波と狛のつれづれ日記

日本スピッツ波と狛と、ときどき箔

餅拾い

2007-04-06 01:32:57 | Weblog
こんばんは、箔ですワン。
最近のことですけど、お母さんとたつぴが満面の笑みを浮かべつつ何やら袋をぶら下げて帰ってきたのだ。
その中身を見せてもらったら、なんと餅がギッシリ さらに落ち着いてその数を数えてみたら、91個もあったのですワン。 これはいったい………



お母さんの説明によると、どうやら近所で建前があってその際に撒かれた餅を拾ってきたとのことなのだ。 このあたりは古い田舎で、建前は盛大に行われるというのに、やはり田舎なので拾う人はあまり集まらず、お母さんとたつぴの戦力だけでも大収穫となったのだ。

そういえば、普段ヨレヨレのお婆さんが餅拾いに参戦すると不思議なことに動きが機敏になりますよね。ウチのお母さんはそれに巻き込まれ、ケガを負ったことがあるそうですワン。
さらにウチのお父さんは、昨秋の農協際の餅拾いで大量獲得の可能性の高いステージ下最前列に陣取ったのですけど、投げるほうの市長が妙に張り切って遠くにばかり飛ばしてしまい、獲得数の最低新記録を更新したということがあったそうですワン。

餅拾いで思い出したのですけど、たつぴがまだ赤ん坊の頃にお父さんとお母さんは、元読売ジャイアンツの槙原寛巳がゲストに来るということで競艇場に行ったことがあるそうなのだ。 もちろんその時にはまだおれっちは生まれていません。彼によるトークショーのあと、余興としてサイン入り色紙の引き換えボールが会場の観衆に投げられました。 お母さんは特にG党というワケではなかったのですけど、その時なぜかボール獲得に燃えていたのです。 そして壇上の槙原氏と目線が合い、それに伴ってボールがこちらに投げられるという幸運が 彼女の頭の中では周りの観衆の姿は消え、槙原氏しか見えていません。 そして木漏れ日の中、彼の手から放たれたボールはゆっくりと回転しながら彼女の手の中に………
といういいところで、近くにいた男性がいきなりお母さんの手中に納まりかけたボールを叩き落とし、そのままぶん取っていってしまったのです。  「こら~!、かえせー」と言ったところで聞く耳も持ちません。
仕方なく「あ~ぁ、もらえたハズだったのにな………」と落胆しながら帰りかけたとき、見ず知らずのおじいさんが「これを持っていきなさい」とか言ってなんと自分のボールを差し出してくれたではありませんか 「あ、あ、ありがとうございます~」お父さんとお母さんは遠慮の往復をすることもなくありがたくそのボールを受け取り、槙原氏のサイン入り色紙を見事ゲットしたのでした。 その時のものがこちらになります。



そういえば、こちらでもお母さんは投げられた餅(この時は引き換え用ボールでしたけど)に夢中でしたね。 さらに、こんなエピソードも………
時は今から29年前の昭和53年春、ところは静岡県の浜松市。その年のセンバツ高校野球で地元の浜松商業高校が優勝し、そのチームが市内を凱旋するということで大騒ぎになったことがあるそうですワン。 その際に選手によって記念ボールがばら撒かれたのですけど、それを拾う観衆の中になんと若き日のお母さんの姿が……… お母さん、こんな昔から同じようなことをしていたのですね。



そうそうセンバツ大会といえば、ついこの間本県代表の常葉学園菊川高校が優勝しましたよね 静岡代表の甲子園全国制覇は前述の浜松商高以来で、しかもその高校はクロ妹さんの母校でもあるので、この場を借りてお祝いしたいと思いますのだ。
常葉菊川、万歳、バンザイ、バンザ~イ 



話は餅拾いに戻りますワン。。こんなにたくさん拾ったのなら、ひとつおれっちにくれなのだ。 えっ、これは人間用でのどに詰まらせる恐れがあるからダメだって そ、そんな……… もし建前の際に撒かれるものがベイト(犬用のおいしい)だったら、おれっちは91個越えをする自信があるというのに。 ということを言っていたら、「箔だったら、1個拾ったらそいつをその場で食べ始め、気が付いたらすべてが終わっているという事態に陥るのでは」という指摘があったのだ。 う~む、当たっているかも………
コメント (16)
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