心の色を探して

自分探しの日々 つまづいたり、奮起したり。
マウス画・絵及び文章の著作権は このブログ作者(けい)にあります。

おばんです

2014年09月30日 | 母のこと
昨日 温泉から出てきたところで入ってきたお客様と目が合ったので、おばんですぅ~と言った。
すると 母が外に出たところで笑って言った。
「お前も田舎のおばさんと同じように言うようになったなあ!」と。
意味がわからず
「えっなに?どういうこと?みんなしゃべっているじゃないの」
と追求すると、
「いやいや おばんです の《す》がここらのおばさんと同じだ。母さんといれば方言まるだしになっていくから 心配なんだよ」
「なに言ってるの!」
と そこで話は終わったのだが。

おばんです って言わないで こんばんはって若い人は言うんだと母は言う。そうかぁ?温泉に来る若い人だっておばんですって言わないかぁ?
しばらく考えて 確かに そうかもって思った。
ということは・・・わたしは若くないってこと?!
まぁ そういうわけだ。母のニヤッとした顔を思いだした。
お前も年取ったなと言いたげな ある意味 得意げな顔だ。

いいよいいよ。
おばんですぅ いいよ。使うよ、これからも たっくさん♪

秋の雰囲気満載でした

2014年09月28日 | ほんのすこし
ウォーキング 久々で。
あちこちに花が咲いていて。特にコスモスが綺麗です。





コスモスって色々な色があるということに 最近 目がいくようになり。それがまぜこぜになったまま 乱雑に咲いているようでいて 乱れた咲き具合がすごくいいなと思って見ています。
ウォーキングの途中でも秋の花の代表だなぁと思いながら 見とれることがしばしば。
母の玄関先には こんなコスモスが咲いていました。まるで絵の具で描いたような花弁です。今まで見たことのない花弁に二人で感心しきりでした。



秋といえば ススキも見逃せません。



昨日 あまりの天気の良さに運転するのも気持ち良く。少し遠回りでしたが、裏道を。
農道を行くと 左側が一面のススキ♪車を止めてフロントガラス越しにパチリ。
右側には すでに稲刈りを終えて乾燥している姿があって 写したかったのですが、反対側から車が来るので諦めました。昔ながらの稲の乾燥風景には懐かしいものがあります。

昨日は 友人に誘われて樹海ドームのパークセンターで行われている「お気に入りののみの市」というイベントを見に行ってきました。すごくいいお天気で ほんとに楽しい時間を過ごせました。最近 どこかへ行くことがとても億劫になり 部屋に閉じこもってしまいがちの私でしたが、友人が誘ってくれて本当に行って良かった!と思える時間でした。



会場の外の草はらでコーヒーとかの販売もあり、日差しをよけながら椅子を移動し アイスコーヒーをごちそうになりました。友人が車を出させたからと言って買ってくれましたが、後で払うからといいつつも結局 帰りのさよならでもお金を出すのを忘れていました!ご好意に甘えてしまいそうです(笑)
青い空が高く見えて綺麗な秋。見上げても気持ちのいいこと!
ふたりでゲットしたケーキをつまみ、話に花が咲き・・・お勧めの馬肉のカレー(凄馬カレーというネーミングでした)をおみやげに るんるんした気分。
それぞれ観葉植物の寄せ植え鉢を買い、わたしは母へのプレゼントに 彼女はガーデニングにこれから力を入れるというので自分用にいそいそと持っていきました。
それにしても 作家さんたちのセンスの良さには驚きます。入口の長いスロープには おしゃれなインテリアが並んでいます。



花たちもこんな風に植えてもらえたら 花冥利に尽きるというもの。素敵・・・



見ているだけでなんだかしあわせな気分になります。



こういうセンス 欲しいねぇとふたり頷きあいました♪
秋の素敵な時間をくれた友人に感謝 感謝でした。

手すりがつきました

2014年09月26日 | 母のこと
5月に介護認定の調査を受けたときは 結構体調もよく 認定が下りた後になんということか 家の中で尻もちをついてしまい6月末から3ヶ月間 痛みに苦しんだ母。
最初のころは 二人とも無我夢中でなんとかこの時期を乗り越えようと必死だった。だからあれこれと考えることができず まず自分たちでなんとかしようと そればかり・・・
少し落ち着いてきた頃、ご近所さんたちが心配して 玄関に足場を持ってきてくれた。スロープのようになる手づくりの物だった。それを見ながら 家の中に手すりがあるとすごく助かるよ つけてみたら?と勧められた。
わたしも母も 手すりがあったらいいよねぇとは話していたが、それを具体的につけるという考えがあまりなかった。ご近所さんと話していて ふと思いだした。

母が以前お世話になったことのあるケアマネジャーさん。あの方に連絡をしてみたらどうかしら?
早速 連絡を取ってみた。すぐ来てくださって 色々と大変な状態を相談してみた。

専門家は違うねぇ。
すぐに立ちあがるときに助かるという手すりを持ってきてくれた。レンタルでそんなにかからない。それとやはり家の中に手すりをつけたらどうか?という話になった。さらにこれまで母が寝起きしているベッド、この高さが問題だということもわかった。手すりをつけることには賛成した母だが、ベッドを電動ベッドにすることには躊躇していた。
後で 母にもう一度 考えてもらった。これからだんだん悪くなることはあってもピンピンして元気になるということは考えられない。そのときに慌ててベッドを替えるより 今から使い方とか慣れておいたほうがいいんじゃないかと。
しばらく考えていた母だが、次の日 決めた!と言った。

実費レンタルになるけれど それでも母の身長に合わせたベッドはかなり快適な感じだった。取りつけのときには二人がかりで 手際良くやってくれた。同時に手すりも家の中から玄関先まで取りつけてくれた。先に使っていたレンタルの手すりは普段座る母専用の椅子の脇に取りつけてもらった。これもまた母にとってはすこぶる使い勝手が良かった。取りつけてもらった次の日 行ってみると、母は手持ちの厚手のハンカチ(ゴブラン織りのような)をカバーにしてつけて使っていた。
「何回も手をつけるから汚れると悪いからねぇ」と言って。
「レンタルだから汚れたら取り替えますよ。でもこれはいいですね。あったかそうで」
と若い男性職員さんに言われ まんざらでもない顔をした母。嬉しそうだ。

ベッドが電動になったせいか 手すりがずっとついたせいか 母の尻持ち以来の痛みは少しずつとれていったようだ。
それにしても 普段男性がいないせいか 職員さんたちが来るとかなり饒舌な母だ。職員さんたちがまた母の話を黙って聞いてくれる。見上げたものである。こうやってお年寄りのところを訪問しては 話を聞いてくれているのだろうなと思うと頭が下がる思いだ。
母も話を聞いてもらえるので 調子に乗ってあれこれと・・・
昨日は最後の手すり取りつけにやってきてくれた元大工?さんが終わった後 お茶を出すと、母の絵を見て誉めたものだから そこから相手のことも考えず(次の訪問先があるかもしれないのに・・・)話す 話す・・・
最後に
「いっつも男の人いないから 珍しくてさ。ついつい話が長くなって」
と言い訳しつつ 満面の笑顔で送り出した母であった。
「こんな年寄りでも男だと思ってくれるんだぁ」
とその方も笑って 帰っていった。
なんとなくほのぼのとした雰囲気で その方が行った後 出来上がった手すりにつかまりながら 満足げな顔の母を見て 頼るものを頼って これからは自分たちだけでやろうなんて思わずに相談すべきだなと強く思ったのでした。

あぁ失敗

2014年09月25日 | ほんのすこし
実におろかである。
かなり単純なミスを しかも最後の最後にしてしまったのである。
他の人から指摘を受けて 初めて自分の間違いに気がついたときにはすでに遅し。
あぁあ がっくり。
ずっと取り組んできて 最後の最後にこれで良し!と思って送信したのに・・・
まぁ 向こうで直してくれることになったが・・・
日ごろから 確認が大事と繰り返しているのに自分がその見本となるようなことをしてしまって 茫然自失。ホットフラッシュ状態になり 汗がどっとわきでてしまったという。

これも自分の仕事を軽んじているから こうなるのだろう。
もっと身を入れて仕事せよ ということなのだろう。
というか 仕事に迷いを感じながらやっていることがこうしてミスに表れてしまったのだと言える。

失敗を引きずらないことだ と思うのだが、今回ばかりは立ち直るのに時間がかかりそうだ。単純に見直せばわかることなのに 送信したら安心してしまった。なんというおばかさ加減か。
反省しきりで 時間をかけてきた結果がおそまつではなんとも・・・

ただただ 首を垂れるのみ。

○○ロス

2014年09月17日 | ほんのすこし
世の中には 花ロスとか(花子とアンの収録を終えた 鈴木亮平)○○ロスとつけられて 何かが終わった後の茫然とした 手に着かない状態を言うことがここ最近見えてきました。
へぇ~ そんなことあるんだと 鼻先で笑っていたのがわたしです。

でもねぇ。
あるんですよねぇ。

12日から15日まで 娘が子供を連れてやってきました。以前来たときはまだほんとの赤ちゃんで、動くといっても自分の周りで立つことすらできなかったんですよ。
それが 今回はつかまり立ちでテーブルの周りを自分で移動。娘の姿が見えなくなると後を追って 這って追いかけます。母恋し ですか、いつもの場所とは違うところにいるという不安感ですか とにかくトイレに行く 洗面所に行く どれも容赦なく後を追う。わたしが抱き上げて娘が出てくる(トイレから)まで外で待っていたり、お化粧するそばで抱いて待っているといった感じでした。抱かれていると安心するのか 娘の姿を確認するとあとはあっちを見たりこっちを見たり。

まぁだんだん慣れていったものの やはり母親の存在は大きく最後までそばを離れませんでしたね。空港のガラス越しの窓では 隣の見知らぬおじさんに愛想をふりまいていて こっちは全然見ていませんでしたし(笑)
あれは隣のおじさんが食べ出したおせんべいに反応したのか?見ながら「おいおい そこでそれを出すか?!」とココロの中で叫びながら見ていたわたしです。人が食べる動作に反応する そういう時期なんだろうなと思ってはいましたが。短くも貴重な時間を過ごせた喜びをかみしめていました。

娘は善き母親でしたよ。わたしが言うのもなんですが。離乳食もちゃんと考えて毎回だしを取って 与えていました。一日の食材 どれをどのくらい与えるか どれをやっていないから この時にはそれに代わるものを・・・とか。今度 離乳食関係の本に携わることになったとは話していましたが、それでも仕事だけではない愛情たっぷりの姿を目にして、はたして自分はどうだったのか?とかなり疑問になりました。
疑問にはなったものの こうして娘や息子が無事に成長しているところを見ると なんとなくではあるけれど乗り越えてきたのかなと思ったり。
食べる という行為は 大切なもの。すでに手づかみやスプーンで食べたいオーラがいっぱいの孫を見て、人間の本来の姿を思いました。
手づかみでさつまいもをつぶしながらも食べようとする様子は満足感いっぱいでした。

それにしても ミルクを一気飲みする姿は どんだけ飲みたかったんだ?と思わせるほどの迫力です。
ミルクがなくなって それを見た娘が
「はい、ごちそうさん ○○○ ごちそうさんだよ」
と言うと ギャン泣き。
もうお終いだということがわかるようです。それが儀式のように 少し泣くとなんでもないように収まります。
こんな感じで一日三回 離乳食の時間は楽しくもアリ 大変でもあり。

いないいないばあ、も 楽しみました。バイバイや上手上手の拍手など 見ているだけで楽しいことをやってくれるようになりました。あっというまの時間。わたしのとっておきの時間が過ぎていきました。

これが○○ロスなんだなと さよならしてから思っています。
母が
「きっと 帰ってから三日間は何もできないよ。昔 自分もそうだったから。」
と言いましたが、そのときは笑って聞いていたわたしです。
なるほど、母の言うことは当たってるなぁと。
娘たちが帰った後 昨日は布団やあちこちを片付けなくちゃって思っていましたが、何も手につかず。仕事だけしました。あまり早く片付けると そこにいたという記憶が薄れてしまう気がしてね。
今日 片付けています。洗濯もしました。
これを機会にもっと片付けようと思っていましたが、やっぱりなんにも出来ずにいます。力が入らないんですねぇ。これって ○○ロス?あまロスとか 花ロスとか言われているけど この状態は軽いロス状態か?なんて 思っているところです。

秋風を感じるようになりました

2014年09月11日 | ほんのすこし
すっかり風が 夏から遠のいています。
昨日 ときどき降った雨も今日はどこかへ行ったみたい。地元の祭典があります。いつもこの時期 宵宮か本宮どちらかが雨というのが定番でしたが、今回は本宮の方が晴れて お祭り日和です。

お盆が過ぎ お祭りが終わると秋が来たんだなぁと思います。朝の薄もやがかった毎日、寒さが厳しくなる冬を思いだしてしまいます。今年の冬の雪はどんなだろう・・・雪寄せに悩むわたしたちにとって 雪がどのくらい降るのかというのはとても重要な問題です。土地が広くて 雪の捨て場所に困らない人であれば悩みも少ないのでしょうが、大半の方は毎日の雪寄せに時間をとられます。母も自分はすでに玄関の雪を寄せることもできない体になっていますが、一体どうしたらいいのだろうとこれから先のことを考えると憂鬱になるそうです。
白い雪がこんもりしている様子は 綺麗ですが、生活を考えるとやっぱり雪が多いのは困る 困る。秋風が吹いてくると 秋を楽しむよりも短い秋を通り越して 冬に思いを馳せてしまう そんな習性がいつのまにか沁み込んでしまった気がします。

それでも短い秋を少しは楽しみましょうか。
秋は 果物も美味しいしね。今年は梨が美味しくできたとテレビで話していました。先日 温泉で売っていた柿、すごく甘くておいしかったらしく 母が毎回 今日はないのかねぇと売り場の棚を見ています。
夏場に固かったネギも少しは柔らかくなってきたでしょうか。ネギが美味しくなってくるときりたんぽ鍋を食べなくなります。まだまだかな・・・
大根も美味しくなって来ます。おでん食べたくなってきました。
今年の夏は トマトとキュウリとハムのゴマ酢和えが定番でした。固いものが苦手な母のためにキュウリは軽く塩をして後で洗いきゅっとしぼり、トマトは湯むきして皮をむいて。ごま油と擦りごまを入れた合わせ酢がとても気にいったようでした。キュウリはたまには玉ねぎだったり ハムはカニ風かまぼこだったりしますが、トマトがメイン。夏の美味しいトマトをたくさんいただきました。わたしは麗華がお気に入りでした。
そうそう夕顔もたくさん食べました。母が好きなんです。冷凍にも保存しました。冬でも味噌汁に使えます。
茄子も食べましたねぇ。ゴマ酢和えが多かったですが、さっぱりして好きみたいでした。わたしは長~い茄子が一番好きです。日が経っても中に種があまりできないので 舌触りが気に入ってます。

こう書いてみると 夏って結構美味しい野菜があるんですね。
季節ごとに 美味しいものをそのときにいただけるってすごく贅沢なことなんだなと思います。今はスーパーに行くと年中野菜が出回っていますが、そのときの旬のものをいただくほうが 体にもいいはず。これから秋には秋だからこそ美味しいというものを楽しみたいなと思います。まぁ毎日おでんばかりだと飽きてしまいますけどね(笑)
ほんとに朝晩 寒くなってきました。なのに私は 何度目かの更年期症状?で 体がほてるのでタオルケット一枚、それでも暑くて寝苦しい日々。よく風邪を引かないなあと変なところで自分に感心しています♪

始まる

2014年09月10日 | 朝のことば&つぶやき
朝が始まる
一日が始まる
目覚めてから知る 朝の訪れを
眠りに入っているときには こんな朝がやってくるとは露にも思わずに

朝が始まる
東の空を静かに赤く染め
空一面に輝きを伸ばしながら
まるで世界は 今この瞬間から目覚めたのだとばかりに
毎日のサイクルなのに
それが毎日ではないことを
一日 一日の 大事な営みだということを
空の一角から
わたしの目に飛び込んでくる
朝の使いよ


中秋の名月

2014年09月08日 | ほんのすこし
駐車場に入ったときに みあげたら 雲からそっと顔を出したお月さま。

急いで雲隠れする前にと 駐車場脇の道路から写してみた。
やっぱりお月さまは遠いね。
ズームにしても ぼんやりとした感じに。
それでも 今夜のお月さまを見ることができた。
なんだか ちょっと嬉しくなった。



雲があるほうが いい気がする。たまに雲がいたずらして隠したり。
待っていると 顔を出したり。
その待つ間もまた まったりとした時間で たまにはこんな風にのんびりとお月さまとふたりぼっちっていうのも悪くないなと思ったりする。



インスタグラムで少し加工してみた。

岩手県陸前高田市の奇跡の一本松にも お月さまが!!

東北の被災地にも名月

まあるい樹の下で

2014年09月06日 | ほんのすこし
樹の中で まあるい樹の中で 見上げると樹だけの世界で。
ぐるっと上は樹の枝が黒い手をあちこちに広げていて。
まるでわたしをすぽっと抱き込んでくれているような。

そんな枝ぶりの樹がウォーキングの途中にある。背丈はそんなにぐんと高いわけでもないけど、とにかく枝が広く円を描いていて。あのCMに出てくる広い草原の真ん中にあるとてつもなく大きな樹の縮小版か?と思える感じで。ふと足を止め 身を乗り出し 樹の中から上を見上げてみた。
なんてことだ。わたしは樹の中にいて 空はちろちろとその枝の小さな隙間だけにしかない。
それなのになんだか不思議に落ち着けて 葉の緑と枝の黒さだけがわたしを取り囲んだ。

足を止め ふだん見慣れている景色をしっかり見る。
もしかしたら 気付かなかったものが そこかしこで眠っているかもしれない。

わたしの目が動くと 樹がゆれた気がした。



わたしは樹の中で視線を一回転した。ぐるぐると回り続けたら あのお話のトラのように空と葉と枝が溶け合ってしまうような気がした。


いつも間違える

2014年09月05日 | ほんのすこし
この頃 道に咲き誇っているのが さるすべり。
もう少し寒くなって 赤い実がつくのが ナナカマド。
どういうわけか わたし この名前をつい間違えてしまうの。温泉に行く市街地の道路に並んでいるのがサルスベリなんだけど、温泉の帰りに赤やピンクの花が咲いていているのを見つけて
「あーもうナナカマドが咲いてる!!」
って 母に教えたら 母に
「お前 何言ってるんだ?あれ違うべ?」
「はぁ?」
やっちゃったって感じ。この会話 昨年もしたような・・・毎年 同じことを繰り返すわたしって・・・どれだけアホなんだって感じです。

見ればみるほど違う二つ。
サルスベリは 小さな花が集まって咲いているし。
ナナカマドは 小さな赤い実が集まっているし。
似ているというのは どちらも5文字だというだけ。しかも一個も同じ文字が無いというのに!

これは多分 一番最初にわたしがサルスベリをナナカマドと間違えたことが原因かと。しかもそれをかなりずっと思いこんでいたことがあって、最近になってようやくその違いに気がついているというわけで。違いも何も見る人が見れば全然違うし、並べればこれが同じに見えるか!ってお叱りを受けそうなほどの二つなのですが。
一度頭にインプットされたものを修正するという柔軟性が今のわたしにはかなり難しくなっているのだなと痛感しているところです。

今はそのサルスベリが満開。
これから寒い季節がやってくると 銀杏の黄色とナナカマドの赤が街路樹の綺麗な風景として見られるようになります。銀杏の葉は落ちますが、ナナカマドは雪をこんもりかぶった中で赤い実をのぞかせていることもあります。どういうわけかナナカマドを見ても サルスベリだとは間違えません。サルスベリを見たときにだけナナカマドだとつい言ってしまうのです(笑)

日中 ムシムシしてぐうたらしていますが、朝晩は過ごしやすくなってきました。溜めこんでいる仕事に尻を叩かれている毎日です。なのに頭がからっぽです。誰か助けてくれ~(笑)