心の色を探して

自分探しの日々 つまづいたり、奮起したり。
マウス画・絵及び文章の著作権は このブログ作者(けい)にあります。

夏といえば

2017年07月31日 | ほんのすこし
夏になると庭先に赤いものが。赤があると庭もなんだか元気に思えます。

前はグミの木もあったのですが、今はもうありません。グミは懐かしいものの一つです。
母の故郷、幼い頃よく祖母がわたしと弟を連れていってくれた家。祖父は本当に働き者で、その祖父がひとりで頑張って建てた家。
そこに夏の間じゅう行っていたことを思い出します。

祖父の家に入るそばに大きなグミの木がありました。細長い赤い実がたくさんついていて、祖父に初めてその実をたべさせてもらったときは、恐る恐るといった感じでした。でも一度口に入れると次の年からは自分で勝手に採って食べていました。
夏の暑さの中では緑もかすれた色になり、みんなへたってしまい、元気がなくなります。そんな景色に赤いグミがたくさんあると、そこだけ色のある景色となって目に鮮やかです。
口の中に広がる柔らかい酸っぱさもまた味わい深いものがありました。

そのグミが、古い茅葺きの家を建て壊し新しい近代的な家に変わってしまった時にはもう無くなっていました。母のところに植えられたグミはあの祖父の古い庭にあったグミを分けてもらったものでした。茅葺きの家があった頃、あのとき生きていた祖父のことをグミの赤い実を見ると思い出します。
古い家の近くには自然にわき出た水を溜めている場所があり、村の人たちが野菜やスイカをてんでに置いて冷やしていました。祖父もよくスイカを冷やしていて、昼すぎに従姉妹とそのスイカを持ち帰るのが楽しみでした。自然の冷蔵庫で冷やされたスイカは本当に美味しくて、エアコンなどなかった昔でもスイカを食べたり内輪を使ったりして涼をとっていました。今よりずっと暑さは感じられなかったというか、暑さに強かったのかなと思います。
今はもう暑さに参って参って・・・ 年を取った証拠なのかなとも思うのですが、昔よりずっと世の中が暑くなっているのかもしれませんね。

今日も朝からエアコンフル回転です。ちょっと止めてみようとしても汗が出てきて・・・
母のところにはエアコンついていないので、扇風機の前でしばらく動けません(笑)。しばらく扇風機の風を味わってから動きます。今日は明日の診察のため母のところにお泊まりです。暑いけど我慢我慢です。

今朝も睡眠不足。二時頃から目が覚めてしまいました。トホホ。


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思い出ではあるのだけど

2017年07月30日 | ほんのすこし
暑苦しい時期が通り過ぎるのはいつかなと、そればかり思っているような気がします。

昔のことを思い出しました。
あれは、独身時代のこと。
わたしは高校の先輩に勧められて、詩の同好会めいたものに誘われていました。同人誌を発行しているその会には、色々な方が参加していて、毎回、同人誌を発行するたびに反省会なるものを催していました。
その毎回の中の幾度かに誘われて、参加したのでした。

わたしにとっては何もかも新鮮で、それでいてどことなく自分とは違う部分を感じながらの参加でした。
その参加者の中にわたしの地元の方がいて。ある日、その方に誘われて喫茶店で待ち合わせをしました。そこにはその方のお子さんがいて。女の子でした。まだ小学生、何年生だったのか。
そこでその方と詩についてあれこれと談義しました。といってもわたしは全然ペーペーでしたので、その方がすごい方だと思っていたので、ただ聞く一方でしたが。
お子さんは近くの席にいて、何をしていたのかな、静に本を読んでいたのかな。口数の少ない子だという印象でした。

そんな感じでしたが、そのうちその子とちょっと話をすることもあり、だんだん打ち解けてきたことを思い出します。
わたしがその子と話しているのをその方はなんだか嬉しそうに見ていました。

その後、しばらくしてその方から連絡が入り。
娘は妻が亡くなってから打ち解ける相手がいず、学校でも孤立していると。できればわたしに話し相手になってほしいと。
それで一度だけ会いました。
でも、その後わたしは遠くに勤務が決まり、その娘さんともその方とも会う機会はありませんでした。

何年後か、どういういきさつなのかは思い出せませんが、あるとき、その方が亡くなったことを知りました。
自殺だということでした。文筆だけでは暮らしていけなかった様子だと人づてに伺いました。

残された娘さんのことを思いました。
あの、静かにお父さんのそばで言うべき言葉も何もなく佇んでいた方のことを。
今はどうしているのでしょうか。
誰も頼りにできず、でもただ一度だけ知り合ったわたしのことを少しだけでも心寄せる方だと言ってくれた娘さん、そのことを頼りに意を決して連絡してくれたその方。
でもわたしの心は、その方にはなかった。

片道切符は頼りない。
子供のためにと言われても、子供じゃだめなのです。当人同士が相思相愛でないと。
わたしにはその方を思う程の気持ちがなかったのです。というか、そんなことちっとも考えてもいなかったので、唖然としていたのが本当なのでした。

その方の詩も文章も素晴らしく、新聞にもたびたび掲載されていて、それを読むたびに凄い方だなと思っていました。そんな方と喫茶店で詩談義をしたこともまたわたしにとってはなんだか夢のような気分だったのでした。
でも、自殺するほどの生活だっったのかと、その事実を知っても信じられなかったのです。

わたしが関わった人々、人生の中で知り得た人々、でもわたしの頭の中でまるで呆けたように名前も浮かんでこないのです。そのときのシーンもおぼろげで、一体わたしはそこで実際に生きていたのかと危ぶむほどに不確かなのです。これは、一体どうしたことでしょうか。名前もハッキリしたものも何も見えないという、わたしの中の思い出は当事者がいないと互いに分け与えることが出来ないのかなと、あの頃のことが靄がかった景色に溶け込んでいくのを感じています。本当にあの方はいたのでしょうか。

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全くと言っていいほど眠れなかった

2017年07月29日 | ほんのすこし
まんじりともせず、寝不足状態のまま。
ぼーっとした頭の中で母の声が聞こえる気がする。
「テレビで睡眠時間が少ないと5つの病気が出ると言っていたよ。Ⅰ番目が認知症だってよ。お前、危ないんじゃないか」
「えー、そういえばこの頃物忘れが多すぎる!」

数日前の会話だった。
その後、寝不足をしないようにする! と宣言したばかりだ。
なのに、なんてこった。昨日はほとんど眠った気がしない。全然眠気がなく布団の中で覚醒している頭。そのうち起き出して読書。読んだ本が面白すぎてまたまた覚醒。
朝方少し眠った。早朝のメールに気がつく。

今週は仕事で打ち合わせと相談があり、頭の中も仕事のことでいっぱいだった。普段はスマホでもここのリアルタイム解析を覗いてみたりするのに、全然見ることもなかった。当然パソコンでここに入るということもなく。こういうときのわたしは気持ちが下降気味。
頭に引っかかることがあると、なかなか切替できない。
昨日はその最たるもののようだった。仕事で行ったのに終わった後の雑談の内容がずっと引っかかってしまい、疑念が頭を占領するということに。今更そんなこと気にしてどうするのか? と思えばいいのに・・・

そんなことがあったせいかもしれない、眠れなかったのは。

ところで、面白い本というのは、高田郁の『みをつくし料理帖』。10巻あるうちの8巻目まで来た。最近は時間があるとこの本にかぶりつき。読むとなにか料理したい気分になる。でも美味しい料理が出来るかというとそうでもないけど(笑)。気分だけは料理人になっている、そのときだけは。
江戸時代の市井の人々の生活が臨場感溢れる文体で伝わってくる。「人情」というものはこういうものなのだなと毎回感じ入ることが多い。後二巻が名残惜しく感じられ、読むのも少し遅いスピードに。先に叔母に勧めた本だったが、叔母もスイスイ読んでいたのに、最後の本になると読み終わるのがもったいなくて・・・ と話していた。今はその気持ちがわかる気がする。
「もったいなくて」というその気持ちは、本を読んでいる間の自分とその本の世界で共有してきた時間が終わりに近づくという、なんとも寂しいような気持ちなのだ。それもあと少しなのかあ・・・

今日は行ってみたいところが二箇所あるのだけど、こんな寝不足の頭では行くのもどうかと思ってしまうわたしがいる。
まずは濁った頭をスッキリさせなくては!

ということで、逆になったけど、週末の朝です。おはようございます♪
皆さんに良いことが待っていますように。


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寝ござ

2017年07月26日 | ほんのすこし
今年は眠りの妨げになる暑さに苦しんでいて、冷感ジェルのマットやら、冷感ブランケットなるものをネットで注文し使用していました。
冷感ブランケットは、触るとツルッとした触感がわたしにはちょうどいい感じで、気に入っています。ジェルマットの方は冷たさはいいのですが、寝返りを打つとジェルの音が耳障りでなかなか寝付けないという、変なことになってしまい今はあまり使っていません。最初はそのひんやり感のすごさに喜んだのですけど・・・
それでもそんなものでさえ役に立たなくなるような暑苦しい熱帯夜が続くと、もう「眠る」という行為はわたしのためにはどこにもないようにも思えてきてしまいます。
扇風機をかけてみたり。エアコンをつけたままにしたり。体や頭の傷跡には良く無いとわかっていてもね。
本当に暑さしのぎのためにあれこれと。
でも、寝苦しいのは消えなくてね。

最近、これもネットで「寝ござ」なるものがあることを知り、値段が高くて悩んだけど。物は試しと注文してみました。
早速届いたものを布団にひっかけて(四隅にゴムがついている)寝転んでみました。

あぁ、なんて気持ちいいの。
い草のなんともいえない匂いが鼻腔をくすぐります。この匂いに包まれて眠るのはすごい贅沢な気分かもしれない・・・
そう思わせてくれるものがありました。
い草だからごわごわして固いんじゃないの? と母に言われましたが、それがそうでもなくて特別な作り方をしているらしく柔らかく出来ているのです。片付けるのも楽ですし、今年はこの寝ござが一番わたしには良かったなと思っているところです。



下は薄い布団一枚ね。
ついでに枕カバーは冷感カバー。

ここまでやっても寝苦しい夜はあって、夜中に目が覚めるともうそのまま眠れなくなってしまうことが多いのですけど、それでも寝ござの気持ちよさはなんといっても寝てみないとわからないです。
しっかり織り込んでいるので丈夫で長持ちしそうです。普通のい草マット、い草カーペットとかよりもずっと細かい織りで幾層にもなっているらしいです。

早く涼しい季節が来ないかなあ・・・
冬は雪道の運転が怖いけど、夏より冬がわたしには過ごしやすいかもしれないねって思ってしまいます。でも、冬になればなったで、雪が多いとやっぱり夏の方がいいよねぇって思うんでしょうね(笑)。

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元気です

2017年07月23日 | 朝のことば&つぶやき
※※※

ねぇ、ねぇ、元気?
ありがとう、心配してくれたのね

なんというありがたさに
歩みを止めて思う

ねぇ、ねぇ、と尋ねたかっただろう人を思いながら

やりすごす日々の何気ないことごとに

なんということだろう
あり得ないことに驚きながらも
天変地異はどこまでも人の心を惑わせる

それでもこうして
生きていること
それだけは確かなことなのだと
胸のどこかでホッとため息をつくものがある

※※※

母が育てたユリもこのたびの天候で傾いたり。
無残な姿をさらけ出しつつも、生きているのです。

※※※
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一枚でも

2017年07月20日 | 朝のことば&つぶやき
※※※

わたしがここにいるのは
たった一枚でも
わたしを見つけてくれるひとがいるから

月の光のしずくを受けて
わたしの上を小さなものが
こぼれていく こぼれていく

わたしの上を伝ったそれは
やがて眠りの中で
朝を待つ密かないのちにつながる

新芽があちこちで顔を出し
わたしのような
たった一枚のものでも
どうか誰かのために
在ったのだと知らしめてほしい

わたしがここにいるのは
たった一枚でも
生まれてそして生きたという
それだけでも愛おしいのだという
そう思えるよう
月の光が教えてくれるため

※※※

ほんとに久しぶりにアクリル絵の具。

※※※
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ズッキーニの塩昆布和え?

2017年07月19日 | ほんのすこし
最初は固いものが苦手な母のために皮をむいて作りました。

でも、今は皮をむかずに作っています。
作っているとはいえないくらい簡単すぎるのですが。
丸いズッキーニがあるのですが、それを切って中身の種と真ん中の部分を取り除いてスライス。それにこの塩昆布を入れて、蓋付きの入れ物を二十回ほど振ります。
後は冷蔵庫に入れておくとすぐ食べることができます。
味付けいらずとっても簡単。
ズッキーニの皮が適度な食感を与えてくれるので、最近は丸いズッキーニが旬菜館に置いてあるとすぐ買ってきます。この丸いズッキーニは普通の長いものと違い、なかなか出回っていないようなのです。だから見つけたときは速攻買い物籠に投入です。



こちらの塩昆布を使っています。



これは皮をむいてしまった最初のズッキーニです。



適当に振りかけて。



入れたら、シャカシャカ振ります。

おつまみにもなりますし、さっぱりして今年の夏のマイブームになりそうです。

母の庭のミニトマト、少し赤くなってきました。最近はキュウリも毎日二本ぐらい採れます。ナスとピーマンは不調です。
毎日どのくらい大きくなっているかなと見るのも楽しみになってきました。収穫できるものがあるってなんだか嬉しいものですね。

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ガラスが好きで

2017年07月19日 | ほんのすこし
ガラスのグラスはもちろん、花器も好きです。
そして使い終わったガラス瓶も好きです。特に色つきのガラスがいいですね。
ということで最近気に入ったガラス瓶、一輪挿しにも使えそうです。蒼がいいです。

ずっと体調がいまいちで、ネットに入るのもままならず。
今年はそういう年なのかなと思って、体を労ることを考えなくては・・・と思うことにしました。

気持ちが上向きにならず、ここにもなかなか入ることができず。

唯一、楽しみとなっているのが、今回のドラマ。
「過保護のカホコ」
これに一番はまっている。

ドラマを見ているときだけなんだかのほほんとしていて、なんだかいつの間にか一日が終わっているような。
それでもずっと考えることとか将来のこととか、不安に思うことなどあったりして。
仕事もなんとなくこなして、なんとなく終わっていくのかな、とか。

とにかく最近のわたしはどうにかしているらしい。

できればこの青い瓶のような透明さで心もそうありたいのだけど。

※※※



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夏の夜に

2017年07月14日 | 季節/マウス画
※※※

足元で
波がささやく
” 待っていたのよ” と
たったひとりのそこは
ひとりだということを
忘れさせてくれそうな

ひたひたと
しのびよる
甘やかな匂いに
夜は夕暮れから衣装替えをする

満天にちりばめられた
数えきれぬほどの またたきが
波の上で見え隠れ

わたしの時間が
ひとりの時間が
こうして静かにすぎていく

目をつぶると
一瞬だけあの頃に戻ったような

甘やかな匂いとともに
若さも一緒に戻ってくれないかしらと
ありもしないことを
ふと
思ったりする夏の夜

※※※

古いマウス画は、いつも昔のわたしを思い出させてくれる。

※※※


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暑いので

2017年07月14日 | ほんのすこし
暑すぎて、部屋にはなるべく涼しい感じのものを置くようにしていますが。

それでも物が多いともっと暑いなと感じるようです。こういうときに断捨離ができていない悲しさを味わってしまいます。だからといって処分するかというと、暑すぎて何もしたくない病にかかっている始末。
連日、猛暑日が続いて、本当にまいっています。
それでも今朝は6時前に起き出して窓という窓を開けて、風通しをよくしました。
それから畳や敷物をタオルでしっかり拭き掃除。
いくらか気分が上昇しました。

こういう天気のときは朝早い時間だけが頼りです。丸いズッキーニを薄切りにし、昨日からはまっている塩昆布をまぶしてシェイクする、ということを。塩昆布の袋にはキュウリを塩昆布と一緒に・・・って書いてありましたが、ズッキーニでもやってみました。その後、紫キャベツが安かったので買ったはいいけど、どうしようかなって悩んでいたので。その紫キャベツをスライスしたものにも塩昆布を混ぜてシェイクしてみました。シェイクすると紫キャベツの堅さが和らぎ、口当たりが良くなりました。

朝ご飯には生野菜の上にその紫キャベツと塩昆布のシェイクしたものを乗せ、ドレッシング無しで食べました。それで十分、塩気もあるし野菜は採れるし。
添えたタマネギとズッキーニとミニトマトのピクルスもちょうどいい酸っぱさで、これまた暑さには酸っぱさもいいなと。

ごろごろと大きく切ったジャガイモとキャベツが入った手羽先のスープ。
ジャガイモが入っているので、ご飯は無しにしてみました。これは母がよくやっていることです。ジャガイモとか好きな母はおかずに大きなジャガイモが入っているとそれを食べたいので、ご飯を少なくするか採らない、という選択をするそうです。今朝はわたしもジャガイモだけご飯無しでも十分満足感を味わうことができました。

朝ご飯、食べる前にパチリ、忘れていました(笑)。説明だけで想像してください。

それにしても、暑いと台所に立つのが嫌になりますね。なるべく火を使わない料理を考えている気がします。
それでも冷たい麺を食べるにしても茹でなくてはならないし。エアコンを使わない場所での料理はギリギリ夕方とか、早朝とか、時間帯を考えながら作るしかないなと思っています。
これも後どのくらいの辛抱なのかなあ・・・それにしても年々暑さが厳しくなっていくように感じるのはわたしだけじゃないような。

汗っかきのわたしにとっては、夏は一番苦手な季節。
若い頃はこんなことちっとも思わなかったのに。
春と秋が少なくなって、体調管理が難しい季節だけが幅をきかせるようになりましたね。トホホです。

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