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心の色を探して

自分探しの日々 つまづいたり、奮起したり。
マウス画・絵及び文章の著作権は このブログ作者(けい)にあります。

絵を描く

2021年10月05日 | 絵・粘土(パステル・アクリルなど)
ずっと100均のキャンバスに描いていたんだけどね。
思い立って、額を購入。

でもさ。
F3はちゃんと入ったんだけど、気に入っていた絵のF4が・・・額に入らないのよ(笑)

が~ん。

もう仕方が無いから、ちゃんとしたキャンバスを注文したわ。届いて額に試しに入れてみたら、これがもうきちんと収まる!
さすがの100均だね~。
もうはなっからきちんと収まることを考えなきゃいいんだなと痛感しましたよ。

で、きちんと収まるから絵を描けるかというと・・・それはそれでぜんぜん違う問題かも(笑)


一部分でも

2016年11月17日 | 絵・粘土(パステル・アクリルなど)
※※※

アクリル画の一部分。
全体を写すよりも一部分の方がなんだか面白い。

もう一度何かを描きたくなる。
何を描きたいのか、わからないのに。

※※※

わたしの全てを出さなくても
一部分だけでもわかってくれるだろうか
いや、全てをわかってもらえると思うほうが
無理なのだろう
一部分を知ってもらえた
それだけで
わたしのココロは震える

※※※

ハガキの裏のパステル

2015年09月06日 | 絵・粘土(パステル・アクリルなど)
昔 ハガキの裏にパステルで描くことにはまっていた時期がありました。
はがきの裏の質感が 自分の描きたいパステルの描き方にちょうど良かったからです。しかもハガキ大のサイズは 大きくなくて手頃なサイズでした。台紙の画用紙の上にハガキを置き、周りをテープで固定して描きました。いつもそうですが、わたしの絵は下書きはしません。だから 描いてみてから 後悔することもしばしば。まぁ そのやり方に慣れてしまったのですね。そういうわけでマウス画も 下書きなどというものはありません。いつもマウス任せです(笑)でもマウス画の場合は 画面上の下書きはしませんが、何度も修正できるのが助かります。下書きはせずに何かチラシの裏にでも 今回はこんな感じにしたいなというラフを描くこともありました。

そんなマウス画と同時進行で描いていた時期のパステルです。

どちらかというと静かな寂しそうなイメージの絵が多かったように思います。キツネがよく登場していました。キツネはひとりぼっちで山に立っている 里の森の中でこちらを見ている そんな印象がわたしの中にあります。動物を描いたりするのは苦手なので 動物が上手い人はすごいなと思います。パソコンのソフトによっては毛並みとかも上手く表現できるものがあるのかもしれませんが アクリル画やパステルで本物そっくりに描いているのを拝見したりすると感嘆してしまいます。自分にはできない表現力に脱帽します。

わたしの描くものは想像世界。現実とはずいぶん違っています。描きたいイメージが頭に浮かんでいたりするときもあれば 何か線を画面上で描き始めてから 次々に変化していき 最終的にこういうものを描く!と決めていく そういう時もありました。今後また マウス画を描くことがあるのかどうか・・・新しいパソコンを買うことがあったら、新しい描画ソフトを買ってみようかとも思うのですが、今はこのパソコンには入っていないので描くことはないかなぁ・・・

パステルやアクリル画はどうか?う~ん それもまた描こう!と思えるだけの気持ちが出てきません。描くことより他の人が描いたものを見る方が今は最高の楽しみなのかもしれません。
それでも こうしてときどき 以前描いたものを出してみて、昔の自分と今の自分の気持ちを擦り合わせてみたりしています。絵に添える言葉がそのときどきで変化するのもまた 自分の時が流れたことを知るきっかけになります。

さて 今日はゴスペル練習です。仙台の定禅寺ジャズフェスまで後1週間を切りました。歌詞も振りもまだ不安が残ります。きっちり練習してこようと思います♪

ゆらぐ

2015年09月01日 | 絵・粘土(パステル・アクリルなど)
そして 誰もいなくなった・・・
じゃないけど、気に入らない人間を排除してばかりいたら
最後は たったひとりになってしまうよ

少しは変わったのかな
丸くなったのかな
なんて思ったのは 勘違いだったのか

聞こえてくることのはしはしに
昔の姿が重なっていく

ねぇ 柔らかくなったんじゃなかったの?
炎がゆらぐ
かすかな空気のぶれにも
目に見えない動きを察して
炎はゆらぐ

あぁ できるなら
ひとりぼっちになんてなってほしくないんだ 君には

※※※

仕事の合間に 昔を振り返ることが出てきて。どうなんだろなって思えることがちっとも変わっていないことに気づかされる。昔のハガキ大のパステル。

※※※

ひとりじゃないんだ

2015年08月31日 | 絵・粘土(パステル・アクリルなど)
ぼくは 探している
きっと どこかに
ぼくと 出会うために
ぼくを 探しているだれかを

いつか
どこかで
出会うべくして
出会う
その瞬間を 探している

ぼくが ぼく以外のだれかと
出会う瞬間
想像しただけで わくわくするよ
だから ぼくは
この世で
ひとりじゃないんだ
ぼくのはあとの
片方に
いつか きっと
出会うと信じて
今日も ココロは旅しているんだよ

※※※

古いパステル画。はがきの裏に描いたもの。今となっては懐かしい。

※※※

アクリル画の一部

2015年04月22日 | 絵・粘土(パステル・アクリルなど)
絵を描くと その全体よりも一部に目がいくことがある。
しばらく飾っていた三日月のある光景は 青が全体を覆っているが、ときどき一部だけを切り取ってみたらいいかもしれないとパチパチ写してみたくなる。

※※※

先日 テレビで 「短い時間にどこか変化しているが それはどこか」という問題を解く番組があった。あのキムタクが解答者になっていたので、母も興味深く見ていたらしい。例によって わたしは録画していたが、リアルタイムでは見ていなかった。(わたしって その時間何見ていたの?レンタルDVDだったかしら・・・記憶が定かではない)母に キムタクはさすがだったよ と 絶賛されていたので、帰ってから見てみた。
う~ん すごいよ。わたしも一緒に解答を考えてみたけど、最後のこの「どこが変化したのか」という問題はさっぱりわからなかった。天才脳からは遠くかけ離れているわけだ、がっくり。
でも その前の課題で キムタクが三問中二問正解のときに自分が全問正解した。そのときは やったー!とわたしガッツポーズを決めた(笑)わたしって天才脳なの?なんて気分よく 次の課題に挑戦したら・・・キムタクが三問正解するなか 全部撃沈・・・あえなく肩を落としてがっくりきたわたし。

キムタクがなぜ正解できたかというと 彼は目の前の画像の細部を見ないで、全体をぼんやりと見ていたからだという。台本でも 1ページをそのまま記憶する 絵のように記憶する という感じだった。
わたしはというと どうしても今 見ている画面のどれかに焦点を当てて見てしまう。だから 他の場所が変化していても気がつかないのだった。確かにどれかに焦点を当ててしまうとそれが気になってしょうがない。気になったものは良く見るが、他のものはなおざりになってしまう。
だから 後で あそこにあれがあったでしょ?とか、あの人もいたよね?とか言われても 気がつかないでいることがあるのだ。

これは長年の習性でもあるだろう。キムタクのような天才脳になるには 今までの見方を見直してみなければならないのだ。っていっても 天才脳でなくてもいいやと すぐへたれてしまうわたしなのだ♪

月夜にひとり

2015年03月22日 | 絵・粘土(パステル・アクリルなど)
以前 ハガキの後ろにパステルで描くこともよくやっていた。
パステルの使い方も あれこれ考えながら。ハガキの後ろに描くのは 画用紙に描くのとはまた違って 少しつるつるした紙質が 手ごわかった。でも 案外面白いなと思い結構はまって描いていた。
懐かしいと思えるこのごろ。
絵を描くという行為が日常の中からずいぶん遠のいてしまった感がある。
部屋にいると あぁこんなふうに描いてみたいなと思う図柄とかが浮かんでくるのだが、いざ描く材料を出すというところまでいかないで終わってしまう。今はただ考えるだけ それに終始している。

外は春めいている。肌寒さは残っているだろうが、窓から差し込む光のほんのりした暖かさを思う。

※※※

ぼくのお友達は お月さま
こうして夜に お話するのが好きなんだ
ひとりぼっちだなんて
思っちゃいないよ

静かな時間もまた
ぼくの好きな時間なんだ


※※※

飛べなくて

2015年03月12日 | 絵・粘土(パステル・アクリルなど)
新しい自分に出会いたい。
そう思って 若い頃は前に進むのがわくわくしたものだ。
そう まさしく「飛んで」いけそうな気分。
失敗を恐れないといえばちょっと乱暴な部分もあるけど、石橋を叩いて渡るぐらいの慎重なところもあったり、ええぃ やってやれ!といった気持ちもあったり、それが自分の中に共存しながら前に進んだ気がする。

飛ぶことにためらいはあっても 飛ぶ行為には憧れがあった。
何か出来るんじゃないか?何か自分だけに出来るものがあるんじゃないか?
そんな驕りともいえる自分への期待感で 胸がいっぱいになっていた時期もあった。
でもそれはすぐにポシャってしまい、地面にたたきつけられるほどの痛手を食らい、這い上がるのに時間がかかった。それまで自分はいくらかはましな部類(それもたいそう自意識過剰なものだと思うけどね)に入るのではないかって勝手に思い込んでいて それが年と共に なんてことはない自分の弱さや小ささを隠すような気持ちに変わって行った。

自分の弱さを知って、自分の姑息さを知って それでもなおそれを隠し通そうとする。そんな自分の姿を見てきて 今 なんだか疲れている。言葉ではなんとでも言えるんだよ。誤魔化し 誤魔化し付き合ってきた自分というもの。ほんとにこれでいいの?そんなことを考えると 自分がやってきたことが嘘のように思える。
しがみついて あと何年暮らせばいいのだろう。はたから見れば たいそう楽でお気楽三昧だと映っているだろう。一生懸命に働いている人の姿を見るたびに 自分が縮こまっていく。

あぁ なんてことだろう。
飛び出すことができないというのは なんて苦しいのだろう。
今の生活からどん底へと行くことを恐れて 飛ぶことを封印した。

飛べない。
・・・第一 自転車に乗れないのだから。ましてや空飛ぶ自転車になんて 乗れないよ。

いつまでも 憧れは憧れのままで これがいつか本当に飛ぶことができたら・・・そんなことをつい考えてしまうこのごろのわたし。いつにもまして今日は意味不明だ。


春色

2015年03月05日 | 絵・粘土(パステル・アクリルなど)
以前 アクリル絵の具をいじっていた頃。
今は アクリル絵の具を出すと狭い部屋がより一層狭くなるので、しまいこんだままで。
でも ときどき頭の中に浮かんでくるものがあって、描いてみたいなぁ 描いてみたいなぁって思うことがある。

ぐうたらで 何かをするにも行動力が伴わず、いつもぐずぐずしているわたし。
そんなわたしがアクリル絵の具を手にすると まるで絵の具をキャンバスに叩きつけるようにしているときがある。ふと我に返って 今 わたしは何をしているの?と。そんな自分の姿がなんだか嫌になって、ずっとしまいこんでいる。
ほんとは叩きつけてなんて描きたいものじゃないのに。

でもこんな春色も 描いていたんだねぇ。

しばらくぶりで見た。
どこへやってしまったのかわからないくらいで、きっと押し入れの奥にしまいこんでいるのだろう。
そろそろ 春色めいた空気や空になってほしいなと思ったら、なんだかまた 今度は優しい気分で描いてみたくなった。

ふわふわで
ほこほこで
ココロの中が
空に沁み込んでいくような
そんな時間が
今のわたしには必要なのかもしれないなあ・・・

好きな絵

2014年10月18日 | 絵・粘土(パステル・アクリルなど)
自分で自分の絵を好きだと言うのもなんだけど(笑)
小さいながらも この絵が好きなの。描いたときには どんな手順で描いたかなんて全然思いだせず。ただ頭に浮かんでいるのは 白壁の窓の向こうに夜がある そんな雰囲気を出したいなと思って ただただ筆を動かしていた気がする。

憧れ。白と青の世界、白い壁のある家々と空。

※※※

そっと 覗いてみる
そこに在るものを
何かを求めて
答えを探して

だれかがささやくように歌ってる
それがなんの歌なのかはわからない
ただ耳に心地よく
目をつぶれば目の前に
波の緩やかなしぶきがかかるように
ざーっざーっと

忘れないで
忘れないよ

繰り返す言葉が ひたひたと
わたしの体を覆い尽くしていく
涙をこらえて
前を見つめて
生きることだけを願って
そうしてここまできた
世の中には不必要なものなどない という
その言葉に救いを感じ
ただここにいるだけでもいいのだと
自分に言い聞かせて

それでもこれでいいのかという問いを
自分に向けずにはいられなくなる

※※※