蕎麦喰らいの日記

蕎麦の食べ歩き、してます。ついでに、日本庭園なども見ます。風流なのが大好きです。

天童市  出羽桜美術館

2007-04-30 10:37:25 | 古民家、庭園
天童市の中心近く、出羽桜酒造の工場の一画に「出羽桜美術館」がある。美術館が設立された経緯については、特には書いて無かったが、工場の敷地の一角にあった社長一族の屋敷を美術館に改装したものと思われる。




内部は当然、撮影禁止だが、外見は住宅として使われていた頃のままだろう。


庭は、規模は小さいが、相当凝った造りで、よく手入れされている。出羽桜美術館は、朝鮮の白磁のコレクションが素晴らしい。中心となる展示室は土蔵で、その中は書院作りになっている。


冷たい雨の中、桜が花びらを落としていた。


工場に隣接する小売店で、一般には購入できない無濾過生原酒(火入れしていないもの)を購入。実にフルーティな味わいだった。

天童市高擶  吉里吉里

2007-04-28 17:29:36 | 蕎麦
天童市の中心から少しはずれた高擶には、由緒のありそうな家が並んでいる。そんな環境の中で、こちらは人気店らしい。昼時には、次々と車が入ってくる。


扱う蕎麦は、2種類ある。石臼で挽き割った白くて少しだけ太めの「ざいごそば」。おそらく、地粉をつかうので「在郷蕎麦」とつけたのが、山形流になまった呼び名ではないか。
もうひとつは、丸抜きを石臼挽きした、細打ちの「ざるそば」。どちらも、打ち手の細かい配慮が、伝わってくる。


器も、それらしいもの。「ざいごそば」の方が、蕎麦がより繊細で、時間と共にどんどん変化してしまう感じがあった。
山形の蕎麦、いいですね。

山形県中山町  柏倉家住宅

2007-04-27 21:54:48 | 古民家、庭園
こちらは16代続く豪農の館だ。付近には柏倉家一門の屋敷が建ち並ぶが、公開されているのは柏倉九左ェ門家のみである。


この一画には、こちらと同じ程度の規模の屋敷が並び、不思議にのびのびとした風景を形作る。


長屋門から、母屋を望む。母屋の屋根も高く、建物だけで360坪という規模を感じさせる。




前庭。向かって左手には、松。枝振りが素晴らしい。右手は、水仙が満開。


ひときわ格が高い、蔵作りの仏間。柏倉家は真言宗大谷派の信仰厚く、京都に由来するという仏像を守っている。当然、内部は撮影禁止。


仏間の脇のくぐり戸を抜けると、茶庭に入る。


茅葺の母屋の上段の間を、茶庭入口より望む。


池には、小規模ながら滝が流れ込む。




上段の間靴脱ぎ石から、池を眺める。春の遅い山形でも、水芭蕉が咲きだしている(松の左手)。




庭の背後には、裏山が広がる。池の奥の松の脇から、細道がつながる。


家倉の先、裏山の麓は桜が満開。


これ程の丹精と、農家としての生命力が並び立つ屋敷は、そう見ることが出来ないのではと思う。雨の音を感じさせる静けさに、後ろ髪を引かれる想いで、長屋門を後にした。


山形県朝日町  佐竹家住宅

2007-04-26 23:56:59 | 古民家、庭園
山形市の北7-8キロを西に走り、鳥海山のふもとをぬけ、最上川を越すと朝日町だ。山形県には、朝日町と朝日村があり、面積は「村」の方が圧倒的に広い。もともとの名前は、朝日連峰から来ているのだろうが、「村」は朝日連峰に直に接する位置にあり、「町」は最上川沿いの段丘を占める。
最上川沿いの交通の要、県道9号線沿いに、佐竹家は建っている。
県道から、石段を登っていくと、時代の付いた石垣の向こうに佐竹家が見える。


こちらは、天文五年頃の建築というのだが、天文とはいつごろなのか?どうも、飛びぬけて古そうに見えるのだが。


重要文化財の看板に勇気を得て、母屋に近づくも、そこへ突然電話の鳴る音。どうやら、この重要文化財は現役のようだ。となれば、勝手に庭に入り込むわけにもいかない。


門の手前の細道を少し回りこむ。かろうじて、屋根の形がみえるか?


細道の反対側。ヌケガラとして保存されているのではない、力を感じる家だ。


振り返れば、最上川にしだれ桜、水仙。写真では表現できていないが、隠れ里のような品格を感じた。

酒田  本間美術館鶴舞園

2007-04-25 23:46:09 | 古民家、庭園
本間家は、19世紀前半から、同じ酒田の街中に別荘を築いてきた。旧本邸のように、商業地区の中心にあった訳でもないので、実にのびのび広々とした庭園に囲まれている。


庭園の入口の門にも至らないのに、これは大変な庭園だ、という気配が伝わってくる。こちらの松も、かなりの迫力だ。


やっと門までたどりついたが、その先はまた大変に遠い。


山を一つ越え、池の端より本館「清遠閣」を望む。


明治末に大きく改装された建物だそうだ。当時の板ガラスが当然のように使われている。和館としては、おそらくガラスなしの方が、理にかなっていると感じられる。右手の部分は、明治天皇奥羽州御幸のために、二階建てに改修されたが予定は変更になり、その後昭和天皇(東宮時)の訪問まで封印されていたという。


池の端の橋は新築。池の周りは、何本かの桜で華ぐ。
やはり、恐るべし、本間家。本邸と別荘のバランスも見事。

酒田  本間家旧本邸

2007-04-24 23:25:07 | 古民家、庭園
酒田の本間様といえば、小学校の歴史の副読本に出てくるくらい有名である。商人として大成功を納めた揚げ句、庄内藩への大名貸で藩の財政を握ったところを「本間様には及びもつかねど」となったのだろう。
酒田の町は、西回り廻船の拠点として栄えた。本間家も、17世紀後半以来、北前船による商業を軸に、その後は三千町歩という広大な農地も所有し、武士の身分も許されていた。




塀が延々と続く旧本邸。正面は長屋門。
江戸時代に築いた財力は明治以降も衰えず、昭和二十年までは、酒田市の税金の半分は本間家が払っていたという。




屋敷の側面の薬医門。下は、塀の内側から見たところ。薬医門に対する位置に玄関がある。松の格式は流石のひとこと。

邸宅の内部は、くっきりと2つのゾーンに分けて造られている。藩の役人などの接待に使われた武家屋敷造りと、生活の場として使われた商家造りである。建物の規模はそれ程の差は無いが、使われている材がまるで違う。武家屋敷造りは、全てが正目。格の高い檜等が使われている。商家造りは、杉の材を使い節目が目立つ。しかし、岩崎邸和館でも感じたのだが、正目の座敷は不思議に居心地が悪い。江戸時代の本間家の人々も、内心そう感じていたのでは、などと思ってしまう。

この屋敷は、戦争末期の昭和二十年春に軍の司令部となり、本間家はそれ以来、この家で暮らすことはなかった。戦後は、公民館(!)として利用されて、相当いたんでしまった部分もある。邸内の生活道具は、昭和二十年春に全て持ち出され、現在は建物の骨組みを残すに過ぎない。ちなみに邸内は撮影禁止。
そんな、いきさつが有りながら、この屋敷は本間家当主の個人所有だという。恐るべし、本間家の知恵。




邸宅と正面の塀の間に、空間としてはごく限られた庭がある。巨満の富を得ながらも、自らのための場所は限定されたものと、していたのだろうか。

村山市  三郎兵衛

2007-04-23 23:08:59 | 蕎麦
山形市内の蕎麦粉にこだわりのある蕎麦屋さんは、尾花沢産の蕎麦粉を使っているお店が多い。その尾花沢の南に隣接しているのが村山で、超有名店となったあらきそばも、村山にある。どうやら、山形市の20-30キロ北側が蕎麦の名産地のようだ。それくらい山形市からはずれると、実に気持ちのいい田園が広がる。国道13号線以外は、のどかな田舎道だ。




お店は築200年の農家を改装したもの。庭先には、湧き水が引いてある。


囲炉裏では、岩魚を焼いていた。


蕎麦の前に漬物が出てくる。甘さを抑えた自然な味わい。


蕎麦粉は地元産と湯の台産(最上郡大蔵村に湯の台という地区があるが、おそらくそれだろう)のものだけを毎日自家製粉している。蕎麦は板蕎麦らしい太めのものだが、ゴリゴリしたような感覚はまるでなく、あくまでつややか。気持ちよく、蕎麦の香りを楽しめる。


それにしても、蕎麦と共に漬物その2、その3が出てくるのは、人情厚き土地柄。おそらく、全部食べきるのを期待されているのでもないだろう。
やはり田舎の、それも産地の蕎麦は素晴らしい。


山形市  霞城公園

2007-04-22 18:13:19 | 自然
桜の満開の時期ぴったりに、山形に来た。特にここ、城跡の桜は有名らしい。




城跡には、上杉氏に対戦して山形を死守した最上氏の銅像がある。勇猛な騎馬像である。そんな宿敵同士なのだが、江戸に入ると上杉氏が会津から、米澤に国替えになってしまう。やはり、山形というのは一つの県の中でもいろいろあるのだろう。


雪国だからなのだろう、しだれ桜も同じ時期に満開だ。こんな見事な桜が咲くのに、山形の人は花見の宴会はあまりやらないという。芋煮会には、あれほどのこだわりを示すにもにも関わらず。
まあ、江戸のヤツらが、桜桜と騒ぎすぎるのか?

麻婆豆腐

2007-04-18 21:12:58 | 男の料理
冷蔵庫の中から豆腐が呼んでいる。ニンニク、しょうがも都合よく構えている。まずは、それらをミジンギリ。そこで油に香りを移す。


テンメンジャン、トウバンジャンを加える。香りが出てきたところで、挽肉を加え、じっくり炒める。ここで、炒めが足りないと、味が生になる。


水溶きカタクリ粉と、ネギを加えて出来上がり。


一口、いかがですか?

埼玉県新座市  新座鞍馬

2007-04-17 22:01:23 | 蕎麦
志木街道沿い、野火止用水近くは粉文化が発達しているのが見て取れる。国道254号線から、志木街道にかけて、交通量はとても多いのだが、国道から離れるにつれ店の敷地は広くなり、それなりのこだわりを感じさせる店が、結構な頻度で並んでいる。


新座 鞍馬さんは、その中でも、名の通ったお店だ。なにしろ、ご主人は西荻野「鞍馬」で六年間修行されたという。
こちらのスペシャリテは、地元の粉を使った、石臼挽き蕎麦。


「鞍馬」の箱蕎麦の眺めに近い。これは、本当に地元産の粉を使い、土日は手挽き。平日は粗挽き。写真は粗挽きだが、ぜひ両方試したい。


蕎麦は少し日向臭いような、素朴な持ち味がある。汁は非常にかつお節が効いているのだが、もうすこし辛味が強くてもいいかもしれない。蕎麦のモチモチ感は、見事。汁にからみにくい太打ちなので、大根おろしの存在が結構鍵をにぎる。
基本的に元気なお蕎麦だと感じました。