私の闇の奥

藤永茂訳コンラッド著『闇の奥』の解説から始まりました

クルド人はまたまた使い捨てにされる?

2016-02-12 16:56:52 | 日記
 トルコについての私の知識は限られたものです。仕事の上では、大変親日的なトルコ人の理論化学者と少しお付き合いしました。1963年から1年間、カリフォルニアのサンホゼのIBM研究所に滞在した時、当時奉職していた九大教養部の英語の先生から、William Saroyanの作品、特に『我が名はアラム』を読みなさい、と忠告を受けました。それ以来、サローヤンの名は私の小宇宙の輝く星として生き続けていますが、サローヤンはトルコからアメリカに逃げてきたアルメニア人夫婦の子供です。トルコのアルメニア人は19世紀末と20世紀初めの2度にわたってトルコで大規模に虐殺される目にあいましたが、特に第一次世界大戦中の1915年から1916年にかけては、百万のオーダーのアルメニア人が殺されたと考えられます。1915年4月24日が大虐殺の始まりとされて、この日がジェノサイド追悼記念日になっています。昨年の4月24日は100年目の日となり、ローマの教皇フランシスコが記念日に言及したのでトルコ政府がそれに抗議し、一悶着ありました。
 当時のトルコ政府によるアルメニア人大虐殺の略史を読んでいると、今のトルコ政府によるクルド人攻撃弾圧と酷似する様相があり、大いに心配になります。しかし、ここで、私はクルド人に対する米国政府の政策を中心に考えてみたいと思います。
 クルド人受難の歴史には長い過去がありますが、今は1980年から1988年にかけてのイラン・イラク戦争からの話に限ります。その末期の1988年3月16日、イラク北部でイラン国境に近いハラブジャというクルド人数万の都市で毒ガス爆撃による一般市民数千人の虐殺事件が起こります。ハラブジャ事件です。イラン・イラク戦争でイラン側についてイラクに反抗したクルド人に対するサダム・フセイン政権の報復でしたが、この事件は孤立したものではなく、むしろ「アンファール作戦」と呼ばれる、1986年から1989年にわたる、イラク政府のクルド民族浄化抹殺作戦の中の最も象徴的な大惨事と見なすべき事件です。この民族虐殺作戦の犠牲者数は20万を超えると推定されています。しかし、イラン・イラク戦争では、米国はイランをやっつけたい一心でしたから、イラク側のこの悪行を咎めず、それがこの残虐行為の真相が埋もれてしまう原因となりました。ところが、1990年、サダム・フセインがクウェートに侵攻し、1991年、湾岸戦争(父ブッシュの戦争)、やがて、息子ブッシュが、2003年、猛然とイラクに襲いかかる(イラク戦争)頃までには、イラク北部のクルド人勢力(人口約百万)は、すっかり米国の手中に収められて、サダム・フセインに反逆し、サダム・フセインが処刑されて一応終結したことになっているイラク戦争の後も(つまり現在も)自治権を保持していて、クルディスタン地域政府(英語でKurdistan Regional Government, KRG)の現在の大統領はクルディスタン民主党(KDP)党首のマスウード・バルザーニです。首都はアルビルですが、近くに大きな油田地帯がり、キルクークやモスルがその中にあります。
 このKGPはほぼ完全に米国の支配統率の下にあり、私が声援を送っている、いわゆる西クルディスタン、つまり、トルコとシリアの国境線の南でロジャヴァ革命を推し進めているクルド人集団とは、はっきり区別しなくてはなりません。ロジャヴァというのはクルド語で「西」を意味するのだそうですから、これを使うことにして、ロジャヴァのクルド人集団(百万人のオーダー)はその北のトルコ国内のクルド人集団(数百万のオーダー)と密接な政治的関係にあることは、私のブログ記事『クルド人は蚊帳の外』以後、何度も言及した通りです。
 このシリアのロジャヴァのクルド人集団を率いる政党はシリア・クルド民主統一党(略称PYD)で、その指導者はサレフ・ムスリム、その軍事部門が、今シリアでの対イスラム国の戦いで最も目覚ましい戦果を挙げている、有名なYPG(人民防衛隊)で、その半数近くが女性兵士です。男子兵士と女子兵士は完全に平等と伝えられています。ところが、今回スイスのジュネーブで始まったことになっているシリアの停戦会議に出席を希望してジュネーブに出かけたサレフ・ムスリムは門前払いを食らって追い払われました。ロシアはロジャヴァの代表の参加を強く求めたようですが成功しませんでした。トルコのエルドアン大統領の猛反対がその主な理由でしょう。ロジャバとその北に連なるクルド人の撲滅、浄化を目指すエルドアン大統領は、ロジャヴァがシリア和平実現後に自治地区としてロジャヴァ革命が成就されることを絶対に許さないつもりなのです。一方、米国は、YPGの軍事力を、獰猛な飼い犬IS(イスラム国)をコントロールする手段以上のものとは考えていませんから、エルドアン大統領の人種政策に反対する気などある筈がありません。つまり、このままの成り行きだと、ロジャヴァのクルド人は、またしても、使い捨てにされるのでしょう。実際、米国は西クルディスタン(ロジャヴァ)と南クルディスタン(マスウード・バルザーニのKRG)を敵対関係にあるように仕向けています。クルド人全体の福祉など、米国の利己的視角から見れば、どうでも良いことなのです。
 今、シリアの戦局は北部の大都市アレッポの周辺で決定的な局面を迎えています。私なりに極言すれば、今度の停戦会議は、アレッポでシリア政府側が決定的勝利を収めるのを阻止するのが最大の目的で西側が提案したものです。アレッポとその北辺のトルコ/シリア国境がシリア政府軍によって制圧され、シリア国内でトルコや米国の代理戦争を行っているイスラム国軍その他への補給動脈が絶たれて反政府勢力が崩壊し、イスラム国の首都と称されるラッカからの撤退を余儀なくされることになれば、この巨大な嘘の全貌が白日の下に曝されることになります。西側はこれを回避したいのです。停戦会議が進行中に、飼い犬のイスラム国の主勢力は温存されてリビアのシルト周辺に移動することになるだろうと推測されます。

藤永茂 (2016年2月12日)

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1 コメント

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ISがリビアに移動? (池辺幸惠)
2016-02-15 07:17:11
なんとまあ・・・と、西欧とトルコの策謀には呆れるばかりです。ところでシリアで分が悪くなったISがリビアに移動するとされるのは、なぜでしょうか? 
 とにかく西欧が得手勝手にアフリカ中東を喰いものにしているのを見ると・・・ユダヤ教の選民意識も大変だけど、なんであんたたちキリスト教徒なの? キリストさまも泣いてるよ、ってね。
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