今日は三番目の弟の三回忌でした。私の体調は、低気圧と寒暖の差で最悪だった。私たち兄弟は苦労して育った。その中で、まだ小学校低学年だった弟は、率先して新聞配達をした。そして、仕事でもある程度の地位に着き、亡くなる一週間前まで仕事の申し送りに通った。私が入院しているときも、暇を見つけては見舞いに通ってくれた。若くして逝った弟。奥さんや子供を残してこの世を去ることは、さぞかし心残りであっただろうと改めて思った。苦しい時に身体が不自由だったため、何もしてあげられなかった自分。絶対にこの病気を治して、弟の出来なかった分、お前の家族を守るから・・・。と墓前に誓った。
これは、信頼していた人に裏切られて悩んでいる、私の友人に元気になってほしくて・・・。
『失敗は成功の基』と言われるように、何事も人生は失敗を繰り返しながら新しいステップへの道は開かれる。今日は、サッカーの大きな試合が二つあるが、サッカーは、ミスのスポーツといわれている。シュートが決まるまでのパス回しなどの過程は、無数にある。瞬時に判断しなければならないだけに、ミスはつき物だ。しかし、ミスの裏にはチャンスあり!そのミスを反転攻勢のチャンスへつなげる。これがサッカー観戦の面白さであり、醍醐味である。『オシムがまだ語ってないこと』と言う本の中で、オシム監督がこう述べている。『なるべくミスをしないように、と気をつけてもあまり意味は無い。大事なのは、ミスや間違いを受け入れて、正すエネルギー、パワーがあるかどうか。ミスをしたときと違う方法を素早く考えつくかだ。』と・・・。これはサッカーに限ったことではなく、失敗や、自分に降りかかった災難を悩んだり、悔やんだり、恨んだり心配するよりも、次の一手にトライする事が大事だと思う。人は得てして、自分で限界を決めてしまいがち。もう一歩、踏み出せば、新しい自分の『世界』が開けるのに、その手前でためらってしまうことが多い。挑戦しないで嘆くよりも、失敗して学んだ方がどれほど人生を充実させることか。私も身をもって実感している。人生というより、一日の生活もトライとミスとの連続だと私は感じている。まずは、トライしましょうね。私もそうしてリハビリを続けてきましたから・・・。
最近、急にブログを閉鎖された方がいる。私がブログを開設したときからコメントのやり取りをしていた方で、ご自分の病気に常に前向きで、お互いに励ましたり力を貰ったりして頑張ってきた。いわばブログを通じての『戦友』・・・。理由は定かではないが、病気が悪化していないことだけを祈るばかりである・・・。
昨日は父の日。三人娘からは3枚のTシャツをプレゼントしてもらった。例のギャグ満載のTシャツを。(画像は後日)そして、85歳になる母が弟の営む日本蕎麦屋から生蕎麦を持って来てくれた。『今日は父の日だから・・・。』と言って。私が『俺は息子だよ』と言うと『何でもいいから食べて早く良くなれ』と・・・。一昨年三番目の息子を亡くした母には、闘病生活を続けている私が不憫というより辛かったのかもしれない。その晩、母の愛情を噛み締めながら美味しくいただいた。(涙)
ただ、家内が栄養のことを考えてのことだろうが、蕎麦の上に山芋、納豆をトッピングしてくれたので、箸をうまく使えない私には思わぬリハビリにもなった。(笑)
私がタイのバンコクへ赴任していた頃の話です。バンコクはメナム川の三角州にある都市。メナム川が運んできた赤土の上に建物が建っている。依って地盤が非常に弱い。その上、土地が水面と差がないので雨季には毎日のように洪水を起こしていた。知り合いになった建設関係の技術者にこの様な話を聞いた。『バンコクの高層ホテルやデパートは、基礎だけ日本の建設会社に発注して上物は単価の安い韓国の建設会社に出すんです。(今は分からないが・・・)』と。確かに私の会社も周りの地盤沈下に対して基礎がしっかりしていたので、周りと入り口の段差が50センチぐらい浮いてしまい、階段を取り付けたぐらいであった。まるで浮き船のようであったが、他の建物は逆に沈んだり、傾いたりしている建物があった。やはり、基礎は大事だなぁと感心したものである。確かに技術力もあるだろうが、基礎の重要性を知りぬいた上で手を抜かず地道な作業がこの結果をもたらしたのだと思う。今、私が取り組んでいるリハビリにも多くの共通点があり、学ばなければならないと当時のアルバムを見ながら思った。