心の色を探して

自分探しの日々 つまづいたり、奮起したり。
マウス画・絵及び文章の著作権は このブログ作者(けい)にあります。

軟らかなものが良くなりました

2022年03月01日 | ほんのすこし
昨年から母は食べるものが硬いとなかなか食が進まなくなりました。ごはんの炊き具合も普通の硬さに比べるとかなり柔らかく炊いています。わたしも一緒に食べるので、もうこの硬さに慣れてしまいました。

ふだん食べている分にはその硬さでいいのですが、困るのが、炒飯を作るとき。ごはんが軟らかすぎて、パラパラした炒飯は無理なのです。母はそれで食べやすいからいいんだ、と話していますが。わたしはちょっとまだ物足りない。母に合わせて料理をすると、不都合な部分もあるのでした。

もちろん、料理も、硬いか軟らかいかで、食が進むか進まないかが決まってくるので、慎重に考えて作ります。でも厄介なのが、軟らかければそれで良し! と思うと思わぬ落とし穴があります。

キャベツなどレンジでチンしてから細く切って食べやすくすると、「まだ硬い」と言われ、それを今度は少し煮込んでから出すと、今度は
「軟らかすぎてキャベツの味が無い」と言われる始末。
なかなか食材の軟らか加減を見定めるのは難しいのです。いや、単に料理が下手なのかもしれないけど。

そんな中、先日、ふと閃いて作ってみました。
太いカニかまを薄切りの豚肉で巻いて、小麦粉をまぶし、焼き目をつけたら、甘辛たれで少し煮込んで出しました。
これが、食べやすくて、お肉大好きな母にも満足のいくものとなったようです。残ったものを指さして、
「明日の朝、これをお皿につけてくれ」ですって(笑)

ちゃんと取っておきましたよ。

お肉の薄さと中身の軟らかさがマッチして噛みやすかったのでしょうね。
これからも食べやすいものを考えながら作っていかなくちゃ、と思っているところです♪


ようやく綺麗にしました

2022年02月28日 | ほんのすこし
長年、す~っごかったこのポット。
黒ずんだままで使っていて、それでもなんだか引越で処分できなくて、新居に持ってきていました。珈琲を飲むのはインスタントがほとんどなのに、ね。それでもなんとなく愛着があったのです。

ドリップ珈琲はお客様がいらしたときに、これを使って出していましたが、母に、あまりにも黒ずんでいるので処分しないのか? と何度か言われていました。「そうだね~」といつも生返事で答えていたのですが。

最近、ふと思いついて、もしかしたら綺麗になるかも……と。
母が休んでいる午前中に台所でガシガシやってみました。黒ずみが取れることには期待していなかったのですが、蓋を最初にゴシゴシしてみたら、下からピカピカの色が見えてきました。
これは、ひょっとすると、ひょっとするかもしれない。俄然,やる気が出てきました。蓋は案外思っていた以上に綺麗になりました。

本体の方は手強かったです。
かなり時間をかけてゴシゴシ。
夢中になってやっていて、お昼近くにまでなりました。カウンターにタオルを敷き、乾かしておきました。母が気づくかなあって思って。

その日、母はちっとも言いませんでした。あんなにすぐに変化にめざとい人が、このピカピカの状態に気づかないなんて!
ちょっと不満でした。次の日も母からは何もなく……
とうとうしびれを切らして、
「ね~、これ、綺麗になったと思わない?」と自慢げに言いました。

軽く「うん、綺麗になった、なった」と答えられ、ちょっと拍子抜け。もうちょっと褒めてくれてもいいんじゃないの?(内心の声)

「このくらい綺麗にできるなら、もっと前に丁寧にやっていれば苦労しなくて済むのに」
ぎゃふん。

そう。長年、放っておいたしわ寄せだわ。
これからは間をおかずに磨いていきます!
ピカピカっていいなと、毎日眺めているところなのでした。


ねっとう?

2022年02月27日 | 母のこと
今日は、予約していた母の3回目ワクチン接種の日。去年の二回ワクチンは心配していたほどの副作用がひどく出なかったので、今回は本人もさっさと終わらせよう! といった感じ。

ところが、昨日と今日の予定会場が急遽変更になり、変更になったことを地元紙で知り、ちょっと慌てた。会場が狭いし、天候も怪しいからだ。昨夜から予約をキャンセルしようかなと思ったり。
というのも、昨日はすごいいいお天気で、お天気過ぎて屋根に溜まって長く垂れ下がっていた雪が、どどどっと落ちてしまうアクシデントに見舞われ、それを片付けるのにかなりの時間と労力を使ってしまい、労働後の始末(下着の取り替えや汗の拭き取り、濡れた髪の始末)を丁寧にやらなかったおかげで、夕方にはなんだか「風邪ひいた?」みたいな気分。
母に「ちゃんとしないと本格的に風邪をひくぞ」と脅された(笑)

そんなこともあって、今朝はなんだか熱も少しあるかな? って。だから会場変更になったこともあり、キャンセルしない?って聞いてみたのだ。でも本人は早くやってしまいたい気持ちが強く、キャンセルなし。
仕方ないから行くか…… 新聞の一面を見たら、昨日のワクチン接種のことが書いてあり、かなり渋滞したとのこと。
「母さん! 10時予約だけど、朝の8時45分から受け付けるってよ。昨日はすごい渋滞だったらしいから、早めに行こう!!」
のんびりしていた二人だけど、慌てて準備して、会場に向かった。

早く行って良かった。
まだ早い時間だったから車いすの人が少なくて、とてもスムーズに行った。知り合いの元看護士さんがついていて、久しぶりに話が出来た。こういうちょっとしたことが嬉しい時代になったんだなと思えた。早く終わってほしいね。

順調にいき、早く家に戻れて、ホッとした母。注射しやすいようにと、昨日、長袖の下着の肩を出す練習もした。うまく行って良かった良かった。
その下着を脱ぐと、わたしによこした。
「これ、ねっとうに入れて」

は?
初めて聞く、下着の処理の仕方だ。一瞬、今までのわたしの洗濯の仕方が間違っていたのか?と思って、母の顔を見た。すると母が怪訝な顔をしてわたしを見た。
「母さん、これって熱湯に入れておくんだったの?」
「あれ? 今、なんて言った?」
「熱湯って……」
「ネットって言ったつもりだったんだのに。なんか格好つけて言おうと思ったら、ねっとうって言ってたのかあ!!」

もう笑いがしばらく止まらず。母も笑う笑う。あんまり笑うと母はこの頃とてもくたびれる。今日も笑ったあとが大変で、くたびれて息が荒い。調整するのに時間がかかる。
それにしても自分が言ったことで笑って、くたびれるって、年を取るのも大変なことだなと思うよ、ホントに。

ってことで、いい下着はネットにちゃんと入れて洗濯かごに置いたとさ♪

※※※

またまたしばらく更新せずにいました。今年は雪が多すぎて、片付けに追われ、気力もそがれていましたあ。

※※※


遅ればせながら始める

2022年01月09日 | ほんのすこし
失敗したなあ、これを見た瞬間、思った。
生協のカタログを見たときは継続するってなかなかいいんじゃないの? なんてちょっと想像して届くのが楽しみだった代物だが。届いたものを見たら、あまりにも大きく重く、しかも頑丈な箱に入っていて・・・
想像していた手軽さはどこにもないってことに気がついた。

仕方ないので、ベッド脇のテーブルに置いていた。寝る前に書き込みできるかもしれないと軽く考えていたのだ。

あぁ、それは全くの当て外れだった。
元旦から一度も開くことなく、今日まで放りっぱなし。日記、しかもたった4行だけの日記をつけるという行為ができずにいたのだ。一体わたしは今まで何をしていたのだろう?
ここはどこ? わたしはだれ? な状態だ。

年明けからかなりの挫折感を味わうことになったが、表紙にちゃんと2022ー2031と明記されているから、来年から始めるというのも悔しい。だから、今日はつけることにした。来年から始めるよりはいいだろう。

わたしに足りないものは継続だ。それの最たるものがこの日記だと考えることにした。10年(おっと、9年と357日?)書き続けていけるかどうか・・・それまで生きているならってことだけどね。

昨年はgooに入ることも記事を書くこともなかなかできずに終わった。今年は少しずつでも書けたらなと思う。何かを残すにはここは最適なんだけど、気持ちが遅れがちになるのは何故だろう。
まわりにどう見られているか、とか、どう見られたいのか、とか、そういう気持ちがまだまだ捨てきれないんだろうな、きっと。
友人が「あなたが思うほど、周りの人はあなたのことを見ていないよ」と何年か前に言われたのが、まだ頭に残る。そうだよな、そうなんだよなあ。
だから、素直に書けたらいいな・・・

この頃、よく昔のことを思い出す。昔のふがいない自分のことが多い。過去を修正したいけど、無理だ。思い出したくない過去、蓋をしておきたいこと、たくさんたくさんある。今更ほじくり返してどうする? と自分に問う。
それより目の前の一日をどう過ごすか? が大事だと言いきかせる。

母とふたりで過ごせる時間があとどのくらいあるかわからないけど、大事に大事に、過ごそう。


晴れたからといって

2022年01月08日 | ほんのすこし
連日、雪です。昨日はその合間をぬって、太陽が顔を出しました。雪がピカピカです。

窓の外を見た母が
「晴れたなあ。ストーブを消すか」と言いました。一瞬、目がまん丸くなったわたしの顔を見て
「こんなにいい天気だもの。灯油がもったいない」ですと。
「そんなあ、絶対寒いから、風邪引いたらどうするの?」と引き留めるわたしを尻目にストーブの電源を切りました。たしかに部屋に差し込む太陽の日差しをみれば、暖かそうな気もします。
「ストーブ消して、ベッドに入れば全然寒くないよ」と節約できた気分の母は早速、ベッドへ。頭はすっぽりとバスタオルで覆っています。あれじゃあ、寒さも感じられないか・・・

わたしは二階へ行き、作業を。しばらくして階下に降りてくると、なんとなくひんやりした感じがします。日の光は差し込むものの、部屋の温度はいつもよりも二度低い状態。う~ん、これは無理だな。
ストーブのスイッチを入れて母の方を見ると、鼻音を立てて寝入っている様子。起きたら、空気がぬくぅくなっていますよ。

夕方のニュースで地元がマイナス16度だったと報道されていて、びっくり。
「母さん! 今日一番寒かったみたいだよ。マイナス16度だって!」と伝えると、「どうりで寝ていても顔が寒かったもの」と答えました。
内心、天気がいいから暖房はいらないって言ったの誰でしたっけ? と突っ込みをいれてました。

雪国は快晴だからといって、油断してはなりませぬ。
雪が降るときよりもずっと冷え込んでいるときもあるのですよ。
かろうじて風邪引きさんにはならなかった二人でした♪


夜中の話

2022年01月07日 | 母のこと
普段は見逃しているものが、状況が変わると、その存在を意識することがある。
影もそうだ。
日中、何度もそこを通っているのに(階段近く)目を当てることが少ない。たまに埃を払うために近づくのだけど、一日で必ず目に留めるといった類いのものではない。
だけど、夜中に母がトイレに入る音に気づいたとき、そっと階段下の物音に耳を傾け、寒いなと思いながら母がトイレから出てくるのを待っているときなど、それは目に入る。

階段廊下の天井二箇所に備え付けれた小さな照明は、建築士がしっかりと計算しつくしたと感じられる小さな存在で、夜中の空間を暖かなものにしている。照明のありがたさをしみじみ味わうひとときでもある。
トイレの戸が開く音がして、母が出てくる姿を見つける。そばに行って声をかける。
「お、お前も入るのか?」
首を横に振って、トイレの戸を母の後ろから閉める。前に足を出した母の腰を両手で支え、歩くのに不安がないようにする。
ベッドに入る前に白湯を飲む母を待ち、ベッドに腰掛けた母に下着の着替えを促す。
「汗かいているんじゃないの?」
「大丈夫だ」
パジャマの上から背中を触ってみる。じんわり湿った感じがして、
「やっぱり取り替えた方がいいよ、汗かいてるから」
「そうか?」
着替えを手伝い、さっぱりしたところで横になることを勧める。最後の布団をかけてやると、
「悪いな、お前、寝れなくなるんじゃないか?」
「大丈夫、また寝るから」
それを聞くと、少し安心した顔をして目をつぶる。

階段廊下の本棚の上が小さな灯りに照らされている。
昼間は見えなかったガラスの下に文様がはっきりと映っている。あぁ、これってこういうデザインに見えるんだ・・・

夜中には、日中知らなかったことが少しだけあるようだ。
トイレに何度も起きる母だけど、そのうちの全部を見ているわけじゃない。そのうちの少しだけのお手伝い。それができると、わたしの中でちょっと嬉しい気分が湧いてくる。
ただ、手伝ったあとに再び眠れるかどうかということは別の話だ(笑)


名前で呼ばれると・・・

2022年01月06日 | ほんのすこし
お正月もだんだんと過ぎていき、お腹の方もだんだんとサイズアップしていき、今年はお餅三昧してしまい、体型がもう戻らない。
仕方なく、昇降運動を少しずつ始めています。仕方なくってところがミソです。長続きしない予想がみなぎっています。

さて、タイトルについて。

12月も終わりに近づいたある日のこと。
某大型スーパー(この町での大型ってことですよ)の玄関前を通り過ぎ、目的地の宝くじ売り場に向かっていたときでした。
向かいからスーパーへと向かってきた男性が、すれ違ってから
「〇子さん!」とわたしの名前を呼び、会釈をしていました。
ご近所さんでした。思わずわたしも会釈をし
「お仕事終わってきたんですね~」と声をかけました。首を振ってそのままその方はスーパーの方へ向かっていきました。

たったそれだけのことです。
たったそれだけのことなのに、なにか心に残ることがあって。

何が残っているのだろうとしばらく考えていました。

〇子さん! と名前で呼ばれることっていつ以来かなと思ったのです。女性には呼ばれることはありますが、男性(若くなくても)から名前で呼ばれることは滅多になくなったのです。
結婚すると、だれそれさんの奥さんだったり、だれそれちゃんのお母さんだったり、名字で呼ばれることはあっても、下の名前で呼ばれることは殆ど無かったなあと思い出しました。

だから、なんだかすごく新鮮に感じたのです。
わたしの名前は〇子なんだった・・・なんてね♪
もちろん、母とかには名前で呼ばれるし、父が生きていれば名前で呼ぶでしょう。でも他の男性から名前で呼ばれることは無かったなあ、と。

そして、これから先もそんなに名前で呼んでくれる方にお目にかかる機会は無いだろうな、と。

戻ってから、母にご近所さんに会ったことを話すと、
「そりゃそうだよ。わたしのことは〇〇さんって名字で呼んでいるから、同じ家に住むお前と区別するには名前で呼んでいるんだよ」と答えました。
なるほど・・・
なんとなく、さっきまでの新鮮さがどこかへいってしまいましたが、それでも名前で呼ばれるのって嬉しいものだと思いました。

※※※

昨日と違って、今日は晴れ!
積もった雪もキラキラしていました。

※※※


もう12月に入ってしまいました

2021年12月08日 | ほんのすこし
今年はなんということかしら。
gooアプリをクリックすることがなかなかなく、しかしてこの編集画面を見ることもなく、こうして見ると新鮮なものがあります。
でも、パソコンの処理能力が衰えたのか、キーを押してもなかなか画面に反応しないのが、イライラの元となっています。

さてさて、今年もあと残り少なくなってきました。母の介護生活も山あり谷有りで、毎日一喜一憂。さらに本人の自分の体への不安感が増加し、少しのことでも病気の懸念をし、それを打ち消したり、心配ないと励ましたり。

といってももう89歳ですものね。元気な89歳ならまだしらず、全身に病気満杯で歩行もだんだん難しくなっているし。それでも気持ちだけはしっかりしているので、娘であるわたしの様子を思い図るところは忘れていない様子。
眉毛をちゃんと描きなさい、とか(笑)。眉尻が尻切れトンボなわたしの眉毛、いつも気にして見ているみたい。
でも、当の本人は、どうせ外出しないんだし、このままでいいんじゃない?
ずぼらなわたしが考えそうなこと。
「宅配が来るかもしれないし、いつ何が起きるかわからないから眉毛をしっかり描かないと」と言われます。

まあ、眉毛のカーブが綺麗に描かれていれば、それなりにいい女に見えればいいんだけど、描いても描かなくてもそんなに変わりゃしないよ、と心の中で母に答えています。

母はわたしの顔や体を見ては、変なところが無いかと点検。わたしは母の元気が失せていないかと内心ハラハラ。そんなふたりがようやく一年を持ちこたえて、なんとか年の瀬を迎えたい。
「お正月を迎えることができるかなあ」と何度かつぶやかれて、わたしも思っていたけど、頷くことはせず、大丈夫大丈夫と言います。声に出して言えば、大丈夫な気がするから不思議です。

数日前から古文を読み始めました。といっても原本ではなく、かなり読みやすく編纂された文章ですので、想像しやすいし、解説があればいいのですが、ついていないようなので、適当に解釈して読んでみています。
現代社会にも通じるような、人間の普遍的な部分を垣間見ることが出来ている気がして、面白いなと。

今年、やりたかった曲作りはちっとも出来なかったけど、絵を描くことは試行錯誤でたくさん描けたからよしとします。
ウクレレも自分でいうのもなんですが、上達した気がします。もちろん二台目のウクレレがすごく音色が良くて、そのおかげってこともありますけどね♪

ここに入らなかったときも訪問してくださった方がいて、本当に感謝しています。ありがとうございました♪


せっかく入力したのに・・・

2021年11月14日 | ほんのすこし
ああ!
せっかく入力したのに、全部消えちゃった!

再度挑戦する気力なし。

一週間以上前の河原。落ち葉がぎっしりでした。今は色づいた落ち葉が茶色に変色してお寂し村と化しています。

また落ち着いたら、ゆっくり書きます。

落ち葉のじゅうたん、名残惜しい短い秋が終わります。



予知能力?

2021年10月06日 | ほんのすこし
夕べというより、今日か・・・
夜中の2時45分、ふと目が覚めた。ほんとに「ふと」という感じで目が覚めたのだ。トイレに行きたいのか? いや、それもなく。
その1分後に、突然ベッドが揺れた。

あ。
これは・・・
来るのか?

数秒後にまた。今度は前よりもぐらついた。
これは、地震じゃないか!
慌ててテレビをつけた。

青森沖が震源地。震度6
我が町は震度3.でも同じ震度3でも今回は揺れが大きく感じた。ベッドに横になっていても体や頭が揺れている気がした。
母はどうしただろう・・・静かに母の元に行ってみた。

なんのことはない。
母はバスタオルを顔に巻いて(最近頬骨が痛むといってる)とっぷりと布団に入り込んで寝入っていた。
まあ、それはそれで安心なのだけどね。

朝になってから母に地震のことを教えたら、朝方4時頃のラジオで聞いていたという。
「ちっとも知らなかったよ」
「案外揺れたんだよ」
「布団かぶってるから、ちっとやそっとのことではわからないんだな」
「ま、それはそれでいいかも」
「いや、何も知らないままであの世に行くってことだよな」
「・・・、いや、わたしが起こすし(笑)」

怖い経験せずにすんだだけマシだってことかもしれない。
それにしても、わたしにはちょっと予知能力があったのか? あるなら、起きる一分前じゃ遅すぎるんだけど。