ばあさまの独り言

ばあさまから見た世の中のこと・日常生活のこと・短歌など

庭石たちと語らう

2014年07月07日 | 随筆・短歌
 石や土や空はものを言わないものだと、仕事に追われていた頃には、そう決め込んでいました。ところが歳を取ってみると、石も土も木も空も大変なお喋りだということに気が付きました。
 それは幻聴ではありません。私が耳を澄ませて聞こうと心を空にして、無心に対象物に相対すると、声を持たない筈のそれらが急に雄弁になるのです。
 ここまでいうと読者の皆さんは、きっとああそれなら私も解りますよ、と仰って下さると思います。
 不思議なことに、それらは私の心を知っている訳ですから、私に都合良く返事をして呉れると思えそうですが、必ずしもそうではありません。多くは、「でもねえ」と反論の囁きを始めます。互いに意見が一致しなくて、私が独りで居る時は時間を忘れる程になってしまいます。
 私の家の南側の空き地は、以前は義父母が耕し、畑になっていました。義父母が老いて、畑仕事が出来なくなると、畑作の経験が殆どなく、自分一人では何も作れない私は、お花など植えていましたが、退職を機に思い切って夫と相談して、ささやかな庭を造って貰いました。
 知り合いになかなか腕の立つ庭師さんが居られて、「全て私に任せて下されば」とおっしゃいました。もちろんどのような庭にするか、考えていなかったので、喜んで一切の口出しをせずに、お願いしたのです。造園業もしておられる人ですが、我が家を造るときは、何時も弟子を一人だけ連れて、全て木も石もご自分で選び、配置も全てご自分で決めて造って下さいました。
 「池に水を入れると家がしけるからね」と枯山水にされたのも、庭師さんの決めたことです。竹の樋から落ちる水を自然石の手水鉢で受け、溢れた水が小さな池から、ややひょうたんに似た大きい方の池に入り、やがてくびれた池の真ん中を過ぎた所から、暗渠にして水は排水溝へと導かれるようにして下さいました。コンクリートを敷いた上の玉石ですから、雨水も真ん中の排水栓に自然に集まり、毎年汚れた玉石を洗ったりするのも楽しみです。
 大小様々な石を運び込み、「この石はここに置くのが正しいのです」とか、「これはあちらと対になっています」とか、石の種類とか、大きさ形など、灯籠や松や植え込みのさつきにしても、色まで相対する植え方になっていたり、そこには庭を造る上での決まり事が沢山あったようです。
 庭師さんは完成後はとても満足して下さって、毎年剪定や冬囲いに来て下さいました。年老いて病気をされ、やがて大松などの雪吊りは、私達が見よう見まねで受け継ぎましたが、その私達も今は、ちらりと雪が降ると、枝を揺すって、雪を落とすだけになりました。さつきなどの小さな木は、毎年私達の手で雪囲いをしますが、大松などは余程の大雪でもない限り、雪吊りの必要は無いようです。
 庭師さんは、「苔はその内にそれぞれ相応しい苔が自然に付きます」と仰いましたが、本当に今はすっかり見事な苔庭になりました。庭に不要なゼニゴケだけは、手で取る以外絶やす方法が無いらしく、それはせっせと取っています。
 庭を造り始めた頃、ある人が、「庭を造ると後の管理が大変で、費用もかかるし、自分が歳を取ることを考えておかなければ」と教えて下さいました。全く考えも及ばなかった事でしたが、確かに仰るとおり、毎日綺麗にしておくには手もかかり、消毒や施肥をしたり、剪定は本職を頼まなければならず、確かに管理の費用はかかります。
 しかし、庭を造って約30年になりますが、この庭に家族一同、どれ程心を癒やされたか解りません。愛するものに手入れするのは楽しみであり、余りある恩恵を受けて来たと思います。
 四季折々に色も姿も変える石や木々と会話していますと、話題は自由に時空を駆けますから、本当に楽しいものです。
 時折娘を亡くした時の悲しい昔を引き出したり、子育てにお世話になった義両親に、十分なことをしてあげられなかったのでは、という後悔に、辛い思いをすることもありますが、「やがてあちらで会えますよ。その時は思い切りお喋りしなさい」と囁かれ、そうだったと気持ちを取り直します。
 最後にまた坂村真民の詩集で、心を洗いたいと思います。
 「万物に仏心は宿る」と仰った、弘法大師空海の教えを、坂村真民は、綺麗な旋律で詠っています。

    石を見よ
 太古から坐り続けている
 石を見よ
 天地創造の
 不思議を知り
 人間進歩の
 歴史を知り
 善も悪も
 じっと見つめてきた
 石の声を聞け
 すべては変転し
 流転(るてん)するなかにあって
 一処不動
 達磨(だるま)のように
 坐り続けている
 廓然大悟(かくねんたいご)の
 石を見よ

 人間ゆえに

 木の悲しみ 木の怒り
 石の悲しみ 石の憤り
 鳥の悲しみ 鳥の叫び
 魚の悲しみ 魚の恨(うら)み
 なにもかも 人間ゆえに