平安夢柔話

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白の祝宴 逸文紫式部日記

2013-04-29 12:46:38 | 図書室3
 先日紹介した「千年の黙 異本源氏物語」の姉妹編として書かれた小説です。

☆白の祝宴 逸文紫式部日記
 著者=森谷明子 発行=東京創元社 価格=1890円

☆本の内容紹介文
 平安の世、都に渦巻く謎をあざやかに解き明かす才女がいた。その人の名は、紫式部。親王誕生を慶ぶめでたき場に紛れ込んだ怪盗の正体と行方は?紫式部が『源氏物語』執筆の合間に残した書をもとに、鮎川哲也賞受賞作家が描く、平安王朝推理絵巻。

 前作「千年の黙」と同じく、紫式部(香子)と侍女の阿手木が探偵となって事件を解決していく王朝ミステリーです。

 この小説は応仁の乱のさなか、一人の貧しい娘が「紫日記」という本を写本するところから始まります。「これは有名な紫式部が書いた日記、しかも、私たちの二十代前のおばあさまの名が書かれているのですよ」と娘は母から教えられていました。そして写本し終わった娘は本の表紙に「紫式部日記」と題名を記します。何か、最初から謎めいた雰囲気でした。

 物語は寛弘五年(1008)にさかのぼります。
 彰子中宮が出産をひかえた寛弘五年秋、2年以上里下がりをしていた香子は久しぶりに彰子が里下りしている土御門第に出仕します。
 そこでは、女房たち全員に彰子の出産やその前後の儀式の様子を日記に書き残すようにという、道長からの命令が出されていた最中でした。そして、その女房たちの日記をまとめる役を命じられたのが香子でした。香子はいささかうんざりしながらその仕事に取りかかります。

 やがて彰子は無事に帝の第2皇子を出産、土御門第全体がお祝い一色に包まれます。
 ところがそんなお祝いムードのさなか、中納言隆家の邸に盗賊が押し入り、盗賊の一人が土御門第に逃げ込んだあと姿を消すという事件が起こります。
 香子の腹心の侍女、阿手木の夫、義清が隆家の郎党である関係もあり、好奇心旺盛な香子は密かに事件の探索を始める…、というのが、この小説の序盤のあらすじです。

 ストーリーをこれ以上書くとものすごいネタばれになってしまうので、私の気がついたことや感想に移りますね。と言っても、感想の中にかなりネタばれがあるかもしれませんが。

 まず「紫式部日記」について。

 上の方で触れた彰子の出産や儀式をまとめた日記というのはもちろん、後世「紫式部日記」と言われている日記です。作者も紫式部だと言われていますが、何とこの小説では、「この日記は紫式部が書いたものではなく、複数の女房たちの書いた日記を紫式部がまとめたものであり、当の紫式部はほとんど筆を入れていない」と描かれているのです。

 確かに私も「紫式部日記」を始めて読んだとき、「何か不思議な日記」と思いました。出産にまつわる出来事が書かれていると思ったら、女房たちに関する批評になってみたり、誰かに宛てた手紙のようになってみたり…。
 そのような点で作者によるあとがきによると、「記述や文体がばらばら」なのだそうです。しかもこの時代から200年後に生きていた藤原定家の記録には「紫日記」とあり、誰が「紫式部日記」という題名をつけたのかは全く不明だそうです。そう考えると作者複数説は一つの説として興味深いと思いました。とにかく千年も前のこと、うん、こういう考え方も出来るのですね。

 ところで私が、「紫式部日記」を読んで面白いと思ったのは、昼寝をしていた宰相の君を起こしてしまう場面と、小少将という女房に対して「かわいらしい」と思う場面です。紫式部ってお茶目だなあと思いました。
 ところがこの小説によると、この場面も紫式部とは一切関係がなく、別の女房が書いた記述だということ、そしてその女房がこの小説の大きな鍵を握っているのです。私も読みながらびっくりしました。

 「紫式部日記」についてはこのくらいにして、登場人物や小説全体の感想に移りますね。

 これは前作「千年の黙」とも共通するところなのですが、作者の中関白家、ことに定子中宮の2人の遺児たち(定子中宮の遺児は3人いましたが、末娘の(女美)子内親王は寛弘五年の秋の時点では世を去っています)に対する深い同情を感じました。
 二宮が生まれてしまったことから彰子中宮と引き離され、隆家や伊周の邸、宇治の寺などを転々とし、「いつも僕を仲間はずれにする」と投げやりになる敦康親王や、自分の不幸な境遇から彰子中宮を恨み、意固地になってしまっている修子内親王。女房たちも次々に去ってしまい、世話をする人も少なく、寂しい環境に置かれた幼い宮たち…。
 私は定子中宮亡き後の遺児たちに目を向けたことがほとんどなかったので、2人の境遇には読んでいて胸が痛くなりました。
 それでも特に修子内親王に関しては小説のラスト近くに腹心の女房や童も出来、少しですが明るい希望が感じられて良かったです。これなら清少納言ともだんだん仲良くなれそうですし。

 その他にも、歴史上の人物が多数登場しますが、今作は阿手木や義清はもちろん、小仲や糸丸といった個性的なオリキャラの活躍が目立ったように思えました。前作でもそう感じたのですが、童というのは神出鬼没でいくらでも活躍できるのですね。そう考えるとこの小説はどちらかというと、彰子中宮の出産や「紫式部日記」を背景とした、時代小説という色が濃いかもしれません。その点、特に平安時代好きでなくても楽しめると思います。

 ただ私は謎解きというのが苦手なので、香子の推理力について行けないところもありました。特に「出産の時は女房たちは白い装束をたくさん用意するが唐衣と裳は1枚しか用意しない」と同僚女房から聞いたとたん「謎が解けた」という場面は「えっわからない!」でした。でも、最後の方に丁寧な種明かしの場面がありましたので、ここでわからなくても充分楽しむことが出来ました。次はどうなるのか気になって、長い小説ですがわりと短期間で読むことが出来ました。

 さらにこの小説にはもう1冊、「望月のあと」という姉妹編も出ています。こちらも読みましたので、近々紹介したいと思っています。

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