明治の元老山形有朋の京都別荘である。彼は流れを愛し、琵琶湖疎水の水を自分の庭に引きいれた。明治20年代後半の事である。
人で一杯の南禅寺を出てしまえば、東山の観光エリアだとしても裏道には人はそれ程は多くない。路地の一画に、無隣庵の門がひっそりと開いていた。
この庭は東山の足元の琵琶湖疎水から水が流れ、芝の庭のそこかしこを流れて行く造り。そこには、流れというダイナミズムはあるが、石庭の神秘は何もない。
見えるもの、目に入るものを確かめれば、それでこの庭は辿りつくした感がある。
見せるための装置は大掛かりでも、そんなにびっくりする事はなさそうだ。
フレームに入れてみると、庭はまた別の味わいを出してくるように感じられる。
人で一杯の南禅寺を出てしまえば、東山の観光エリアだとしても裏道には人はそれ程は多くない。路地の一画に、無隣庵の門がひっそりと開いていた。
この庭は東山の足元の琵琶湖疎水から水が流れ、芝の庭のそこかしこを流れて行く造り。そこには、流れというダイナミズムはあるが、石庭の神秘は何もない。
見えるもの、目に入るものを確かめれば、それでこの庭は辿りつくした感がある。
見せるための装置は大掛かりでも、そんなにびっくりする事はなさそうだ。
フレームに入れてみると、庭はまた別の味わいを出してくるように感じられる。