この10年間に限って言えば、ミステリ-では横山秀夫の作品を一番多く読んで来た。その理由は、兎も角面白いからである。読んだ10数冊の本の中でも、「陰の季節」(松本清張賞受賞)、「動機」(日本推理作家協会賞受賞)、「第三の時効」(山本周五郎賞候補)、「半落ち」(直木賞候補)、「クライマーズ・ハイ」(山本周五郎賞候補)などの、受賞作品や候補作品が、私の中でも取り分け印象深い作品だ。しかし、2005年に書き上げた「震度0」以来、作品発表が途絶えていた。
昨年11月の朝日新聞インタビュー記事を読んで驚いた。『横山秀夫、7年の沈黙を経て原点 64』と題して、凡そ次の様に書かれていたからだ。
『「64}は、「陰の季節」で始まる「D県警シリーズ」の書き下ろしとして、2000年ごろから書き始めたが2度も中断。宙に浮いた作品をどうにか仕上げられないか、と考えるうちにうつ状態になった。毎晩0時から朝8時までパソコンの前に座っても、1行も進まないまま画面を見つめていた。書こうにも書けない状態でした』とある。うつの状態になっていたとは!
『作家になれ、読者が付いてくれたという数少ない僥倖(ぎょうこう)を簡単には捨てられないという思いがあった。横山秀夫の第2ステージの始まりだ、と作品を位置づけると意識が切り替わった。これを書かずに死ねるか、との気持ちに切り替えて、再び書き始められた。』と続く。
彼の真骨頂は、大きな組織に押し潰されそうになりながら信念を貫く男たちを描くところにある。組織の中で生きる個人を書いていく、と改めて決意し、警察小説の誕生に繋がった。
そんな彼に関して忘れられない”事件”あった。2003年に「半落ち」が「このミステリーはすごい!」、「週刊文春ミステリー10」の両方(以下両紙と略記)で1位となり、第128回直木賞受賞の最右翼と目されながら、受賞を逸した。「この作品は、ミステリーとして根本的な部分でミスがある」とその原因を指摘する選考委員もいて、その後幾多の経過をへて、横山秀夫は上毛新聞のインタビューで”直木賞との決別宣言”をするまでになってしまった。
「64」が今回も両紙で第1位の人気を博そうが、直木賞受賞はないだろう。その当時も横山寄りで、事件の推移を注目していた私としては、彼の再起と、再度の”ナンバーワンのランクイン”がとても嬉しい。
(付記。彼は都立向丘高校を卒業後、大学を経て上毛新聞入社の経歴を持つ)