この1年間で読んだミステリーの中では横山秀夫著「64(ロクヨン)」が断然面白かったが、一番感動した本では「拉致と決断」。著者は言うまでもなく、朝鮮民主主義共和国(以下北朝鮮と記す)に拉致され、2002年に帰国する事が出来た、蓮池薫さんである。
彼の著作では「半島へ、ふたたび」を読んでいた。
第一部「僕がいた大地」は、観光案内書には載らないような韓国の、旅行の案内書になっていた。一度はここを訪れたいと思えてくる筆運びである。第二部「あの国の言葉を武器に、生きていく」は、韓国語・朝鮮語の翻訳家として生きて行こうとする決意と、その翻訳に悪戦苦闘する様子が描かれていた。この作品で新潮ドキュメント賞を受賞するのだが、率直に語る表現から、彼の人間性に共感を覚え、翻訳書「孤将」を借りて来てきた。こちらは未読である。ただ拉致された時の様子や北朝鮮での生活振りには余り詳しくは触れられていなかった。「拉致と決断」が出版されると、図書館の順番を待ち切れず、すぐさま購入し、一気読みした。昨年10月のことである。
今年に入って再読した。
2002年10月15日、日本滞在2週間の予定で”一時帰国”した彼は、人生最大の決断を迫られることになる。子2人が暮らし待つ北朝鮮に戻るべきか、親兄弟のいる日本にとどまって子どもを待つべきか。結論は自分の生活は犠牲にしてでも、我が子を守る為に北への帰国。この結論を巡っての激しい兄弟論争。しかし熟慮を重ねての最終決断は、日本に残ること。その決断を聞き、半狂乱となる妻の説得。涙なしには読み進められない展開が冒頭から始まる。
拉致され、招待所や収容所での絶望的な日々。結婚し親となってからは、この子たちを朝鮮の子として育て上げようと決意し、生きる目的を持てた日々。しかし、自由と夢と帰国への希望を完全に断ち切られた状態での24年間。その間には、中国への脱出可能と見える瞬間も訪れるが、冷静に判断し、その道を選択しなかった苦渋の”決断”もあった。
招待所で接した”おばさん”達との交流や、北朝鮮の人々の生活振りや風俗慣習なども語られ、興味深い。行間には、拉致され、今なお異国で困難な生活を強いられている同胞への思いが滲み、一刻も早い帰国への思いが語られる。
自分達が帰国して1年7ヵ月後、二人にとって長く苦しい時を経ての親子の再会。
この本は自らの生活を振り返るのに良い機会を与えてくれた。長い年月を耐え抜いた彼の人生の一端に触れるとき、耐える事に弱くなった自分の心持に喝!