はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

クサガメ

2008-05-26 21:38:47 | はがき随筆
 7歳と5歳の兄弟が、ウオーキング中の私を呼び止めた。米ノ津川の中州の横にできた水たまりの石で、クサガメが甲羅干しをしている。
 カメは捕りたし、川へ降りるのは怖い。いがぐり頭の2人の目が、私に助成を頼む。怖がる兄弟を励まして近づくと、クサガメはいち早く水たまりへ。
 「そっちだ」「こっちだ」と2人は歓声を上げて追い回す。30分の格闘の末に捕獲した兄弟は「カメ捕ったどー」。高々と掲げた。
 服が水浸しで「ママは怒るけど、カメ捕ったもんな」と兄。カメと兄弟が首をすくめた。
   出水市 道田道範(58) 2008/5/26 毎日新聞鹿児島版掲載

黒猫ミロリン

2008-05-26 07:32:26 | はがき随筆
 十数年前のことである。
 長女の婚約者が母上と来訪。夫、義姉もまじえ、初対面ながら会話がはずんでいる。安心して応接間と台所を往復。一段落したので仲間に入れていただこうとして、すっとんきょうな声を上げてしまった。「ミロリン、あんたいつ来たの?」
 母上「さっかあ、こけおじゃんど」。義姉「んだもう、真っ黒けで気がつかんじゃったが」。黒いソファ、婚約者と母上との間に、黒猫がすましていたのである。いっそう座がなごんだのは、ミロのお手柄。
 思い出の中のミロにほおずりしているわたしである。
   鹿屋市 伊地知咲子(71) 2008/5/25 毎日新聞鹿児島版掲載

信州の叔父

2008-05-26 07:25:34 | はがき随筆
 父の兄弟は5人。5月の連休に叔父が娘夫婦と信州からやって来た。前回会った母の葬儀から15年余の歳月がたっている。
 空港で出迎えた私に握手してきた叔父は、髪が白くなっていることを除けば、まるで時が止まっているかのよう。幼い時から耳が不自由だった分、神様が若さを与えてくださったのかもしれない。
 おばの手料理に「うまいだよ」と目を細め、初めての砂むし温泉や、にぎわう篤姫館を楽しんでいた。
 父の兄弟でただ一人元気な叔父は、82歳。また遊びにきてほしい。
   鹿屋市 藤崎能子(56) 2008/5/24 毎日新聞鹿児島版掲載

最後の法要

2008-05-26 07:24:49 | はがき随筆
 春の優しい日差しが、お経を読む住職の肩越しに仏壇を照らす。
 49年前、父と兄が相次いであの世に逝ってしまった。残されたものの悲しみは深く、生活は苦しくなった。つらかった青春期の思いでにふけっていると、庭でウグイスが鳴き始めた。数羽の掛け合いが現実に引き戻す。
 住職が「五十回忌を迎える家は、遺族が長生きをしている証し。また親族が会えたことも、ご先祖と仏様のお陰です」と説く。……合掌。2人の最後の法要を終え、遺影を見ると、いかめしい顔の父と、ジェームズ・ディーン似の兄が笑った。
   出水市 清田文雄(69) 2008/5/23 毎日新聞鹿児島版掲載

大事なものは

2008-05-26 07:14:57 | はがき随筆
 先日、東京にいるめいと電話で話していると突然「孫と子どもとどっちが大事は?」と聞かれた。一瞬ぐさりと胸を突かれた思いだった。同じ街に住む娘と時折そんな話をするのだろうか。
 娘が小学生のころ「兄ちゃんばっかり」と言ったことがあった。見渡せば部屋には息子の写真の方が多かった。指摘されてがく然としたのだった。第2子の宿命と言えば親の勝手だが、微妙に娘は感じていたのだろう。そして小さな胸を痛めていたのだろう。ずいぶん返事が遅くなったけど、孫と比べるものではないけど、めいから伝えてほしい。「あなたが大事」と。
   薩摩川内市 馬場園征子(67) 2008/5/22 毎日新聞鹿児島版掲載

健やかに

2008-05-26 07:07:44 | はがき随筆
 「お元気ですね。お若いですね」と声をかけられると、お世辞でも悪い気はしない。せめて気持ちだけは前向きにと心がけてはいるが……。
 喜寿の夫、古希の私。夫婦共通の、健康維持の源は数十年来続けている日々外気に触れての心身のリフレッシュ、我が家特性の健康生ジュースを毎朝欠かさない生活習慣のさりげない暮らしにあるのかもしれない。
 夫は相変わらず1日10キロが目標のウオーキングにいそしみ、私はグラウンドゴルフでいい汗をかく。継続することで、衣服のサイズが変わらない「経済的相乗効果」がうれしい。
   鹿屋市 神田橋弘子(70)2008/5/21 毎日新聞鹿児島版掲載

今年の桜

2008-05-26 07:00:21 | はがき随筆
 鹿児島では平年より2日遅れて開花と控えめに報じられた紙面に、東京の桜は写真入りで開花とあった。そんな日に河津桜の苗10本を植樹した。冒頭の記事のように、ソメイヨシノでは全国にアピールできない。温暖な地に移り住んで、ここから発信できる”目に見える”暖かさをずっと思い描いていた。
 たまたま携わっていた市の分科会に提案したところ、苗の購入に結びついた。指定された遊園地に祈るような思いで植えた。何年後になるか、満開の河津桜が早春の風に揺れているのが目に浮かぶ。大隅半島に春を告げる桜に育つ日が。
 志布志市 若宮庸成(68) 2008/5/20 毎日新聞鹿児島版掲載