蕎麦喰らいの日記

蕎麦の食べ歩き、してます。ついでに、日本庭園なども見ます。風流なのが大好きです。

桔梗家  両国

2011-02-28 21:40:27 | 日本料理
おそらく昭和初期までは、隅田川上流にもいくらでも田圃があり、いくらでも天然もののドジョウを供給出来たのだろう。
このお店も隅田川のごく近くにある。
それが、今では丸鍋のために四国の天然ものを取り寄せていて、数が限られるらしい。


実は、これまでドジョウをちゃんと食べた記憶が無いのだがどうせ頼むならと、どぜう丸鍋を注文した。
冬場だからなのか、ドジョウはほっそりとした姿で、骨など気になりそうにもない。


鍋が煮立ったら一息にネギを入れて下さいと、大量のネギが出てくる。その手前はビールのお通し。


煮たってきたので、一気にネギを入れる。煮加減は一々お姉さんに確かめてしまった。
この鍋は割り下が非常に美味である。それに、繊細なドジョウをくぐらすのがコツと思われる。
ネギが煮えてきたら、火をぐっと絞り、後はビールとやればなかなか幸福な世界である。


満足した。ご馳走さまでした。
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旧安田庭園 早春の姿

2011-02-27 18:27:58 | 古民家、庭園
隅田川は、お江戸の人々に水運の便を提供するだけでなく、様々な遊びの場所をも提供した。
屋形船での舟遊びや、堤に植えられた桜の花見など、趣向をこらした奥深い遊びの世界が展開したようである。


明治の半ば位までは、大名の下屋敷の伝統を踏まえてか、隅田川の岸には豪華な別荘が並んでいたという話を、何かの本で読んだ記憶がある。
この旧安田庭園も、規模は比較的大きいのだろうが、そういう隅田川沿いの別荘のひとつだったのだろうと思われる。
なにしろ、この庭園から隅田川は目と鼻の先にあり、隅田川の水を引いた潮入の庭であったのだ。


池の護岸に置かれた石が浸食されているのは、おそらく満潮の時の海水によるものだろう。
または潮入の庭らしさを出すために、そのような石を選んできたのかも知れない。


明治も30年代、まだ電燈が一般的でなかった時代に、主も客も小舟でひっそりとこの庭を訪れ、灯篭の明かりで宴席を持つ。
紅葉や、荷風の初期の作品をひも解くと、そんな情景を思い浮かべてしまう。


この庭が安田善次郎の所有となったのも、まさしくその時代である。




しかし、安田善次郎の没後1922年に、この庭は当時の東京市に寄付された。この庭が今日においても庭園として姿を留めているのは、その時期に寄付された点が大きいのではないかと思われる。
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田奈部(2)  本郷

2011-02-26 21:51:07 | 蕎麦
細打ち、正当江戸流の路線は、まったくゆるぎない。


都心にあるのに、入口には蹲を配置した坪庭が設けられている。開店以来、変わらない姿。


二八と思われる、口の中の滑りの良さと、繊細な口当たりを重視した蕎麦。
お江戸らしい、洗練された姿は見事。


今回は、天ぷらせいろにした。実に軽く揚がっている。
なかなか出来ない技である。


ごちそうさまでした。
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マダラの白子

2011-02-25 23:47:20 | おつまみ
刺身用のマダラの白子を入手した。


鮮度は素晴らしいのに、割と安値である。


ポン酢と合わせて、刺身にする。
本当に寒い内しか味わえないような感じの味わいだった。
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亀戸天神社 梅の季節  江東区

2011-02-24 21:32:53 | 古民家、庭園
都内の梅の名所は、意外に数が限られているようだ。毎年訪れる小石川後楽園の他に見どころはないかと、足を延ばしてみた。




境内には様々な種類の梅が咲きそろうが、そもそもは九州は大宰府天満宮の飛梅を祭る神社である。
庭のプラン自体が大宰府天満宮を模して造られたという。


この地は標高が低く、江戸時代初期には水運のために、運河が開削された。
横十間川の完成(1659年)と、この神社の建立(1662年)は明らかに関連があると思われる。


境内には、多くの碑が残されている。


この神社は太鼓橋の姿で有名である。
いささか、きつい色で塗装されてはいるが、450年の歴史を伝える場所であることは、間違いがない。
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そばの花  妙高

2011-02-23 21:57:29 | 蕎麦
町村合併で妙高市も広くなってしまったが、このお店は元祖妙高というか、杉の原スキー場から降りてきた五差路のすぐ近くにある。
地元の主婦が地粉を打った蕎麦を出す。


実は、10年程前にもこちらを訪れたのだが、食券システムに恐れをなして、食べずに出てきた記憶がある。


その後、私は「ひな乃」「長沢茶屋」といった名店を訪れ、このような店の造りが駄蕎麦とは結び付かない事を会得した。なかなか、貴重な経験であった。
写真は、限定の十割。太さ、柔らかさ、とも望ましい蕎麦である。蕎麦の表面の、十割らしい口当たりも、本格である事を示す。


十割では無い蕎麦を使った天せいろ。
エッジがよく効いている。天麩羅は、空腹なお腹には天国的。

やはり、好みは十割だった。それに、ちゃんと答えるお店である。
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向嶽寺 雪姿  塩山市

2011-02-22 21:37:08 | 古民家、庭園
こちらは「便覧」によれば国指定の史跡または名勝庭園である。


たび重なる火災により、寺院の内部には歴史ある建物は残されていない。
借景となる山が、その姿を保つのが今の世としては、実に貴重な事に思われる。


山門も、降り立ての雪に覆われた木々に囲まれて、静かな姿を見せる。


池の端には、数百年と思われる時代の付いた松が。


鐘楼の前の灌木は、ほっこりとした雪に覆われていた。


本堂へ思われる参道の脇に、一樹の梅。
雪に覆われ、さらに婀娜めいた姿に見える。
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専心庵  山梨市

2011-02-21 21:44:56 | 蕎麦
今から10年位前の山梨の蕎麦事情を問えば、300年の歴史ある「奥村」本店および暖簾分けが主流をなしていた。
それが最近のガイドには、そのような拘りは見られない。


甲府市の中心街から車では十数分なのだが、県道から入る路地はクルマのすれ違いも難しく、正しく隠れ家的お店である。
小上がりの席に着けば、何も注文しないのに蕎麦カップケーキのようなものが出てくる。器はすべて御主人の作。


十割らしい太さ、よし。蕎麦の香りの塊も素晴らしい。実にはっきりと蕎麦の香りがする。ほのか、どころでは無い。
固すぎない蕎麦の茹で具合も、本当に嬉しい。
更にまた、汁が素晴らしい。十割の田舎に合わせた、醤油が濃すぎない食べ口見事。これこそ、十割にふさわしい、すっきりとした味わい。田舎蕎麦の汁をベースにされていると思うが、その後の思いっきりの洗練の極み。
この蕎麦のためなら、遠路も覚悟で出かけたくなる。


蕎麦湯の姿。画になる。


ご馳走様でした。
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恵林寺 雪姿(2)  塩山市

2011-02-20 18:24:06 | 古民家、庭園
本堂左手の明王殿には武田不動尊が祀られている。


明王殿から本堂奥側へは、木製の太鼓橋を渡って行く。


凍りついた庭の中の澄んだ流れに沿っていけば、




本堂奥の有名な庭園が現れる。
雪は地上の苔や、石の表面を覆ってしまい、この庭の本当のよき姿を見るには、少々邪魔ではある。
なにしろ、島にある松の古木さえも、見分けがつきにくいように白一色になってしまっているのだ。


かろうじて、上半分の枯山水の部分は雪に覆われていない。


時折、風が吹くと木の枝に積もった雪が、石組に襲いかかるように降りかかる。
なにか非常に厳しい世界を象徴するようで、これはこれで興味深いものがあった。




雪の中を、見事に澄んだ一条の流れが滝となり、池に流れ込む。




枯山水や心字池に較べれば精神性は高くない、と思われるこの池庭だが、毎回見るたびになぜか心惹かれてしまう。
前回訪れた時は、緑豊かな時期でいかにも涼しげだったが、今回は池の水も凍りついている。
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恵林寺 雪姿(1)  塩山市

2011-02-19 15:20:45 | 古民家、庭園
関東一円に雪が降った翌日に、山梨を訪れた。


恵林寺は1330年、夢窓国師により開山された。夢窓国師の手も入っている本堂裏の庭園は有名だが、前庭部分にも十分な手がかけられている。
気温は非常に低く、枝に積もった雪も降り立ての状態に近い。


前庭の池も一部は凍りついている。


橋の反対側は流れがあるので、凍っていない。


三門も、普段とは違った姿をみせる。


比較的新しいと思われる三重塔も、装いを新たにすると見ごたえが出てくる。


庭石の姿も、全く違ったものになる。

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