心の色を探して

自分探しの日々 つまづいたり、奮起したり。
マウス画・絵及び文章の著作権は このブログ作者(けい)にあります。

朧月夜

2006年03月21日 | 月と星/マウス画

どこか 泣きたくなるよな 月がいて

ボクは 静かに眠りに入る

「君がいないことを寂しく思うのは もう忘れよう」

「月の悲しさに比べたら わたしなんて ちっちゃい ちっちゃい・・・」
「ずぅっと 昔から そこでひとりで佇んでいたんだよね?」

でも 月は知っている
月を見ているものが数え切れないほどいるってことを


※ 画像は縮小しています。 ※
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タペストリー

2006年03月20日 | ひよこなど/マウス画

織り交ぜて 思いを織り交ぜて

壁にかけたタペストリー

真ん中でおつきさまが微笑んだ


※ 画像は縮小しています。薄い色なのでわかりにくいと思います。
  見えにくくてごめんなさい。 ※
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そんな言い方もあったんだねー

2006年03月18日 | 思いのまま


※ 病室にて ※

ベッド脇のゴミ箱の中身を捨ててきたら。
父が
「今 だれだったかな、誰かが来たんだ」
わたし
「誰?誰よ?」

「う~ん・・・あっ介護ねえさん!介護おねえさんだ」
わたし
「ほぉ~ そういう言い方もあったんだ。介護おねえさんかぁ・・・」

なかなかいい感じに聞こえる。
介護人さんというより 介護おねえさんと言われたほうが気分が良くないか?
介護おばさんと 言わずに 介護おねえさんと言った父に 座布団5枚進呈しますぞ♪
私が見る限り 中年の介護の方はいるけど、若い方はいない。でも父から見れば、すべて若いんだもんね・・・おねえさんは当たり前か(笑)

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自分の居場所

2006年03月17日 | 季節/マウス画

ボクは 自分の居場所を探してる

そこは地図で指し示すことができなくて
目をつぶると目の前に浮かんでくるような

ボクは 確かな足場を探してる

自分の生きた証が そこにいけばわかる
そんな場所を

きっと ずっと ずぅっと
探し続けているのかもしれないね


※ 画像は縮小しています。実際の大きさは こちらです。 ※
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素直に喜べるということ

2006年03月16日 | 思いのまま

夕べ 父の夕食が終わり、食後の世話をして 後は寝るだけにして病室をあとにした。
エレベーターの前のベンチに座り、待っていると。
介護の方が通りかかり、わたしに、
「お父さん 今日 お風呂に入らないか?って聞いたら う~ん・・・って」
というので、
「なんだか明日入るようなことを言ってましたよ。」と答えた。
「お父さんって 断るときになんだか申し訳なさそうに言うものねー。困ったような目が 年上なんだけど、可愛いなと思うんですよ。」と。
「それじゃ お風呂に入らないなら お尻を洗ってあげましょうか と言って、ビニールシートを敷いて 洗ってあげたんですよ。おなかに熱いタオルを当ててあげたら、いやぁ~あったかくていいもんだなあって嬉しそうに言ってましたよ。」
「そうでしたか。本当にありがとうございます。明日のお風呂はひとりで入れるかって心配していたのですが・・・」
「まさか、ひとりで入れませんよ。ちゃんとわたしたちが介助しますよ」
「よかった!父もそれで安心して入れます。よろしくお願いしますね」
というと、その方 また
「お父さん、痩せているから骨に人一倍温かさや寒さが沁みるんでしょうね」と。
「でも ほんとに可愛い人だなと思うんですよ」と。

そういわれて 娘のわたしとしては なんだかくすぐったいような嬉しさを隠しきれないのでした。介護の方の勧めでお風呂に入らないかといわれたが、自分ひとりで入るのは不安が隠せないし、どうしたもんかと思って 困ったなぁと目をちょいと潤ませていたのだろう。父の得意技かも(笑)

父は正直な性格だと思う。人を持ち上げることはしない というかお世辞をつかう術を知らない。だが、その介護の人が言ったように、自分が嬉しかったこととかはとても素直に言う。母や私にも やってもらったこと(それがほんの些細なことでも)に対して「いやぁ、ありがとう。」とか「なでてもらうと気持ちいいなあ」とか、照れもなく 素直に言える。言われたほうも なんだか素直に受け取ることができる。それが父のいいところなんだろうな。

昨日は嬉しくて 母の隣で寝ながら報告した。背骨がまた痛み出した母にとって父が他人から良く思われることは しばしの癒しになったかもしれない。
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春なのに

2006年03月14日 | ひよこなど/マウス画

春なのに・・・という歌がラジオから流れた。
毎年 この時期になると 必ずどこかで耳にする歌だ。
一緒に口ずさみながら 今年の春は特にどこか感慨ぶかい。

娘が卒業する。

就活でくたくたになっている。
だが、投げやりな台詞はどこにもない。
それが大人になったなと思う。
大人になって 嬉しくもあり。
寂しくもあり。

何よりも 娘には希望の歌を歌ってほしいと思う 今年の春。
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どんきみ

2006年03月11日 | 思いのまま

どんきみ って知ってる?

以前 アホガード弟さんが 興味深い昔の話 で紹介していた「ポン菓子」に似ていると思うんだけど。

それが これです。
お米から作ったお菓子で、先日 父のお見舞いに来た叔父さん(母の弟)が持ってきてくれました。柔らかいものを食べていると聞いて これはどうかな?と思って持ってきてくれたそうです。
父は少し食べましたが、叔父さんが帰ってから母が持ち帰りました。
母に言わせると、どんきみに使用している砂糖の味が 昔からあまり好きじゃないそうで、せっかく持ってきてくれたけど・・・というので わたしがもらってきました。
でも・・・食べるかどうかは疑問なり(笑)

昔は もっと大きな感じで袋いっぱいに粒粒なものが入っていたものを食べた気がします。
これって ほんとにどんきみって名前なのかな・・・もしかすると違うものが「どんきみ」なのかもしれません、わたしの記憶は かなり曖昧です、とほほ。

えーっと これを投稿してから「どんきみ」で調べてみたところ・・・「どんきみ」って和製ポップコーン つまりとうもろこしだそうな。
そういえば もっと大きくてポップコーンみたいな大きさだったような気がするな。ポップコーンと形は違うけど。
じゃ・・・これは 何?!
お米で作ったお菓子なんだけど・・・あぁ 誰か名前知らない???

みなさんからコメントをいただいて 調べてみました。
ホノリさんが ひなあられ だというので 調べてみたら、確かに みなとや さんというところで説明がありました。
そのほかに『お米をふくらましたお菓子って・・・』というページに全国各地での呼び名を載せていました。
たぶん こっちでいう「どんきみ」は大砲の「どんっ!」という音からきていると思います。そして使うものはとうもろこし。
なので 写真のものはどんきみとは違う米で作ったお菓子 ひなあられに似たお菓子じゃないかなぁと思います。
みなさん ありがとうございました!
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お熱いことで(笑)

2006年03月08日 | 思いのまま

今日も父のところに、母を連れて。
っていっても 母は骨折で療養中なので そばで見ているぐらいしかできない。
それでも父のところに行くと あれやこれやと注文をつける。
わたしの気がつかないところに 気配りできるのはさすがだ。
歩くのはそろりそろりと。

そんな母が 洗い場にスプーンを持っていった。

父「母さんは?」
私「スプーンを洗いに行ったんじゃないの?」

昼食を食べ終わって 私はベッドに座っていた父の背中をさすっていた。
ごつごつと骨をなぞると、父は少し気持ちがいいみたいだった。

しばらくすると 母が今度はトイレに行った。
母がいないことに気がついた父は またしても
「母さんは どこに行った?」と。
私「また?トイレだと思うよ。父さん 心配しすぎだってば」というと。
ちょうどそこへ母が戻ってきた。
父「だって大事な母さんだもの」と私に小さくささやいた。

そうですか そうですか。背中をさすっている私よりも いなくなる母のほうが大事なんですか と 言うのは野暮というものでしょうね♪

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思い出は

2006年03月07日 | ひよこなど/マウス画

思い出は 温かくなるために思い出すのが一番
あのとき あぁすればよかった あっちに行けばよかった などと
逆戻りするようなことを 考えるためにあるんじゃない

思い出のなかで笑っていた人は確かにそのとき輝いていたから
そのとき共有できた時間が わたしの宝物
思い出は そういうものだと
思うんですよ ♪

※ 画像は縮小しています。 ※
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がんばれ、父よ

2006年03月03日 | 思いのまま

骸骨の ようだと笑う 目に涙


なぜだろう?
父は 食べもしないのに 訊かれると食事の量を実際に食べた割合よりも増やして申請してしまう。5割と答えたら、実際はその半分も食べていない。だが、申請された数字を看護士さんたちはそのまま記入してしまっていた。
父に聞いた。
「せっかく作ってくれているんだから」
「たくさん食べていると言ったほうが早く帰れるだろう」
この二つの気持ちから答えていたようだ。

母がこの矛盾?を看護士さんに指摘して早1週間。言われた看護しさんは父のことを知ったので 食べた量の半分くらいだろうと把握しているが、他の看護士さんだとそのまま記入しているかもしれない。でも主治医のH先生と面談して お話したときには、H先生も父の痩せた体を心配し検査をしないことにしてくれた。H先生が父を見る目は優しい。他の患者さんがH先生のことをあぁだこうだと話していると母が言っていたが、わたしはH先生の優しさを知っている。耳の遠くなった父のこと、無愛想に見えるが、そばについているわたしたちがフォローしてあげなくちゃ。自分の体を見て、ショックを受けたのか 昨日はずいぶん気持ちが弱くなっていた。
「明日も来てくれるか?」
「明日は少し早めに来てくれるか?」というので、
「母さんの具合を見てからね」というと、はっとしたように
「あっ・・・そうっかぁ。(母さんの具合のこと)すっかり忘れていた」と、自分が自分のことだけを考えていたことに恥じるように声が小さくなった。
「大丈夫、必ず母さん連れてくるから」

一日 父についていると 衰えたなと思うことが多々あり。
やせ細った体もそうだが、言動に不安が隠せない。昨日はそれでも ここ数日の点滴がきいたのか 結構話を始めた。向かいの患者さんが 今日は声がよく聞こえると教えてくれた。看護士さんからも そばで家族の方がお話してあげるのがボケないんですよと言われた。
母の骨折もだんだん快方に向かっている。
今までのように 家事全般をわたしがやらなくても大丈夫かもしれない。
これからは なるべく父のそばにいてあげよう。やせ細った体に少しでも肉がつくように。元気に母の待つ我が家に帰れるように・・・・
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