孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

ブラジル  民主主義のジレンマ? 汚職まみれの不人気大統領の「民意を気にしない改革断行」で成果

2017-10-04 23:04:34 | ラテンアメリカ

(ブラジルの汚職を描いた映画「連邦警察:法を超越する者などいない」の公開を宣伝するために積まれた偽札(8月28日、ブラジル・クリチバ)【9月12日 WSJ】 同作品は一千以上の映画館でヒットを飛ばしているとか)

汚職で起訴され、国民の信頼6%のテメル大統領 中長期的視点で重要な構造改革を「粛々とぶち上げている」】
ブラジルで国営石油会社ペトロブラスを舞台とする大規模汚職事件に政界全体が巻き込まれていることは、これまでもこのブログでも取り上げてきました。
(4月15日ブログ“ブラジル 汚職一掃の「洗車作戦」で閣僚8人、現職国会議員63人を含む98人が捜査対象”など)

テメル大統領も例外ではなく、6月に続き2度目の起訴を受けていますが、与党が議会を押さえている関係で公判開始には至っていません。

****<ブラジル>テメル大統領を2度目の起訴****
 ◇犯罪組織形成と司法妨害の罪で
ブラジルのジャノ検事総長は14日、政府機関を使い便宜を図る見返りに賄賂を集める犯罪組織を率いたなどとして、テメル大統領を犯罪組織形成と司法妨害の罪で起訴した。

大統領が被告として裁判に出廷するには、連邦下院の3分の2以上の議員による承認が必要。テメル氏の起訴は2度目だが、前回に続き、連立与党が多数を占める下院が公判開始を承認する可能性は低い。
 
起訴内容は、テメル氏や与党・ブラジル民主運動党(PMDB)の下院議員ら7人は、国営石油会社ペトロブラスなどの公共機関を悪用して便宜を図る見返りに、賄賂を集める犯罪組織を形成したとされる。
 
また、こうした実態を知るロビイストに口止めを図った司法妨害の罪でも起訴された。テメル氏は起訴内容を否定している。
 
テメル氏は6月、国内最大手の食肉加工会社「JBS」から50万レアル(約1700万円)の賄賂を受け取ったとして収賄罪で起訴されたが、連邦下院は8月、公判開始を認めなかった。【9月15日 毎日】
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テメル大統領が(他のブラジル政治家同様に)汚職に関与していることは、大統領就任前から指摘されていましたので、大統領起訴のニュースも別に驚きはありません。

そうした腐敗が公になるにつれて支持率が低下していることも、驚きではありません。
ただ、“国民の92%がテメル大統領を信頼していない”と、弾劾で罷免されたルセフ前大統領にも及ばない状態になると、民主主義国家としていかがなものか・・・ということにもなります。

****ブラジル国民の92%が大統領に不信感、新たな汚職疑惑で=調査****
調査機関IBOPEが28日に公表した最新世論調査で、ブラジルの現政権に対する信頼が一段と低下し、国民の92%がテメル大統領を信頼していないことが分かった。

大統領に国内食肉最大手JBSに絡む汚職疑惑が浮上したことなどが背景。

調査によると、テメル政権を「悪い」または「ひどい」と感じている回答者は全体の77%で、7月の前回調査時の70%から割合が上昇。政権を「素晴らしい」または「良い」と感じていた人の割合は、同5%から3%に低下した。

現在も大統領を信頼しているとの回答は、同10%から6%に低下した。

テメル大統領の支持率は、弾劾で罷免されたルセフ前大統領が記録した最低値を下回った。(後略)【9月29日 ロイター】
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こうした国民からの支持をほとんど失った状況では、まともな政策遂行もできないであろう・・・と思うのが常識ですが、こちらは非常に意外なことに、テメル大統領の改革断行でどん底状態にあった経済はプラス成長への回復基調にあるとか。(中央銀行の成長率予測で、17年は0.68%増、18年は2.8%増)

****ブラジルがまさかの「経済回復*****
テメル政権が「国民不人気改革」断行
・・・・景気後退のさなかにルセフ前大統領にとって代わったテメル政権発足から一年が過ぎたが、現政権の支持率は三十一年間で過去最低の五%にまで落ち込んでおり、民主主義への失望が国民の心理を覆っている。
 
混乱の詳細は改めて語る必要もないだろう。だが、株式市場はなぜか史上最高値を更新している。この「失望する国民」と「期待する市場」というパラドックスは何だろうか。

「首を切られて走り回る鶏」
同国の株価が上がる要因はいろいろある。ブラジルの金融環境は利下げ段階にあり、いわゆる「不況の株高」になりやすいことが一つ挙げられる。

また世界的に低金利で株式市場が割高(益回りの低下)になっており、リスクを取った海外資金が流入しやすいことも一因だろう。

だが、それだけで株価が一六年の安値から二倍に急騰したことの説明はつかない。疑惑の渦中にいるテメルは、驚くほど正しい政権運営をしている。

あの出鱈目な前政権で副大統領だったとは思えない。彼が犯罪者かどうかは別にして、短期的には景気対策を打ち、財政を手当てしながら、中長期的視点で重要な構造改革を「粛々とぶち上げている」のだ。少なくとも市場はそう認識している。

現地メディアは「首を切られて走り回る鶏」と例えるように、死に体が生きているのだ。(中略)

結論から言えば中道路線に急激な舵を切っている現政権は、短期間ですでに成果を出している。

ブラジルの労働法はこれまで柔軟な雇用を生み出す上で障害となってきたが、現政権は四月に改正案を出し、メディアには「困難だ」と言われながらも七月には改正労働法を可決成立させた。

またエネルギーやインフラ部門の改革も進めている。八月二十二日、政府は国全体の電力の四割を供給する最大の電力会社エレトロブラスの民営化を発表。その翌日には電力、空港、道路、港湾など五十七事業の民営化を矢継ぎ早に発表した。
 
同国において民営化は経営の効率化から汚職の減少まで、様々なメリットをもたらす。過去に大企業の民営化を行った時には、異論が噴出し、暴動やデモが起こったが、通信大手テレノルテや航空機メーカー大手エンブラエルなどを振り返れば、どれも民営化は成功したと言える。

他にも、鉱業、エネルギー、バイオエタノール、自動車など様々な業界でこれまでの保護主義的、官僚主義的なものを断ち切るべく各企業と議論を進め、国際競争力を高めるために多くのアジェンダを打ち出している。
 
また、これまで同国の経済成長を支え続けた世界三位の開発銀行である国立社会開発銀行(BNDES)についても、財務省の負担を減らし、金利収益モデルの見直し議論も行っている。

このように、前政権にはまったくできなかったことをテメルはやっており、やろうとしているのだ。(中略)
 
低支持率でも民意を気にせず
汚職捜査では与党も野党も右も左もメスが入っており、政局については「テメル降ろし」を含め、連立の行方も、明日の事も予想できない状況だ。

大統領選の行方などなおさら難しい。次期大統領選挙でテメルは出馬しない意向を示しており、仮に出馬しても勝つことはないだろう。
 
いずれにしても暫定政権は残り一年三カ月と時間は限られているが、景気を回復させ、部分的に構造改革をすることはできる。

今のように「低支持率でも民意を気にせず改革を進めていく」という新自由主義政権は過去にもあり、悲観することはない。ブラジルのように貧富の差が激しい国では自由主義と民主主義が相容れないことが多い。支持率低下もまた運命であり、捨て身の改革を断行しているとも言える。
 
一九四五年、米国の農場で首を切られても生きている鶏が話題になった。科学者を驚愕させたこの鶏を人々は「首なし鶏マイク」と呼び、その後十八カ月間生き続けたという。

今のブラジルは、まるでこの首なし鶏のように、「まだ生きている」状態だ。だが、同国民が「極めて無責任だった左派政権の後始末を現政権がやっている」と認識できず、次期大統領選で再び左派ポピュリズムが勝ち、切られた首の上に「余計な頭」を付けるなら、国民の失望と市場の期待という今のパラドックスは逆転する。

これには大きな不幸が待っている。何しろ、その頭は自分の体をついばんで「おいしい、おいしい」と食べるのだから。【選択 2017年10月号】
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話が横道にそれますが、「首なし鶏(ニワトリ)マイク」の話があまりに興味深いので・・・

【2011年09月20日 カラパイア】

****首なし鶏マイク****
コロラド州Fruita(フルータ、フルイタ)の農家ロイド・オルセンの家で、1945年9月10日に夕食用として1羽の鶏が首をはねられた。

通常ならそのまま絶命するはずであったが、その鶏は首の無いままふらふらと歩き回り、それまでと変わらない羽づくろいや餌をついばむようなしぐさをし始めた。翌日になってもこの鶏は生存し続け、その有様に家族は食することをあきらめ、切断した首の穴からスポイトで水と餌を与えた。

翌週になって、ロイドはソルトレイクシティのユタ大学に、マイクと名づけた鶏を持ち込んだ。科学者は驚きの色を隠せなかったが、それでも調査が行なわれ、マイクの頚動脈が凝固した血液でふさがれ、失血が抑えられたのではないかと推測された。また脳幹と片方の耳の大半が残っているので、マイクが首を失っても歩くことができるのだという推論に達した。

結果、マイクはこの農家で飼われることになったが、首の無いまま生き続ける奇跡の鶏はたちまち評判となり、マイクはマネージャーとロイドとともにニューヨークやロサンゼルスなどで見世物として公開された。

話題はますます広がるとともに、マイクも順調に生き続け、体重も当初の2ポンド半から8ポンドに増えた。雑誌・新聞などのメディアにも取り上げられ、『ライフ』、『タイム』などの大手に紹介されることとなった。

1947年3月、そうした興行中のアリゾナ州において、マイクは餌を喉につまらせ、ロイドが興行先に給餌用のスポイトを忘れたため手の施しようもなく、窒息して死亡した。

マイクの死後、ギネス記録に首がないまま最も長生きした鶏として記録された。【ウィキペディア】
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写真を見ると、一層信じがたいものに思えます。

閑話休題。ブラジル、テメル大統領の話です。

汚職まみれで、国民の信頼を完全に失っているテメル大統領ですが、“次”がないこともあって、国民の人気取りの必要もなく、不人気でも必要な政策を断行し、急速にその成果を実現している・・・・ということのようです。

ただ、これは“民意”が錦の御旗とされる“民主主義”を信奉する立場からすれば、なんとも具合の悪い話でもあります。

“ブラジルのように貧富の差が激しい国では自由主義と民主主義が相容れないことが多い”ということ、ひところアジア諸国でもよく見られた“開発独裁”、昨今の“民意”を振りかざすような“ポピュリズム”の台頭、あるいは、目覚ましい成長を実現する“非民主的”中国モデルなども併せて論ずべき問題でしょうが、いささか手にあまるので今回はパスします。

とりあえずは、言い古されたチャーチルの格言「民主主義は最悪の政治といえる。これまで試みられてきた、民主主義以外の全ての政治体制を除けばだが」ということで・・・・

中南米各国に波及する大手ゼネコンのオデブレヒトによる贈収賄
なお、大手ゼネコンのオデブレヒトが国営石油会社ペトロブラスからの仕事を受注するために政界に賄賂をバラまいたとのことで、ブラジルでは最高裁が現役閣僚級8人や上院議員24人を含む総勢98人の捜査を命じる事態となっているという件は、前回ブログでも触れましたが、大手ゼネコンのオデブレヒトは中南米各国で広く事業を展開しており、今年2月時点でも、贈収賄も12か国に及んでいるとされていました。賄賂の合計額は7億8800万ドル(約900億円)と巨額です。

****ケイコ氏に不正資金疑惑=検察が捜査開始―ペルー****
ペルーの各メディアは(8月)29日、検察当局が国会最大会派のフジモリ派「フエルサ・ポプラル」を率いるケイコ・フジモリ氏の不正資金疑惑で予備捜査を開始したと報じた。
 
RPPラジオなどによると、ケイコ氏は2011年の大統領選に出馬した際、ブラジル大手ゼネコンのオデブレヒトから不正な資金を受け取った疑いが持たれている。(後略)【8月30日 時事】
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ペルーでは、2月9日、オデブレヒトから2000万ドルの賄賂を受け取ったとして、資金洗浄などの容疑で検察当局が逮捕状を請求したトレド元大統領に対し、ペルーの判事は国際逮捕状を発行しています。更に、クチンスキ大統領周辺やガルシア元大統領にも不正資金受領の疑いがあると言われています。

2月には、コロンビアのサントス大統領が2010年の大統領選で同氏の陣営が違法献金の授受したことを認め、「恥ずべき行動で国民に許しを請いたい」謝罪しています。

****ベネズエラ前検事総長、マドゥロ大統領の汚職指摘 証拠に言及****
ベネズエラのオルテガ前検事総長は23日、マドゥロ大統領がブラジルの建設会社オデブレヒトとの間の汚職に関与した証拠を持っていることを明らかにした。

オルテガ氏は今月、新たに発足した制憲議会によって解任され、前週コロンビアに脱出、23日にブラジルに到着した。

同氏は、政権上層部の汚職を隠すために解任されたと主張し、証拠をつかんでいると述べた。実際に証拠は提示していない。【8月24日 ロイター】
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みんながうすうす「そんなものだろう・・・」と感じていたことが、白日の下にさらされるところともなっています。
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