心の色を探して

自分探しの日々 つまづいたり、奮起したり。
マウス画・絵及び文章の著作権は このブログ作者(けい)にあります。

そうか、もういないのか・・・

2022年09月09日 | 母のこと

ここ数日、とてもいいお天気です。雲一つ無い青空と夕焼けの綺麗な日が続いています。

ずっと雨が降り続いていたり、じめじめと蒸し暑い日が続いたり、こんな青空が広がるなんて・・・思わず、「ねぇ、今日はいい空だよ」と言いかけて、ふと気がつくわたし。

そうか、もう、いないんだった。話しかける相手はもういないんだった。

話しかけても応えてくれる相手はもういないんだった。

入院したらもう帰ってこれなくなる、と頑固に言い張っていた母、その通りになってしまいました。ブログの更新をした後、13日のお墓参りを済ませて、お墓参りのことや知り合いから電話があったことを手紙に書いて、明日持っていこうと思っていました。本人に会えるわけではないけど。

14日の早朝、まだうつらうつらと眠りから覚めずにいたわたしの耳元でスマホが鳴りました。

「急いで来てください」という看護士の声にびっくりして飛び起きました。

最低限の身繕いをして病院に駆けつけると、すでに看護士の問いかけに応えず、心臓マッサージをしている様子。一体何十分続けていたのでしょうか。「0」の画面がふたたび波打つことはありませんでした。

最後の最後に声を聞きたかった。

前の日までだんだん食欲も出て来ていた様子(伝聞)だったのに、どうして?

どうして? どうして? 

でも、帰らない。頭はパニックでした。ひとりであれもこれもしなくてはならない。決めなければならないことだらけでした。父のときも弟のときも経験してきたはずなのに、全然思い出せませんでした。葬儀社を決め、家から一番近いところを選びました。急いで連絡しなければならない人たちにアポを。電話だけで一日が暮れ、葬儀社の方と段取りを決め、母のそばで一晩を過ごす。ふたりだけで暮らしてきたという現実がそこにはありました。ひとりぼっち、そんな時間が通り過ぎていき、次の日には母の兄弟家族が来てくれて、少しホッとしました。その次の日には湯灌(ゆかん)の間じゅう、母の実家の方達が付き添ってくれました。夕方にはこども達も到着。

ようやく、ひとりじゃないって思えました。誰かがいてくれるだけでなんて心強いのでしょう。

無事に母を送り出し、今は祭壇にお骨を。納骨は息子家族が来たときに、と思っています。毎日、遺影を見ながら手を合わせていると「もう少しなんとかできたんじゃないか」と思えてきます。後悔だけが残って、自分のふがいなさを思ってしまいます。

9月に入り、ようやく弔問客も落ち着き、役所の手続きやらも一通り終え、なんとなくぼんやりとした気持ちで、何をしたらいいのかとぼーっとしています。母のいた介護ベッドも引き取られ、一階は前よりずっと広くなってしまいました。わたしには広すぎるよ・・・

弔問客に、母がいつも行く美容院の先生がいました。新聞で見てびっくりして・・・と。遺影を見て

「わたし、〇〇さんのこととても尊敬していたんですよ。〇〇さんの考え方や生き方がすごく好きで、いつも話をするのが嬉しかったんですよ」と話してくれました。母も美容院に行くのをとても楽しみにしていたものです。

新居に入りたった二年、もっと一緒にいたかったなあ。

会いたくてももう会えないんだなあ。

※※※

冒頭の写真は、母が大好きな紫陽花、庭から切り取ってきたら、大きなお皿にそっと置いていました。そのときの写真です。

 


入院

2022年08月11日 | 母のこと

母の4回目のワクチン接種が7月31日に予定されていて、お昼の予約だったので、11時半頃に家を出ることに。

体温計では36.5度。大丈夫だねって二人でそのまま会場へ。

ところが、入り口で検温されたときに「待った」がかかってしまいました。38度あったのです。

えーーー! なんで?

でも、規則ですから、係の看護士さんが来てくれて、何度か測定しましたが、やっぱり38度。色々話を聞いてくださって、再度申し込みすることになりました。

その日から、どういうわけか一日のうちで36度から38度を行ったり来たり。元々痛み止めとしてカロナールを処方されているので、それを飲むと下がるような。でも数日その繰り返しで。病院に行こう!と言っても、じっと静かにしていれば治る!の一点張り。

とうとう、トイレ付き添っていった戻り、一歩も歩けなくなり、力が出なくなったと。

オムツをかって、トイレには行かずにベッドで用を足していいんだよと。足が言うことをきかない。力が出ない。

三日間、オムツ交換やら体の汗取りやらをしましたが、その間も平熱に戻ることもあり、ベッドでお粥を少し食べることもできていました。少しでも食べることができると嬉しくて、「もう少し多く食べることができれば、力が出てくるね」と話していました。このままだと車にわたしが乗せることは無理。

そこでケアマネさんに連絡を取り、「ベッドから降りることができないけど、こういうときは救急車を呼んだらいいのでしょうか?」と。ケアマネさんが現在かかっている病院に連絡をとってくれて、熱が38度続いている事と動けないことを知らせると、「動けないだけでは救急車は呼べないので、病院まで車で連れてきてほしい」と。

そこで、介護のかたが三人で来て、ようやくベッドから車いすに乗せ玄関から出し、わたしの車の助手席に乗せ、病院へ。そこではすぐに入らずに夜間入り口前で車で待機。しばらくすると、コロナの検査をするために窓から母の鼻へ検査用具を。待つこと15分程度。結果は陰性。ようやく正規の外来で見ていただくことに。

連れて行ったのが午後だったことも幸いでした。待合室にもあまり人がいなくて助かりました。

すぐに点滴をし、採血・レントゲン。

レントゲン結果や採血結果により、肺炎にかかっているとのこと。それがコロナからくる肺炎なのかさらに詳しく調べる、PCR検査を待つこと40分以上。

結果はコロナからくる肺炎とは関係なく、リュウマチなどの治療薬が悪さをしているのではないかと、そのまま入院になりました。

介護の方が「本人、苦しんだことでしょうね」と言ってました。

家にいたときに、わたしの問いかけに母は無言でいることが多くなっていました。あのとき、きっとすごく苦しかったんだろうなと思います。そうとも知らず、「静かにしていればよくなるから、このままにしてくれ」という言葉に甘えてしまっていたわたし。本当に自分の情けなさにがっかりしました。

先生は高齢なのでこのまま肺が良くならないかもしれないと話しました。以前にも数年前にかかって入院したことがあります。今度も元気になって退院できますように・・・

汗だらけだったベッドのもの、大量の洗濯物が出ていますが、入院した次の日からここは大雨が続いています。なかなか乾きません。乾かないうちに退院してくるのかなあ、それはそれで大いに嬉しいなあ、とか。今は主のいないベッドを見ては、やっておかなくちゃいけないこと、お墓参りの準備、あれこれと動かなくてはならないことがあるのに、ちっとも動けないでいるわたしです。

そうそう、病院は荷物だけを病棟看護士さんに渡し、本人とは退院まで一切会うことができません。それが母には一番辛いことだと思います。しかも最初のコロナ時期の胃潰瘍入院のときは毎日洗濯物を取りに行ったり出来たのに、今は二・三日に一回ぐらいにしてほしいらしい。手紙を書いて入れておきました。

今日も午後から行きます。午前中、初めてコンビニで写真をプリントしました。前は家のプリンターで出来たのですが、不具合があって無理。でも初めてすることってドキドキしますね。母は目が悪いので2L版にしてみました。曾孫の写真、喜んでくれるでしょう♪

荷物受け渡し時間午後二時から四時。行っても会えない・・・早く会いたいです。

 


書きたいことは山ほどあったのに、ね

2022年07月24日 | 母のこと
ずっと更新途絶えていましたが、それでもときどき顔を覗かせてくだっていた方たちには本当に感謝感謝です。

毎日、同じようでどこか違う日々を過ごして、その中にも心配ごとが入り込んだり。一番大きなことは母がトイレで気を失って、救急車を呼ぶ羽目に陥ったことかなあ。
そんなとき、ふたりっきりって大変なんだとつくづく知らされました。電話をかけるにも、具合悪い母をなんとかトイレの座面に座らせて急いで電話を取りに行ったり、そして抱えながら電話の応対。出てくださった隊員の方の冷静な対応に少しずつ慌てていたわたしの態度も落ち着いてきて。

電話の途中で母の意識が少し戻ってきて、「救急車を呼んでるから」と言うと、「戻してくれ」と言われ、その旨を伝えると、すでに向かっていると言われ。
結局、隊員達がやってきたときには母の意識もかなり良くなり、本人の強い希望により救急車に乗ることはせず、その場で血圧やら酸素濃度やら検査していただき、様子を見てまたなにかあったら連絡を、と。
その言葉に母がどれだけ喜んだか・・・

もう救急車で運ばれると、この家にはもう戻ってこられなくなる、そう思っているみたい。

来てくださった隊員の方達がとても優しく接してくださったので、ふたりともすごく安心して、良かった良かったと胸をなでおろしていたのでした。

こういうことが七月に入る直前にあり、それから猛暑続き。母は食事がなかなか進まず、体力がとても衰えました。そして気力も。
お粥と軟らかいもの、果物、口に入れやすいもの、あれこれ思案して出すのですが、口に入れても美味しく感じないみたいで、料理担当のわたしとしては頭を抱えていました。

そんな日がしばらく続き、定期診察がやってきて、先生に食事が進まないことを話すと栄養剤を出してくれました。
「甘いのは大丈夫ですか?」と言われたので、甘い物大好きだからと応えましたが、同じ甘いものといっても大福やチョコレートとは全然違う甘さの飲み物でした!
それでも少し湯冷ましとかで割って飲む、ということもでき、母としては自分がこれではいかん!と考えたのか、苦手な飲み物ではあるけど、少しずつ飲んでいます。

なんとかこのまま夏を乗り越えてほしいと願うばかりの日々。
この頃は笑うと咳き込んだり、痰を出すのが苦しかったり。何かの動作をしたあと、しばらくぼーっとしていて、声をかけるとハッと我に返るといったことが多くなりました。

横になって寝ているのが一番楽だよ。
楽なら横になれば?

そういうやりとりが一日で一番多くなりました。

母の弱くなっていくさまを目の前にしていくのは、とても堪えられないものがありますが、この夏を乗り越えられたら・・・とそれだけを思いつつ、庭の紫陽花をぼんやり見ています。


ねっとう?

2022年02月27日 | 母のこと
今日は、予約していた母の3回目ワクチン接種の日。去年の二回ワクチンは心配していたほどの副作用がひどく出なかったので、今回は本人もさっさと終わらせよう! といった感じ。

ところが、昨日と今日の予定会場が急遽変更になり、変更になったことを地元紙で知り、ちょっと慌てた。会場が狭いし、天候も怪しいからだ。昨夜から予約をキャンセルしようかなと思ったり。
というのも、昨日はすごいいいお天気で、お天気過ぎて屋根に溜まって長く垂れ下がっていた雪が、どどどっと落ちてしまうアクシデントに見舞われ、それを片付けるのにかなりの時間と労力を使ってしまい、労働後の始末(下着の取り替えや汗の拭き取り、濡れた髪の始末)を丁寧にやらなかったおかげで、夕方にはなんだか「風邪ひいた?」みたいな気分。
母に「ちゃんとしないと本格的に風邪をひくぞ」と脅された(笑)

そんなこともあって、今朝はなんだか熱も少しあるかな? って。だから会場変更になったこともあり、キャンセルしない?って聞いてみたのだ。でも本人は早くやってしまいたい気持ちが強く、キャンセルなし。
仕方ないから行くか…… 新聞の一面を見たら、昨日のワクチン接種のことが書いてあり、かなり渋滞したとのこと。
「母さん! 10時予約だけど、朝の8時45分から受け付けるってよ。昨日はすごい渋滞だったらしいから、早めに行こう!!」
のんびりしていた二人だけど、慌てて準備して、会場に向かった。

早く行って良かった。
まだ早い時間だったから車いすの人が少なくて、とてもスムーズに行った。知り合いの元看護士さんがついていて、久しぶりに話が出来た。こういうちょっとしたことが嬉しい時代になったんだなと思えた。早く終わってほしいね。

順調にいき、早く家に戻れて、ホッとした母。注射しやすいようにと、昨日、長袖の下着の肩を出す練習もした。うまく行って良かった良かった。
その下着を脱ぐと、わたしによこした。
「これ、ねっとうに入れて」

は?
初めて聞く、下着の処理の仕方だ。一瞬、今までのわたしの洗濯の仕方が間違っていたのか?と思って、母の顔を見た。すると母が怪訝な顔をしてわたしを見た。
「母さん、これって熱湯に入れておくんだったの?」
「あれ? 今、なんて言った?」
「熱湯って……」
「ネットって言ったつもりだったんだのに。なんか格好つけて言おうと思ったら、ねっとうって言ってたのかあ!!」

もう笑いがしばらく止まらず。母も笑う笑う。あんまり笑うと母はこの頃とてもくたびれる。今日も笑ったあとが大変で、くたびれて息が荒い。調整するのに時間がかかる。
それにしても自分が言ったことで笑って、くたびれるって、年を取るのも大変なことだなと思うよ、ホントに。

ってことで、いい下着はネットにちゃんと入れて洗濯かごに置いたとさ♪

※※※

またまたしばらく更新せずにいました。今年は雪が多すぎて、片付けに追われ、気力もそがれていましたあ。

※※※


夜中の話

2022年01月07日 | 母のこと
普段は見逃しているものが、状況が変わると、その存在を意識することがある。
影もそうだ。
日中、何度もそこを通っているのに(階段近く)目を当てることが少ない。たまに埃を払うために近づくのだけど、一日で必ず目に留めるといった類いのものではない。
だけど、夜中に母がトイレに入る音に気づいたとき、そっと階段下の物音に耳を傾け、寒いなと思いながら母がトイレから出てくるのを待っているときなど、それは目に入る。

階段廊下の天井二箇所に備え付けれた小さな照明は、建築士がしっかりと計算しつくしたと感じられる小さな存在で、夜中の空間を暖かなものにしている。照明のありがたさをしみじみ味わうひとときでもある。
トイレの戸が開く音がして、母が出てくる姿を見つける。そばに行って声をかける。
「お、お前も入るのか?」
首を横に振って、トイレの戸を母の後ろから閉める。前に足を出した母の腰を両手で支え、歩くのに不安がないようにする。
ベッドに入る前に白湯を飲む母を待ち、ベッドに腰掛けた母に下着の着替えを促す。
「汗かいているんじゃないの?」
「大丈夫だ」
パジャマの上から背中を触ってみる。じんわり湿った感じがして、
「やっぱり取り替えた方がいいよ、汗かいてるから」
「そうか?」
着替えを手伝い、さっぱりしたところで横になることを勧める。最後の布団をかけてやると、
「悪いな、お前、寝れなくなるんじゃないか?」
「大丈夫、また寝るから」
それを聞くと、少し安心した顔をして目をつぶる。

階段廊下の本棚の上が小さな灯りに照らされている。
昼間は見えなかったガラスの下に文様がはっきりと映っている。あぁ、これってこういうデザインに見えるんだ・・・

夜中には、日中知らなかったことが少しだけあるようだ。
トイレに何度も起きる母だけど、そのうちの全部を見ているわけじゃない。そのうちの少しだけのお手伝い。それができると、わたしの中でちょっと嬉しい気分が湧いてくる。
ただ、手伝ったあとに再び眠れるかどうかということは別の話だ(笑)


あぁ、言い間違い

2021年09月03日 | 母のこと
手鏡を見て、母が言う。

「しわだらけで 顔の地面が見えないじゃないか」

えっ?

思わず母の方を見て・・・ぎゃはははと大笑いする。

笑われた本人、慌てて
「地肌だ!、 地肌!」と訂正する。

もはや地肌という言葉すら出てこないのか、地面なんだね・・・
しわでいっぱいの顔を日に何度も見る母。

夜には
「お前にクリームはたっぷりつけてって言われたからね」と
鏡を覗いて、クリームを塗りたくっていた。

※※※

朝晩、涼しくなってきました。日中は部屋の温度が27度とかありますが、7月のあの連日35度越えに比べたら、なんともはや過ごしやすい日々。
秋がすぐそこで待っているんだなあ。

またまた更新途絶え気味。母の体調がなかなか良くならず、皮膚科通いが続き、ここに来てようやく四回目の薬が効果が出てきた感じ。母も一安心したせいか、気持ちが上向きになっている気が。
病は気からとは言うけど、高齢になればなるほど若いときとは違って、次々にほんの少しのことでも表面に現われてくるんだなと痛感。
仕方が無い、免疫低下しているんだもん、今までなかったことが出てくるよね、ふたりで言いきかせながら過ごしているのでした。

※※※

応援しています♪

2021年06月01日 | 母のこと
夕方にBSに入っている水戸黄門を母とふたりで、あぁでもないこうでもないと言いながら見るのが日課です。

先日、水戸黄門を見ていたら、ドラマの合間にそのBSで放映される予定だというバレーの試合のことが出ていました。母はずっと前から男子バレーボールのファンだったので、
「あれ? これいつやるんだ?」と身を乗り出してテレビの画面に釘付け。
番組表を調べてみたら、午後9時から今見ているチャンネルに入るという。早速、予約録画しておきました。

「ちゃんと予約したからね」というと安心したような顔をしていました。
その日、少し早めに自分のベッドに行ったわたし。いつもは母の方が早くベッドに入るのですが、その日はなんだかまだ起きている様子の母。

別に気にしないでそのまま眠りました。
夜中にトイレに起きたとき、ちょうど母もトイレに起きていました。
「バレー途中まで見てしまったよ」とばつが悪そうに言いました。言わなければわからないのにね。
途中まで見ていたけど、勝っていたよ。そうですか、そうですか。
あまり話をすると寝そびれるので、そのまま眠ることに。
午前中、早速録画していた続きを見ている母でした。

母が見ている時間にわたしは洗濯したり、掃除をしたり。
最後まで見届けて、さっぱりしたのか
「いい男の子(もういい大人だけどね、母からすれば男の子か)がいてね、なんていったかなあ・・・大高、違うな、大山、いや、違うな」
「その人がどうなの?」
「他の人はだんだん切羽詰まってくると顔に出てくるけど、その人は接戦で危なくなっても笑顔を見せるんだよ。それが良くてね~、石川くんもいいけど」
「ふ~ん」
「あ、大竹だ、大竹! いいんだよ」

母がお勧めなバレーボール男子は、大竹さんと石川さんでした。

お年寄りにはやっぱり笑顔が一番ってことですね。ってことは、若い人は顔が一番? いやいや、年齢関係なく笑顔のいい人が一番ですよ♪
いつもは早く寝てしまう母もバレーボールが気に掛かるらしく、ついつい録画しているのにリアルタイムで見てしまうということでした。

男子バレーボールの皆さん、頑張ってくださいね~
88歳の女子が応援してますよぉ~♪


ともやくん・・・

2021年05月29日 | 母のこと
「ともやくんが入る、あれは?」

下の投稿で、見ていたドラマの名前の中に入っていなかったのに気づいた。というのも、以前はケーブルテレビが入っていたので、青森テレビを見ることができTBS番組も視聴できたが、引越してきてケーブルテレビではなくなったので、見ることができない。がっかりしていた・・・が、今のテレビはすごいね!

新しいテレビをつけたら、なんとTverとか見ることが出来るのだ。
うふふ。ってことで、見る事が叶わないと思っていたTBS番組『珈琲いかがでしょう』を。母がいる居間のテレビなので、わたしが見ていると母が興味をしめしてきた。
わたしが大好きな中村倫也くんが主演。
もうわたしよりも母の方が番組のファンになってしまった。

何回目かの視聴を終えたとき、母が
「この次どうなるんだろね」と言った。そろそろ最終回が近づいていた。
次の日、なんだか母ががっくりしていた。
「あんまり、あいつが憎らしくて(ともやくんを昔のぼっちゃんと呼ばれた人が拉致したのだ)頭にきたら、どうにもこうにも昨日は眠れなかったよ」
「えー! 母さん、それはあんまりじゃない。わたしなんかスヤスヤ眠ったよ」と笑った。
母には拉致されたともやくんが心配で心配で仕方がなかったようだ。

最終回を見終えてしばらくしてから、わたしもわたしだ。
「あれ? あのドラマ最終回見たっけ?」と言ってしまった。母があきれたように
「お前、一緒に見ただろ? なんもかもうまくいって、万々歳だったじゃないか」
「そうだっけ?」
記憶をたどって・・・あぁ、そうだった。結果オーライの最後だったなと思い出した。

なんてこった、大ファンを豪語しているわたしが忘れてしまっているのに、にわかファンの母の方がしっかり覚えている。
とんだファンだね、わたしは。

そして、今日はレンタルしてきた『サイレント・トーキョー』を二人で見た。
「あ、ともやくんが出ているじゃないか」と真っ先に母が言った。
「うん、ともやくんがどんな役をやるのか興味あったんだ」

ふたりで仲良く今度は最後までしっかり見終えた。
さすが、中村倫也くん、演技がうまいわぁ。
今日はいい夢、みれそうです♪


嫁に?

2021年05月12日 | 母のこと
町内から届いたものを居間で読んでいた。
母はソファに横になってテレビを見ている。わたしはその前の一人がけ椅子に深く腰掛けながら、配布物に目をとおしている。
この時期になると、決算や予算、今後の取り組みについての内容だ。そして、毎回、定期総会への出席の有無についても書かれている。

出席出来ない時は、委任状とその他に今回はふたつの書面に書き込みをしなくてはならないようだ。

「母さん、ここ〇班だっけ? 」
「そうだよ」

「母さん、世帯主には今度はわたしの名前書くんだっけ?」

「そうだよ。お前のところに嫁に来た・・・」
「え!?・・・母さん、嫁に来たのか?」

母のその言葉にわたしが反応すると、言った本人も気づいたのか、ふたりで
「嫁にきた~」と言って笑い転げてしまった。

頭の後ろでは新沼謙治の『嫁に来ないか』がリフレイン♪

今日も楽しい我が家である♪

※※※

昨年、わたしは、母が住んでいた家の向かいに家を建て、そこに母とふたりで住んでいる。母が住んでいた家は空地に。母にすれば、わたしの家に嫁に来たという感じがあって、ついその気持ちが言葉になって出てきたのだろう。

※※※





暗号か?

2021年05月12日 | 母のこと
昨夜、テレビを見ていて興味が湧いた企業があったので、忘れないうちにと思い、メモ用紙に書いて、食卓の上に置いておいた。今日、ネットで調べてみようと思ったのだ。

「SUMCO」

読み方は忘れてしまったが、確かこういうスペルだったように思う。

そのままベッドに行って眠った。

朝ごはんの支度をしようとキッチンに立った。まだ母が目覚めないので、静かに静かに・・・
お味噌汁が出来上がった頃に、母が起き出した。身支度の手伝いをすると、トイレに。
わたしが食卓にあったメモを見ていると、トイレから出た母が
「それ、なんだったんだ?」という。
「ん? これ? 後でネットで調べようと思って」と答えると
「なんだぁ、夜中に起きてそれを見つけて、なんだこれ? 暗号か? と思って、しばらく考えていたよ」
「えっ? それで眠れなくなったとか?」
「いや、考えても全然わからなかったから、諦めた」

てか、これ暗号なんかじゃないし。
同じ家にいて、わざわざ暗号書くか?

夜中に母がメモを手にして、首をかしげている様子を想像してみた。
きっと想像の域を越えたものに見えたのだろうな。
どう見たって「SUMCO」、何がなんだかさっぱり考えつかなかっただろうね。
もしかして、娘は自分に内緒のことをやっているんじゃないかとか、考えたのかしら・・・想像たくましい母のことだから、それも考えられるなあ・・・

暗号、わかりやすいものを今夜はおいておこうかしら♪