沖縄 8 Scene

沖縄で生まれ沖縄に生きる
      8郎家の日記

与那国ひとり旅 前編

2015年01月31日 | ダイビング

  8年前のリベンジと、9年半に及ぶ現部署での慰労をかねた、2泊3日与那国ひとり旅から帰ってきました。とても充実した旅だったので、3回(前後編と番外編)にわたってお伝えします。長文かつ写真もいっぱいの盛りだくさんでお届けします!

 

 那覇から与那国への直行便はRACが一日一便だけ運行。朝7時半発でした。お決まりの雲の写真を撮ろうとすると、窓ガラスの無数の傷にNIKONのコンデジのマクロ機能が反応して撮りにくいったらありゃしませんでした。雲の上は晴れていますが(当然)、与那国は3日間ともほぼ曇り時々雨でしたよ。

  狭い機内はほぼ満席。「老人と海」を20Pくらい読んだ辺りから記憶がありません(爆睡)。イビキをかいていないかだけが心配です。当初のアナウンスでは「天候不良により引き返す可能性も」とありましたが、着陸時以外それほど揺れませんでした。

  8年ぶりに降り立った与那国空港。なぜか地元のおばぁたちが出迎えてくれました。めんそ~れ~。風雨が強かったので、8年前を思い出す間もなく施設内へ。

  空港にはダイビング器材を持った観光客も多かったです。ホテルのマイクロバスが8郎を迎えに来てくれました。写真をUPして初めて気付いたのですが、1月の与那国で半袖を着用する後姿の丸刈りさん。今回世話になったダイビングガイドさんではありませんか!(のちほど登場)

  宿泊先に選んだのは、アイランドホテル与那国。一時、経営難で休館となった経緯もあるそうですが、その後合理化をはかり復活したようで、今では与那国随一のサービス満点の評価があるとか。単に競合相手がいないという気もしますが…。でも、2泊ともなんのストレスもなく過ごすことが出来ました。島を楽しむには島人の人情を感じる民宿が一番ですが、都会を離れて癒やしを求める場合はホテルに限りますね。

 8郎の部屋は3階でした。

 このホテルにはシングルがないので8郎もツインに。一人ではもったいないくらい広々としていました。家族連れで来たかったという思いも強くなりました(まぁダイビングするとなれば厳しいですが)。

 

 窓を開けると遠くにオーシャンビュー。岸壁に打ち付ける高い荒波に不安が増します。ロビーで説明してくれた女性のダイビングガイドさんは「大丈夫」との説明でしたが。

  今回利用したのダイビングショップは「マーリン」さん。島にある数店のなかで一番安かったのと、HPのスタッフブログが一番アットホームだったのが選択理由です。結果的に正解でしたね。実際にスタッフ全員が親切ていねいだったのと、何と、2年前に真栄田岬で利用したショップのガイドN本さんがヘルプでいたからです。うれしいことにN本さんも名簿のなかから8郎の名前を覚えていてくれたそうです。沖縄は狭い。

 さ、空の旅の疲れを癒す間もなく(疲れてませんが)、早速、渡難の海へダイブです。

 最初の1本目はリフレッシュを兼ねて、浅めのポイントだとのこと。「すべてハンマー狙い」を希望していたのですが、仕方ありません。「サバチ」と呼ばれるそのポイントは思っていたほど、波は高くありませんでした。しかもそれほど寒くもありませんでした。ボートコートはレンタルできたのですが、一度も羽織らずじまい。写真右の丸刈りガイドさん(やはり空港の後姿だっ)は、ウェットスーツも半袖だとか。寒くないんだそうです。たくましい外見とはうらはらに説明もていねいなナイスガイでしたよ。

  ダイバーは8郎のほかに韓国人グループ5人(男性2女性3)。なんでも韓国でダイビングショップを経営しているオーナーとそのインストラクターたちだとか。スキルがハンパね~。8郎はまたしても一番のヒヨっこだぁ~。それにしても、沖縄の海ながら周りは全部ヤマトンチュというのは毎回のようにありますが、韓国人に囲まれるというのは初体験。さすが国境の島です(笑)。唯一日本語が話せるという女性は、独り者の8郎にも積極的に声をかけてくれる優しい方でした。カムサハムニダ~

 8年ぶりの与那国ブルー。 太陽もなく冷たい感じが、8年前とおんなじでした。ダイコンで確認すると水温は22度。8年前より2度低かったんですね。

  最初の被写体は41歳おっさんの自分。すいません。

  ガイドさんは特に説明しなかったのですが、あちらこちらに腰の辺りが発光している小魚が群れていました(写真は一匹ですが)。青い海の中でとってもきれいでしたよ。【後記】図鑑で調べるとノコギリダイという名前らしいです。煮つけ、から揚げでおいしいのだとか。

  クマノミの群れです。今まで見た中で一番の数でした。写真には写っていませんが、もっと広がっているんです。まさにクマノミの町です。

 一本目は無事終了。波は高くなくても、さすが絶海の孤島、潮の流れは強かったです。エグジットしたら、すぐさまボートのへりにあるロープをつかまなければ流されてしまいます。 

  さ、ショップで弁当を食べたあとは、本日最後となる2本目です。ハンマーのポイントとして日本一有名といっても過言ではない西崎(いりざき)に。8年待ったんだ。出て来いよ、ハンマーと心の中で叫びました。2日間のタイトな日程なので、ぜひ初日に見ておきたいのですよ。

 潜ってしばらくすると、半袖ガイドさんがむき出しの左手を思い切り伸ばして合図を出しました。まさに「ハンマーがいた」です! 8郎は突然のことに動揺したのと、海水がにごっていたのでピントも合わせることができませんでした。しかし、それどころではないわい、ハンマーを追わなきゃ 

  周りの韓国人ダイバーらも餓えた狼のように急に速度を上げます。8郎の下から女性ダイバーがバタ足で追い抜いていきます(それまであおり足だったじゃないかっ)。まさにコリアンパワーです。息ハアハアしながら、やっと8郎はその群れらしきものを見ました。あの特徴のある頭の形はまさにハンマーヘッドシャークです。カメラのシャッターを押しました!

  ・・・う~ん、全然わからないっす。白イルカの群れといわれても判別つきそうにありませんな~。水深は30㍍より下。8郎のスキルではとても追いかけていけません(空気が足りなくなるだけでなく潜水病の危険度も高まります)。

 高い金払って与那国まで来たので「とにかく見ることができた」という安堵と、でも写真が取れなかったという悔しさが入り混じった心境のまま、その日の2DIVEを終えました~。ぶくぶくぶく・・・。

 ホテルに帰ると、レストランで夕食。もちろんお一人様です。他にダイビング客らしき客は点在するだけで、ほとんどが内地の高齢者の団体ツアーのような感じでした。その日はムーチーの日だけあって、メニューにも三色ムーチーがありました。粋ですね。味は普通のムーチーでした。 与那国らしいカジキのムニエルもおいしゅうございました。

  部屋に戻り窓を開けると外はホテルの外灯以外、真っ暗です。湿った潮風が入ってきましたが、このホテルは除湿機が24時間回っているので、あえてしばらく開け放しにしました。現職場での9年半の思い出をいろいろ振り返りました。誰にも説明できないさまざまな思いが胸をよぎりました。

  8郎のガラケーの待ち受けは、通常は愛息10郎のアップなんですが、この旅はあえて、7年前に亡くなったどぅしぐゎヤスーンの写真に替えました。確かにひとり旅ですが、8郎の海にはいつも最高のバディがいるんです。ヤスーン、ぜひ明日もう一度チャンスをくれ! 成功を願い二人で乾杯しました。

  疲れからすぐ寝たものの、習慣化した夜勤生活のおかげで、またもや午前1時に目が覚めてしまいました。熱い風呂に入り、窓を開けて冷風を室内に入れながら、ストレッチなどし、再び眠りにつくことができました。

 さて、翌2日目は8郎のダイビング史上に思い出に残るものとなりました。早めにUPしますので請うご期待!


コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。