蕎麦喰らいの日記

蕎麦の食べ歩き、してます。ついでに、日本庭園なども見ます。風流なのが大好きです。

金沢  兼六園

2007-03-31 17:49:16 | 古民家、庭園
真弓坂口から入る。入って右手に折れるか、真っ直ぐ行くかの分かれ道で、何も知らずに真っ直ぐ行ったのが、実は大正解だったのだ。


瓢池を望む。この辺りは、兼六園でももっとも古い部分らしく、独特の雰囲気が漂う。洗練されたものが、さらに時間をかけて熟成されたようで、大変な魅力がある。


日暮橋と三芳庵水亭。橋の右手に海石塔が見える。この塔は、秀吉から送られた、という説もある。


瓢池に翠滝が流れ込む。兼六園の大部分は、この滝の向こうの高台に広がる。この瓢池の周りのみ、深山の沢のような趣がある。


夕顔亭。瓢池や翠滝と同じく18世紀後半の建造だそうだ。さすがに中には入れないが、ガラスケースに収めたようではなく、金沢の自然にふれる感じで展示されているのは素晴らしい。


金沢のシンボル。徽軫灯篭(ことじとうろう)。瓢池より、はるかに大きな霞ヶ池に面している。後方の内橋亭は、残念ながら工事中だった。


手前の飛び石状なのが雁行橋。奥の小さく見えるのが、雪見橋か。


兼六園の一番奥に成巽閣という御殿がある。これは前田家12代奥方のための奥方御殿であり、非常に格が高く、内部は撮影禁止になっている。ただ、中庭は撮影が許されている。赤門から一歩兼六園に入れば、広大な庭園が広がっているというのに、御殿には、別にひっそりとした中庭をしつらえていたのだ。
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江戸川橋  マラバール

2007-03-30 21:02:12 | エスニック料理
久しぶりに、江戸川橋近くのカレー屋さん「マラバール」へ行く。こちらは、開店してもう10年は越すだろう。お昼の3種類のカレーとサラダ食べ放題で、そこそこなの売れている店である。しかし、夜に行くとカレーの味は更にアップする。今日は、連れがいるので、いろいろと注文できて楽しい。




前菜に、かつおのフライと、ラムチョップ。どちらも、何種類もの香辛料が効いて、複雑な味わいだ。ビールはマハラジャ印。ラムチョップは、やはり骨を持ってかじると美味しさが増す。


カレーはマトンと、チキンハイデラバード。手前はパロータ。マトンカレーは実に正統派で味が深い。チキンハイデラバードは、一口食べたときはたいして辛くないと思うのだが、二口、三口と進むうちに、辛さが効いてくる。トマトが贅沢に使われている感じだ。パロータはフィノッキの香りが、またまた凄い。


ナンは少し甘みが前に出ている感じだが、それはそれで美味しかった。それに、結構な大きさである。
インドの料理は、いろんな布を重ねたような、様々な香辛料が重層的に効いていて、まさに贅沢な味だ。
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きざんで、きざんで水餃子

2007-03-29 20:52:31 | 男の料理
ニラも、長ネギもみじん切りにして、「にらとにんにくのあえそば」を作ったのだが、いくらなんでもニラもネギも切りすぎ。




この、そばは油でカリカリにしたにんにくと、ニラを合わせるのがポイントなのだが、油の量が少なかったのだろう、ニラとにんにくがかなり、あまってしまった。
そうならば、ギョーザしかないでしょう。豚挽き肉を加えて、中身(アン)を作り、皮に詰めていく。




こんな感じにあがりました。皮は市販のものを使いましたので、ちょっと薄かったかもしれません。
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町田市 ときわ

2007-03-28 22:00:24 | 蕎麦
わざわざ町田まで買い物に出かけたら、本で紹介されていたインテリア関係のお店は、見事に無くなっていた。細かい目印は見つけて、確かにその場所にまでは到達したのだが、月まで吹き飛ばされたがごとく、跡形もなし。まあ、あまり酔狂な事を考えているとロクな事はない。


しかたがないので、近くのお蕎麦屋さん「ときわ」へ向かう。「三色せいろ」をお願いしたら、茶そばが切れていて、普通のせいろを入れてはいけないかと、言われた。まあ、変わり蕎麦にそれほどこだわりは無いので、それでお願いした。


その結果、色の取り合わせはやや地味になってしまったが、十割の田舎と、せいろを比較しながら、食べることができた。柚子きりは、少し柚子が多すぎで蕎麦の香りが負けていた感じが。結果はかえって良かったかもしれない。
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かき油牛肉焼そば

2007-03-27 22:32:37 | 男の料理
麺は、市販の蒸麺でいきましょう。


醤油でちょっと下味を付けてから、ほぐしてフライパンに入れ、ゆっくりとパリパリになるように焼いていきます。あまり、かき混ぜないで、同じ面がフライパンと接するようにするといいです。
両面焼き上げたら、皿に揚げておきます。


中華鍋を熱し、長ネギ、白菜、牛肉の順で炒めスープを注ぎいれます。オイスターソース、醤油で味を付け、水溶き片栗粉でとろみを付け、さっと焼き麺にかけたら、出来上がり。
パリパリ、ハグハグです。
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ナポリ風グリーンピース煮混み

2007-03-26 23:21:16 | 男の料理
まずニンニクからいきましょう。みじんぎりにして、オリーブオイルで低温から炒めて(というのか、オイルに香り付けして)いきます。徐々に、素晴らしい香りが台所を満たします。これが、休日料理の、はじまり、はじまり。
そこにタマネギ、セロリ、セージいろいろです。いずれも、みじん切りで投入します。鍋からは、素晴らしい香りが立ちます。やはり、こういうのは春の気配が訪れた時がいいですよね。
主役の豚肉を入れる。肉の表面に火を通したら、グリーンピース行きます。今回はお手軽に、実をザッと。そして、トマト入ります。後は、ゆっくりと仕上げます。


これは本来、仔牛肉で作るのですが、最近仔牛肉手に入りません。以前は(狂牛病問題前)、100g 400円以下の冷凍仔牛肉もあったのですが。
それで、豚肉で作りました。肉自体の味は、そんなに引けをとらない、ような。
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米とグリーピースのスープ

2007-03-25 17:45:12 | 男の料理
まず、ブロード(スープストック)を取る事から、始まります。トリガラを使います。私の、行きつけのスーパーでは、トリガラは売り場に置いて無いことも多いのですが、聞くと出してくれます。


今日は、ちょっと贅沢に2羽分使いました。灰汁取りをしながら、コトコト2時間以上煮ていきます。


別鍋で、タマネギ、ベーコン、ハム、グリーンピースを炒めます。
お米は、さらに別鍋でアルデンテに茹でます。ヨーロッパでよくみられるお米の食べ方で、湯取り式です。


炒めた具にスープを注ぎ、お米をいれ、上からパルメザンチーズをかけて、出来上がり。
とても、体が温まります。
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根津  鷹匠

2007-03-24 19:55:11 | 蕎麦
お散歩の後は、お約束の蕎麦。根津神社の角を入ると、昔懐かしい家並みの商店街が続く。軒の低さが、大分古い建物だという事を物語っている。谷中に向けてのダラダラ坂のほんの手前、右側に「鷹匠」がある。


こちらは数年前に人に連れて行ってもらい、訪れたことがあるのだが、夜で辺りが非常に暗かったのと、蕎麦も料理も実に美味しくて大分呑んでしまったため、場所が分らなかった。別な人に、場所をきいてやっとたどり着いた。
店内は、午後2時近いというのに、ほぼ満席。一番奥が空いていたので、寛げる。床暖房が、とても暖かい。


たどり着けたのが嬉しかったのと、お店の雰囲気もよかったので、いきなりお酒を頼んでしまった。散歩の後の冷酒は、よく効く。
そういえば、こちらのお店はビールとして、エーデルピルスを置いている。前回訪れたときにも、エーデルピルスは普通には販売を中止していて、不思議に思ったのだが、さらに数年してもちゃんと置いてある。店主のこだわりの一つであろう。


酒肴に「盛り合わせ」をお願いしたら、オーソドックスな肴の盛り合わせ。こういうので、ゆっくりやるのは、実に気分がいい。左手前はおからを味噌であえたようだった。その向こうは、はりはり漬け。後は、説明の必要はないだろう。




十割の「深山」を試したかったのだが、この日はあいにく売り切れ。お品書きに「もちもち感のある」なんて書いてあると、非常にそそられるのだが。
それで、二八の「せいろ」をお願いした。非常にすっきりとして、つながりの良い蕎麦だ。蕎麦の香りも充分に出ている。汁は標準的か。そば前をやった後の締めには、もってこいだろう。
食後、谷中を少しだけ歩いて、帰宅。
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湯島、根津散歩

2007-03-23 22:35:50 | 古民家、庭園
上野公園の池之端から、根津、谷中に向けてぶらぶらと散歩です。まずは、湯島のの商店街近くに、こんな建物を見つけてしまった。


不忍通りからほんの少しだけ入った所にある。植え込みともよく調和し、屋根の造りなども結構凝っていて、この建物としては「ずっとこれでやってきているのだが、」という想いが感じられる。そういえば、このあたりに鳥鍋で有名なお店があったはずなのだが。




不忍通りに面しているのに、こんなに時代がかった造りです。なにしろ、高名な日本画家横山大観記念館の入口です。


当たり前ですが、画を志す方は目が凄いです。邸内には、更なる庭と客間の「鉦鼓堂」もあり、しばし憩うには最高だが、撮影禁止。なにしろ、大変な名作が展示されているので、一律に禁止とせざるを得ないのだろう。しかし、かなり昔から考えていたのだが、岡倉天心さんて、頭でっかちだったような印象がありますよ。それに付き合うのって、制作家としては大変だったかもしれませんね。



不忍通りから、入ると不思議な木造の三階建て。こちらは明治末から大正初期にかけて建てられた商家だったが、今は串揚げで有名な「はん亭」さん。当然、三階建ての建物が大正の造りですが、ちょっと他に無い迫力ですね。大震災を乗り越えて、現役のようです。
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池之端 旧岩崎邸(和館)

2007-03-22 22:17:58 | 古民家、庭園
岩崎邸和館は、洋館と同時期(明治29年、1896年)に建てられた。竣工当時は建坪500坪を越える規模であったのだが、ほとんどは失われ広間とそれに付属する部分のみが残されている。
1896年の竣工というのも、なかなか意味の有りそうな年代である。岩崎家は明治期の動乱で巨万の富を得たのだそうだが、それが収まると海運と商事を中心に事業を展開した。海運に関しては、三井等との価格競争に陥るという事態にもなり、岩崎財閥の独占事業とはならなかったようだが、日本郵船を通じて、経営の実態を支配していたようだ。
しかし、二代目岩崎家弥之助は三菱の事業を「海から陸へ」と方向転換し、それまで副業としていた炭鉱、鉱山、銀行、造船、地所などの発展に力をそそいだとある。弥之助の次の三代目久弥が建てたのが、この岩崎邸である。
こちらが竣工した1896年というのは、鉄道史上かなり画期的な時期に当たる。それは、信越線経由で、関東と北陸の日本海沿いが結ばれた時期に当たる。1885年の高崎ー横川間の開業に続き、続々と鉄道工事が進められたのである。それには、二つの難所工事も含まれていた。1888年関山ー長野間開通。このために、妙高田切りの橋梁工事が必要だったはずだ。また、柏原ー長野間は、江戸時代に一般的だった飯山越えのルートではなく、北国街道沿いのルートが使われている。
もう一つの難所は、有名な碓氷峠越え。1893年、この区間の開通をもって全線開通した。
それを背景にしての、1896年竣工である。基幹事業を、今後は廃れていくであろう水運から多方面に展開し、ますます発展するであろう陸上輸送に向けての体制が整っての、屋敷の普請ではなかったのだろうか。


岩崎邸和館は、なによりそこで使われている部材の質が高い。継ぎ目、節目、まるで見られない。天井と突き当たり窓に見られるのは初期の三菱の紋からとったモチーフ。天井の梁でさえもが、一木を切り出したもの。


天井は、おそろしく高い。確かに格を高く見せるが、明治初期にアメリカに留学した久弥が、外国人をもてなすのに、必要だと感じたのだろうか?


広間から縁側に出る。灯篭は大分古いものらしい。かなり尋常ならぬ気配を感じる。


広間のちがい棚。めずらしく、二面である。多少の手垢(それも価値ありか)もみられるが、床柱の端正なこと。


広間の欄間。岩崎家の紋をモチーフに。天井に使われているのは、90cmの杉板。節目など、どこにも見当たらない。
憶測にすぎないのだが、鉄道開通によりそれ以前には決して入手できなかったような部材が急に手に入るようになった、という事情はないのだろうか。そして、それはヌケめのない財閥により、急激に使い尽くされ、明治の一時期にしか入手できなかったという、可能性も考えられる。
そういえば、部材の質を物理的にとらえ、日本全国の指折りを集めるというのは、山口県防府の「毛利邸」でも見た覚えがある。


広間から、縁側の靴脱ぎ石の方角をみる。岩崎の総帥は、この位置に座り、何を想っていたのだろうか。

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