孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

イラン  長引く抗議デモ イスラムによる統治体制への批判に拡大 没落する中間層の不満も

2022-10-10 21:26:01 | イラン
(頭部をスカーフで覆っていない女子学生たちがホメイニ師とハメネイ師の肖像に向かって中指を立てた【10月5日 BBC】)

【現行統治システムの中核を成すイデオロギーへの批判が表面化】
イランの首都テヘランで頭髪を覆うスカーフの着用方法をめぐり連行された後、昏睡状態に陥り、3日後に死亡した女性をめぐって、警察の暴力によって女性が死亡したとして抗議デモが拡散した件は、これまでも数回取り上げてきました。


事件発生から4週間目に入った現在も抗議行動は続いています。
死者の数は、情報統制が厳しいイランのことですのではっきりしませんが、人権団体によると、当局による抗議デモの弾圧などでこれまでに子ども19人を含む185人の死者が報告されている・・・とも報じられています。【10月10日 TBS NEWS DIGより】

当局は、女性は「病死」であり警察の暴行はなかったとして、デモの鎮静化を図っています。

****イラン女性急死、法医学当局「脳腫瘍に関する既往症と関連」…暴行疑惑で抗議活動続く***
イランの法医学当局は7日、服装規定に違反したとして警察に拘束された後に急死したマフサ・アミニさん(22)の死因に関する報告書を発表した。死因は頭部などへの殴打ではなく、既往症と関係があると結論づけた。国営メディアなどが伝えた。

アミニさんは9月13日に拘束された後、意識不明となり、3日後の同16日に死亡した。報告書では死因について、アミニさんが8歳の時に手術を受けた脳腫瘍に関する既往症との関連を指摘した。

アミニさんは意識を失った後に心肺蘇生処置を受けたが、脳に「損傷」を負い、「脳の低酸素状態による多臓器不全で死亡した」としている。(後略)【10月8日 読売】
***************

しかし、女性の父親は、彼女には病歴はなく逮捕前まで健康上の問題は一切なかったと語っており、また、暴行を受けたと思われる状態を見たと主張し、死因に関する上記の公式発表を否定しています。

****イラン抗議デモ、4週目へ 女性の父、当局の死因発表を否定****
イランで服装規定などを取り締まる「道徳警察」に逮捕されたマフサ・アミニさんが拘束下で死亡したことに端を発した抗議デモは8日、4週目に入った。全土で女子学生がスローガンを叫び、労働者がストをし、デモ隊が治安部隊と激しく衝突している。(中略)

(死因に関する公式発表に対し)アミニさんの父親は在英ペルシャ語放送イラン・インターナショナルに対し、「私はマフサの両耳と首の後ろから血が出ているのを自分の目で見た」と述べ、公式発表を否定した。

■抗議の輪
テヘランの女子大学、アルザフラー大学では、保守強硬派のエブラヒム・ライシ大統領が新年度の始まりに訪れた際にも、抗議デモが続いていた。

在外人権団体イラン・ヒューマン・ライツは同大のキャンパスで「抑圧者に死を」と叫ぶ若い女性たちが目撃されたと報告している。

アミニさんの地元の西部クルディスタン州サッケズでは、女子学生が「女性、命、自由」とスローガンを唱えながら、スカーフを振り回して行進する様子が撮影された。人権団体によると8日に行われた抗議デモだという。

■「警察は殺人者」
抗議参加者はインターネット規制をものともせず、新しいメッセージ戦術を取っている。
例えばネットには、「もう恐れない。私たちは戦う」と書かれた巨大横断幕がテヘラン市内の陸橋に掲げられた画像が投稿された。AFPは画像が真正であることを確認した。

また同じ幹線道路にある当局の広報ボードの文言を、「警察は公僕」から「警察は殺人者」に書き換える男性を捉えた映像も拡散している。(中略)

■外国人拘束も
(中略)イラン当局は外国勢力が抗議デモを扇動していると繰り返し主張。先週には欧州出身者計9人を逮捕したと発表した。フランスやオランダは、イランへの渡航に関する警告や同国からの出国勧告を発している。(後略) 【10月9日 AFP】
********************

イランではこれまでも大規模な抗議行動は何回もおきていますが、従来のものが選挙の不正やガソリン価格など経済問題であったのに対し、今回は女性のスカーフ着用、つまりイスラム的価値観の強要が問題となっており、現在の神権政治ともいわれるイスラムを中核とする統治体制への不満と見ることができます。

****きっかけは1人の女性の死。今回のイラン抗議デモがこれまでと違うのはなぜか****
<「ふしだらな格好」を道徳警察にとがめられた若い女性が、病院で死亡。抗議行動は全土に広がり、体制批判にも発展している。近年はデモが頻発しているイランだが、今回のデモは何が違うのか>

イランが燃えている。きっかけは1人の女性の死だ。地方から首都テヘランを訪れていたマフサ・アミニ(22)は、地下鉄の駅を出たところで「道徳警察」に目を付けられ、連行された。

理由は、ヒジャブ(イランの女性に着用が義務付けられている髪を隠すためのスカーフ)から髪が少し出ていたからとも、ぴったりしたジーンズをはいていたからともいわれる。

残念ながら、この種の逮捕はイランでは珍しくない。そして拘束中に命を落とすことも、そんなに珍しくない。
だが、アミニの死は「イランで時々ある残念な出来事」では終わらなかった。

「病院のベッドに横たわる彼女の写真が流出したのだ」と、イラン系アメリカ人の弁護士ギスー・ニアは言う。「顔は腫れ上がり、首には分厚いガーゼが巻かれ、呼吸器につながれていた。その衝撃的な写真が、元気なときの美しい彼女の写真と共に、ソーシャルメディアで広く共有された」

9月に一部の女性たちが始めた抗議行動は、たちまち男性も巻き込んでイラン全土に広がり、体制批判にまでつながっている。いったいイランで何が起きているのか、スレート誌のメアリー・ハリスがニアに話を聞いた。

(中略)
――イランの女性は非常に教育水準が高いが、それでも自由を制限されている。

イランの女性は識字率が非常に高く、教育もある。男性よりも女性のほうが大卒者は多いとも聞く。ただ、女性たちを家庭にとどまらせるよう仕向けるさまざまなルールがある。女性が外で働いたり、スキルを活用したりすることは奨励されていない。

――近年のイランでは、抗議デモが頻発している感がある。多くは不正選挙に対するものだが、それ以外の部分で、今回のデモは何が違うのか。

2009年に大統領選の結果に対する大規模な抗議デモが起きた。非常によく組織されたもので、「グリーン革命」として世界的にも注目を浴びた。(中略)ただ、基本的にデモはテヘランの中心部に限定されていた。

だが、それ以降の抗議デモは大きく異なる。2017年12月と18年1月の抗議デモは全国的なもので、明らかに反政府的な色合いを持っていた。

2019年11月には、ガソリン価格が突然引き上げられたのをきっかけに、全国的に大規模デモが起きて、現体制に対する批判へとつながった。

――抗議行動がどんどん激しくなり、混乱を帯びたものになってきたということか。

人々が昔ほど抗議の声を上げることに恐れをなさなくなったことは間違いない。抗議デモが起きる頻度が高くなり、場所も都市部だけではなくなった。

ある地方での水不足がきっかけだったり、低賃金に対する不満がきっかけだったりと、原因も多種多様だ。
だが、今回は経済難などではなく、神権政治の中核を成すイデオロギーが問題になっている。ヒジャブの着用義務は、イスラム神政を口実にした人権抑圧を象徴するルールだ。

性差別的な法的枠組みの象徴でもある。なにしろ裁判では、女性の証言は男性の証言の半分の価値しかないと見なされるのだから。イランには民族的・宗教的マイノリティーや、性的少数者に対する差別もある。(後略)。【10月3日 Newsweek】
*********************

“神権政治の中核を成すイデオロギーが問題になっている”となると、政権側は一歩も後へ引けません。譲歩や妥協が困難な問題です。
最高指導者ハメネイ師は、抗議行動はアメリカやイスラエルによって意図されたものだとして、警察対応を支持しています。

****イラン最高指導者、警察の対応支持=デモの死者130人超か****
イランの最高指導者ハメネイ師は3日の演説で、国内各地で続く若者らの抗議デモについて「あらかじめ計画されていた暴動だ」と断じ、鎮圧に向けて強硬姿勢を取る警察など治安当局の対応を支持する考えを示した。国営通信が報じた。最近のデモについてハメネイ師の発言が伝えられるのはこれが初めて。

一方、オスロに拠点を置く人権団体「イラン・ヒューマン・ライツ」(IHR)は2日、デモが激化した9月16日以降の衝突による死者は133人になったと発表した。最高指導者が強硬対応を容認したことで、流血がさらに拡大する恐れもある。(中略)

ハメネイ師は、女性が命を落としたことについて「深い悲しみを覚えた」と述べた。しかし、抗議行動の拡大は「(イランを敵視する)米国やシオニスト体制(イスラエル)などが意図したものだ」と主張した。【10月3日 時事】 
******************

しかし、ハメネイ師のこうした姿勢は女性の怒りを増幅させているようで、抗議行動は多くの女子学生が参加し、最高指導者、宗教指導層を批判するものともなっています。

****イラン抗議デモ、女子学生が多数参加 前例ない行動も****
イランで全国的に広がっている抗議デモで、これまでなかった行動が相次いでいる。10代の女子学生たちはスカーフを外して振り回し、宗教指導層を非難する言葉を唱え、侮蔑的なジェスチャーを見せるなどしている。(中略)

BBCが確認した動画からは、いくつかの都市の校庭や路上で抗議デモが行われたことがわかる。
首都テヘランのすぐ西に位置するカラジでは、女子学生たちが学校から教育関係者を追い出したとされている。

ソーシャルメディアに3日に投稿された動画には、女子学生たちが「恥を知れ」と叫び、水の空ボトルと思われるものを、教育関係者が校門から出て行くまで投げつけていた様子が映っている。

同じカラジで撮影された別の動画では、学生たちが「団結しなければ、1人ずつ殺される」と声を張り上げているのが聞こえる。

南部の都市シラーズでは3日、女子学生数十人が主要道路の通行を妨害。スカーフを振りながら、「独裁者に死を」と声を合わせた。すべての国家問題で最終決定権をもつ、同国の最高指導者アリ・ハメネイ師に向けたものだ。

4日には、カラジ、テヘラン、北西部のサケズ、サナンダジュでも、女子学生の抗議デモが報告された。
また、多くの女子学生が教室で、頭部を覆わずに立っている場面の写真も出回った。学生たちは、ハメネイ師と、かつての最高指導者ルホラ・ホメイニ師の肖像画に向かって、中指を立てるひわいなしぐさを見せている。

女子学生らがこうした抗議行動を起こした数時間前には、ハメネイ師が沈黙を破って、イランの宿敵であるアメリカとイスラエルが「暴動」を仕組んだと非難していた。また、抗議デモを暴力的に弾圧した治安部隊への全面的な支持を表明していた。【10月5日 BBC】
********************

最高指導者への批判は、国営テレビのハッキングという形にもなっています。

****ヒジャブめぐるデモ イランで国営テレビがハッキングされる ハメネイ師に銃の照準****
スカーフの着用をめぐり拘束された女性が死亡した中東・イランでは、抗議活動が続いていますが、国営テレビが放送中にハッキングされました。

8日、イランの国営テレビで午後9時のニュース番組が報じられていた最中、突然、画面が切り替わり、白い仮面が登場したあとに最高指導者ハメネイ師に対し、銃の照準が合わせられるかのような映像が流れました。
反体制派が国営テレビを数秒間に渡って乗っ取り=ハッキングしたとみられています。

ハメネイ師は炎に包まれているように見え、画面下には一連の抗議活動の発端となったアミニさんや、デモ途中に死亡したほかの3人の女性の写真が表示されました。(後略)【10月10日 TBS NEWS DIG】
********************

ハッキングされた最高指導者ハメネイ師の画面には「若者の血があなたの手から滴る」とも表示されていたとか。

抗議デモの火に油を注ぐように、デモに参加した別の女性の不審な死も問題になっているようです。

****イラン抗議デモ 別の17歳少女が死亡 政権側の関与疑う声広がる****
イランでスカーフのかぶり方をめぐり逮捕された女性が死亡したことに抗議するデモが広がるなか、デモに参加していたとみられる17歳の少女が死亡しているのが見つかりました。
検察は死亡した理由はデモとは関係ないとしていますが、政権側の関与を疑う声が広がっていて、さらに反発が強まっています。(後略)【10月10日 NHK】
********************

【政権批判が広がる根底には崩壊しつつある経済下で苦しむ中間層の怒りも】
先ほど、“現在の神権政治ともいわれるイスラムを中核とする統治体制への不満”が表面化していると書きましたが、スカーフに敏感な若い女性だけでなく怒りが広く共有されるのは、長引く制裁で疲弊した経済への不満が根底にあっての話でしょう。

****イラン抗議デモ 中間層怒りのマグマ****
米国による制裁や汚職・失策で崩壊寸前の経済、縮む中間層

髪を覆うスカーフ(ヒジャブ)着用を巡る問題が引き金となり3週間にわたりイランを揺らしている抗議デモは、崩壊しつつある経済下で苦しむ中間層の怒りを巻き込み、一段と大きな運動へと発展してきた。

(中略)口コミで組織されソーシャルメディアで情報を拡散するデモ隊の要求は、女性の権利向上を求める運動から、イラン社会の隅々まで支配するイスラム教統治の廃止を求める運動へと急速に様変わりしている。

「女性・テクノロジー・貧困という3要素がデモを拡大させている」。外国企業にイラン事業戦略を助言するテヘランの実業家モスタファ・パクザドさんはこう話す。「若者は厳しい制約によって自分の人生がまさに台無しにされているとの思いが強い」

1979年のイラン革命以降、同国の中間層は安定のかなめだった。核や弾道ミサイルの開発、テロや武装勢力への支援を理由にイランが米国などから厳しい制裁を科される中でも、経済成長をけん引した。過去40年に人口の6割を占めるまでに拡大。強固な教育制度に支えられ、壊滅的な戦争や幾度の原油価格急落を経験しながらも、医師や弁護士、エンジニア、トレーダーといった高度人材を送り出している。

その中間層がここにきて、50%に跳ね上がったインフレと、今年最安値を更新した通貨リアル急落による重圧に苦しめられている。イランでは人口の約3分の1以上が貧困層で、この比率は2015年の20%から急上昇。中間層も全体の50%を割り込んだ。

テヘラン北部にある裕福な地域の通りで抗議デモに参加していた52歳の主婦は「デモの根本にあるのは経済問題で、これが今爆発している」と話す。彼女はヒジャブを取り、他の女性の群衆とともに振り回していた。

(中略)イランの石油・金融業界を標的にした米国の制裁措置によってドル資金調達の道が断たれ、イラン経済を崩壊寸前に追い込んでいる。エコノミストはこうした見解でほぼ一致する。
それでもイラン国民の63%は、制裁ではなく経済運営の失策と汚職が原因だと考えている。(中略)

かつて世界有数の産油国だったイランだが、足元の産油量は日量約250万バレルと、1970年代の600万バレル余り、2016年の400万バレルから大きく落ち込んでいる。

新型コロナウイルス禍からの景気回復の恩恵は、インフレ高騰で打ち消されているとエコノミストは指摘する。国際通貨基金(IMF)が先週公表した研究によると、イランの大卒者の雇用は制裁発動後に7%減少した一方、高技能の男性労働者の賃金は約2割減った。

デモの第1波は今年に入って始まった。主導したのは、賃金が貧困ラインを割り込んだ石油業界の従事者や教師らの業界団体だ。労組はこれまで、アミニさんが違反したとされるヒジャブ着用義務づけの法律を廃止するための運動に加わるよう、組合員に求めている。(中略)

中間層の多くにとっては1979年以降、ビジネスを行う自由が一程度認められ、稼ぐことができていたことで、政治的弾圧や厳格なイスラム教の価値観の強要に対する不満が和らいでいた。政府はエリート層に集中していた石油収入を再配分し、無償で医療や教育、家族計画プログラムを提供した。

イランの強力な教育制度によって、農村部の貧困層でも社会階級を上がり、家を所有することが可能になった。大学の学位取得が法律や医学といった専門職への扉を開いた。

社会格差や教育水準、寿命などから国の発展レベルや豊かさを測る国連の「人間開発指数」によると、イランは2015年の段階で、メキシコやウクライナ、ブラジル、トルコを上回っていた。

イランでは同年、米国や欧州、ロシア、中国との間で結んだ核合意により、国際的な孤立から脱却できるとの希望が高まっていた。

ところが、期待されていたような追い風は吹かなかった。ドナルド・トランプ氏が2016年に米大統領に当選したことで、西側企業の間ではイランとの取引を敬遠する動きが広がった。トランプ氏が核合意の離脱を表明し、制裁を復活させた2018年以降、イランの中間層が貧困層へと転落するケースが顕著になる。

イランの中間層はかつて、2013~21年に大統領を務めたハッサン・ロウハニ氏などの改革派に望みをつないでいた。だが、世論調査や取材からは、選挙を通じて政治を変革することへの期待が中間層の間で失われたことがうかがわれる。昨年の大統領選では、ハメネイ氏が改革派の候補者による出馬すら認めないことが明らかになると、投票率が過去最低に沈んだ。

ロウハニ氏の後継であるブラヒム・ライシ大統領は、経済的な自立と、西側ではなくロシア・中国との貿易を重視する考えを強調している。

英王立国際問題研究所(チャタム・ハウス)の中東・北アフリカ・プログラム副責任者、サナム・バキル氏は「イランではガス抜きの調整弁が存在しない。経済的な機会も、社会的な機会も、政治的な機会もなく、弾圧の雲が立ちこめるだけだ」と話す。(後略)【10月5日 WSJ】
**********************


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする