ロシアのウクライナ侵攻はスポーツ界にも影響を及ぼしていて、ロシアやベラルーシが国際大会に参加できない競技もあるようです。テニス界では国は示されませんが個人としてロシアやベラルーシ国籍の選手は参加できることになっています。ところが最もテニス界で権威があるウィンブルドンは今年の大会でロシアとベラルーシの選手は参加を認めないことを発表しました。国のテニス協会ではなく、あくまでもプライベートなテニスクラブが主催する大会です。こうした思い切ったことがクラブの一存で可能なのがウィンブルドンです。
ただこれに対してATPとWTAが反発しました。一部の国の選手が参加できない大会はポイント制度で競われるポイントランキング制度に不公平が生じるという理由で、ウィンブルドンにはポイントを付与しない、すなわちウィンブルドンで優勝しようが世界ランキングには関係がないという対抗措置を取るというのです。これは政治とスポーツの間で常につきまとう矛盾がぶつかり合った典型的な事例です。
どちらの考え方にも一理あります。どちらの立場を取るかは個々の判断で分かれることでしょう。ウクライナ人にしてみればウィンブルドンの措置が当然であり、なぜ全大会からロシアとベラルーシの選手を締め出さないのかと考えることでしょう。しかし国家と個人は別だと考える人もいますし、中にはロシアの立場を支持する人もいるでしょう。欧米がウクライナ支援一辺倒なのに対して、中国はもちろんアフリカやアジア、中南米などではロシア側に立つ国もあるのです。
こういう微妙な問題に対して余計なことを言ったのが大坂なおみでした。「ポイントがつかないウィンブルドンはエキシビションに感じる」と全仏オープンの敗退後のインタビューで発言し、だからウィンブルドンには出ないかも知れないと欠場を示唆しました。足を故障して調子が上がらず、もともと一番苦手なウィンブルドンをスキップする可能性は高いと思っていましたが、それをポイント制度のせいにし、しかもウィンブルドンの権威にケチをつけるような発言は余計な反発を買うだけで何の良いこともありません。
ウィンブルドンに出ないなら故障が治らないかも知れないからわからない、で済むことですし、せめてきちんと国家と個人の問題について自分の考え方を示してウィンブルドンの措置に反対だから欠場するという理知的な発言なら一定の理解もされるでしょう。出ない理由をポイントのせいにするというのは、あまりにも視野が狭くて自分のことしか考えていないと言っているのに等しく、発言として幼稚です。10代のポッと出の選手ならまだしも、4つのグランドスラムタイトルを持ち女子選手で一番の収入を得ているテニス界を代表する選手だという自分の立場を理解していないと言わざるを得ません。
当然イギリスを中心に反発が起きているようです。イギリスのアンディ・マレーは大坂の発言を念頭において「ウィンブルドンは決してエキシビションではないし、エキシビションのように感じることはない」という趣旨のことを述べています。僕もそう思います。ポイントなど突き詰めれば選手の内輪の話、業界内の話であって、ファンには本来は関係ないことです。そこに最もクラシックな格式と伝統を誇る大会があって、その美しいコートで素晴らしい選手たちが一流のプレーを見せてくれれば十分です。
大会の格とか権威とか人気とかは賞金額やポイントで単純に決まるものではありません。ファンと選手が長年かけて作り上げるものです。いろいろ批判があっても日本で甲子園の高校野球と箱根駅伝の人気が高いのと同じです。ポイントがつこうがつかなかろうが、今年の優勝者はやはりいつもと同じウィンブルドンチャンピオンだと思います。