波と狛のつれづれ日記

日本スピッツ波と狛と、ときどき箔

ジョージ君伝説

2018-03-14 01:30:41 | ワンコ
こんばんは、白黒茶々です。
前回の日記の最後に、白黒茶々家の男衆+波が都田(みやこだ)総合公園でやっているイベントに飛び込んでいくという予告をしたのですけど、今回は番組の内容を変更させていただきます。 さらにその次にもどうしてもハズせない時事ネタがあるので、お祭りレポートは3話後までお待ちくださいませ。



3月9日の夜に、にとって大事なお友達のジョージ君が、虹の橋の向こうに旅立ってしまいました。享年11歳9ヶ月。末期癌だったのですけど、その宣告を受けてから2年8ヶ月もの間、本当によく頑張りました。
私と箔は、彼とは10年以上も前から付き合わせてもらっていて、友達でもありチームメイトでもありました。ということで、今回はジョージ君の追悼も含めて彼との思い出を振り返らせていただきます。



私と箔が初めてりんちゃんファミリーと行き逢ったのは、平成18年(2006年)11月に、愛知県犬山市の木曽川緑地公園で開催されたワンワン運動会でした。 そのイベントで、アラスカンマラミュート(シベリアンハスキーを大きくしたような犬種)のマックス君をリーダーにして「マックスと7匹の白い恋人たち」というチームが結成され、箔もそのメンバーに加えさせていただきました。 ちなみにそのチームは、リレーに参戦しました。 そのメンバーの中に、地元民だった凛ちゃん(当時は漢字表記)がいたのです。



その翌年の平成19年(2007年)4月には、浜松市浜北区にある犬の森POMさんで、第2回東海オフ会(スピクニック)が開催されました。 凛ちゃん一家はそのオフ会に初めて参加されたのですけど、沖縄への引っ越しが間近だったということもあって、最初で最後となってしまいました。 私たちとの初対面から1年の間に、新たに譲治君(こちらも漢字表記の正式名)という弟犬のスピッツを迎え入れられ、彼を連れての参加となりました。そこで、私たちは初めてジョージ君と逢ったのでした。 この時、Naggyさんは3歳ぐらいでしょうか?



沖縄はかなり遠いので、そう簡単には逢いに行けません。凛パさん、凛マさん、Naggyちゃん、凛ちゃん、譲治君、どうかお達者で それ以降は、彼らとはメールやブログの書き込み、年賀状などでやり取りしていました。



さらにそのまた翌年の平成20年(2008年)の11月には、今度は一宮市の総合運動場でワンワン運動会が開催され、私と箔は再結成された「マックスと7匹の白い恋人たち」に参加させてもらいました。 そのメンバーの中に、なんと凛パさんと譲治君がエントリーされていたのです しかも、そのために空路で沖縄から遠路はるばる駆け付けられて。 その時の遠方賞は、断トツで彼らが授章しました。



漢字が「譲司君」になっていますけど、正しくは「譲治君」です。 それにしても、箔も若い この時彼は4歳で、前のめりで空回りでムダに体力を消耗していたところは、現在4歳の波と一緒です。 それに加えて、血気盛んときたもんだ
リレー中にマックス君と交錯した際に、箔は彼と乱闘になりかけたのですよ。 そういう私も、次の走者の凛パさん&譲治君に渡そうとしたバトンを落としてしまいましたけど。 それでも彼らは長旅の疲れも見せずに挽回してくれて、前を走っていたワンコが首輪抜けするという幸運、いや、アクシデントなども手伝って、私たちのチームは準優勝することができました。

りんちゃん一家が沖縄に引っ越してから約8年後に、彼らは愛知県との境に近い岐阜県に戻ってくることになりました。 その間にりん姉さんは癌を患い、12歳で亡くなってしまいました。それから数年後には、ジョージ君までもが末期癌の宣告を受けることに。凛パさんはあらゆる手を尽くし、癌治療のために彼を連れて沖縄を飛び出し、家族より一足先に東海地方の名獣医の門を叩かれました。 それから、放射線や抗癌剤などによる治療が始まりました。
そして、居住環境が整った平成27年(2016年)の春に、現在の住まいに移られました。そんな彼らと一目逢いたい。 ………という私の願いを聞いていただき、ご対面が叶ったのが………



平成28年(2016年)6月の、犬山市のリトルワールドでの再会となります。 その際、波は初対面だったのですけど、凛パさん&ジョージ君と、私&箔は約8年ぶりに行き逢うことができました。



その日はさらにご自宅まで案内していただき、凛マさんやNaggyさんとは約9年ぶりにご対面がすることができました。 そうしたら、次にお逢いできるのはいつになるのでしょうか?



………なんて思っていたら、彼らはその翌月の7月に浜松市のハマ&ワンさんにまで来られ、私たちは再び交流することができました。
その際にジョージ家の皆さんは、9年前に食べそびれた浜松餃子に、ようやくありつくことがそうです。



その年は、12月初旬に可児市でおこなわれたオフ会のほうでも、私たちはジョージ君らと逢うことができました。そちらでは、ジョージ君の想い犬(?)のベルちゃんや関東のお仲間などが集まり、賑やかで楽しい集まりとなりました。
私は次にジョージ君らと逢うのを楽しみにしていたのですけど、そのオフ会が最後となってしまいました。

ジョージ君は癌に侵されてからも本当によく頑張りました。ご家族も頑張られ、3月9日は息を引き取ったあとも、凛マさんやNaggyさんの必死の呼び掛けに奇跡を起こし、何回か蘇生したそうです。
彼に直接触れたりそのぬくもりを味わったりすることはもうできないのですけど、私たちが彼のことを話題にしたり忘れないでいる限り、彼はずっと生き続けます。私や箔の中ではジョージ君はスター的存在で、伝説となった彼のことをずっと語り継いでいくつもりでいます。ジョージ君、ありがとう。りん姉さんによろしく。



ジョージ君の旅立ちから2日後の3月11日に、ワンワン運動会では応援側にまわり、スピクニックにも参加し、最近では岡崎市の岡崎公園での藤棚鑑賞や紅葉狩りにも来ていたららちゃんが亡くなりました。11歳9ヶ月だったので、ジョージ君とは同世代となります。4キロ台の小さなスピッツだったのですけど、とても可愛くて、また逢うのを楽しみにしていたのに………
ららちゃんのご冥福も、合わせて祈らせていただきます。


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コメント (2)
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