幹事クリタのコーカイブログ

テニスをはじめあれこれ好き勝手書いています。「幹事クリタのコーカイ日誌」のブログ版です。

「負け神さま」に取り憑かれた

2011-04-30 02:40:11 | テニス
 GWに突入して僕もテニス三昧な日々を送ることになったわけですが、昨日のテニスで久しぶりに「負け神さま」に取り憑かれてしまいました。「負け神さま」は僕がいつも言っているだけで、決してテニス界やスポーツ界で認知されてはいないと思いますが、まあ何をやってもうまくいかない「ツイてない日」に「負け神さま様に取り憑かれた」と表現しています。

 昨日のサークルで、いつものようにダブルスゲームをやっていたのですが、5試合中4試合がマッチポイントを握りながらの逆転負け。トータルで7、8本くらいあったマッチポイントを全部落としました。そもそもサークル内で1勝4敗という成績も年に1回あるかないかの酷さですが、これだけ際どいところまで競って挙げ句に負け続けたというのは記憶にありません。

 冷静に分析・反省をすれば、マッチポイントを握って大事にいこうとしてプレーが消極的になってしまったのが敗因かとは思います。自分から攻撃的にポイントを取りにいかず、相手のミス待ちをしてしまいました。それが結局マッチポイントを逃しただけではなく相手に流れを渡してしまい逆転負けを呼んだのだろうと思います。

 ただそれは結果として負けたからそう思うだけで、過去には逆に調子に乗って無理して攻めてポイントを落とし流れを変えてしまったこともありますし、相手がミスが続けているのだからディフェンシブに戦って着実にポイントを取ったこともあります。全ては結果論に過ぎません。どうすれば正しかったのかなんて本当のところは誰にもわからないのです。

 だから、こういう微妙な勝負の綾のところで負け続けた時は「負け神さまが憑いてしまった」と考えて切り替えた方が良いと思っています。今回は運がなかっただけ、次は「勝ち神さま」が憑いてくれるかも知れません。むしろサークル内でのゲームのように、本質的には勝っても負けてもどうでも良い場面で「負け神さま」を接待しておいた方が、大会などで悪さされなくて良いような気がします。

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打てなくても3位

2011-04-29 01:21:45 | 野球
 12日に開幕したプロ野球もようやく10試合を過ぎて少し上位下位の差が開いてきました。相変わらず混戦のパ・リーグに比べて、セ・リーグは好調のチームと不調のチームの差がはっきりしています。

 好調なのはヤクルトと広島。ヤクルトは開幕からしばらく勝てなかったのが嘘のような快進撃で9連勝。とにかく打線が絶好調です。ベテラン宮本は4割を超えているし、打率2位の畠山もリーグトップタイの6本塁打。田中、青木、川端、バレンティンと軒並み3割は軽く上回っています。投手陣も好調で9連勝しているのも頷ける内容です。今年のヤクルトはセ・リーグ3強に割って入るとは思っていましたが、ここまでスタートダッシュに成功するとはという感じ。

 いかにも好調なヤクルトに比べて、広島は渋く勝って2位につけています。僕が子どもの頃から「カープは鯉の季節まで」と言われていて、本当に春は調子が良いチームですが、それにしても今年は接戦を際どくモノにしている印象。8勝の内、2点差が5試合、1点差が1試合と6試合は競り勝ちです。個人で目立った選手はいないのですが、抑えのエースのサファテが6セーブと見事な守護神ぶりを見せています。

 セ・リーグ3強では巨人と中日が貧打に泣いています。ただこの両チームを同一視はできないと僕は思っています。巨人のここまでの相手は、ヤクルト5試合、広島3試合、阪神3試合。好調なヤクルト、広島とずっと対戦してきて、不調の中日、横浜とはまだ対戦していません。特にブレーキになっているのは主砲小笠原で、彼の絶不調がここまで苦戦を強いられてきた原因です。ただ飛ばないボールと東京ドームを使えないという条件も、巨人には不利でしたが、今後東京ドームで試合をするようになれば持ち直してくる可能性は大です。

 巨人と反対に中日は横浜6試合、阪神3試合、ヤクルト3試合。特に最弱である横浜相手にこれだけ対戦を重ねながら凡打を繰り返しているというのは、いかに打線全体が不調かを物語っています。谷繁が3割を超えているだけで、後は軒並み2割前後。ピッチャーに打たせた方が打つんじゃないかというほどの低打率で、チーム打率も2割ちょっとです。それでも3位にいられるのは本当に横浜の弱さのお陰です。

 パ・リーグに去年同様ボコボコにやられるであろう交流戦までに、できるだけ貯金を作っておきたいのはどのチームも同じ。中日はようやく和田とブランコに当たりが出てきたようなので、後の不安は岩瀬でしょう。本当なら浅尾こそ抑えに相応しいと思うのですが、岩瀬の実績と経験とプライドを考えると配置転換は難しいところです。もしかしたら今年は岩瀬と心中するつもりで落合監督はいるのでしょうか?ファンとしても、これまでの岩瀬の守護神ぶりを思うと複雑な心境ですが、球団初の連覇もかかっていることですし、やっぱりどこかで切り替えなくてはならないんじゃないかと思います。

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拡大・上昇志向が乏しい性格だと思う

2011-04-28 09:15:20 | 日記
 うちのテニスサークルは26年も続いています。僕が25才の時に立ち上げて以来、26年間「永久幹事」として面倒を見てきました。サークルの参加人数は当初は数人でしたが、次第に増え続け21世紀になる頃には50人以上のメンバーがいましたし、他のサークルとも交流を深めていました。

 そのままいけば僕はサークルをもっと巨大にし、また名古屋地区のテニスサークルを連携させて「インターサークル連盟」を作ってそのドンにおさまることも不可能ではありませんでしたが、そうはしませんでした。むしろある時期から縮小する方向に進み、サークルの適正人員は40人くらいまで、1回の練習に参加する人数は20人そこそこがちょうど良い、と考えてマイナス方向に調整しました。他サークルとの交流も深入りせずにいたら、いつの間にか他のサークルも活動を停止したりしていて、今ではあまり交流もしていません。

 他にも似たようなことを過去に随分いろいろしてきました。大きく広げていく、また自分がさらに上の立場に就く、そういう機会は幾度もあったし、やろうと思えばできることもたくさんありましたが、ことごとく僕はそれをスルーしてきました。会社ですら出世する気がありません。「そこそこ」「ほどほど」が好きで、自分のキャパシティを超えそうな時は未然に防ぐように立ち回ることが習慣づいてすらいます。

 ツイッターを始めた時もフォロワーを増やす手段はすぐに思いついたし、やろうと思えばフォロワー1万2万なんて簡単だろうとわかっていましたが、敢えて1000人くらいという目標を立てて実際いまは1000人を超えたところからあまり増えていません。

 フェイスブックも友達50人そこそこで良いんじゃないかと思っています。知り合いの中には何百人も友達がいる人がいますが、僕はそんなたくさんはとても必要ありません。僕にとって大事なことは何事も「量より質」であって、自分の「楽しい」と思える「手の平サイズ」の規模こそが理想です。

 こんな人間ですから、とても社会的に大成功を収めたり、金持ちになったりはしません。地位も名声もお金も自分のコントロールできる範囲内にとどめておきたいので、上過ぎてもダメなのです。元気に金儲けに奔走したり、自分の手柄話をあちこちでしたり、まるで政治家のようにちょっとしたことで知り合った人でも全部自分の仲間に取り込もうとしたりはできないし、しないし、する気にもなれません。昭和時代はこういう上昇志向のない生き方ってなかなか理解されなかったのですが、最近は随分と理解者も増えて楽になってきました。

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GWは限界にチャレンジする

2011-04-27 01:24:22 | テニス
 今年もゴールデンウィーク(GW)が近づいてきました。今年はなかなかラッキーなカレンダーで祝日が全く土日に重ならないムダのなさ。3連休、3連休、連休ですが、2日と6日を休めば何と10連休!メーカーなら当たり前かも知れませんが、カレンダー通りに働く業界では滅多にない大型連休になります。

 もっとも僕は2日も6日もすでに仕事が入っていてカレンダー通りにしか休みませんが、休日出勤がないだけマシだと思うことにしています。それにどうせGWは遠出しないことに決めています。まだ子どもが小さかった頃は、連休はどこかに連れて行かなければという強迫観念にとらわれて出かけたりしたものですが、どこに行っても人だらけのクルマだらけで大変な目に遭いました。駐車場に止められないどころか、駐車場までの道が大渋滞ですし、そもそも高速道路のインターチェンジにさえ渋滞にはまってたどり着けないのですから、予定なんて立てても全然予定通りになりません。

 子どもが成長にするにつれて家族サービスなんて放棄。家でゴロゴロとテレビ見てマンガ読んでゲームしてというダメオヤジぶり。せいぜい家族揃って外食したりするくらいにとどめて、後はテニス三昧のGWになっていきました。まあテニスコートも、家族連れが遊びに来るような公園の中にあるところだと、混雑してクルマも止められず大変なことになってしまいますが。

 今年のGWはちょっと意図的に限界までテニス漬けを試みてみようと考えています。いつもそうじゃん、と家族には突っ込まれますが、今年は本当にスゴイです。29日、30日、1日、2日、3日、5日、7日、8日。テニスしないのは10日間で2日だけです。内訳はサークルが5回、スクールが1回、山本プロとの練習会が2回。最初に5連投、後は中一日で最後にまた連投というまるで甲子園の優勝投手ばりの超ハードスケジュール。挙げ句に今夜もプレGWとしてダブルヘッダーでテニスするつもりなので、きっと肩を壊してプロ野球に行けなくなるタイプです。

 真面目な話、50才のオヤジがこれだけ学生の部活のようにハードにテニスやれば、めちゃくちゃ上達するか、それとも身体を壊すかの2択のような気がしますが、こんなバカができるのも今の内だけのような気がするので、上達する方に賭けてチャレンジです。上達した先に何があるわけでもないので、あまり意味のある賭けではないですが。
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フェイスブックの「友達」になるルール

2011-04-26 01:11:40 | ネット・PC
 ここのところ以前よりもフェイスブックを見ています。ツイッターにおける震災直後の情報収集の圧倒的な速さに改めて感動し、ここ1ヶ月以上ずっとタイムラインばかり眺めていたのですが、そろそろそれも疲れてきたので、気分転換にフェイスブックをまた覗き始めたら、どんどん友達が増えてきて楽しくなってきました。

 本当にこの1~2ヶ月の間にフェイスブックを始めた人が周りに増えました。あの人はやってるんじゃないかと思って検索をすると、かなりの確率でヒットするようになってきたのです。面白くてどんどん見つけてしまうのですが、調子に乗って友達申請をするのはちょっと思い止まっています。

 と言うのも、僕がフェイスブックをしていることを知っている人はブログを読んで多いと思うのですが、それでいて友達申請してこないということは、実は向こうは友達になりたくないのではないかという気がするからです。それは考え過ぎで、単に向こうも探すのが面倒だからとか、あまり見ていないだけかもとか、そう言い聞かせて友達申請をしたら、ちっとも認証してくれなかったり、時には断られたりして、そうするとこれは結構痛いというか、心が折れる思いがするので、だんだん慎重になってきてしまいました。

 そこで自分の中でフェイスブックの友達になるルールを決めることにしました。まず会ったことがない人は友達にならない。ツイッターなら良いけど、フェイスブックではリアルに会ったことがある人だけ友達になるということにしました。ただし長年ネット上で付き合いがあり気の合う人は例外。次に自社の人間は友達申請しない。向こうから言われたら考えるけど、こちらからは言わないことにしました。ただし会社の人間でも仕事以外の趣味でつながっている仲間だとか、もしくはもう退社した人だとかは例外。毎日会社で会う人間はよほど親しくない限りは敢えて友達にする必要はないかなと思います。

 逆にこちらから積極的に友達申請するつもりなのは、テニス仲間と学生時代の友人。まだサックスの仲間がいないのが残念ですが、そのうちもっとサックスが上達したら音楽仲間も増えたら良いなと思っています。以上のルールの根底にあるのは、仕事を離れた付き合いができるかどうかということです。30年近く仕事をしてきて、仕事関係の人脈はそれなりにありますが、これからの人生に必要なのは仕事を離れた、会社という看板のない世界での人脈。会社を辞めても付き合っていきたい人をフェイスブックでは友達にしたいなと考えています。

 もっとも、先に書いたように、こちらがそう思っていても、向こうも同じように思ってくれるかどうかは別問題なのが痛いところ。知らない人ではなく、ちゃんと知っている人から断られたり無視されたりするのは結構辛いです。もちろん何らかの事情があって「今は無理」と説明されればまだ納得しますが、それにしてもフェイスブックは僕のような傷つきやすいナイーブな人間には存外厳しい世界です。

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失敗を見たくなかった若い頃

2011-04-25 01:29:56 | 音楽
 いま名古屋で公演している劇団四季のミュージカル『人間になった猫』を見てきました。ファミリー向けの内容なので、子連れがいっぱい。観客の3分の1は子ども?と思うくらいでしたが、ダンスや歌はちゃんと四季クオリティなので、大人でも十分楽しめました。

 昨日もライブの話を書きましたが、ここのところ、こうした興行に足を運ぶ機会が増えています。「ここのところ」というのは、この1~2年くらいのこと。僕は若い頃は「生もの」が苦手でした。芝居よりは映画、コンサートよりはCDという「パッケージ派」で、その場で演じられる興行からはなるべく遠ざかっていました。

 なにがイヤだったかと言うと「失敗」を見るのが怖かったのです。映画やCDには失敗がありません。完成品として提供されているのですから、安心してじっくりと鑑賞することができるのですが、芝居やミュージカルやライブは「失敗するんじゃないか」とドキドキするし、またちょっとしたアクシデントが起きた時の劇場全体に漂うザワッとした感じがイヤでした。余計なことに気を取られてしまうので落ち着かないのです。小さなライブハウスなんてもってのほかで、あんな間近で失敗した人を見るなんて耐えられませんでした。

 なんとも神経質というか過敏というか、良く言えば感受性が強い若者でした。そもそも「失敗前提」で考えているのが失礼な話ですが、これは自分自身が失敗することを極端に怖がるタイプだったから、人の失敗も見たくなかったのだと思います。失敗に目が行き過ぎて、他が見えなくなってしまうのです。

 当然のことながら年齢を重ねるごとに、どんどん人間が図々しく鈍感になり、失敗を恐れるような臆病さも鋭敏さも少しずつ減っていきました。20代では一度も行かなかったミュージカルも、30代後半から足を運ぶようになり、誘われればコンサートやライブにも行くようになりました。シルク・ドゥ・ソレイユなんて、昔なら本当に失敗ばかりに目がいってしまって心臓に悪かったと思いますが、今は平気です。

 そしてサックスを習い始めたのが転機となって、最近ではむしろ自ら積極的に小さなライブハウスにも足を運ぶようになりました。自分が人前で演奏をし、失敗をするという経験をしてから、人の失敗が怖くなくなったどころか、勉強させてもらおうとさえ思っています。誰でも失敗します。だから失敗を恐れてはいけないということをサックスを始めてから学びました。この年になって学ぶようなことかと思いますが、頭で理解していることと、実際に身体で感じることは違います。

 あと2ヶ月でホールでのサックスの発表会です。考えただけで緊張しますが、失敗を怖がらなければ何とかなるかなぁと思います。少なくとも失敗したことでの落ち込みは、昨年よりは軽く済みそうです。

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ツインボーカルのジャズライブ

2011-04-24 01:59:34 | 音楽
 先日の木曜日の深夜。翌金曜日にあるプレゼンのための準備をしていました。と言っても、昔ならプロダクションに詰めてやっているところですが、今は家にいてもメールにpdfファイルを添付してもらえればできるので楽なものです。

 そのバタバタしている深夜3時近くに、会社の後輩のY口からいきなりメールが届きました。何事かと思ったら「明日(と言うか今日)の夜のライブを見にきてくれませんか?」というお誘いでした。前にも何回か書いていますが、Y口は平日はCMを作っていますが、休日はプロのジャズボーカリストとして活躍しています。僕も数回彼女のライブは見に行っていて、前回はギタリスト小沼ようすけとのライブでした。ただいつもはそこまで積極的に勧誘はされないのですが、その日のライブは本人的に超お薦め!という内容らしく、そう本人に言われたら期待しちゃうし後輩だし行くしかないなと思ってOKしました。

 プレゼン準備のため寝不足で少々眠かったのですが、金曜日の夜7時過ぎに名古屋新栄のライブハウスに向かいます。着いたらすでにお客さんがかなり入っていて、一人客の僕はカウンター席に案内されました。両隣も一人客のオヤジ。左隣は30代でウーロン茶、右隣は50代でボトルキープしている常連のようです。僕のすぐ後ろにはプレイするはずのY口たちがまだ座っていて談笑しています。なんか、自分でもこんなライブハウスの片隅のカウンターに一人で座ってビールを飲んでいるなんて「俺もオトナになったなぁ」なんて思います。50才の言うことじゃありませんが。

 開演予定の7時半直前にY口に「そろそろ?」と聞いたら、「まだ身長2mのリーダーが現れないんですよ」とのこと。なんじゃそりゃ、と思っていたら、本当にでかい黒人が入ってきました。早速メンバーがスタンバイして演奏が始まりました。2mの黒人はドラムの前に座って本当に軽い感じで叩き始めます。いかにもジャズドラマーというリラックスした軽快なノリ。僕が座っているカウンターのすぐ横にドラムセットが置いてあるので目の前で彼のプレイを見ていたのですが、オーラがあってただ者ではないことはすぐにわかります。

 この日のメンバーはドラムの他にベースとピアノ、そして珍しい男女ツインボーカル。女性ボーカルがY口です。ジャズのボーカリストというと女性ばかりが目立っていて、男性は本当に希少だと思いますが、相方の男性ボーカルがちょっと中性的で線が細そうで大丈夫かいなと思って見ていたら、これがなかなか良い。華があるボーカルで、スキャットが巧い。いや、ド素人がそんなわかったようなことを書くのは気が引けるのですが、とにかく予想を上回る収穫であったことは確かです。

 またY口とのコンビがまた絶妙です。Y口はどちらかと言うとスローな曲でしっとりと倦怠感を漂わせて歌うタイプだと思っていたのですが、今回は掛け合いで結構テンポのある曲を歌い、会場を盛り上げたりといつもとは違う雰囲気で「ああ、こういうスタイルもあるんだ」とちょっと新鮮でした。

 1時間半ほどの1セット目が終わったところで帰ったのは、寝不足で疲れていたのと、両隣がヘビースモーカーで辛かったせいもあったのですが、十分にプレイは堪能できました。ちなみにこの日のライブは「Tommy Campbel Vocal-eyes Session Band」。メンバーは伊藤大輔(vo)山口有紀(vo)箭島裕治(b)ヒロモロズミ(p)トミー・キャンベル(ds)でした。トミー・キャンベルはソニー・ロリンズ、マンハッタン・トランスファーなどのレコーディングやツアーに参加したドラマーで今は日本在住。迫力あるドラムとツインボーカルのこのバンドは、これから日本各地をツアーするらしいので機会があったら行ってみてはいかがでしょうか。

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スーちゃんの訃報

2011-04-23 03:01:13 | テレビ・芸能
 昨日クライアントに行った時の雑談。クライアントの40才手前の男性から、「キャンディーズというのはどういう存在だったのですか?」と聞かれました。彼は僕よりも一回りくらい下なので、1970年代のキャンディーズ黄金時代はまだ幼稚園~小学生。名前は知っていてもよく覚えていないそうです。仕方なく、と言いつつ、歌謡曲マニアの僕は当時のアイドル状況について熱心に語ってしまいました。

 僕の中ではキャンディーズというのは天地真理、南沙織、麻丘めぐみ、アグネス・チャン、浅田美代子らが築いた「アイドル」というジャンルに「グループ」という形式を提示した最初の人たちです。アイドルをどこから定めるかは諸説あると思いますが、僕の中では女性アイドルは天地&南以降だと考えています。そして、グループ形式の女性アイドルの原形はザ・ビーナッツではなくキャンディーズです。

 その後、ピンクレディーの爆発的人気に食われてキャンディーズの人気はジワジワと下降線を辿りますが、あの衝撃の「普通の女の子」宣言によって再燃。以降、後楽園球場でのラストコンサートまで一気に突っ走るわけです。女性アイドルの引退による人気盛り上げという「メタアイドル」的手法もキャンディーズが最初です。そういう意味では今のAKB48の源流をたどればキャンディーズにいきつくということになります。

 キャンディーズと言えば作家・山口瞳の名言(?)が思い出されます。「スーちゃんを妻にし、ランちゃんを愛人にし、ミキちゃんを秘書にしたい」。まあ男の勝手な欲望という部分は置いておいて、キャンディーズの3人の個性を見事に一言で表現しています。美人で人柄が良さそうなスーちゃん(田中好子)、色っぽくて男を惑わせそうなランちゃん(伊藤蘭)、スマートで頭の良さそうなミキちゃん(藤村美樹)。個性的な3人がひとつのグループにいてこそのキャンディーズでした。

 僕は当初はスーちゃんが好きでした。キャンディーズのデビュー当時はスーちゃんがセンターだったのも、彼女が一番可愛らしくて正統的な美人だったからでしょう。その後、ランちゃんがセンターになってキャンディーズはブレイク。時代はより個性的な女性を求めていたのです。僕もその頃には10代後半になっていて、ランちゃんの魅力もおぼろげに理解できるようになってきました。そして大人になってからはミキちゃんが一番好みになりましたが、三者三様の魅力はもちろん理解しています。

 スーちゃんはキャンディーズ解散後、女優として着実な足取りを続けていました。近年のお母さん役は安定感があり、今後は孫をもつ品の良いお祖母さん役もそろそろかなと思っていたのに、まだ55才という年齢で逝ってしまいました。これは先に書いたように天地真理以降のトップクラス女性アイドルの初の死です(岡田有希子のような例外を除けば)。今後は年とともに少しずつこうした訃報が増えてくることでしょう。同年代を生きた人間として寂しい限りです。

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誤審は「仕方ない」のか

2011-04-22 00:57:28 | 野球
 一昨日の甲子園球場での阪神-巨人戦、7回裏の阪神の攻撃。阪神が3-2と勝ち越した後の2死一、三塁で、ブラゼルの内野後方へのフライを巨人のセカンド脇谷がファンブル。一塁の土山塁審は捕球したと判定、真弓監督は落球していたとして猛抗議しましたが結局覆らず、この回の阪神の攻撃は1点どまり。後で巨人に逆転を許して阪神は負けを喫しました。

 テレビのカメラは脇谷が落球している様子をハッキリ捉えており、明らかに誤審。この試合を左右するようなジャッジを巡って、阪神はリーグに要望書を出すそうですが、正直いまのルール上では審判の誤審も「想定内」なので仕方ないとしか言えません。日本ハムのダルビッシュもツイッター上で「審判も人間、ミスもある。仕方ない」と呟いていました。

 選手の立場からしたら、確かに誤審にいつまでも拘っていても「仕方ない」でしょう。覆らないことに拘泥せず、気持ちを切り替えて戦うのが一番だと思います。ただファンは「仕方ない」で済ます気持ちにはなかなかなれません。特に負けた阪神ファンにしてみれば「また巨人贔屓のジャッジか」という憤懣やるかたない気持ちになりますし、こういうことが繰り返されればプロ野球の人気に影響を及ぼすと思います。

 運営側はこうしたファンの気持ちを汲み取って、「仕方ない」ではなく、極力公正でミスの少ない、またミスがあっても訂正されるようなシステムを考える必要があると思います。戦う選手同様に「誤審は仕方ない」と開き直られたらファンは怒ります。基本的には誤審はあってはいけないこと。ゲームを楽しむために大事なのはフェアであることですし、明らかな誤審を正さないのはフェアではありません。

 ダルビッシュの言うように、人間だからミスは起こります。問題はそのミスをどうリカバリーするかです。一番簡単なのは6人制審判の復活。ただそれでも「人間だからミスをする」というのなら、「ビデオ判定」の導入でしょう。以前すったもんだがあった挙句に本塁打の判定だけはビデオが導入されていますが、今回のような微妙なプレーでもビデオ判定を取り入れれば良いだろうと思います。

 もちろん「誤審」も含めてゲームのうち、という考え方もあります。なんでもかんでも機械に任せるのが本当に良いのかというのもわかります。ただテニスの「ホークアイ」のように、基本的には人間がジャッジをするけれど、人間の目でも見極めきれないような場合は機械も使った方がプレーする側も見る側も納得性が高いでしょう。今回の誤審は特に審判の位置からは見えないところでのプレーでした。だからこそ、ビデオ判定を採用すれば良いのだと思います。すでに本塁打の判定には導入しているのだし、それほど抵抗感が強いとは思えません。それにこれ以上プロ野球の審判は「巨人贔屓だ」と言われるのもイヤじゃないでしょうかね。

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「こっそり」ブログ書いて14年半

2011-04-21 00:39:06 | ネット・PC
 一昨日書いたように、テニス仲間や高校の同級生などがかなりフェイスブックに参入してきているので「友達」が少しずつ増えてきています。ツイッターのフォローと違って、フェイスブックの「友達」は実際に会ったことがある人だけにしようと思っているのですが(会ったことがなくても長年ネット上で付き合いのある人は例外)、ようやくある程度のボリュームになってきたし、これからも増えていきそうなので、この「コーカイ日誌」の更新報告をフェイスブックでもしてみました。ちなみにツイッターにはもう随分前から更新報告をしています。

 すると同じ高校の同期から「こっそりブログしてたんですね」と言われてしまいました。「こっそり」と言われて思わず笑ってしまいました。いや、こっそりしていたつもりはないんですけど、知らなければ「こっそり」ブログ書いているなんて思われてしまうんだなぁと思って。

 もともとがテニスサークルのサイトのひとつのコンテンツとして始めた「web日記」なので、実名で書いていますし、周りの誰にも書いていることを隠していません。家族や親戚は読んでいないようですが、サークルのメンバーはもちろんのこと、会社の同僚、取引先、学生時代の友人、テニス関係者など、頻繁に会うような人も読んでいます。リアルな友人知人の間での閲読率は結構高いと思うので、そういう意味では全く「こっそり」ではありません。

 もっともアクセス数はたかだか1日1000pv程度ですから、アルファブロガーと呼ばれる人たちから比べたら確かに「こっそり」と言われても仕方ないレベルでしょう。ただ、この「コーカイ日誌」を書き始めたのは1996年9月。すでに14年半を超えました。ほぼ毎日15年間そこそこのボリュームで書き続けているというのは、日本でもそれほど多くはないかもと思います。細く長くが取り柄です。「こっそり」目立たないからあまり炎上とかもしませんしね。

 なるほど、「こっそり」書いているのが、これだけ続いた要因かと思わず自分でも納得してしまいました。そう考えると「こっそり」も悪くありません。これからも「こっそり」書き続けていきますので、いつも読んでくださっている皆さんも「こっそり」お楽しみください。

*追記:14年半続けているのはHTML版「コーカイ日誌」です。同内容ですが、こちらのブログ版はまだ1年半なのであしからず。

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