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書籍之海 漂流記

看板に掲げているのは「書籍」だけですが、実際は人間の精神の営みすべての海を航海しています。

思考の断片の断片(9)

2007年01月21日 | 思考の断片
●「YOMIURI ONLINE」2007年1月20日13時49分、「『おたべ』、賞味期限切れチョコレートを原料に使用」
 →http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20070120i506.htm
●「YOMIURI ONLINE」2007年1月20日22時29分、「アクエリアスなど、異物混入で回収…日本コカ・コーラ」
 →http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20070120i415.htm

 不二家の一罰百戒効果?

●「MSN毎日インタラクティブ」2007年1月20日23時19分、「番組ねつ造:総務省が関西テレビ調査へ」
 →http://www.mainichi-msn.co.jp/today/news/20070121k0000m010093000c.html

 こちらに一罰百戒効果はありやなしや。

●「YOMIURI ONLINE」2007年1月20日23時49分、「納豆ダイエット実験ねつ造…手口悪質、番組打ち切りも」
 →http://www.yomiuri.co.jp/entertainment/news/20070120i314.htm

“千草社長は「事実と異なる内容を含む番組を放送いたしましたことは、報道機関としての放送局の信頼を著しく損なうものであり、視聴者の皆様を裏切ることとなり、誠に申し訳ございません」と陳謝した”

 は? 信頼?
 とうの昔1980年代のバブル時代、ニュース番組でキャスターが、男は肩パットの思い切り入ったソフトスーツに原色使いの柄のネクタイといった、まるでどこかのチンピラがホストの如き下品ないでたち、女はこれもホステスかと見紛うようなど派手ないわゆるボディコン姿に加えて、短いスカートからのぞく脚をテーブルの下でこれ見よがしに曝して現れるようになった時、事実報道のはずのニュースも含めてテレビの放送とは基本的にすべてショー、つまりフィクションであると、私のテレビという媒体への信頼は“著しく損なう”どころか地を払って消滅したのだが。
 あるいはこう表現してもいいかと思える。テレビ放送とはただ観て楽しむためにあるもので、本来信用とか信頼とは無関係な存在である、そもそも放送内容の正確性や真偽など詮索すべきではなく、そんなことは野暮の極みであると。少なくとも、そして特に、視聴率獲得を最大の目的とする民放各局についてはだ。
 早い話が、「エンドレスナイト」をやっていたころの千草宗一郎氏、いやシーチャカさんならこんな綺麗事は言わなかっただろう?

●「asahi.com」2007年01月20日20時14分、「中国、『文字の獄』、捜査命じた地方政府トップを解任」
 →http://www.asahi.com/international/update/0120/016.html

“昨年8月、同県教委の男性職員が県幹部の腐敗を嘆く自作の詩を友人あてにインターネットや携帯メールで発信。まもなく男性職員は地元公安当局に拘束され、「誹謗罪」で起訴された。/事件は中国歴代王朝で行われた「文字の獄」の現代版だと批判を集め、海外メディアも報道”

 ではいわゆる“民主派”が政権を取れば「文字の獄」はなくなるかといえば、多分そうではないだろう。

●「人民網日本語版」2007年1月18日、「日本の軍事力と『大国の夢』」
 →http://j1.peopledaily.com.cn/2007/01/18/jp20070118_67031.html

 要はちっぽけな日本ごときが我が偉大なる中国と対等に振る舞おうとする、その身の程知らずが許せないということである。中国の「反日」とは「侮日」のことであるという見方は確かに一面的であるが、一面であることそれ自体に間違いはないというこの問題の本質が、ここに瞭かに顕れている。(ちなみに言えば、日本の「反中」は「倦中」だろう。)

今週のコメントしない本

2007年01月20日 | 
①感想を書くには目下こちらの知識と能力が不足している本
  なし

②読んですぐ感想をまとめようとすべきでないと思える本
  なし

③面白すぎて冷静な感想をまとめられない本
  J.M.ロバーツ著 東眞理子訳 『〔図説〕世界の歴史』 3 「古代ローマとキリスト教」 (創元社 2003年3月)

  吉野次郎 『テレビはインターネットがなぜ嫌いなのか』 (日経BP社 2006年12月)

④参考文献なのでとくに感想はない本
  河合隼雄/立花隆/谷川俊太郎 『読む力・聴く力』 (岩波書店 2006年11月)

  五十嵐武士 『対日講和と冷戦 戦後日米関係の形成』 (東京大学出版会 1986年7月)

  ニール・シーハン著 菊谷匡祐訳 『輝ける嘘』 上下 (集英社 1992年9月) 

  近盛晴嘉 『ジョセフ=ヒコ』 (吉川弘文館 1986年5月新装版第1刷) 

  牧原憲夫 『シリーズ 日本近現代史』 ② 「民権と憲法」 (岩波書店 2006年12月)

⑤ただ楽しむために読んだ本
  西村知樹 『ぼくがアメリカへ医者修業に行った理由』 (講談社 2006年9月)

  ロジェ・ヴァディム著 吉田暁子訳 『我が妻バルドー, ドヌーヴ, J・フォンダ』 (中央公論社 1987年2月)

  櫻井よしこ 『何があっても大丈夫』 (新潮社 2005年4月5刷)

  勢古浩爾 『新・代表的日本人』 (洋泉社 2006年12月)

  佐藤忠男 『中国映画の100年』 (二玄社 2006年7月)

思考の断片の断片(8)

2007年01月20日 | 思考の断片
●「Infoseek楽天ニュース」2007年1月19日5時17分、「璃音君狙ったのは偶然=『申し訳ない』殺意も認める-男児投げ落とし事件・大阪 (時事通信)」
 →http://news.www.infoseek.co.jp/topics/society/fall_accident/story/070119jijiX684/

“調べに対し、同容疑者は「(同駅前で)クッキーを売りに行く時からイライラしていた。とても悪いことをすれば、(警察に逮捕され)仕事を辞められると考えた」と供述”

 謝って済むなら警察は要らん。まさに。

●「ИТАР-ТАСС」, 18.01.2007, 18.01, "МИД: Утверждения об 'оккупации' Литвы игнорируют исторические реалии и лишены оснований"
 →http://www.itar-tass.com/level2.html?NewsID=11167228&PageNum=0
 
 スターリン共産ソ連によるラトヴィア占領は解放である、だからラトヴィア人は感謝して当然である、ヒットラーファシズムドイツのラトヴィア占領は侵略である、だから非難されて当然であるというプーチン新生ロシアの理屈は、(下に続く)

●「ИТАР-ТАСС」, 18.01.2007, 19.24, "МИД РФ предупредил посла Эстонии, что демонтаж памятников чреват последствиями"
 →http://www.itar-tass.com/level2.html?NewsID=11167494&PageNum=0

(上より続く)
 そしてスターリンの共産ソ連はエストニアの解放者でヒットラーのファシズムドイツは抑圧者という、これもプーチン・新生ロシアの理屈は、アウシュビッツは悪いがラーゲリは良いと言っているわけである。故に現今のロシアがソ連の正統な後継者であることは間違いないと言っていい。

●「中央日報」2007.01.19 10:06:30 、「盧大統領『北の日本人拉致』 議長声明採択をけん制」
 →http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=83815&servcode=500§code=500

“盧大統領は首脳会議で「韓半島の歴史は長く南北関係は重要だ」と明らかにするなど議長声明で拉致問題が言及されることを間接的に牽制したと関係者たちは伝えた”

“12日に開かれた首脳会議出席国家外相による夕食会でも宋旻淳(ソン・ミンスン)外交通商部長官が「拉致された日本人は10人余りにすぎない。韓国には数百人がいるが、何も言わない」と日本の態度に疑問を表示したと新聞は伝えた”

 これを平たく言えば、国家や民族のためには国民の1人や2人は――もっとも実際には10人あまりから数百人であるのだが――生きようと死のうとそれがどうした問題あるか、ということである。 
 これが“牽制”になるというトンチンカン(民主主義陣営では)は措くとしても、一国の指導者が公式発言で自国民はもとより他国民の、ひいては人間存在一般の尊厳を侮辱した空前の暴言として、永遠に記録されるべし。

●「人民網日本語版」2007年1月10日 「東トルキスタンのテロ勢力は中国でテロ活動を実施」
 →http://j1.peopledaily.com.cn/2007/01/10/jp20070110_66765.html
●「大紀元日本」07/01/15 08:54、「米国亡命のウイグル族民主活動家、『国内外のウィグル族組織は、テロ分子ではない』」
 →http://jp.epochtimes.com/jp/2007/01/html/d16482.html

 備忘のためメモ。

思考の断片の断片(7)

2007年01月18日 | 思考の断片
●「YOMIURI ONLINE」2007年1月16日23時4分、「『南京事件』70年、米でドキュメンタリー映画初公開」
 →http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20070116id26.htm

“米メディアでは「日中関係を緊張させる要因になるのでは」との見方も出ている”

 おそらくそうなる。“戦争責任”で日本人にひけめを感じさせて優位に立とうという中国政府の常套手段は、こんにちではもはや逆効果になりかねないであろう。
 しかし、過激な雄弁を頻りに振るうが自爆テロの一つもやらない愛国反日の英雄的な中国人が――とくに国外の反体制“民主派”中国人が――、たぶんまた続々と名乗りをあげてくるのだろう。そう思うと浅ましくも物憂い限りである。
 実は私は、彼らのことは、それほど馬鹿にしているわけではない。
 “正義”をふりかざしてお上に逆らう勇ましい振る舞いが口先だけであるのがあの国の知識人の伝統であることを、わずかながらも心得ているからだ。
 彼らの第一義は、“生を全うすること”である。“己の信ずるところを貫くこと”、あるいは“恥を知ること”ではない。

“シナでは世論をつくりあげるのは、読書人のグループである。試験に失敗した読書人は地方の都市にいついて、有力だが教養のない地主などと結託し、小さいがうるさいグループをつくる。(略)悲憤慷慨の正義派ばかりで(略)そのにぎやかなこと。しかしほんとうは勇気がないから決して実際行動にはでない。それだけに言論のほうはいっそう派手に急進的になる” (岡田英弘/神田信夫/松村潤『紫禁城の栄光 明・清全史』、講談社版、2006年10月。岡田英弘「第十三章 大義覚迷録」、同書269頁)

 ここで描かれているのは清朝の話であるが、“読書人”を“知識人”または“インテリ”、“試験に失敗した”を“党や政府の高級幹部になるのに失敗した”、“地方”を“外国”(“地方”のままでもよいが)、そして“地主”は“実業家”と差し替えれば、現在只今の情況になるではないか。

思考の断片の断片(6)

2007年01月17日 | 思考の断片
●「Doblog - 世界読書放浪」2005/09/19 02:39、「中国人と日本人 林思雲+金谷譲 2005 日中出版」
 →http://www.doblog.com/weblog/myblog/33838/1864047#1864047
●「Doblog - 世界読書放浪」2007/01/14 13:45、「続中国人と日本人 金谷譲+林思雲 2006 日中出版」
 →http://www.doblog.com/weblog/myblog/33838/2622794#2622794

 私と林氏の共著についてこんな書評もあると、上記2件をある方から教えていただいた。ご教示に感謝します。

“最近はもう「反日」分析は意味を成さないくらい状況が変わってしまったから、このまま曖昧にしてしまってもいいのだけど、あまりにドンピシャ過ぎる林思雲の答えは、宮崎とか黄とかを読んで分かった気になっている人以外には、中国人とは何者であるかということが一発で分かるものだろう” (「続中国人と日本人 金谷譲+林思雲 2006 日中出版」、部分)

 私たちの小著が単なる“中国の反日デモ”物に止まっていないという neto 氏の望外の評価を、私のためではなく林氏のために喜ぶ。

思考の断片の断片(5)

2007年01月15日 | 思考の断片
●Amazon.co.jp 、林思雲/金谷譲『中国人と日本人 ホンネの対話』(日中出版 2005年7月)のあるカスタマーレビュー

(以下引用)

「こちらの理解も足りないが、相手側が日本を理解しようとしてくれないと…,」2006/7/7
 レビュアー: 金トト (東京都)
 中国の歴史研究は政治に奉仕するもので真実の探求ではない。中国が教科書を改変したり失脚した人間の写真を消すのは改竄ではなく待遇の問題――過ちを犯した指導者の名や写真はメディアや教科書に載せる資格がなくなるという事。罪人が弁解すると態度が悪いとみなされ刑が重くなり、司法の告訴の内容に誤りがあっても全て受け入れると刑が軽くなる。この考えが日本にも適用される(最近は西洋思想の影響で弁護容認へと変化)。中国は諸外国に抑圧されたため外国を信頼せず援助にも感謝しない。中国の愛国教育には仮想敵を必要としその対象は英米ソから今は日本になっている。中国は役人が尊大で日本に来た中国人は役所で役人が親切で賄賂を取らないのに驚く。中国では身内や友人にえこひいきしないと後で仕返しされる。役人の態度や人間関係が嫌で中国へ帰らない人も多い。親日派中国人の林氏と翻訳家金谷氏の対話。二時間で読破でき、とても面白い本。韓国と中国は似ているので韓国の理解にも。金谷氏の意見に同意しかねる部分もある。韓国も同様だが結局向うが日本人の考え方と文化を学んでくれないと相互理解できる訳がない。反日教育だけでは進歩がなくお互いの為にならない事に気づいてほしい。

(引用終わり)

 太字は引用者による。まったくその通りである。しかしながら残念なことにおおむね、中国人も韓国人もその気はない。

1月16日追記。
 林思雲氏は“知日”である。“親日”ではない。

今週のコメントしない本

2007年01月13日 | 
①感想を書くには目下こちらの知識と能力が不足している本
  読売新聞社編 『昭和史の天皇』 10 (読売新聞社 1976年5月第9刷)

  白川静 『漢字』 (岩波書店 1991年9月第17刷)

②読んですぐ感想をまとめようとすべきでないと思える本
  ガッサン・カナファーニー著 黒田寿郎/奴田原睦明訳 『現代アラブ小説全集』 7 「太陽の男たち ハイファに戻って」 (河出書房新社 1978年5月)

③面白すぎて冷静な感想をまとめられない本
  山田直匡 『お雇い外国人』 ④ 「交通」 (鹿島出版会 1979年5月第2刷)

  志摩園子 『物語 バルト三国の歴史 エストニア・ラトヴィア・リトアニア』 (中央公論新社 2004年7月)

④参考文献なのでとくに感想はない本
  猪口孝監修 三方洋子訳 『猪口孝が読み解く「ペリー提督日本遠征記」』 (NTT出版 1999年10月)
  小島敦夫 『ペリー提督 海洋人の肖像』 (講談社 2005年12月)

  大森彌 『官のシステム』 (東京大学出版会 2006年9月)

  内橋克人 『新版 匠の時代』 第1巻 (講談社 2003年4月)

  李大同著 三潴正道監訳 而立会訳 『「氷点」停刊の舞台裏』 (日本僑報社 2006年6月)

⑤ただ楽しむために読んだ本
  村川堅太郎責任編集 『中公バックス 世界の名著』 5 「ヘロドトス トゥキュディデス」 (中央公論社 1998年3月7版)

  フランシス・イタニ著 村松潔訳 『遠い音』 (新潮社 2005年8月)

今週のコメントしない本

2007年01月06日 | 
①感想を書くには目下こちらの知識と能力が不足している本
  なし

②読んですぐ感想をまとめようとすべきでないと思える本
  なし

③面白すぎて冷静な感想をまとめられない本
  岡田英弘/神田信夫/松村潤 『紫禁城の栄光 明・清全史』 (講談社版 2006年10月)

④参考文献なのでとくに感想はない本
  大熊信行 『家庭論』 (新樹社 1963年7月)

  辻哲夫監修 『日本の科学精神』 5 「世界のなかの科学精神」 (工作舎 1980年7月)

  森公章 『戦争の日本史』 1 「東アジアの動乱と倭国」 (吉川弘文館 2006年12月)

  瀬沼茂樹編 『現代日本記録全集』 4 「文明開化」 (筑摩書房 1968年1月) 〈再読〉

⑤ただ楽しむために読んだ本
  開高健 『開高健全ノンフィクション』 Ⅰ 「河は眠らない」 (文藝春秋 1977年5月)