私の闇の奥

藤永茂訳コンラッド著『闇の奥』の解説から始まりました

“ストーリー”はもう沢山だ(3)

2008-12-03 07:44:38 | 日記・エッセイ・コラム
 2008年11月19日になって、米大統領選投票の数字的結果が確定し、発表されました。
  選挙人数     得票率
オバマ(民主) 365     53%
マケイン(共和) 173     46%
米国大統領選挙の総数538人の選挙人の制度(Electoral College)は間接選挙制度で米国の建国と憲法の共和国的基本精神を最も端的に表わしているのですが、これについて、いま詳しくは論じますまい。獲得選挙人の数で事が決着するわけで、上の結果を見ると、オバマはマケインに対して2倍以上の大差で圧勝したことになります。しかし、それぞれの大統領候補者に対する一般市民有権者の投票数で見ると、53%対46%と、かなり伯仲しています。つまり、獲得選挙人の数では市民の直接の意向が反映されないということです。もっと踏み込んだ投票解析によると、白人だけの投票数では、オバマは44%~45%、マケインは55%と、マケインが勝ったとされています。実に興味深い結果ですが、今日のところはこの話題もお預けにしましょう。今日、私が取り上げたいのは、53+46=99、つまり、残りの1%の票は誰に投じられたか、ということです。これは、他の三組の大統領候補に投じられた票数です。リバターリアン党からの候補者には興味がありませんが、長い選挙戦を通じて、Ralph Nader / Matt Gonzalez (無所属)、Cynthia McKinney / Rosa Clemente (グリーン党)の4人の発言から、私は実に多くのことを学び、アメリカについての希望を見出しました。バラク・オバマについての私の見解もこの人たちの具体的な(つまり、ストーリー合戦でない)オバマの政策批判に多くを負っています。
 日本人だけではなく、世界の多くの人々が、アメリカは民主、共和の二大政党の対立に基づく健全で堂々たる民主主義国家だと思っていますが、本質的に言って、アメリカは一党政治の国家であり、アメリカの政治家は Republocrats と呼ぶにふさわしい人々です。何とはなしに、共和党は保守、民主党は進歩、などと考えている人たちは、是非アメリカ合州国の歴史をひもといて御覧になることをおすすめします。「吉凶は糾える縄のごとし」というのを少しもじって「アメリカの共和民主は糾える縄のごとし」というのは如何でしょう。アメリカの歴史的変転をたどって受ける印象をよく表わしていると、私は、思うのですが。そして、共和制的なアメリカ民主主義を性格づける一本の縄は、間接民主主義政治理念を体現しているのであって、直接民主主義ではありません。アメリカ合州国は、建国以来、一貫してエリート層による管理形態を維持し続けている民主主義国家であります。
 ラルフ・ネーダー、若い方々はご存じありますまいが、1960年代で自動車に関心を持った人間なら、世界の何処でも、ラルフ・ネーダーの“ストーリー”を知らない者はなかったほど有名な人物でした。ストーリーといえば、グリーン党(黒人政党ではありません)から立候補したシンシア・マキニーとローザ・クレメンテは両名とも黒人女性、二人とも、それぞれに素晴らしいライフ・ストーリーの持ち主です。私個人としては、この二人の生き様のほうが、世界中に売り込まれた半黒人バラク・オバマの感激物語よりも、もっと心を動かされます。米国国会でのマキニーさんの行動については、以前のブログ(2008年7月30日と8月6日)で取り上げたので、下に転載します。:
■ ジンバブエに対する経済制裁金融封鎖立法S.494は上院議員フリスト、ヘルムズ、クリントンなどによって提案され、上院では満場一致、下院でも圧倒的多数で可決されましたが、下院(国会)の黒人女性議員Cynthia McKinneyは堂々たる反対弁論を展開しました。その内容は次回に紹介します。日本のマスコミにはオバマとマケインの名は登場しても、マキニーとネーダーの名はとんと見当たりません。しかし、この二人も歴としたアメリカ大統領立候補者です。オバマやマケインよりも、マキニーかネーダーが当選する日が来れば、アメリカが本当に素晴らしく生まれ変わることになりましょう。『ジンバブエをどう考えるか(2)』(2008年7月30日)■
■  この11月のアメリカ大統領選挙にグリーン党からシンシア・マキニーという生きのいい黒人女性が立候補しています。前回で取り上げたS.494[The Zimbabwe Democracy and Economy Recovery Act.(ジンバブエの民主主義と経済を回復する法律)]がアメリカ議会で審議された時、マキニーは敢然と反対を唱え、声高に賛意を表明する大多数の議員に、「今問題になっているジンバブエの土地を問題の人たちがどのようにして手に入れたか、誰か説明してくれませんか?(Can anyone explain how the people in question who are now have the land in question in Zimbabwe got title to the land?)」と挑戦しました。「問題の人たち」とはジンバブエの農地の80%を所有する全人口の僅か2%の白人たちのことです。勿論、満場寂として声なく、あえて彼女の問いに答えようとする議員は一人もありませんでした。そこで彼女は自ら解答を与えます。:
■ Those who knew did not admit the truth and those who didn’t know should have known ? that the land was stolen from the indigenous peoples through the British South Africa Company and any ‘titles’ to it were illegal and invalid.(その土地はイギリス南アフリカ会社(BSAC)を通じて先住民たちから盗み取ったものであり、したがって、その土地のいかなる‘所有権’も不法で無効なものであるという真実、この真実を知っていた人々はそれを認めようとしなかったが、知らなかった人は前もって知っておくべきであったのです。)■ 『ジンバブエをどう考えるか(3)』(2008年8月6日)■
 上の7月30日ブログからの引用に、この独立国内政干渉の意図が極めて明らかな米国国会立法 S.494 が上院では満場一致で可決されたことに注目して下さい。この時、オバマはまだ上院議員にはなっていませんでしたが、次期国務長官就任の声の高いヒラリー・クリントンはこの立法の提案者であり、次期副大統領ジョー・バイデンも積極的賛成を表明しました。大統領の座を争ったオバマもマケインも、アメリカの帝国主義的外交政策を継続する立場を表明していましたが、ネーダーとマキニーははっきりと外国に対する武力行使反対を表明していました。この視点から今回のアメリカ大統領選挙の投票内容を分析すると、アメリカ人有権者の99%は帝国主義的政策支持、僅か1%が帝国主義的政策反対の投票をしたと読むことが可能です。
 カナダには、自由、進歩保守、社会民主、ケベック、の主要な4つの政党があって、総選挙のときなどは四人の党首が壇上に並んで盛んに論戦を行います。そうそう、アメリカでも、共和、民主の各党の大統領候補指名戦でも、同じようなシーンが見られました。今回のアメリカ大統領選挙戦では、オバマとマケインの論戦はテレビで世界中に流されましたが、ネーダーやマキニーを含めたテレビ論戦は遂に実現しませんでした。マスメディアを握っているアメリカ支配層がそれを拒否したのですが、オバマもそれに従いました。その理由は見え見えです。米国会上院でのオバマとバイデンの現在にいたるまでの数々の重要法案の賛否投票記録について、ネーダーとマキニーから、「イエスかノー」の返答を論戦壇上で求められたら、オバマは目も当てられない窮地に追い込まれたこと必定でしたから。
 オバマ新政権の中枢人事の全貌が見えて来ました。上の文章は11月中に書いたものですが、12月2日(火)になって、これまで噂されていた、ヒラリー・クリントンの国務長官就任と現ブッシュ共和党政権の国防長官ゲイツが新オバマ民主党政権下でも続投することが決定しました。これで新政権の重要人事が出そろったわけですが、一体、オバマの「チェンジ!」はどこに行ってしまったのでしょうか!?
 私はずっと以前からバラク・オバマという物凄く頭の切れる雄弁な政治家を映画「エルマー・ガントリー」の偽宣教師大詐欺師の主人公になぞらえてきました。それは、少し、はしたない振る舞いでしたが、私の当初からの偽らぬ直感でありました。ところが、オバマの選挙戦中の約束とはまるで裏腹の新政権人事を評して、ラルフ・ネーダーが次のような発言をしました。:
■ The signs are amassing that Barak Obama put a political con job over on the American people. (バラク・オバマがアメリカ国民をまんまと政治的信用詐欺にかけたという証拠はどんどん積み上がっている。)■
con job または con game の con は confidence の略、con job は(信用)詐欺、人の信用につけ込んで詐欺行為を行うことを意味します。ラルフ・ネーダーは、選挙戦の始めから、アメリカ人はバラク・オバマの口車に乗ってはいけないと叫び続けていたのですが、次期大統領決定後わずか1ヶ月で、ラルフ・ネーダーの予言通りの新政権の性格が我々の目の前に姿を現しました。The AUDACITY of HOPE 以来、オバマは、自分が大統領になったら、ワシントンに乗り込んで、その古い政治的状況を一新すると大見得を切っていたわけですが、ラルフ・ネーダーは、政治家バラク・オバマのこれまでの政治的経歴の分析に基づいて、そんな革新(チェンジ!)をすることは絶対にないと警鐘を鳴らしていたのです。けれども、オバマのストーリーに感激して、すっかりのぼせ上がってしまったオバママニアのアメリカ国民はラルフ・ネーダーの警告に聞く耳をもたず、また、マスメディアも意図的にネーダーやマキニーの声をもみ消すように動いたのでした。ですから、私があやふやな勘でアメリカ次期大統領を詐欺漢呼ばわりするのと、ラルフ・ネーダーが「オバマはアメリカ国民に詐欺を働いた」というのでは、次元の違いがあります。これからのバラク・オバマのアメリカを正しく占うためにも、是非、ネーダーやマキニーのような信頼に値する“荒野の声”に耳を傾けて下さい。

藤永 茂 (2008年12月3日)



最新の画像もっと見る

1 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
映画「地獄の黙示録」に関連した検索でここにアク... (はぐれ雲)
2008-12-03 23:36:51
映画「地獄の黙示録」に関連した検索でここにアクセスし、1年程前からフィードして拝見しています。
次行記事にて詳細させて頂きました。今後ともよろしくお願いします。
http://www.a-ok.ne.jp/~haguregumo/article/taji.htm

コメントを投稿