電脳筆写『 心超臨界 』

良い話し手になるゆいつの法則がある
それは聞くことを身につけること
( クリストファー・モーレー )

こういう人は立派な教師である――斎藤孝さん

2008-05-05 | 03-自己・信念・努力
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「日本を教育した人々」
【 斎藤孝、ちくま新書、p40】

脳が感じる感情には、セロトニン神経系が働く落ちついた幸福感と、ドーバミン神経系の興奮する快感、そしてノルアドレナリンが関与する不快感の、だいたい三つの種類があるそうだ。

松陰は、人柄としては落ち着いた人物であった。激昂したり、声を荒げることもなく、いつも丁寧な口調で塾生に接していたという。おそらく小さい頃からメンタルコントロールができていたのであろう。いちいち一喜一憂せず、喜怒哀楽を表に出さない人だった。その意味ではセロトニンの神経系が発達している、情緒の安定した人だったといえよう。

その証拠に、死罪に当たるような罪ではないのにそう宣告されたときも、彼は驚くほど淡々とそれを受け入れ、逍遥として死に赴いたといわれている。いろいろな在任を見てきた人が、いつもと変わらない松陰の様子を見て意外に思ったという記録が残っているぐらいだから、本当に落ち着いた人だったのだろう。

そのようなセロトニン系の安定思考を持ちながら、書物を読むと興奮できることがまさに「教育する人」にとって一番重要な才能だ。読んでみたらわかるが、「孟子」はそれほど興奮するような本ではない。しかし、一見地味に思える本当に優れたテキストを見つけてきて、それがいかにすばらしいかを、自らの素直な心の動きや感動を交えて語ることができるのが、人を教育する人である。

たとえば理科の先生で、「光合成」のすばらしさに感動して、夜も眠れないという人がいたとする。こんなにも優れた仕組みのお陰で私たちが生きていられるという、その光合成の奇跡に興奮して、もう語らずにはいられない。次の日に子供たちに向かって、光合成がいかに神秘の達成であるかということを熱く語り、それを解明した人間のすばらしさを語らずにはおられない。こういう人は立派な教師である。

なぜなら熱く語れるのは、そのことの本当の価値を知っているからである。光合成に限らず、何かについて熱く語れる人は、その人のいわば興奮状態が他の人にも伝染し、心を動かしていく。それが教育という営みになっていく。

いま私は、教師を目指す人々に向けて、「すごい! すごすぎるよ!! シート」というのを作っている。そして「遺伝子」や「不定詞」「大化改新」「廃藩置県」などのテーマを与えて、熱く語るレッスンをやっている。たとえば廃藩置県について熱く語れない人は、もう歴史を語る資格なしというような感じでレッスンを進めるのだ。

たんに知識の羅列ではいけない。その意義をクリアに捉えて、そのすごさがいかに自分自身に伝染して、化学反応を起こしてしまったのかを語らなければいけない。「これは、こんなにすごいんだよ」という、教師自身が知識と遭遇したときに経験する化学反応を生徒にも引き起こさなければならない。

昔、理科の実験で、マグネシウムが燃えるのにビックリした経験はないだろうか。いわば、あの実験の興奮を、先生自身が燃えて、再現するのである。先生が化学反応して燃えてしまった。よくあんなに燃えられるな! 先生を燃やしてしまうそれは何の物質だ? と生徒もびっくりする。そのとき先生と一緒にテキストを読んでいれば、「『孟子』とはそういうものか」とわかるので、生徒も一緒に興奮できる。

たんに『孟子』を読んで、「休み明けに試験をするから」と言っても、ほとんどの人は興奮しない。もちろん勉強とは本来面白いものだから、一部の才能ある人たちは受験勉強にさえ興奮して、喜んでやっている。未知のことが既知になる瞬間は、誰にとっても楽しいことに違いないはずだ。しかし普通の人間は、すぐにそこまで行き着けない。だから興奮を教える先生が必要なのだ。何がすごいかを伝えるのが先生の仕事である。

松陰は、ふだんはセロトニン系の落ちついた人だったのに、教えることに対しては、自分がいまどう興奮し、感動しているかを、漫画『巨人の星』の主人公・星飛雄馬のように、瞳をメラメラと燃えあがらせて、それを生徒の前であからさまに見せることができる人だった。先生のなかには、常に落ち着いて語る人もいるだろうが、自分の興奮を見せることができるのは、教師としてはよりレベルの高い人だと思う。なぜなら、普通はそんなことをいちいちやっていては、身がもたないからだ。

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