マーちゃんの数独日記

かっては数独解説。今はつれづれに旅行記や日常雑記など。

東京歴史散歩を終えて

2012年10月31日 | 江戸の川・東京の川

 10月27日(土)、都高教退職者会の東京歴史散歩開催。参加者は8名。10名以上の参加者を期待して、準備を進めて来たマーちゃんとしは、やや落胆。晴れと予想されていた天候は曇り時々晴れ。暑からず寒からず散策日和でしたが・・・。今日のブログはその概略。

 集合10時の15分ほど前の事、丸ノ内線後楽園駅「後楽園方面口」で参加者を待っている私の傍らで、親しげに挨拶を交わす紳士然としたお二人の会話に、聞き耳を立てると「数年前は両国が集合場所でしたね」との言葉が聞こえて来ました。ピンときて「失礼ながら退職者会の方ですか」とお聞きすると、「そうです」との返事。幹事では無い方の参加に気を良くしていたのですが、その後集いし方は、私も全て幹事5名のみ。10時5分には総勢7名で後楽園を後にしました。

 最初に訪れたのが北野神社(別名牛天神)。頼朝が東征のみぎり、菅原道真が夢に現れた故事を持ちます。集いし方々は何れも故事来歴がお好きな方々ばかりらしく、その謂れの書かれた掲示板をじっくり読み、そこから会話が一気に弾みます。神社の方から、牛天神の呼び名は「うしてんじん」と伺いました。(写真:牛天神への階段)
 歩む道は「巻石通り」。進み行く道沿いに神田川・神田上水や巻石通りの謂れが書かれた掲示板や地図板が何ヶ所もあります。その看板ごとに、私は説明を加えるのですが、この近所の高校に勤務していた方や、東京の地理にとても詳しい方がいて、私の説明を上回る解説が付け加えられ、担当の私の役割は半減しました。
 
 徳川慶喜終焉の地も過ぎ、訪れたのが本法寺。漱石は雑司ヶ谷墓地に眠りますが、夏目家の菩提寺です。”実踏”の時にそのお墓を捜すのに苦労したほどの、周りで一番小さなお墓。その小ささに惹かれ皆さんをご案内。受付で購入したお線香を供えてのお参りです。神田川流れる谷合に建つ家々の屋根が見渡せる小高い丘に墓はありました。(写真:本法寺内にある夏目家の墓)





 更に進んで、神田川沿いの江戸川公園に到着。ここまでで既に1時間半以上の時間経過。かって江戸川と呼ばれた川の名残が公園名に残ります。関口にある大洗堰跡を見ながら議論されたことは、神田川の流水を神田上水側に汲みあげた技術について。幹事の私は上手く説明出来ませんでした。反省!

 更に上流に向かい、冠木門から椿山荘へと入りました。参加者の多くが裏門からの入園は初めてとのこと。折しも2組の結婚披露宴のカップルと祝福に集いし人々が庭園に現れ、華やかな雰囲気を醸し出します。それに加えて、三重塔と花の園の椿山荘。今日の散策で一番アクセントの強いポイントでした。(写真:改修完了した三重塔)



 (三重塔内に、新たに安置された聖観音菩薩像)

 13時開始が予定されている懇親会。時間が切迫して来ました。関口芭蕉庵は早足の見学となり、新江戸川公園はカット。永青文庫は外からの建物観察だけとなってしましました。幹事としては、春の花の見頃に再度訪れて、この辺りをじっくり見学して下さい、との苦しい言い訳。
 
 懇親会は目白通り沿いの和食「いり江」で。平岡会長も漸く到着し、1260円の松花堂弁当をツマミに生ビールで喉を潤し、昇り降りの多かった散策の疲れを癒して会を終了したのでした。
  

 


 


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