心の色を探して

自分探しの日々 つまづいたり、奮起したり。
マウス画・絵及び文章の著作権は このブログ作者(けい)にあります。

明るい色を

2018年04月25日 | ほんのすこし
ネットで見つけて購入。
パソコン画面の色だけで判断するのは、善し悪しがあって。到着してから「う~ん」って思うものもあるのですが。このストールはとても気に入りました。
黄色がパッと明るい気分にしてくれます。落ち着いたチャコールグレーのワンピースはシンプルで、なんの変哲もないものです。形が気に入って選びましたが、着ても窮屈感がなく、着心地の良いものでした。ワンピースだけを着て母のところに行ったとき、
「それ、すごくいいんしゃ」と開口一番の母の声。
何がいいかというと、お尻がパンパンになって見えないし、お腹も出て見えないところだそうです。母の視点はそこがまず一番のようです。
そう言われて、わたしもまんざらでもない気分になり、その日から数日後。
いつもの友人たちとの夜の待ち合わせに着ていくことにしました。その時、届いたばかりのストールを思い出し、羽織っていくことにしたのです。

一人の友人を車で迎えに行くと、
「ちょっと、○○ちゃん、デートに行くみたいじゃないの。すごく似合ってる」とわたしの姿を見て言うので、ちょっと嬉しかったりして。
そのあと合流したもうひとりの友人も隣の席に座るなり、わたしのストールに手をかけ
「このストールすごく似合うよ」って言ってくれました。彼女は洋服屋さん勤めなので、その彼女にも言われてもうご機嫌マックス(笑)

やっぱり春には明るい色がいいんだなと吊しながら見ているところです。

スカーフも色々あるけど、なかなかスカーフ使いが出来ないでいるから、今年はスカーフ使いにも挑戦してみようかなと思っています。タンスのこやしにしたままじゃスカーフも可哀想だものね。使わなかったら額に入れようかと思ったけど、スカーフって思った以上に大きいの。だから狭い部屋には合わないのです。額に入れるのはちょっとなあとしまい込んだままでした。
この際、使わなそうなスカーフも処分しようかな・・・
コメント (6)

青が好き

2018年04月25日 | ほんのすこし
ガラスが好き。
その中でも青いのが好き。だから、使い終えた瓶がこんな青だったりすると捨てられずにいる。右から二番目ね。一番右と左端は最初から花瓶ね。
左から二番目のはグラスなのか花瓶なのか忘れてしまったけど。

右端の花瓶はごく薄い青と白の線模様。
それもまた好き。小さな手が三つ、そして下がポテっと丸くなっているフォルムもまた好き。

ガラスはやっぱり窓が似合う。光が差し込んだときの透け感を味わえるから。
ガラスっていいなあ。
青っていいなあ。

今日は朝からどんよりで雨降り。土砂降りでないのが幸いだけどね。この雨でせっかく咲き始めた桜がしょぼくれているだろうな。

月曜日まで仕事であれこれ悩みつつ終わったら、どっと疲労感が。
次の日は野暮用で外出。これからのことに思いを馳せたらまたまたなんだか・・・どうなるかなあ、などと。

で、昨日は「こんな気持ちじゃいけない。明日はせっかく桜も咲いたことだし、あちこち桜を見てこよう!」って思ったのに。
あぁ、その気持ちを下げるかのごとく、雨・雨・雨。今日が一番忙しくない日だったのになあ。

明日からまたちょっと忙しくなりそう。

今日はこの青を見ていることにしよう。



コメント (4)

どこへ行った

2018年04月24日 | 母のこと
母の手仕事は、体調のいかんによって変化する。調子がいい時は服のリメイクに結構時間を取っている。
最近は、もう外に着ないであろう春夏物の上着を家の中で羽織るチョッキに変身させたいとあれこれ痛い手を使っていた。袖をほどく作業はわたしが手伝ったのだけど、ほどいた後のしつけをかってデザインを考えるのは母だ。何度もセーターとかをチョッキに変身しているので、母の頭の中にはすでにこういう姿に、というアイデアがあるのだろう。

大きくなってしまった(脂肪がついた)お腹をカバーできるようなもの、それがいつものパターンだ。
上着についていたジッパーを外してあげたら、取った袖を利用して左右の前身頃に足す。袖ぐりには買ってと頼まれたバイヤスを使っていた。別の部屋から持ってきてと言われたミシンをコタツに置くと数日はそのままだ。
「他の人が一日とか数時間で出来るものを何日もかかるからなあ。そのたびにあっちの部屋からミシンを持ってきてもらうのも悪いし。当分はコタツが散らかるけど仕方ないよ」
そう言って、コタツに広げていた。

昨日、月曜日までの期限の仕事があったので、母のところに行ったのはいつもよりかなり遅かった。途中、買い物もしていったので、車を駐車しトランクから荷物を運び出してから家に入ると。
母が縁側の椅子に腰掛けていて、カーテンを開けていたのかクルリと振り返った。
「お前がいつこっちを見るかじっと見ていたけど、ちっとも見てくれなかったよ」と苦笑いしていた。
「あ~! なんだ窓から見ていたんだ。全然気づかなかったよ」
「お前はいつもそうだからなあ。周りのことに注意がむかないんだから」
そうなんだな、自分でもわかってる。目の前のことに夢中で周りに目がいかない。そういうことがしょっちゅうだ。これは直せと言われても簡単には直せない。

コタツにはやりかけの服が置いてある。それを指さし
「最後は手で縫おうかと思っているから・・・」と母が言う。
「わかった、あっちに持って行けばいいんだね」
「悪いね」
「いつでも言ってくれれば運ぶから」と言ってミシンを向こうの部屋の定位置へと運んだ。

仕上げは手縫いにするといった母だが、すぐにはやらず。なにやらごそごそ動いている。どうしたのかと新聞を広げて読もうとしていたわたしは顔を上げた。
「どしたの?」
「いや、眼鏡が見当たらないんだよ。コタツの上にあったんだけど。午前中に使ったのに」
一緒に探した。こたつをめくり、その周辺を探しても見つからない。その間母が心配そうに
「いよいよ、ボケてきたのかな・・・」と言う。
「なんでよ。そんなことぐらい誰にもあるでしょ」
「でも午前中はちゃんと使ったんだよ」
わたしも真剣に探した。

わたしは案外捜し物がうまい。そのわたしでもなかなか見つけることができない。時間が経つほどに母の不安そうな顔が目に付く。
とうとう、見つけた!
母が座ってるソファの脇にストンと落ちていた。
「あー、お昼食べるときにいったん服を寄せたんだ。そのとき落ちたんだな」
ふたりとも胸をなで下ろした。

しばらくして「お風呂が湧きました」という声が聞こえた。先にわたしが入ることにした。
母に「お風呂先に入るよ」と声をかけると
「今度は裁ちばさみが無い」と言い出した。大きな裁ちばさみだ。あの大きさのものが無くなるとは考えにくい。
「ハサミが足に刺さったら大変だ」
お風呂そっちのけで探した。今度はそんなに時間がかからなかった。というのは、さきほど見つけた眼鏡と同じ場所にストンと挟まっていたのだ。きっとふたつとも同時にコタツの上からするりと落ちたに違いない。

「こんな風に裁縫やってると針を探したりする時間ばかり多くて、ちっともはかどらないから。もう後は止めた」
そう言う母の言葉を背にお風呂に入った。
上がるとテレビの時代劇を見ていた母が振り返って、手を広げた。その手にはさっきもう止めたといったはずのリメイク途中の服があった。ニコニコしながら
「テレビを見ながらだから、ここまでしか出来なかったよ」と満足そうな顔で言った。

好きだからしょうがないね。こりゃ止められないわ(笑)。


コメント

止められない、止まらない

2018年04月18日 | ほんのすこし
ビールのお供?

つい、新しいバージョンが出ていると手に取ってしまいます。ポテト関係のお菓子ではダントツにこの「jagabee」が好きなんです。
最近もこの「塩とごま油味」がコンビニにおいてあったので、即かご入りでした。

一昔、いやもっとずっと昔に流行った「止められない、止まらない」という言葉、今のわたしにピッタリです。
だから、痩せられないのかもしれません。

痩せるといえば、少しずつ運動始めていますが、あまり長くやると逆に股関節とか腰とか膝に違和感が出そうなので、ほんとに少しずつです。カレンダーに印をつけながら
「よし、今日は達成したぞ」と思ったり、「今日はあまり出来なかったな」とがっかりしたりしています。
でも、カレンダーに書き込みをする、という行為はなかなかいいなと思っています。毎日目にする(冷蔵庫に毎月のカレンダーを貼っている)ので、嫌でも自分の不出来な所とかがわかるからです。

わたしって意志が弱いなあと反省することが多いのですが、それでも4月に入ってからは毎日欠かさず少しずつの昇降運動は継続しています。
これがお菓子を食べるみたいに「止められない、止まらない」ぐらいに体に染みこんでいければいいのだけど・・・

なんとかまだ着ていない洋服が入るようになりたい!
その一心で続けます♪

コメント (8)

少しずつ少しずつ

2018年04月17日 | 母のこと
母の庭も少しずつ少しずつ・・・
ちらほらと緑が見えてきました。雪に埋もれて斜めになっていたプランターには菊の小さな芽がぴょんぴょんと伸びていて、斜めを元に戻し、土をかけてあげました。もちろん、母の指示でね。
わたしはそういうことは全然疎くて気がつかないけど、母が物置の窓を開けて庭を見たら、そこに無残にプランターが斜めになって見えて、わたしに出動命令が下ったというわけ。母は窓から顔を出し、わたしにあれこれと指示。プランターがまっすぐになるように下の石をならすことから始め次は根が見えそうになっている部分に土を探し、かけてあげることを指示。

娘のわたしは偉大なる(笑)母の指示には逆らえない。
なんといってもガーデニング○○年の年季が入っているものね。父はそういうことには疎くて、あっわたしは父に似たんだね。
逆に亡くなった弟が母とは趣味があっていたね。弟もガーデニングはよくやっていて、二人であぇでもないこうでもないと。母に頼まれてよく花の苗を買いに行っていた弟だった。可愛い草花を見る事も写真に収めることも好きだったね。

同じ姉弟なのに、趣味というか興味の対象が違うって面白いね。わたしは父に似ていたんだろうなあ。でも囲碁は出来なかったけど。
父がガーデニングには少しも興味がなかったので、母はまだ体が丈夫だった頃(といっても痛み止めが効いていただけだけど)レンガや土を自分で好きな風に使って裏庭と前の庭を自分なりに作り上げた。それが今では小さな草さえも取るのが困難になっている。どれだけ悔しいことだろう。
最近、母の口癖は
「今年も○○(母の妹)、来てくれるよな」だ。叔母は草取り大好きで、母のところに滞在している間、庭がきれいになった。母も嬉しかったに違いない。
その叔母がいつ自分のところに来てくれるのかと心待ちにしているこの頃だ。
それというのも、娘のわたしが不甲斐ないからだけど。草取りの仕方も分からない。これって覚える気がないからだろうね。今年こそはちゃんと覚えようと思っていたんだけど、母には全てお見通しのようで、叔母に期待をかけている。わたしは眼中に無い、頼りにならないと思っているようだ。

その叔母がいつやってくるか、首を長くして待っている。わたしも母も♪
遅すぎた春は、叔母と共にやってくるのかもしれない。

コメント (4)

久しぶりのサンドイッチ

2018年04月16日 | ほんのすこし
先日、深津絵里さんが出ているCMを見ていて。それがいつ見てもすごく美味しそうなサンドイッチで。
とうとう頭の中でサンドイッチがぐるぐる回り始めることに・・・

買い物に行った際、思わずサンドイッチ用のパンに手が出てしまいました。そして数本入りのキュウリも。深津絵里さんのは、玉子のサンドイッチだったなあと思ったけど。
キュウリは前の晩にうすくスライスして漬け物用の入れ物に。一晩寝かして朝に水を切る。ギュギュッと水気を取り、タッパーに。
玉子を厚く焼く。もう少し甘めに仕上げれば良かったと後で反省。

テーブルの上にしばらく上がったままのツナ缶を見つけたので、マヨネーズで味付け。余計な油を取ったつもりだけどマヨネーズを入れたら少し緩くなった。

この三種類でサンドイッチを。

で、毎回作った後に後悔するのがこのサンドイッチ用のパン。
もう! ぺったんこになってしまう。テレビだとふわふわで美味しそうなのに。
だから、サンドイッチ用じゃない普通のパンにすればいいのに、いつもつい手が出てしまう。懲りないわたし。

今度は絶対普通のパンにするぞ。

ま、味はそれなりに美味しかったので、許す(笑)

コメント (6)

悲しくて

2018年04月15日 | 朝のことば&つぶやき
※※※

悲しくてわたしの心は腫れ上がる
気球に乗ったあの方よりもさらに腫れ上がる
悲しいという心をどこか誰も知らぬ場所に捨てようと
気球の外へと身を乗り出してみたが
あまりの高さにへなへなとくずおれた
悲しさなどもうどこにもなかったよ

※※※

空があまりに高かったので
わたしは行き場所を探しあぐねてしまったのだ
誰かわたしというそのものを
探してくれはしまいかと
 
あれは何ということもなく
ふと
歩き始めた頃だった
わたしというもの自体が不安定で不確かで

不安だけが周りを囲っていた頃
それでも気勢を張って前に進もうとしていたんだよね

それが若さだというのなら
今はまだ許してもらえるかなと
甘い考えを抱いていたり

こんな言葉を見つけたよ

「年を取ると失うものがいっぱいありますが、一方で目の前にあるものの素晴らしさを感じ取る力が育ってくる」(鈴木秀子 文学博士)

うわぁ、そうなんだって
こんなわたしでも年を取ることで今までよりずっと感性が引き出されることがあるんだって
そう思えたんだ

そんな言葉に出会えた今日という日があったこと
嬉しいね

※※※

コメント (2)

大橋トリオ / 東京ピエロ feat.平井堅

2018年04月15日 | ほんのすこし
大橋トリオ / 東京ピエロ feat.平井堅


ずっと雨。
そんな今日はなぜか大橋トリオが聴きたくなる。この東京ピエロを聞くと娘のところに行った時に見てきた東京の町並みを思い出す。わたしの全然知らない人たちが動いていたなあ・・・

※※※

雨の中に溶けてしまいそう・・・

最近は運転中、ジュークボックスを選択して、車が選んだ?曲を次々と聴いている。その中でもサザンオールスターズの『真冬の蜃気楼』がお気に入り。何度もリバースを繰り返して聞いたり。

大橋トリオの『ハレルヤ』、探しているんだけどなかなか出てこない。こういうとき運転中ジュークボックスだと聞きたい曲がいつ出てくるかわからないから困るね。

大橋トリオ、一人でもトリオ。
不思議な人だなと思う。

桑田佳祐、声に色気があるというか、切なくなるね。

どっちも全然タイプが違うけど、今日わたしが聞きたい二人。雨の日、細い雨の間を歌がすり抜けていく。やがて降る雨が歌に溶けていく。辺りは湿り気を帯びて・・・そのやわい冷たさ、嫌いじゃない。

コメント

「気持ちいいね」

2018年04月14日 | 母のこと
火曜日、母の診察付き添い。市内といっても郊外だから車でもちょっと時間がかかる。
市内にある大きな総合病院はまだ新しい雰囲気が満載だけど、こちらはやっぱり年季が入った感じのする病院で、診察科目も三つだったかな。でも、小上がりの畳がいくつかあって、広く感じる造りが母と「いいね」と話している。
その日はCT検査も急に入ったので、いつもより時間がかかったけど、それでも午前中に終了した。
事務手続きを終え、車いすの母に
「ここで待っていてくれない? 車取ってくるから」と言って玄関先に運ぼうとしたら、母が指さした。

「あれ、いいよね」って。

指さした先にあった生け花。
「あらぁ。いいね~」
母をそこまで連れていった。

二人で眺め、感心しながら見入った。隣にもあった。



「こっちはスッと立っている感じで、器もそれに見合った感じだね」と母。
「そうだね~。この花器がまたいいね~。そっちはまた違った雰囲気で可愛らしいね」
「そうだよなあ。なんかこういうのがあると気持ちいいね~」
「気持ちいいね~」

ふたりでしばらく眺めていた。
ほんっと、気持ちいいほど綺麗な生け花だった。この病院、あちこちにこうした生け花が置かれている。誰か生け花をたしなむ方が職員にいるのだろう。花があるだけでこんなに和やかな気分になる。見つけたわたしたちは気分も上々。

病院に行って、気分いいねって言えるのもまたいいものだなと思った。
コメント (6)

この頃気になっていること

2018年04月14日 | ほんのすこし
このブログを始めた早い時期からずっとお互いに読者であり続けていた方がいます。
今年に入ってから、ずぅっと更新が途絶えています。いつもだと足跡もあったりするのですが、それすら何もなく、何度訪問しても変化ありません。一体何があったのかと訝しんでいるのですが、音沙汰無しでは何もできません。
こういうとき、ブログ繋がりだけというのは寂しいものですね。更新があればお元気だとわかるのですが、どこか具合が悪くて入院されているのかしら、とか。でも入院されていてもスマホとかで短い近況報告ができるんじゃないかしら、とか。
でも、そういうことも出来ないほどの状態なのかしら、とか。
そういう悪いことをあれこれと想像してしまったり。

これが実際に会える方だったり、電話できる方だったりすれば、様子がわかるのでしょうけど。残念なことにブログ繋がりでは何もわからず。

ブログが閉鎖されていないから、また再開するつもりでそのままなのかなあ。
突然、具合が悪くなったということなら大変だなあ。
たぶん、同い年だと思うその方、大丈夫かしらとこのところ毎日思い出すのです。

わたしも何か突然具合が悪くなったりしてここがそのまま、ということになることがあるかもしれない。せめて短いお知らせぐらいは載せておきたいと思うのだけど、これだけはその時になってみないとわからないこと。
どうかお元気ですように・・・

※※※

天候不順な毎日。天気が良くなったり雨で寒くなったり。
それでもコタツは昨日片付けた。コタツがあると部屋が狭くてね。おかげでスッキリ。パソコンも大きなテーブルの上に持ってきた。でもこれも後二週間したら元の小さいテーブルに移動する予定。それまでプチ模様替えを楽しもう♪
服の整理も徐々に。もう入らない(と思われる)服を出して母のところへ。叔母が来たら検討してもらう予定。駄目なときは処分だね。
後はほんとに種々雑多なものがある。どれも細かく見ていくと、処分できるかどうか悩むことだらけ。でもホントにあと一年を切ったからね。物はなるべく少なくしないと。

※※※

今年は次から次と家族に変化のある年。
わたし自身よりも周りにね。あまり心配せずにうまく行くことを祈ろう♪

※※※

コメント (2)