蕎麦喰らいの日記

蕎麦の食べ歩き、してます。ついでに、日本庭園なども見ます。風流なのが大好きです。

そばきり  高崎市問屋町

2014-12-31 22:39:14 | 蕎麦
このお店、建物に関してはこの40年間の間にほとんど何一つ変えていないように思う。


全てが茶味のかかった好みで、玄関へと向かう露地の間でも気持ちの切り替えを求められている感じを受ける。


蕎麦も、せいろ、田舎、白雪(さらしな粉)の三種類を基本とする一茶庵の好みを受け継ぐところは全く変わらない。


しかし、近年になって少しだけ感じが変わった。
まずは、天婦羅がより奔放になった。この大海老の姿は以前には見られなかったように思う。


そしてもう一つ、私の好きな田舎の蕎麦が、より伸びやかに蕎麦の味わいを感じさせるようになった。
この点の変化は大きい。そもそも、そのような変化など全く存在せず私が勝手に言っているだけかもしれないが、そうでないとすれば、これは実に前向きの動きである。
このお店、高崎に蕎麦文化を広めたパイオニアと聞いているが、なかなか目が離せないようである。

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稲荷山の街並み(2)

2014-12-30 23:40:46 | 古民家、庭園
稲荷山の街は長野市の南西部にある。


中心を走る街道は、その昔は善光寺西往還とよばれ、今でもそのままの姿を県道77号線として伝える。


前回紹介した古い街並みは県道77号線沿いのもの。しかし、県道の裏を並行して走る路地にも見るべきものが多い。


微妙にカーブした道に沿って、土蔵造りの蔵が立ち並ぶ風景は、なかなか見応えがある。


蔵の立ち並ぶ路地に面して高村別邸の大掛かりな門が並ぶ。
邸内の樹木の手入れが少しおろそかにされている感じだが、紅葉の姿は格式高い門構えによく似合う。




道並みの中の流れも、かろうじて残されている。
これは、うまく手を入れて保存するとぐんと価値の上がる地域であろう。
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稲荷山の街並み(1)

2014-12-24 23:49:23 | 古民家、庭園
稲荷山は江戸時代には善光寺西往還の重要な土地であった。


その後、この地は養蚕で財を成すが、それが廃れた後には新しく操業することもなく、地場産業は静かに衰えていく道を選んだようだ。




長野市方面から行けば、国道18号線を南下し、粟佐橋を渡り鍵の手に曲がる昔の道をトレースすれば、その先に昔の街並みが残されている。


その昔の蔵造りの家々の後ろを、河川が流れる。水量は僅かだがそこに架けられた橋には歴史がある。


宿場町らしく、格子窓の姿が素晴らしい。
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HILTON  長野市豊野

2014-12-22 23:00:21 | 洋食
北風の寒さがどんどん募る途中の季節に、この一店でのディナーを狙って北信へと車を走らせた。
閉店時間との勝負で、それなりに神経を使った。


季節限定の牡蠣ピラフ。これだけのために3時間頑張った甲斐はあった。


牡蠣の味も、ピラフの味もなんとも濃厚。それは、牡蠣のソースをきっちりと利用しているから味わえる一皿。
豊野といえば、その直ぐ東は小布施。旨いものを食べさせるお店が相当に集中しているエリアである。


本来の閉店時間が近づいても、コーヒーに手抜きなど、見られるはずもない。
このお店のレベルは高い。
その割に、気軽に入れるのがありがたい。


ご馳走様でした。
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海野宿  祭りの夕刻

2014-12-18 23:46:45 | 古民家、庭園
秋も深まったこの日、海野宿は祭りが行われていた。


自動車の乗り入れが規制され、復元された地域は歩行者天国の状態である。
最盛期にはさぞや人出が多かっただろうと推察されるが、夕暮れ時には町の見通しが利くくらいに人が少なかった。




保存地区のなかでは、一定間隔で旗が立てられる。それも、相当な高さがあり、支える柱はには結構な強度が求められるようだ。
推察するに、この宿場に泊まった大名一行へのアピールの一文であろうか。


本陣の前庭の松は、今でも見事な姿を見せる。




本陣の向かいは雑貨屋さんを趣味のようにして営んでいて、お店の中から主庭の様子がうかがえる。


画面右下に置かれた石は、馬繋ぎ石のようである。手綱を通すための穴も開けられている。




祭りが終わった後の日暮れどきは、町に車は入らないし、人は少ないし、その昔の姿を短時間ながら色濃く再現してくれた感じがした。
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職人館(3)  佐久市春日

2014-12-17 23:07:10 | 蕎麦
こちrは古民家を改造した蕎麦屋さん。


縁側の前では、白菜が干してあった。これからの厳しい冬の貴重なビタミン源となるのだろう。


自家製の豆腐は、豆の味が濃い。
これはスーパーのパックに入ったものとは、本質的に別の食べ物である。




2品目は、そばの実入りリゾット。イタリア流の出汁を使った味も確かだし、たっぷり削りたてのパルメザンがかかるのも見事な香りを活かしてくれる。これは、並みのイタリア料理店で味わえるレベルの一皿ではない。リゾットは米を使っていてもそれをふっくら炊き上げるのではないという知識が身についていて、その上に応用のこの土地の香りを足してくる。驚きの完成度である。


3品目は、リゾットへの真っ向勝負の蕎麦。今回は粗挽きを注文した。
蕎麦汁の味が流石の洗練を見せ、蕎麦自体は本当に活きている感じがした。


適度に太めで、その分蕎麦自体の味がわかりやすい粗挽き。
田舎のおばあちゃんが打つ蕎麦よりは、少しだけ固めで、その分味が凝縮する。
食べ終わって、美味しすぎる二品が果たして両立するのか、多少不思議に感じたのも事実である。美味しすぎて、こんなことを書くのもヘンなのだが。


本当に、ご馳走様でした。

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滝本家(3)  上越市頚城区

2014-12-16 23:11:10 | 古民家、庭園
頚城区の辺りは、真冬の地吹雪が要注意という比較的平坦な地形が多い。平坦な中で、塀の内側だけで三千坪の土地を持つ豪農の館である。


この館は以前は春・秋二度公開されていたらしいが、近年は秋だけとなっている。


年間に公開は1日だけとなると、非常に貴重な機会である。この日の午前中は雨であったというが、足元が少し危なくても足を運ばずにはいられない庭である。苔の状態は実に良い。


母屋はすでにして失われ、離れの建物だけが残されている。


生活の場としない、という前提がこの場の雰囲気を見事に作り上げている。




いかに贅沢な銘木を使おうとも、屋内と屋外の温度差はゼロ。風は、座敷の奥までを吹き抜ける。


そして、庭から座敷への繋がりは、実にスムーズである。




かつての母屋の跡は、土台だけが残されている。


それを手掛かりに、庭木が大きくなりすぎたこと、などを考えに入れるとこちらにも独立した高度な庭が存在したように見えてくる。
池への流れが右手から左手へと見える土盛りが、よく表しているように思う。

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山せみ ランチせいろ  神楽坂

2014-12-11 21:41:03 | 蕎麦
山せみさんのランチ時間の蕎麦は皿数が多くなり、お得感が強く感じられる。


やはり、午後もしっかり働くためにはせいろそばだけでは軽すぎる、という判断が一般的だ。山せみさんの場合は、ごく軽いご飯ものが付く。
しかし、それを蕎麦の前に出すところがこころにくい。


ごく軽いとろろご飯の後は、普通の天婦羅せいろ。
天汁は、蕎麦汁とは別の塩辛すぎないものがちゃんと付く。


野菜などは、塩で食べる方が味が引き立つという、本格的な天婦羅である。


蕎麦にも手抜きはない。
皿数が多めのランチメニューだが、新規のお客を引きつける装置であり、ランチとそれ以外でまるで味が違うような心配は無用。
それはそれで、とても有り難いことである。
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旧齋藤家別邸  紅葉の頃(2)

2014-12-10 21:57:15 | 古民家、庭園
この館が公開されるようになったのは、割と近年のことである。それまでは、この広大な庭園は、限られた人を除いて、ひっそりとその門を閉じていたのだろうか。


砂丘に建てられたこの館は、他に並ぶもののない二階を誇ったのだが、一階の座敷から見る庭の姿は実にしっくりと感じさせるものがある。




庭を回遊して眺めれば、松も紅葉も、より迫力のある姿を見せる。




どっしりとした屋根を載せながら、夏向きを意識した別邸の姿。
いささか威圧的に見えてしまうのは、こちらの僻みだろうか。




庭園内には、江戸の大名屋敷で使われた石造物などが多数配置されているという。
確かに、一朝一夕ではこの庭は作庭できない。




せいせいと開け広げた二階の座敷からの眺めは、とても開放的であった。
この座敷で名月をめでたら、それはさぞや素晴らしいものであったろう。

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こがね鮨  新潟市東区

2014-12-09 22:20:45 | 寿司
到着が昼の営業時間の終わりがけになりそうだったので、事前に電話を入れて、1時半頃に飛び込んだ。


車なので呑めないが、せっかく来たので「極み」を注文した。魚に応じて丁寧な仕事がされている。


ランチの「極み」は、赤身の巻物が追加になる嬉しい特典がある。これは、相当に魅力的である。


醤油は2種類が出てくる。上は甘エビ専用である。おそらく、海老のミソなどが溶いてあるのではないかと思う。




甘エビとヒラメの間の、大トロ風に見えるのは寒ブリ。脂がのった見事なものだった。


ご馳走様でした。
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