20年に及ぶブログ活動の集大成 → <a href=https://blog.goo.ne.jp/chorinkai/e/3d8eb22fad45ce7b19d6a60e8a70b7e7" target="_blank">★仏様の指
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東京裁判史観の虚妄を打ち砕き誇りある日本を取り戻そう!
そう願う心が臨界質量を超えるとき、思いは実現する
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■超拡散記事『石平氏の虚偽発言「帰化人第1世はやっぱり(選挙に)出ない方が良い』【「水間条項」国益最前線ブログ】
■超拡散記事『十倉経団連の「選択的夫婦別姓」は戸籍廃止を目論む中国政府の意向』【「水間条項」国益最前線ブログ】
■国内外に拡散宜しく『安倍晋三ファン必見10連発動画』
■超拡散記事『上限の無い特定技能外国人(移民)に認めるバス運転手・鉄道運転手に貴方の命を預けられますか!』
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確固たる信念を持つことが、すなわち毅然とした人格をつくりあげるのである。そうした信念は、善悪の判断はもとより、バランスのとれた判断が要求されるすべてのものに関係している。あわてて結論を出してはならない。一般にわれわれは判断力の欠如よりも、むしろ性急であるがために道を誤るものだ。問題を吟味するのに時間をかけさえすれば、たいていは正しい結論を引き出せるのである。
『自分を鍛える!』
( ジョン・トッド、三笠書房(2002/02)、p68 )
2章 “いい習慣”をつくれば疲れないで生きられる!
◆何でも「一期一会」の心で事を処する
すぐれた学者は一つひとつの単語をしっかりと記憶に刻み込もうと努力するので、再びその単語が出てきても辞書に頼る必要はない。仲間がその語の語源や文法上の性に対して疑義を提起するかもしれない。そして、この学者はその単語を調べた時、その点がどうであったか答えられないかもしれない。でもそれに対する自分の考えはすでに決まっており、確固たる意見を持っている。今、どういう段階を経てその結論に達したのか説明できないだけのことである。
何事に対してもそうあるべきだ。問題を調べる場合、おおざっぱな概念だけをつかんでおこうという態度で調べてはいけない。急いでいるとしても、徹底的に調べられるまで待つべきだ。
重要性の大小にかかわらず、たとえそれが何であろうと、少なくとも調べる価値があるのなら徹底的に調べるべきである――二度と調べる必要のないくらいに、そうすれば、いつまたその問題が持ち上がっても、考えは決まっているのであわてふためかないですむ。
確固たる信念を持つことが、すなわち毅然とした人格をつくりあげるのである。そうした信念は、善悪の判断はもとより、バランスのとれた判断が要求されるすべてのものに関係している。
あわてて結論を出してはならない。一般にわれわれは判断力の欠如よりも、むしろ性急であるがために道を誤るものだ。問題を吟味するのに時間をかけさえすれば、たいていは正しい結論を引き出せるのである。
ラティマー師(1485頃―1555。英国の宗教改革者)が長年抱き続けてきた信念を最後まで曲げず殉教した話を読むたびに、いつも私は涙ぐむほどの感動を覚える。まわりの人々はラティマー師に、師の信仰のほうが正しく、カトリック教徒こそ間違っているのだと異論を唱え、それを証明すべきだ、としきりにすすめた。師は、自分が年老いていて、精神力もいささか衰えていることを自覚していたので、どうしても異議を唱えようとはしなかった。そのようなことは若く精力的な人々にゆだねることにし、自分は自分の信じることのみを繰り返しつつ世を去った。
その問題に関しては、すでに自分のあらん限りの知力を傾注して検討し尽したと思っていたので、今さら自分の信念が間違っていないことをあらためて証明する気などなかったのである。
こうした確固たる信念に基づいた態度や、かくも深く根を張り微動だにもしない人格があってはじめて、いかなる苛酷な審問にも耐え、どんな攻撃にあっても超然としていられるのである。
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東京裁判史観の虚妄を打ち砕き誇りある日本を取り戻そう!
そう願う心が臨界質量を超えるとき、思いは実現する
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■超拡散記事『石平氏の虚偽発言「帰化人第1世はやっぱり(選挙に)出ない方が良い』【「水間条項」国益最前線ブログ】
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確固たる信念を持つことが、すなわち毅然とした人格をつくりあげるのである。そうした信念は、善悪の判断はもとより、バランスのとれた判断が要求されるすべてのものに関係している。あわてて結論を出してはならない。一般にわれわれは判断力の欠如よりも、むしろ性急であるがために道を誤るものだ。問題を吟味するのに時間をかけさえすれば、たいていは正しい結論を引き出せるのである。
『自分を鍛える!』
( ジョン・トッド、三笠書房(2002/02)、p68 )
2章 “いい習慣”をつくれば疲れないで生きられる!
◆何でも「一期一会」の心で事を処する
すぐれた学者は一つひとつの単語をしっかりと記憶に刻み込もうと努力するので、再びその単語が出てきても辞書に頼る必要はない。仲間がその語の語源や文法上の性に対して疑義を提起するかもしれない。そして、この学者はその単語を調べた時、その点がどうであったか答えられないかもしれない。でもそれに対する自分の考えはすでに決まっており、確固たる意見を持っている。今、どういう段階を経てその結論に達したのか説明できないだけのことである。
何事に対してもそうあるべきだ。問題を調べる場合、おおざっぱな概念だけをつかんでおこうという態度で調べてはいけない。急いでいるとしても、徹底的に調べられるまで待つべきだ。
重要性の大小にかかわらず、たとえそれが何であろうと、少なくとも調べる価値があるのなら徹底的に調べるべきである――二度と調べる必要のないくらいに、そうすれば、いつまたその問題が持ち上がっても、考えは決まっているのであわてふためかないですむ。
確固たる信念を持つことが、すなわち毅然とした人格をつくりあげるのである。そうした信念は、善悪の判断はもとより、バランスのとれた判断が要求されるすべてのものに関係している。
あわてて結論を出してはならない。一般にわれわれは判断力の欠如よりも、むしろ性急であるがために道を誤るものだ。問題を吟味するのに時間をかけさえすれば、たいていは正しい結論を引き出せるのである。
ラティマー師(1485頃―1555。英国の宗教改革者)が長年抱き続けてきた信念を最後まで曲げず殉教した話を読むたびに、いつも私は涙ぐむほどの感動を覚える。まわりの人々はラティマー師に、師の信仰のほうが正しく、カトリック教徒こそ間違っているのだと異論を唱え、それを証明すべきだ、としきりにすすめた。師は、自分が年老いていて、精神力もいささか衰えていることを自覚していたので、どうしても異議を唱えようとはしなかった。そのようなことは若く精力的な人々にゆだねることにし、自分は自分の信じることのみを繰り返しつつ世を去った。
その問題に関しては、すでに自分のあらん限りの知力を傾注して検討し尽したと思っていたので、今さら自分の信念が間違っていないことをあらためて証明する気などなかったのである。
こうした確固たる信念に基づいた態度や、かくも深く根を張り微動だにもしない人格があってはじめて、いかなる苛酷な審問にも耐え、どんな攻撃にあっても超然としていられるのである。