昔むかしあるところに……で始まるお話をいったいいくつ読んだかしらね。
読み始めのこのフレーズは時を越えてやってくる。
「昔むかしあるところに」と語り始めたのは、祖母だった。
幼い頃、祖母の家に夏冬と遊びに行くのが常だった。小学校中学年まで続いた気がする。就学前は祖母が迎えに来てくれて私と弟を連れていってくれた。昔のことだから、バス停で降りてから二時間以上もとぼとぼと幼い足で歩いていかなければならなかった。今では考えられないことだ。今はすっかりアスファルトになり車でもそんなに時間がかからなくなった。
そんな二時間以上の歩きでも祖母と一緒だと苦にならなかったのは、砂利道の脇にある湧き水のありかだったり、道端の草や花を摘んだり、覚えたばかりの歌を誰に気兼ねすることもなく大きな声で歌っていったり、これから過ごす田舎暮らしの楽しさを考えたり、頭の中は想像しただけで胸がわくわくする気分でいっぱいになっていたからだった。
眠るときは祖母が隣で見ていてくれた。
母の実家は分家となった祖父が人一倍がんばって(炭焼き名人だった)建てた家だったが、祖母たちが眠る部屋の窓の下にはところどころ小さな穴があって、それが夜になると暗い部屋に不思議な弱い光を入れていた。弟は日中動き回ったせいで眠るのはバタンキューだ。わたしが「おばあちゃんお話して」と言うと、祖母は頭をなでながら話し始める。
昔むかしあるところに、じいさんとばあさんがおったと……
その祖母の静かで柔らかい声をわたしはついぞ話の最後まで聞いたことがない。いつもおじいさんとおばあさんが出てきてどんぶらこどんぶらこの繰り返しになると寝入っていたらしい。
そのうち絵本を読むようになり祖母が語った話の結末をしっかり知ることとなるのだが、昔ばなしという言葉を聞くと、あの小さな光が差し込む部屋で祖母が頭をなでてくれた記憶がかすかに頭をよぎる。
祖母は寡黙な人だった。人の悪口を言うことは決してなく、いつも静かに微笑んで黙々と作業をした。いるだけでなぜか安心感があった。小さくて大きな人。そんな祖母が大好きで小さい頃は大きくなったらどんな人になりたいか?という問いに「おばあちゃんのような人になりたい。年取ってもあんなおばあちゃんになりたい」と思っていたわたしだった。
でも、今わたしは祖母のようになれているだろうか。
あの頃憧れた祖母のような女性には少しも近づいていないような気がする。
昔むかしあるところに、すてきなおばあさんがいましたとさ、と胸を張って言えるようなそんな人になりたい。
読み始めのこのフレーズは時を越えてやってくる。
「昔むかしあるところに」と語り始めたのは、祖母だった。
幼い頃、祖母の家に夏冬と遊びに行くのが常だった。小学校中学年まで続いた気がする。就学前は祖母が迎えに来てくれて私と弟を連れていってくれた。昔のことだから、バス停で降りてから二時間以上もとぼとぼと幼い足で歩いていかなければならなかった。今では考えられないことだ。今はすっかりアスファルトになり車でもそんなに時間がかからなくなった。
そんな二時間以上の歩きでも祖母と一緒だと苦にならなかったのは、砂利道の脇にある湧き水のありかだったり、道端の草や花を摘んだり、覚えたばかりの歌を誰に気兼ねすることもなく大きな声で歌っていったり、これから過ごす田舎暮らしの楽しさを考えたり、頭の中は想像しただけで胸がわくわくする気分でいっぱいになっていたからだった。
眠るときは祖母が隣で見ていてくれた。
母の実家は分家となった祖父が人一倍がんばって(炭焼き名人だった)建てた家だったが、祖母たちが眠る部屋の窓の下にはところどころ小さな穴があって、それが夜になると暗い部屋に不思議な弱い光を入れていた。弟は日中動き回ったせいで眠るのはバタンキューだ。わたしが「おばあちゃんお話して」と言うと、祖母は頭をなでながら話し始める。
昔むかしあるところに、じいさんとばあさんがおったと……
その祖母の静かで柔らかい声をわたしはついぞ話の最後まで聞いたことがない。いつもおじいさんとおばあさんが出てきてどんぶらこどんぶらこの繰り返しになると寝入っていたらしい。
そのうち絵本を読むようになり祖母が語った話の結末をしっかり知ることとなるのだが、昔ばなしという言葉を聞くと、あの小さな光が差し込む部屋で祖母が頭をなでてくれた記憶がかすかに頭をよぎる。
祖母は寡黙な人だった。人の悪口を言うことは決してなく、いつも静かに微笑んで黙々と作業をした。いるだけでなぜか安心感があった。小さくて大きな人。そんな祖母が大好きで小さい頃は大きくなったらどんな人になりたいか?という問いに「おばあちゃんのような人になりたい。年取ってもあんなおばあちゃんになりたい」と思っていたわたしだった。
でも、今わたしは祖母のようになれているだろうか。
あの頃憧れた祖母のような女性には少しも近づいていないような気がする。
昔むかしあるところに、すてきなおばあさんがいましたとさ、と胸を張って言えるようなそんな人になりたい。