです。もちろんもともとは小説だからその形がベストなのかもしれないけれど、この作品は宝塚歌劇というスタイルを得てやっと完成されたのではないかしらん…とまで思ってしまいました。
 なんてったって、中の人は女性である男役がやるからこその「父と息子の物語」であり、そのことが私に「ケッ」と思わせませんでした。ウィルもまた息子を持つのだけれど、でもより広い意味での家族愛の物語に思えたし、親を見て子供が育つこととか、親が子供に教えてあげられることとか、なんなら伴侶や子を持つことがなくても人は人としてどう生きるのが正しいのか…みたいなことまで描いている作品のようにも感じられました。
 だってエドワードって別にめっちゃいい父親とか夫とか家庭人とかではないじゃん。それなりに稼いで妻子を路頭に迷わせはしなかったんだろうし、もちろん暴力を振るうようなこともしていない。でも人によってはネグレクトギリギリに感じるでしょう、少なくともウィルは寂しかったはずです。だから父親の話を疑うようになるし、真面目で堅実で現実的で、ちょっとおもしろみのない「ちっさなおっちゃん」みたいな男に育っていったわけです。
 サンドラにしたって、そりゃ「亭主元気で留守がいい」ってのにも一理ありますし、彼女自身はそんなに寂しそうにしている描写はなく、当人もややのほほんとしているところがありそうだからちょうどいい夫婦だったのかもしれないけれど、でもほぼワンオペで家事と育児をするってのは、いくらちょっと前のアメリカの話だろうと(今でもこうして車で担当地域を回って働くようなセールスマンっているのかな…? いるのかもな、なんせアメリカは広大だからな…)しんどかったに違いありません。きりやんで観てたらなおさら「こんな夫、ヤダなーかわいそう…」ってなってたんじゃないかな私、とか思います。川平さんが生き生き伸びのび楽しそうにやっていただろうだけに、余計に。
 エドワード自身に、自分がいる場所がどうにも正しくないような、常にここではないどこかへ行かないではいられなくなるような気にさせる、何か病理のようなものがあったのか、はよくわかりません。彼の生き様は、父親が寡黙だったから饒舌になった、というのの枠を超えていると思うので。ただ、彼が生きるためにはこういう暮らしが必要だったんだろうし、それでも妻や息子を愛していたことは間違いないことなのでしょう。こっちゃんエドワードはかりんさんウィルがあれこれ言ってきてもハイハイといなします。それは話を聞いちゃいねえってよりは、わかっていてさらに上から、親として、あくまでいいことだと思って自分を曲げないでいるように見えました。だからこそ本当にキレて喧嘩になっちゃったとき、私は本当に怖かったし泣けました。エドワードの老いを感じたし、そうやって正面から衝突してしまうと、家族だけに余計に傷が深くなるだろうと思ったからです。サンドラが割って入ったのは正しい。
 でも、ふたりとも、離れなかった、閉じてしまわなかった。ウィルは「本当のことが知りたい」という形ではあってもエドワードに食らいついていったし、エドワードは最後まで自分を曲げず、自分の語りたいように語り続けました。それは自分が年老いて、息子に見守られながら、病院のベッドで満足して大往生(と呼ぶにはいささか若かったかもしれないけれど)する最期を、魔女に見せてもらっていた自信に裏打ちされてのものかもしれません。魔女はいたのか、こんなふうに未来を見せてもらえた事実があったのか…それはわからない。というかフツーそんなことはありえない。でもおそらく似たような何かはあって、魔女らしき女性は実際に弔問に来たし、エドワードは自分の未来を見たと信じていたのでしょう。それこそが彼にとっての真実だったわけです。「自分」がある人間は強いし、自分も、家族も、世界も愛せる。これはそういう物語だったんじゃないかな、などと私は思いました。「ヒーローになれ」「物語がお前の道しるべ」「世界はお前の物だ」と親が子供に教えるとき、親自身がそれを信じていないと、知っていないと子供には伝わらない、通じない。ウィルはそこまでの万能感は持っていない、ごくまっとうな大人に育ったけれど、現実的で理屈っぽくても厭世的だったり悲観的ではない、世界を愛する明るい人間に育ちました。それはエドワード(とサンドラ)の勝利だと思います。みんな誰かの子供で、なるべくたくさん愛情をもらって明るく育つべきで、自分でも子供を持つならそう育てていくといいし、子供は持たなくても変わらず世界を愛して生きていこう、それが人間だ…そんな大きな物語になったように感じました。大袈裟で、良く言いすぎかもしれないけれど、まあ釣果を大きく言うように感動を大きく語ることがたまにはあってもいいものでしょう。
 少年から病持ちの壮年期まで、なんでもできるこっちゃんが鮮やかに演じ歌い踊り、出番も多くて大変だったでしょうけれどそれこそ水を得た魚のように舞台を縦横無尽に跳ね回り、この作品はこの主演を得て本当にラッキーだったよ…!と心底思わされる破格の出来でした。『モーツァルト』も『ロミジュリ』も『赤黒』ももちろんよかったけれど、こういうザッツ・ブロードウェイ!な作品が来て本当によかったと思います。代表作と言っていいでしょう、次やめるのこっちゃんじゃなかったよね?な仕上がりになってしまってはいましたが…てかオリジナルで作ってよホントこれくらい、とか思いますが…あとやはり宝塚歌劇のトップコンビ制はそれが異性愛規範で苦しいと言われようともやはり至高のものだと私は考えているので、相手役のトップ娘役不在の作品を代表作と呼ぶのは私は無念だけれども、それでも…素晴らしすぎる出来でした。観られてよかった、音源の許可も出たようでよかった!!! 配信ではなくCDが欲しいです!(強欲)

 残念ながらヒロインカウントされていない様子のサンドラも、ふたりとも素晴らしかったです。どちらも実力派で老若ひとりでできたでしょうが、それこそひっとんに遠慮している采配でもあり、生徒をひとりでも多く起用するためでもあり、私は悪くなかったんじゃないかな、と思っています。
 若かりしころのサンドラのうたちですが、でも実は最初に登場するのはエドワードとウィルが話し込んでいるところに「もう寝る時間よ」みたく言ってくる母親の顔をした場面で、若い母親ではあるんだけれどしっとりおちついていて、ちゃんと小桜ちゃんと地続きになっている感じが素晴らしかったです。あとは逆に、もうエドワードの中のキラッキラのサンドラ、に振り切っている感じで、「アラバマの子羊」も「Red,White and True」もキレッキレの可愛さでたまりませんでした! もちろん「時が止まった」「スイセン」のデュエットも素晴らしい! 気が早いですがひっとんの後任、信じていますから…!!
 小桜ちゃんも、服装がいつまでもラブリーなのはエドワードが見ているサンドラだから、という説もありますが、普通にこんな感じの女性もいるのでは?と私は思いました。何より声がしっとりおちついていて、ちゃんとかりんさんウィルの母親に聞こえました。ほややんとしていそうで実はどっしりもしている、慈愛の母でありしっかりした中年女性っぷり、見事だと思いました。「屋根はいらない」も素晴らしすぎましたね…!
 しかし序盤ド肝を抜いたのはやはりスーパー都優奈タイムでしたよね、組ファンは知ってるけれどみんなこれで覚えたでしょ!?と言って回りたいくらいでした。それは若かりしジェニー(鳳花るりな)を演じたるりなたんもで、『RRR』で素晴らしいダンサーっぷりを見せましたが実は歌えるし芝居もいいんですよ!とこれまた言って回りたくなりました。こういうところに役が回ることは素晴らしい…!
 なんでも上手いさりおがサーカス団長(碧海さりお)をしっかり務めるし、こりんちゃんのベネット先生(ひろ香祐)も信頼しかありません。きさちんの人魚(希沙薫)はなんか接続部が変じゃね?と気になりましたが、これまた良きエッセンスのキャラクターでした。私は最後の弔問にいた女性は彼女にした方がよかったと思います。星影ななちゃんへの餞別は看護師役で十分だったと思うので…さきっぽとまっきーも頼れるし、あいみちゃんもあの高下駄は大変だったでしょうけれど、お芝居がホントよかったです。ジョセフィーン(星咲希)の星咲ちゃんもいつも手堅く上手いけどなんか地味…な印象でしたが、今回は塩梅としてよかったなと思いました。このウィルの結婚相手として実にいい感じ、というか…ただこの人は下手したらウィルより有名なジャーナリスト、ルポライター、アンカーウーマンといったバリキャリ女性のはずなので、そういう役作りにしてもいいのかな?とはちょっと考えましたけどね…ラストシーンも、たまたま帰省休暇中なんだろうけれど、復職したんだよね?とか考えたりしちゃったので。
 天希くんやにじょはなちゃん、御剣くんも活躍していて良きでした。あとは忘れちゃいけないヤングウィルの俺たちのふみたんの素晴らしさですよ! 本当に小さいは小さいんだけれど、それにしても芝居が上手すぎ、歌も素晴らしすぎ、でもサンドラの友人として踊るところはキュートすぎ! 主席の子なんで初舞台ロケットから観ていますが、休演を心配していたりもしたのでこの活躍がホントーに嬉しいです!! もちろん子役専科じゃないんでそこんとこよろしく!!!

 装置(装置/國包洋子)もよくできていましたね。映像(映像/石田肇)もよかったです。エドワードやウィルが湖面で石を跳ねさせるアレ、最後のだけ客席にライトが跳ねていくんですよね(照明/氷谷信雄)。マイ楽が3階席でよく見えて、感動しました…!
 生オケもありがたかったです(音楽指揮/御崎恵)。送り出し音楽があるのもよかった。ところでラインナップの手拍子は最後には裏拍で統一されたのかしらん? 初日に曲に乗ってなんの疑いもなく裏打ちしたら周りみんな表で、日本人のリズム感って…と絶望しましたよね…(ただラスト、曲調がスローダウンするし表でもハマるんですよね…あれは役者が舞台上で手拍子を先導してくれないと、揃えるのは無理だと思います)

 では、最後に極美日記を。
 押しも押されぬ2番手ポジション、というかヒロインがナシ扱いなのでむしろヒロイン枠だったウィル役ですが…よかったですよね!?!?
 初日の「知らない人」なんて私は手に汗握って聞いちゃったんですけれど、まったく問題なかったし、歌はホントこっちゃんに引っ張られて組子みんなが努力し成長し向上していると思いますが、こんな大曲を危なげもなく朗々と…!と感動しちゃいましたよ私。力みは見えてもいいんです、そういう役のそういう歌だったとも思いますしね(甘い)。首つりの歌なんかもよかったし、最後の「ヒーローになれ」のリプライズはホント卑怯でした…! ナウオンでやたらうるうるしていましたけど、これはやってる本人だって感極まりますってマジで…!!
 ウィル(ウィリアム、なのかな? イギリス系なんでしょうか)は「ちっさいおっちゃん」と言われるような、生真面目でお堅くて想像力とかはそんなになくて、親の病気を聞いて保険だのローンだのを心配しちゃうような現実派なんだけれど、冷酷ではないしクールでもなく、また世を拗ねたりグレたりもしていなくて、気持ちよくまっすぐ育った青年です。それを、髪型も美しく顔も良く脚がとんでもなく長くスタイルのいい、すっきり爽やかなかりんさんが真摯に、丁寧に演じている…惚れ直しましたよね-。父との屈託や距離感がホントいいし、甘えて子供っぽくダダこねてるんじゃなくて、純粋に本当のことが知りたい、という感じなのがよかったです。本当のこと、なんて実は誰にもわからないのにね…
 ジョセフィーンとどんな出会いでどう交際にいたってどうプロポーズしたのかしらん、とか考えるとニマニマしちゃいます。だってジェニー(白妙なつ)に対して「たった一度のキスでしょう!?」とか言っちゃうような朴念仁なんですからね…! 出来婚というのはこの当時はさすがにアレで外聞がやや悪かったのかしらん? でも安定期に入るまでは身内にも明かさない、というのは正しい判断だと思うし(特に妊婦本人の希望であればなおさら)、それは祖父になる人といえども口を出していい領域の話ではないので、あのくだりは今観ても、ほとんど女性の観客が観てもウィルが怒るのは納得でしょう。でもこうやってなんでもすぐ自分の手柄話にしちゃうおっさんはホント世にたくさんいるワケでさ…こっちゃんでも許されませんよ、その塩梅も実によかった。ジョセフィーンはその場では上手く話題を変えるし、実はウィルほどには気にしていなかったのかもしれないけれど、実際その後何かあったかもしれないくらい妊娠ってのは不安定なものなんだから、世の男どもはホント猛省してほしいものです。まあ承知で婚前に子作りしたのはウィルおまえでは…ってのもあるけど、避妊してたってできるときはできますしね。まあそれはいい。お腹の中の子供の性別が判明するくだりも、ブロードウェイ版にもあったんでしょうが(それで言えば「サッカーなんてスポーツじゃない」とかもね。こっちゃんが言うんでたいそうおもしろいことになっちゃってましたけどね。でもこの一連の会話がまたアメリカ~ン!で実にいいのです…!)宝塚歌劇ではなかなか攻めた表現だなと思ってしまい、それもまたおもしろかったです。大真面目に「右ってどっち?」ってやってるかりんさんウィル、愛しすぎました。嫁ぎたい…!(笑)
 ありちゃんトップでかりんさん2番手の時代が来たら、華で押して芝居は誰か周りがしてくれるんでしょ…とか思っていたのですが(オイ)、どうしてどうして、ちゃんと進化していますよ大丈夫ですよ…!という気持ちになりました。目が曇ってたらすみませんけど、でもハートのある誠実な演技をするし、フツーに踊れるし、とにかく顔とスタイルは極上だし、歌含めてテクニックもちゃんとついてきているし、滝汗タイプだったのが目立たなくなり常に美しく出られるようになってきているし…! そもそも昔っからハートはあって決して棒ってタイプじゃなかったと思うし、でも上げられすぎてあっぷあっぷして見えたり周りももっと上手い子は別にいるのに…みたいに引いた空気が漂ったりするのを感じたりすると、なんかホント申し訳ないような、でもこういうスターって過去にもいっぱいいたじゃん絶対なるんだよ我慢してよ…となんか言い訳がましく言いたくなったりもしていて、イヤ私は別に贔屓ではないのでアレなんですが、でもホントやっといろいろついてきて、確実に前進している、押しも押されぬ路線スター!と改めて今回思えて、安心し感動したのでした。まあ私は『RRR』でも『1789』でもそう思ったし、なんならずっとそう思ってきたわけですけれどね…ファンの欲目ですよ、すみません……
 でもこの作品は、エドワードの物語ではあるけれど、やはりウィルから見た視点が大事だと思うので、そこを観客が感情移入しやすいよう、素直にウィルとして存在してみせたかりんさんの功績は大きいと思うのです。いいお役、いい作品に出会えてよかったです。きっと財産になったことでしょう…!


 次の本公演がマジで不安ではあるのですが、そして不安と言えば宙組大劇場公演が事故なく事件なく上演されることも本当に祈っているのですが、引き続き注視していくしかありません。しかし宙全ツの件はさすがに不可解ですよね…? 株主総会もまあまあ荒れたようで、ホント大丈夫なのかこの会社、って気もしますけれど、中で改革は地道に進んでいるものと信じ、生徒やスタッフさんたちが健康で幸せで働けていることを信じて、私は観劇し続け、応援し続けたいと思っています。













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