心の色を探して

自分探しの日々 つまづいたり、奮起したり。
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新聞まとめ読みして

2008年09月26日 | 思いのまま
久しぶりに たまった全国紙をまとめ読み。
毎日読めないのには わけがあるんだけど。まぁ 読める時間がとれたってことで(笑)
まとめて読んでいると 目に飛び込んでくる記事がある。
今回は タイトルが「タイムマシンに乗って」というもの。
あのイチロー選手についての話だ。西村欣也さんという方の記事。
イチローの数々の偉業 それもメジャーリーグに行ってからの偉業には 彼のみならず 彼が達成する以前に記録樹立していた昔の選手にも スポットライトがあたる。その一つが大リーグ記録107年ぶり(8年連続200安打)でウィリー・キーラーという選手がいたということを知らされたこと。その前は年間安打数新記録樹立で 87年ぶりにジョージ・シスラー選手の記録を更新した。記録を破ることによってまたシスラー選手がいたということを世間が思い出す。

イチローがすごいのは こうした燦然と輝く記録保持者を過去から呼び戻して人々の脳裏にその名前を彷彿とさせてくれるところだ。しかもすぐ後ろを歩く人ではなく 100年という長い道筋の上で打ち立てているというところだ。いかにイチローが世紀の逸材か わかるだろう。
イチローが言う
「100年以上も前の人とつながる。そのことに夢がありますね。」
そしてこんな言葉も。
「マイナスの空気が皮膚から入ってくる。それを避けるために僕の世界を作り上げた」

マイナスの空気。
わたしが最近 とても感じている言葉。プラスの意識。感謝するということ ありがとうと言えること。
きっと イチローの記事に目が止まったのは このイチローの言葉があったからだろう。人は関心のあることに注目する。今のわたしが求めている言葉が そこにあったからこの記事が わたしのこころにすっと入ってきたのだ。

常に自分をコントロールして 自分がぶれない それがイチローだとわたしは思う。そして彼の偉業は そういう彼の姿を見て 子供たちが生きる姿勢をつかんでいる 希望をもらっている というところではないかと思う。
決して 遊んできたわけではない。そこにある努力と鍛錬は 想像以上のものだろう。彼がそれを続けてこれたのは 彼の中にしっかりした世界が確立されているからだ。「無理だ」「できっこない」なんて言葉は ひとつもないし、浮かぶことを良しとしない。
わたしも何かあれば 否定的な言葉が浮かんでくることがある。だが、見方を変えれば それもまた自分にプラスになるんじゃないか?とか いい方に向かうよ とか すぐ考えたり想像したりすることで 負の意識を取り除ける気がしてきている。

思いは どうにでも変えられる。
そこが人間の強さでもあり 弱さでもある。
強さをいい方向に使えれば これ以上の味方はないと思う。
絶対できない ではなく できる!!に思いを変えて 自分の芯がぶれない そんな生き方をイチローは見せてくれている。子供たちだけではなく いい年をした私にも力を与えてくれているのだ。

西村さんは最後にこう述べている。
--彼のタイムマシンは 次に我々をどこに連れていってくれるのだろうか。--

そこには 記者として彼を見る目もあるが、ひとりの人間としてイチローにわくわくした期待感を抱いている様子が感じられる。文章に引き込まれたのは 単なる報道ではなく 心の入った言葉だと感じたからだと思う。
タイムマシンに乗って 素晴らしい人たちを連れてきてくれて ありがとう!
イチロー選手の 素晴らしさにありがとう!
そして西村さんの文章にありがとう!

なんともいい気分の 一日の始まりだ。
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いつのまにか少女は♪じゃあないけど

2008年09月24日 | 思いのまま
またもやご無沙汰です。
最近 思うことを。

いつのまにか子供は親の手を離れて 成長しているものだ。
そばにいると気がつかないことが山ほどある。

都会で一人暮らしを始めるようになってから 子供たちはそれぞれ成長している。親元で暮らしているときの何倍も。
のほほんと生きているわけではなく たまには苦しんだり たまには愉快に過ごしたり。そのほとんどの中味を親として知るよしもない。

ただ想像しているだけだ。ただ こうあってほしいと願っているだけだ。

そしてたまぁ~に帰ってきたときに その成長振りの片鱗を覗いて 内心驚いている。大きくなったなぁと。図体がでかくなったとか お年頃になったとか そういう見かけのことではなく 内面的な強さを垣間見ることに感心するのだ。

先日 お盆休みの代わりに連休がとれたというので 息子が帰省していた。とはいっても3日間だけのお休みで 学生時代とは大いなる違い。それでも卒業以来のご対面に 社会人となってどんなに変わっているだろうか?と不安と期待が入り混じっていた。
表面的にはさほど変わっていないように思えたが・・・
以前 ここでパソコンの不調を訴えていたが、そのこと知っていたのか 来るなりパソコンを起動させた。わたしのパソコンを修復させるべく 頼もしい姿であれこれいじっていた。その作業の様子を見て、普段の仕事ぶりが容易に想像できた。おかげでその後 パソコンの動きが軽くなった!
知らないことだらけで 自分のパソコンがどうなっているかもわからず、ただ不安ばかり抱いていたわたしだが、頼もしい助っ人ができた。

就職して半年が過ぎいまやいっぱしのサラリーマン。電車で通うその姿はどんなだろうか・・・

娘は派遣の時代を過ごした。その間の不安定な生活に対する不安は いかほどだったのか。その苦しみがあって 今がある。今は少しずつ自分のやりたいことに向かっているのでは?と母としては思いたい。仕事で遅くなってもそれがやりがいのあることだと考えれる娘の言葉に 選んだ道は確かだと思わずにいられない。
寄り道だと思っていたことも 実は今に続くための布石だったのだ。

人生にはそういう後になってわかることが多々あるような気がする。
でも それは自分がこうありたい!と強く願うことによって 進んでいけたのだと思っている。「自分は変わりたい」と願うなら 変わった自分がその先にいることを信じればいい。
これから先 子供たちはさらに成長して親を飛び越えていくのだろう。
そしてわたしはひとりの人間として 子供たちが成長するように自分も前に進んでいけたら・・・と思う。

※写真は 青森県立美術館の あおもり犬。すごく大きいのだー♪※
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