駒子の備忘録

観劇記と乱読日記、愛蔵コミック・コラムなどなど

宝塚歌劇雪組 『ファントム』

2019年01月20日 | 観劇記/タイトルは行
 宝塚大劇場、2018年11月27日13時、18時(新公)。
 東京宝塚劇場、2019年1月17日18時半。

 19世紀のパリ、オペラ座通り。無邪気で天使のように美しい娘クリスティーヌ・ダーエ(真彩希帆)が歌いながら楽譜を売っていると、オペラ座のパトロンのひとりであるフィリップ・ドゥ・シャンドン伯爵(彩凪翔と朝美絢の役替わり)が通りかかる。彼女の歌声と美しさに強く惹かれたフィリップは、彼女が歌のレッスンを受けられるようオペラ座の支配人ジェラルド・キャリエール(彩風咲奈)を紹介するのだった。しかしそのころオペラ座ではキャリエールが解任され、文化大臣を買収したと噂されるアラン・ショレ(彩凪翔と朝美絢の役替わり)が新しい支配人となっていた…
 脚本/アーサー・コピット、作詞・作曲/モーリー・イェストン、潤色・演出/中村一徳、翻訳/青鹿宏二。1991年初演、宝塚では2004年宙組、2006年と2011年に花組で上演されたミュージカルを映像や舞台装置、衣装などを一新しての再演

 宙初演の感想はこちら、花オサ版は観ていなくてまゆたん版はこちら。外部だとこちらこちら、続編ならこちら
 個人的には『オペラ座の怪人』より好きな演目です。宝塚歌劇でやるには役が少ないのがネックだとは思っていますが、似合う作品だとも思っています。やっと、まさにやっとの歌上手コンビでの上演とあって、月『エリザ』以上のチケット難でしたが、一応両パターンとも観られたのでよしとします。
 大劇場で観たときには、だいもんが上手いのは知っていましたがきぃちゃんが本当に圧倒的だな、と感じました。でも東京ではだいもんがより進化していて、きぃちゃんはあまり変わっていない印象でした。なんにせよすごい、ふたりともすごい。もちろん声量があるとか音程が正しいとか歌詞が聞き取れるとかだけじゃなくて、歌で感情を伝えて芝居に溶け込んでいるのがすごい。でもとにかく音楽の話なんだから、歌唱力に説得力がないとやはり苦しいのであり、今後の上演はやはりそこを重視して企画してほしいよな、でなければこれをもう決定版として封印してもいいよ…とくらい思いました。
 しっかりした歌唱に裏打ちされた、ハートのある芝居に、とにかく泣かされました。
 幼くて、純粋で、まっすぐすぎてちょっと乱暴なだいもんのエリック。
 天使の歌声を持っている以外はごくごく普通の娘、という感じなのがとてもいい、きぃちゃんのクリスティーヌ。
 そして、ホントは無理して発声しているようで心配なんだけれど、深く低く渋い声が素晴らしい、咲ちゃんのキャリエール。歌も本当に良くなりましたよね、情愛がにじみ出る演技、包容力とも圧巻でした。
 シャンドン伯爵は私はナギショに軍配を上げます。クリスティーヌとのデュエットに危なげがなかったのに仰天して、「人って上手くなるもんなんだなあ!」と感心してしまいましたよ…(ファンの方、すみません)あーさの方が歌もいいだろうと心配していなかったのですが、意外に華がなく感じてしまったのです(ファンの方たびたびすみません)。ナギショはノーブルに作りすぎてなくて、やんちゃなボンボンっぽいチャラさと茶目っ気を感じさせて、キャラクターとして好感を持ちました。あとあーさはショレの困った濃いおじさんっぷりの方が上手すぎた(笑)。ホント芝居の人ですねえ…ともあれ私は伯爵には華やかさを求めているので、それで言うと実は新公のあみちゃんが素晴らしく良かったです。
 ヒメのカルロッタは大劇場ではチャーミングに見えましたが、東京ではやはり濃くなりすぎていたかな…きゃびぃのマダム・ドリーヌ、いいですよね! あと従者のあゆみさんひーこちゃんの大正解っぷりね!
 カリひとこあやなも目を惹きますが、やはり役不足なのは否めませんでした。みちるひまりりさちゃんかのちゃんあたりも可愛くてすぐわかるけど、同様。でも下級生たちでもすっごくがんばってコーラスにしっかり参加しているのがわかって、大作に参加できて嬉しいんだろうなというのが伝わります。いい舞台でした。
 最後にみんなしてエリックを見送る場面に、それが表れていたように思います。ファントムと呼んで恐れ怯えてきたけれど、音楽に関してはまっとうなことを言っている、というのはみんなプロだからわかっていたんじゃないかなあ。だから正体や何故そうなったかを知って(と勝手に解釈しますが)、共に音楽を愛した者として哀れみ、愛と尊敬を注いで見送る…という姿勢にみんながあるように見えて、泣けました。美しい舞台でした。
 だからこそ、映像に凝るより何より、脚本というか台詞の言葉、言い回しにもうちょっとだけ神経使って、キャリエールをもう少しうまくフォローしてあげてほしかったんですけれどね…
 エリックの不具っぷりについてまんまやれないのはわかってますけど、ホント「顔にちょっとくらい傷があるくらいでなんだっつーの?」とか思われないように、もっともっと注意深く積み重ねないとダメなんだと思うんですよ。外の世界にはすごい差別や偏見があって、見世物扱い獣扱いだろうから地下に隔離する方がいいと思えたんだよ、とか、母親が子供に注ぐ無償の愛は確かに狂気と紙一重かもしれないけれどお腹を痛めない男ってホントそういうところわかっていないよね、とか、顔の傷だけでなくあちこち悪くて短命なのがわかっていて、だからキャリエールにいつか眠らせてくれって言ったんだよね、とか、生け捕りにされて見世物として晒されるなんてあまりに哀れだから、人間として尊厳ある死を迎えさせてあげたかったから撃ったんだよ、とかがもっとすんなり腹落ちするように脚本がもっと上手く誘導することはできたはずなんですよねー。なんで手を入れないんですかね…
 映像もぶっちゃけうるさかったかな。オーバチュアで世界に引き込めるならプロローグの映像だっていりません。キャラクターの歌の効果をなんや知らんキラキラで見せるのもやめてほしかった。それは私たちが心で見るものです。「私を産んだ母」のバックの葉っぱや光の映像も余計でした。それは歌から充分伝わります。手をかけるべきはそこではない。
 逆に、台詞など従来のものとほとんど変わっていないのに、お芝居として全然違うものに見せただいきほはやはりすごいと思いました。ことに「私の真の愛」の暴力的なまでの歌の上手さ、心のこもり方は圧巻で、そりゃエリックも信じて受け入れられることを期待して子供みたいな顔で仮面取って見せちゃうよ、と思ったし、そのあとのクリスティーヌの悲鳴が高い女子っぽいものじゃなくて、本当にただうろたえ怯えた動物みたいな低さだったのもいい。本当にただただ驚いて怖くて動揺しちゃったんだ、ってのがわかる。どんなに覚悟しててもダメだったんだ、母親みたいに愛することなら自分でもできるってアタマでは思ってたけどそういうこととは次元が違った、って慌てたような悲鳴。でもだからこそ、ちょっと経ったらおちつけて、あれはひどかった自分が悪かった、もう大丈夫今度はちゃんと会える、会わなきゃ謝らなきゃ、ってなるのも納得の悲鳴。それに対して、それこそ子供のように泣き崩れるエリックと、息も絶え絶えに歌う「私を産んだ母」。そして泣きじゃくりながらのハケに、とても拍手なんか入れられないしそれが正解の、圧巻の場面でした。
 だい咲の銀橋の「お前は私のもの」(「You Are My Owm」はむしろ「おまえは私自身」、私の分身だ、みたいな意味だと思うけれど)前後のお芝居もとても良かったです。キャリエールが自分の父親なんじゃないかなとずっと思ってはきたけれど、それでも…という心情がビンビン伝わるエリックと、ここまできたら絶対に彼を守ろう、全部言おう告げようさらけ出そうと決めたキャリエールと。咲ちゃんの長い腕に呼び寄せられて、ぴったり抱きしめられる小さなだいもんエリックのいじらしいこと!
 ラスト、エリックと共にセリ下がるキャリエールは、罪の償いとしてこれで死んでしまうのかな…とも思えました。詮ないことではあったけれどやはり彼が発端だったのであり、ふさわしい罰なのかもしれないな、とか…息子が愛した女性を歌手として大成させることは、きっと伯爵がやってくれるだろうから、オペラ座の元支配人というだけの自分ではできることはもう何もないから、息子に殉じて自分も死ぬ…
 そしてクリスティーヌの「私の望みを聞いてほしい」という歌に応える者は誰もいない。残されたものはただ音楽だけ、彼がつけてくれたレッスンで鍛えられた彼女の歌だけ…彼女は歌い続けるでしょう、彼の音楽とともに生き続けるでしょう。彼女のその後の人生は、それはまた別の物語…

 フィナーレは少し尺が長くて、初見はちょっと脳天気すぎやしないかい?と思いましたが、二度目はコンパクトなレビューのおまけとして楽しめました。
 ただ、きぃちゃんセンターの場面はアレンジが甘くて、きぃちゃんもクリスティーヌふうの鬘で、でもクリスティーヌはこんなふうには歌わないんじゃないの?と微妙に感じました。黒髪ショートとか、鬘のイメージを全然替えてくれると良かったかもしれません。
 デュエダンでは私は大劇場では見られなかったリフトが東京では見られて、やはり嬉しかったです。あとロケットのあがちんの似合わなさがたまりませんでした! 急速に男役として仕上がってきている証拠だと思います。期待しかない逸材ですよね!

 最後に大劇場新公の感想も簡単に。
 担当は武田悠一郞先生。カルメンのリハ場面がばっさりなくなった他は、ナンバーを少しずつ短くしたりで上手くつないで、コンパクトに仕立てていました。
 あやなは歌も危なげがなく、だいもんとはまた違ったニュアンスの子供っぽいエリックで、いじらしくてよかったです。タッパがあってスタイルも良くて華があって、なのに子供っぽさが表現できる上手さに舌を巻きました。
 ひまりんも歌は心配していたんだけれど大健闘で、こちらはひまりんらしくちょっと強い感じのクリスティーヌでこれもよかった! 謝りに行かなくちゃ、の激しさがホントよかったのです。
 そして月のおだちんと同じ学年詐欺感を醸し出しつつあるあがちんキャリエール、こちらもしっかり包容力があってよかった! あみちゃんシャンドン伯爵もホント華があって鮮やかでよかった! タッパがないのが玉に瑕かなー。
 ショレのたわしが本当に上手くて、ご卒業とは残念です。はおりんのカルロッタもキュートでした、そして上手い! りさちゃんの従者、大正解。すわっちの警部がさすが手堅く上手かったです。妃華ちゃんのベラドーヴァはちょっと期待しすぎてしまったかな…幼いエリックの聖海由侑くんが達者で印象に残りました。

 連日大入り満員だそうで、きっと劇団の財産になる演目でしょうし、組子たちにも本当にいい経験になったことでしょう。だからこそ劇団は、歌唱その他レッスンの時間をよりたっぷり生徒に与えられるよう公演期間や回数その他を見直すとかの改革を、ゆっくりでもいいから進めていくべきですよ。今は生徒の負担が大きすぎますよ。チケットが売れているからいいやってことはないはずですよ。舞台の神様は見ていますよ、おごらず精進してください。頼みます。


コメント
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