孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

イラク・クルド自治政府が実効支配するキルクークをめぐり、イラク軍が奪還作戦開始の報道

2017-10-13 21:22:36 | 中東情勢

(住民投票終了後の25日夜、クルド自治区の中心都市アルビルでは、クルドの旗を手にした人や車であふれ、祝賀ムードに包まれた 【9月26日 読売】)

(【9月5日 朝日】)

独立を問う住民投票強行で“四面楚歌”状態へ
中東のイラク、シリア、トルコ、イランなどに暮らすクルド人が、第1次大戦後の列強による線引きによって分断され、“国家を持たない世界最大の民族”として、イラク・フセイン政権時代の化学兵器攻撃などの辛苦を経験してきたこと、シリア・イラクのIS掃討の過程において存在感を増したそのクルド人の処遇が今後の中東安定の最大のカギとなること(成り行き如何では、新たな中東動乱を惹起すること)などは、これまでも再三取り上げてきたところです。

イラクのクルド自治政府(クルディスタン地域政府 KRG)が悲願である分離独立に向けた住民投票を強行する構えであることは、9月22日ブログ“スペイン・カタルーニャ州とイラク・クルド人自治政府  独立を問う住民投票が近づき、緊張も高まる”でも取り上げました。

住民投票は9月25日に強行され、予想されたように独立賛成が9割を超える圧倒的支持を集めました。

クルド側の熱狂に対し、イラク中央政府、やはりクルド人を多く国内に抱え波及を警戒するトルコ・イランは空路封鎖や境界での合同演習などで圧力を強め、IS掃討でクルド人勢力と協調してきたアメリカも対IS戦線のほころびを警戒して“失望”を表明するなど、国際的にはクルド側は四面楚歌(クルド支持はイスラエルのみ)の状況に置かれています。

“クルド住民投票 「100年の夢がかなった」 “国家なき民”の悲願”【9月26日 産経】
“米政府、クルド人の住民投票に「深く失望」”【9月26日 産経】
“イラン、西部でミサイル増強=クルド人の動き警戒か”【9月26日 時事】
“住民投票で独立賛成多数 クルド議長「脅迫より対話を」”【9月27日 産経】
“「空港返せ」「油田返せ」イラクと周辺3カ国が独立反対で四面楚歌のクルド人”【9月28日 Newsweek】
“クルド領内へ運航中止続々=空路の封鎖強化―イラク”【9月28日 時事】
“強まるクルド包囲網 トルコ、イランが圧力”【9月28日 産経】
“クルド自治政府、イラク政府の要求拒否=対立激化、孤立深める”【9月29日 時事】
“イラクのクルド自治区、外国人が続々脱出 国際線禁止受け”【9月29日 AFP】
“クルド自治区への国際線、全線欠航へ”【9月29日 産経】
“クルド問題、米はイラク統一支持 ISへの悪影響を懸念”【9月30日 朝日】
“イラク首相、クルド自治区の石油収入は中央政府が管理と主張”【10月2日 ロイター】
“<イラン・イラク>クルド境界付近で合同軍事演習”【10月3日 毎日】
“<イラク中央銀行>クルドにドル供給停止 独立投票への報復”【10月4日 毎日】
“クルド独立阻止へ制裁強化も=断固反対で一致―イラン・トルコ首脳”【10月4日 時事】
“イラクとの国境・空域閉鎖へ=クルド自治政府の独立投票で―トルコ”【10月5日 時事】

油田地帯キルクークをめぐり“一触即発”状態 イラク軍は奪奪還作戦開始とも
投票結果を受けて即独立宣言という訳ではなく、今後に向けて長期的にイラク中央政府も何らかの対応が必要なことの認識はあるとも言われていますが、双方にとって譲れないのは、自治区外にあってクルド側が実効支配しており、今回住民投票の対象となった油田地帯キルクークの扱いです。

****キルクーク州****
イラク北部の州。州都キルクーク。元々クルド人が多く住んでいたが、20世紀初頭に油田が見つかり、他の民族も移り住んだ。
 
フセイン政権(1979~2003年)はクルド人を追放し、アラブ人を移住させる「アラブ化政策」を推進。03年のイラク戦争後はクルド人が戻り、多数派になった。【10月5日 朝日】
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住民投票直後にイラク議会は、キルクークの油田奪回に向けた動議を可決しています。

****産油地帯に部隊派遣決議=反クルド、空路封鎖―イラク****
イラク議会は27日、北部のクルド自治政府が実効支配するイラク屈指の産油地帯キルクークを含む係争地域に向け、イラク中央政府が部隊を派遣し、油田を奪還するよう求める動議を可決した。

自治政府が、中央政府と帰属を争うキルクークで独立の是非を問う住民投票を強行したため、強い反発を招いていた。
 
自治政府は「独立賛成」の民意を盾に、1〜2年かけ独立交渉を中央政府と行いたい考えだが、アバディ首相は27日、「投票と結果を無効にしなければ協議に応じない」と一蹴。また、自治政府の治安部隊ペシュメルガの係争地域からの撤退を要求し、軍事的緊張も強まってきた。(後略)【9月27日 時事】
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クルド側も、キルクークはもともとクルド人が多く居住していた地域であること、また、キルクークの石油収入を独立後の財政的柱にしていることから、譲る気配はありません。

こうした事態を受けて、クルド側が実効支配するキルクークでは“一触即発”の状態が続いています。

****キルクーク、一触即発 クルドが支配「イラク軍来るなら応戦****
イラク有数の油田地帯がある北部キルクーク州をめぐり、少数民族クルド人を主体とする同国北部の自治政府「クルディスタン地域政府」(KRG)と、イラク政府が「一触即発」になっている。

同州は両政府が帰属を主張する係争地だが、KRGは独立の賛否を問う住民投票を同州でも強行し、緊張を高めた。

一方、住民の間には「和解と安定」を望む声も強い。
 
「我々は交渉による問題解決を望む。だが、イラク軍が来るなら、応戦する準備はできている」
4日、キルクーク州北西部にあるKRGの軍事組織「ペシュメルガ」の西部前線司令部。ケマル・キルクーキ司令官が断言した。
 
KRGは先月25日に住民投票を実施。イラク国会は「対抗措置」として、キルクーク州を実効支配するKRGから同州を取り返すため、イラク軍を派兵するようアバディ首相に求める決議を採択した。
 
兵器や装備ではペシュメルガはイラク軍に劣る。だが、過激派組織「イスラム国」(IS)の2014年の攻勢時、総崩れになったイラク軍に対し、ペシュメルガは戦闘の前線に立ち、キルクーク州などでISを撃退した。キルクーキ氏の「強気発言」には実績に基づく自信がうかがえる。
 
キルクーキ氏は住民投票では独立賛成が9割超だったと強調し、こう続けた。「我々は住民の意思を尊重する。独立を勝ち取るのに必要な士気と能力が、ペシュメルガにはある」

 ■両政府とも油田依存
KRGとイラク政府がキルクーク州を手放せないのは、両政府ともに原油収入に依存しているためだ。
 
イラク北部のクルド語紙ハワルによると、KRGの歳入の約8割は原油収入だ。KRG自治区とキルクーク州で産出される原油は日量約60万バレル。キルクーク州産はその約4割という。
 
一方、イラク政府も歳入の約8割を原油収入が占める。キルクーク州産はイラク全体の産油量の約1割を占めるうえ、同州には未開発の油田も多いという。
 
また、キルクーク州の人口構成も問題を複雑にしている。同州の人口統計は未公表だが、ハワル紙の推計によると、クルド人5割強、アラブ人2割強、トルクメン人2割弱だ。
 
キルクーク州のアラブ人部族のシェイキ・アンワル族長は「ここはアラブ人、クルド人、トルクメン人が共存している。クルド人国家の一部ではなく、自治権を持つ特別州になるのが望ましい」。

ハワル紙のブルハン・ハジ・スレイマン編集長(45)は「キルクーク州の住民の多くは、多民族が共生し、ペシュメルガに治安を保障された現状に満足しており、その継続を望んでいる」と指摘した。【10月9日 朝日】
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事態は“一触即発”から、更に一歩踏み込んで“衝突前夜”の状況になっています。

****<クルド治安部隊>イラク北部キルクークに配置 侵攻に備え****
イラク北部クルド自治政府は12日までに、イラク北部の油田都市キルクークにクルド治安部隊「ペシュメルガ」の兵士約6000人を配置した。ロイター通信などが伝えた。

イラク中央政府軍がキルクークへの大規模攻撃を準備しているとの情報が11日ごろから流れており、クルド側は侵攻に備えた「自衛措置」としている。
 一
方、中央政府のアバディ首相は12日、「国民に武力を行使せず、クルド人とも交戦しない」と攻撃の意図を明確に否定した。

キルクークは公式には中央政府の管轄だが、2014年以降はクルド側が実効支配を続け、双方の係争地となっている。

自治政府は12日、「イラク軍のクルド地域への侵入を防ぐため」として、自治区の中心都市アルビルと中央政府側の都市モスルを結ぶ幹線道路の境界を封鎖した。
 
クルド自治政府は中央政府の反対を押し切り、9月25日にイラクからの分離・独立の是非を問う住民投票を強行。これに対し中央政府は自治区内の空港に乗り入れる国際線の運航を禁止するなどの制裁を発動し、「クルド封鎖」を進めている。【10月13日 毎日】
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“「国民に武力を行使せず、クルド人とも交戦しない」”(イラク・アバディ首相)とのことですが、前出のイラク議会の動議もあって、イラク軍はキルクークへの進軍を開始したと報じられています。

****イラク軍、クルド人勢力支配地の奪還作戦を開始****
イラク軍は13日、油田地帯として知られ、帰属をめぐって中央政府とクルド自治政府が対立するキルクーク県にあるクルド人勢力の軍事拠点の奪還を目指す作戦を開始した。
 
匿名でAFPの電話取材に応じたイラク軍司令官は「2014年6月に奪われた軍事拠点を奪還するため、イラク軍部隊が前進を開始した」と語った。(後略)【10月13日 AFP】
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つい先ほど報じられたニュースで、詳細はわかりません。

圧力をかける“進軍”にとどまるのか? 奪還に向けた“衝突”に至るのか? “衝突”した場合、戦線は拡大するのか? トルコ・イランはどう動くのか?・・・・等々、今後の展開が注目されますが、本格的衝突に至れば、中東情勢は新たな段階・混乱に進むことにもなります。

イラク中央政府は、先の住民投票を無効とする構えです。

****イラク裁判所、クルド自治政府の選管トップらに逮捕状****
イラクからの独立の是非を問う住民投票をクルド人自治政府が強行した問題で、イラクの裁判所は11日、自治政府の選挙管理委員会トップらの逮捕状を出した。イラク中央政府はこの問題をめぐって自治政府側への圧力を強めている。
 
イラク北部のクルド人自治政府は先月末、中央政府が違法と非難していたにもかかわらず住民投票を実施。法的拘束力はないものの、圧倒的多数が独立を支持した。
 
首都バグダッド東部の裁判所はハイダル・アバディ首相が議長を務める国家安全保障会議の請求に基づき、住民投票を実施した選挙管理委員会の委員長ら3人の逮捕状を出した。
 
同裁判所は3人について「イラク最高裁判所が違憲と判断し、中止を命じた住民投票を組織した」と指摘している。【10月12日 AFP】
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危険なまでに孤立した状態で、苦境に立ち向かうことになる
“四面楚歌”状態で孤立するクルド自治政府にとって、軍事的手段での独立達成は不幸な結果につながる選択と思われます。
現在の“一触即発”状態を招いた住民投票強行は、長期的戦略を欠いた選択であったようにも。

****クルド独立への道、崩れる理想と問われる是非****
住民投票を経て孤立、支援もなく四面楚歌

イラクのクルド人自治区の独立がまだ遠い目標であって喫緊の課題ではなかった2年前、当時クルディスタン大学の副学長を務めていたカリード・サリー氏(現在は学長)は新たな国家のあるべき姿を頭に描いた。
 
イラク北部のクルディスタン地域がモデルとすべきは、2006年に平和的にセルビアから独立したモンテネグロであってコソボではない。同氏はそう考えたと振り返る。コソボは暴力に訴えて独立を図り、セルビアや国連からいまだに国として認められていない。
 
「クルディスタンも最初にイラクから承認を受けることで事態はかなり穏健に進み、それによって国際社会の一員に加わることも容易になる」とサリー氏は指摘。「それがなければまず独立のために戦う必要があり、その後も国として認識されるために戦わなければならない。コソボを見れば一目瞭然だ」と続ける。
 
そのクルディスタンで25日、賛否ある中で独立の是非を問う住民投票が実施され、93%の有権者がイラクと別れる道を選択した。これにより、イラクのクルド人にとってコソボが通った独立への道はもはや最悪のシナリオではなく、それさえも可能かどうか微妙な情勢になった。
 
コソボには少なくとも、隣国のアルバニアに全面的に支援してくれる同じ民族がいた。セルビアからの独立を可能にしたのは、1999年に米国や西側の友好国が軍事作戦を展開したからだ。

一方、イラク内陸に位置し周囲国の善意のみによって成立しているクルディスタンは、背景が異なる。危険なまでに孤立した状態で、同地域は苦境に立ち向かうことになる。
 
過去20年で国際社会から独立が認められた国は、わずか3カ国。東ティモール、モンテネグロ、そして2011年の南スーダンだ。

これら国々はもともと所属していた国の政府から承認を得て独立した。それでも完全なサクセスストーリーとなったのは、北大西洋条約機構(NATO)の最新メンバーであるモンテネグロだけだ。

南スーダンはアフリカでも最も血なまぐさい争いのひとつとされる内戦によって荒廃し、すでに人口の3分の1が住む場所を失っている。
 
コソボの国連加盟は、ロシアが阻止した。中国、インド、そしてスペインなど自国内の分離独立運動を刺激したくない主要国も、コソボを国として認識していない。

米国務省も「深く失望」
過激派組織「イスラム国」(IS)へ抵抗する勢力の一角となったこともあり、イラクのクルド人たちはここ数年間で各国との友好関係を強化してきた。これら国々の多くは500万人の人口を抱えるクルド人自治区がいずれ国家として独立するかもしれないことを暗に受け入れた。

しかしISとの戦闘が終わらない中で25日に住民投票が実施されたことで、こうした恩情の大部分はかき消された。国家として新たに独立することが難しくなりつつあるなかで目的を達するために、イラクのクルド人はなるべく多くの友好国を必要としているが、彼らとの間にも不和が広まった。
 
イラク政府はほんの数カ月前まで前例がないほどクルド人自治区と友好的な関係を維持していたが、住民投票を強く批判。イラクに限らず自治区の隣国や地域の大国、そして米国も非難に回った。
 
独立への反発はイラク政府内で対立していた政治家たちすらをも団結させた。またシーア派が多数を占めるイラク政府は、つい今週までクルド人の自治政府を支援していたトルコのレジェップ・タイイップ・エルドアン大統領と互いに歩み寄っている。
 
イラクのシンクタンク、アルバヤンでマネージング・ディレクターを務めるサジャド・ジヤド氏は、「アラブの強硬派を含む誰もが、クルドが一国家として独立することを夢見るべきではないなどとは言っていない。しかしタイミングや国境の件など、まず解決しなければならない問題が複数ある。その中で今回のように強引に話を進めようとしたことが、多くの人をうんざりさせた」と話す。
 
米国務省は住民投票の前に厳しい警告を含む声明文を発表し、投票後は「深く失望している」と言及。投票によって「情勢はより不安定になり、クルディスタン地域やその住民に苦難がもたらされるだろう」とした。

意外なクルド人の団結
欧米諸国の多くの当局者からすれば、今回の住民投票のタイミングは正当な戦略的意図を持って決まったものには見えず、クルディスタン地域政府(KRG)のマスード・バルザニ大統領が地域内の政治的な都合で決めたようにうつる。

そのような事情もあり、各国からの反応はここまで厳しいものになった。2015年に任期が終わった後も退陣していないバルザニ氏は、クルド人の中のライバル勢力から抵抗を受けつつあった。
 
今回、投票に向けて有権者のナショナリズムをあおったことで、バルザニ氏は見事なまでに地域内の支持を集めることに成功した。
 
シンクタンクの国際危機グループ(ICG)でイラクを専門に研究するマリア・ファンタッピエ氏は、「住民投票はクルド人たちを真に団結させるイベントになった。自治区内の政治の状況を考えると、住民投票を求めていた人たちにとってすらこれは意外だった」と指摘。

「クルディスタンは住民投票を実施した影響に苦しむことにはなるが、投票を求めた指導者たちは、新たに生じる課題に対するテコを手に入れた(中略)自らの政治的正当性を再び主張できることになる」と話す。
 
25日の住民投票はイラクのクルド人たちの自治権が拡大することにはつながらず、少なくとも今のところはその逆に進んでいる。

KRGは長年にわたって国境検問所やアルビルとスレイマニエにある国際空港の運営を担い、ビザの発給や移民政策についてもイラクの他の地域とは異なる独自の制度を持っている。
 
しかしイラクのハイダル・アバディ首相は29日を期限とし、国境検問所と空港の管轄を連邦政府に委ねるよう求めている。KRGがこの求めに応じるとは考えにくいが、イラク政府の判断に逆らう航空会社はほとんどないだろう。エジプト、レバノン、そしてイランの航空会社はクルド人自治区への運航をやめるとすでに発表している。【9月29日 WSJ】
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