孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

イギリス  発足したばかりのトラス新政権 大型減税政策発表で市場は混乱、与党内にも厳しい見方

2022-10-03 22:24:00 | 欧州情勢
(トラス英首相(写真右)とクワーテング財務相(右) バーミンガムで撮影【10月3日 ロイター】)

【高インフレと光熱費高騰が待ち受けるなかでのトラス新政権発足】
イギリスでは9月6日、エリザベス女王の任命を受けて、トラス氏が正式に首相に就任しました。
まだ一か月もたちませんし、直後のエリザベス女王の逝去、国葬がありましたので、実質的には発足したばかりと言っていいでしょう。

にもかかわらず、“保守党内ではトラス氏に対する批判も出ており、英紙インディペンデントによると、一部の保守党議員がトラス党首に対する信任投票の実施を求めているという。”【9月28日 産経】という政権末期のような状態。

もともとトラス首相を待ち受ける状況、特に高インフレと光熱費高騰という経済状況が非常に厳しいものであることは就任前から指摘されていました。

****英 電気・ガス料金の上限、10月から80%引き上げ****
イギリスで10月から家庭用エネルギー料金の上限が80%引き上げることになりました。

イギリスのガス電力市場監督局は26日、10月1日から電気、ガス料金の上限を80%引き上げると発表しました。標準的な家庭の場合、年間のエネルギー価格の上限は過去最高となる3549ポンド、日本円でおよそ57万円に引き上げられることになります。

監督局はロシアによるウクライナ侵攻を受けて、天然ガスの卸売価格が高騰していることなどを引き上げの理由に挙げ、来年1月にはさらなる引き上げの可能性に言及しています。(後略)【8月27日 TBS NEWS DIG】
******************

****バーガーセット約3000円…激しいインフレが生活を直撃 新たな首相選びに影響も イギリス****
連日値上げのニュースが相次いでいますが、イギリスでも、フィッシュバーガーのセット価格が日本円で約3000円など、激しいインフレが生活を直撃し、新たな首相選びも左右する事態となっています。
     ◇
イギリス・ロンドンにあるファストフード店で、フィッシュバーガーのランチセットを注文すると、価格は日本円で約3000円でした。

レストランのオーナー 「食材を仕入れるたびに、全てが値上がりしています。今後、料理も15〜20%は値上げしないといけません」

英国家統計局によると、ロシアのウクライナ侵攻などでエネルギー価格が高騰する中、イギリスでは7月のインフレ率が10%を超えました。

ロンドンでは先月、無料で食料品などを提供する「フードバンク」に長い行列ができていました。最近は、いわゆる中間層の人もやってくるといいます。

フードバンク運営するNGO代表 「ロックダウンの時より、状況はずっと悪いです。寄付をする側だった人たちが、ものを買えなくなっています」
     ◇
特に深刻なのが、光熱費の高騰です。ロンドンに住む日本人女性に話を聞きました。
ロンドン在住 直子ミスラさん 「6月までは111ポンド(約1万7800円)でした。それが7月から、183ポンド(約2万9500円)になりました」

電気の使用量はほとんど変わらなかったにもかかわらず、月々の電気代が6割以上も上がったといいます。夜でもなるべく電気をつけず、省エネタイプのLED(=発光ダイオード)電球に変えるなどの対策をしています。(後略)【9月5日 日テレNEWS24】
********************

****英新首相トラスを待つ2つの大問題****
<イギリスの全世帯の3分の2が「燃料貧困」になる恐れ。高インフレと光熱費高騰に直面しており、しかも両者は同一の問題ではない>

(中略)イギリスにはこの秋、重大な経済的問題が複数待ち受けている。必死になって首相の座を射止めたのは間違いだったと、新首相は後悔することになるかもしれない。

トラスは減税や英国内に残るEU法令の早期全廃、国民保険料の引き下げを公約。そのシンプルなメッセージで、保守党員の心をつかんだ。

だが新政権は当面、シンプルではない状況と闘うことになりそうだ。
イギリスは、高いインフレ率と光熱費の高騰という2つの差し迫った大問題に直面している。高インフレの最大の要因はエネルギー価格高騰にあるものの、両者は同一の問題ではなく、異なる対応が必要になる。

トラスは保守党党首選中、エネルギー企業による再度の値上げを防ぐため、エネルギー価格上限を半年間据え置く措置に消極的だった。そのため、英世帯の3分の2が「燃料貧困」に陥り、健康上推奨される水準の暖房利用も不可能になる恐れが浮上した。(中略)(トラスは9月8日、家計のエネルギー料金の上限を2年間、年間2500ポンド程度に抑えるとの計画を発表している)。

一方、イギリスの消費者物価指数(CPI)は今年7月、前年同月比で10.1%上昇した。約40年ぶりの高水準だ。
さらに懸念されるのは、高インフレがエネルギーだけでなく、食料品の価格高騰によって引き起こされていることだ。

例えば、牛乳価格はこの1年間だけで4割値上がりしている。牛乳を含め、価格上昇中の製品の多くは通常ならインフレ圧力に強い製品だ。言い換えれば、これはインフレが長引くことを示唆している。(後略)【9月12日 Newsweek】
*********************

【大型減税「大盤振る舞い」で市場は混乱 金融当局も対応に追われる 保守党内にも不信感】
トラス首相はこの厳しい状況で大規模な減税プランを発表しましたが、財源への不安などから通貨ポンドが急落する事態となり、一気に混乱が加速しています。

****減税プラン懸念でポンド急落 英トラス新政権、多難な船出****
英国のトラス新政権が発表した大規模な減税プランを巡り、財源への不安などから通貨ポンドが急落する事態となっている。減税はトラス首相が与党・保守党党首選から訴えてきた公約だったが、市場の反応は厳しく、多難な船出となっている。

トラス政権は23日、減税総額が5年間で約450億ポンド(約7兆円)に上る減税プランを発表した。来年4月からの法人税率引き上げを中止するほか、所得税の最高税率も引き下げる。クワーテング財務相は「英国全土で投資をする企業にとって、前例のない税制優遇措置だ」と強調。金融都市ロンドンの魅力を高めるため、銀行員のボーナス上限規制も撤廃する方針を明らかにした。

また、英政府は光熱費高騰に苦しむ家庭・企業への支援策として、今後半年間で600億ポンド(約9兆3000億円)を支出することも表明した。

だが、こうした「大盤振る舞い」の政策の財源は主に借金でまかなうため、財政悪化を懸念する市場が反応。ポンド売りが進み、23日は対ドルで37年ぶりの安値を記録したと報じられた。

トラス氏は6日にエリザベス女王から新首相に任命されたが、直後の8日に女王は死去。19日の国葬まで服喪期間が続いたため、新政権が重視する経済政策の始動は遅れていた。【9月27日 毎日】
********************

トラス氏は安倍晋三元首相が主導した日本の経済政策「アベノミクス」を高く評価しているとされているそうです。減税で企業活動を促進し、市民の家計も財政支出で支えることで経済成長をはかるトラス氏の政策も、英国で「トラスノミクス」と呼ばれているとか。

しかし、市場の混乱ぶりから、国際通貨基金(IMF)は27日、トラス政権の政策について「大規模で的が絞れていない財政施策は推奨しない」と懸念を示す声明を発表。「格差を広げる恐れがある」として、高所得者に優位な税制を再考するように促しています。【9月30日 日系メディアより】

英国債の金利が急上昇(価格は下落)し、ポンドも対ドルで等価割れに迫る低水準にまで急落、。株安も重なり、イギリス市場は「トリプル安」に陥りました。

この事態にインフレ対策で引き締めを進めてきた中央銀行のイングランド銀行(BOE)が、動揺する市場の安定化のため、英国債を一時的に買い入れることを決定。国債や通貨ポンドの価値が急落しており、介入で下支えすることが目的です。インフレ対策で引き締めをしながら、一方で国債購入で緩和も進めるという異例の対応となっています。

借金で減税を賄うという「大盤振る舞い」の新政権と、これまでインフレ対策で引き締めを進めてきた金融当局の意思疎通の悪さもうかがえます。

****英市場の混乱、忍び寄る政治・経済危機****
中銀が緊急介入したが、政府と市場を巡る不透明感は残る

(中略)突如として忍び寄る危機は、世界第6位の経済国である英国のかじ取りを任されたリズ・トラス首相とクワシ・クワーテング財務相を打ちのめす恐れがある。2人とも政治家として手腕を発揮した実績はまだあまりない。

ここ数日、クワーテング氏は英中銀のアンドリュー・ベイリー総裁と連日協議し、市場を安心させようと努めてきた。市場の混乱は就任間もないトラス首相を脅かしているが、首相はこれについて公式にコメントしておらず、有権者が懸念する金利の大幅上昇にも言及していない。大勢の国民にとって、金利上昇は毎月の住宅ローン返済額が跳ね上がることを意味する。

ウクライナ戦争によるエネルギー価格の高騰もあり、英国のインフレ率はここ数十年で最も高水準となっている。新政権が予想を上回る借金で減税を賄うと発表したことで、インフレ退治に注力する英中銀は苦境に追い込まれた。

オランダ金融大手ラボバンクの外為戦略部門責任者ジェーン・フォーリー氏は「需要を押し下げたい英中銀と、需要を押し上げたい政府の間で対立が生じており、英政府の信用問題を浮き彫りにしている」と指摘する。「政府が信用問題を解決するために一定の努力をしない限り、投資家は非常に懐疑的になるだろう」(中略)

金融引き締めとインフレ抑制のため、保有国債の売却を10月3日から開始する予定だった英中銀にとって、これ(新政権の減税発表による市場の混乱)はあまりにも想定外の展開だ。売却計画は10月31日に延期された。

クワーテング氏(財務相)はこの日、銀行関係者と会合を開いて規制改正について議論した。だが、政策変更に向けた意欲を示すことはなく、財務省高官らは「市場にいら立っているようだ」と事情に詳しい関係者は話した。

一方、長年にわたり経済の規律と健全性を重んじることを売りにしてきた保守党議員の多くは、政府と金融市場の対立に衝撃を受けている。こうした中、2024年に実施される見通しの次期総選挙を待たずして、トラス首相が所属政党により更迭されるとの臆測が広がっている。

ロンドン大学クイーン・メアリー校のティム・ベール教授(政治学)は「トラス政権が次期総選挙までもたない可能性は非常に高い」と指摘する。「パイロットを辞めさせることで急降下から抜け出せるチャンスがあると保守党が判断すれば、そうするだろう」【9月29日 WSJ】
*********************

【経済対策の目玉がわずか10日で撤回に追い込まれる】
新政権の大型減税策は世論の支持も得られていません。

***英与党不人気、支持率21% 大型減税策への不満反映***
英国の世論調査大手ユーガブは29日、与党保守党の支持率は21%にとどまり、最大野党労働党が54%で33ポイント上回ったとする調査結果を発表した。保守党が大差で不人気となった背景には、今月発足したトラス政権が打ち出した大型減税策の不平等さなど、経済対策への不満がある。

調査では「総選挙が明日実施された場合、どの政党に投票するか」などを聞いた。結果によると、2019年の前回総選挙で保守党に投票した人の17%が労働党支持に回った。英与党がここまで大きく支持を失うのは、1997年のブレア政権以来だという。【9月30日 共同】
********************

新政権内部の意思疎通の悪さ・・・と言うか、責任の押し付け合いも目立つようになっています。

****英首相、所得税の最高税率引き下げを事前に知らされず****
トラス英首相は2日、英BBC放送に対し、所得税の最高税率引き下げについて事前に知らされなかったとしつつも、減税案を堅持すると強調した。

クワーテング財務相は9月、最も裕福な層が主に恩恵を受ける減税案を発表。財政への影響や成長を促す経済改革について詳述しなかったことから、金融市場の混乱を招いた。

トラス首相は内閣が最高税率の引き下げを知らされていたのかと問われると、「知らされていなかった。クワーテング財務相が決定したことだ」と述べた。(後略)【10月3日 ロイター】
*******************

こうした重要政策について首相が財務相から話を聞いていないなんてことがあるのか?
あったとしたら、それはそれで大問題です。

そして、新政権は所得税の最高税率を引き下げる案を撤回することに。

****英が所得税引き下げ撤回 与党からも反対、目玉政策わずか10日で****
英政府は3日、所得税の最高税率を引き下げる案を撤回することを明らかにした。与党・保守党内から反対の声が上がったことを受け、法案の通過は難しいと判断した。9月23日に表明した経済対策の目玉がわずか10日で撤回に追い込まれたことになる。

3日、クワーテング財務相が自身のツイッターで表明。世論の反発を踏まえ、「(最高税率)45%を廃止する案は進めない。われわれは(反対の声に)耳を傾けた」と述べた。

所得税最高税率の引き下げは、年収15万ポンド(約2400万円)を超える人を対象にした45%の税率を廃止する計画。記録的なインフレが家計に打撃を与えている中、富裕層を優遇した措置だと批判の声が高まっていた。

金融市場では大型減税を柱とする経済対策によって財政が悪化するとの懸念が強まり、通貨ポンドが急落するなど混乱が広がっていた。【10月3日 毎日】
********************

発足早々の乱気流突入状態で「パイロットを辞めさせることで急降下から抜け出せるチャンスがあると保守党が判断すれば、そうするだろう」といった状況のトラス新政権です。まあ、労働党に33ポイント差ということになると・・・。

【世界の温暖化対策をリードしてきた歴代政権 新政権は方針転換 エネルギー安全保障を優先】
一方、これまでのイギリス政権は気候変動対策を積極的に進めてきましたが、トラス政権は方針が異なるようです。

****チャールズ国王、COP27欠席へ トラス首相が反対 英紙報道****
英国王チャールズ3世が、エジプトで来月開かれる国連気候変動枠組み条約第27回締約国会議に出席しないことになったと、日曜紙サンデー・タイムズが1日夜に報じた。リズ・トラス首相が「反対した」ためとしている。

チャールズ国王は、11月6〜18日にエジプト・シャルムエルシェイクで開催されるCOP27で演説を予定していたとされる。しかし、バッキンガム宮殿で先月謁見(えっけん)したトラス氏が反対を伝え、予定は中止されたという。同紙によると、トラス氏もCOP27に出席しない見通し。

9月に首相に就任したトラス氏は、ボリス・ジョンソン前首相ほど気候変動対策に熱心ではなく、温室効果ガスの排出削減目標を後退させるのではないかとみられている。政権内にも、2050年までに排出量実質ゼロを目指す現在の政府目標に懐疑的な閣僚が多い。

チャールズ国王は環境保護に熱心で、英国が議長国となってスコットランドのグラスゴーで開催された前回のCOP26では、エリザベス女王やウィリアム王子(当時)と並んで演説を行った。英首相官邸とバッキンガム宮殿は、この報道に関する取材に応じなかった。 【10月2日 AFP】
************************

****早くも危機に直面する「トラス政権」が“タブーの領域”に手を付け始めた****
「リーマンショック以上の打撃」との見方も
窮地に陥ったトラス政権はタブーの領域にも手を付け始めている。  

リース・モグ・ビジネス・エネルギー・産業戦略相は9月26日「政府は排出量実質ゼロ化目標の達成に引き続き取り組んでいるが、ロシアが欧州でエネルギーを武器として利用する中、エネルギー安全保障を向上させ、企業や消費者に不当な負担を強いない形でこれを実現する必要がある」と述べ、2050年までに温室効果ガス排出量を実質ゼロにする目標の見直しに着手したことを明らかにした。  

過去に気候変動対策の必要性を疑問視する発言をしたことで知られているリース・モグ氏は「今回の見直しで、経済成長と企業を支援し、経済効率の高い目標達成方法を模索する」としている。見直し作業はスキッドモア元エネルギー担当相が率いる独立チームが行い、年末までに政府に報告書を提出する予定だ。  

2019年にメイ政権が世界の主要先進国に先駆けてこの目標を法制化し、続くジョンソン政権が2021年の国連気候変動枠組み条約第26回締結国会議(COP26)で主導的な役割を果たすなど、英国はこのところ世界の温暖化対策をリードしてきたが、未曾有の危機が襲来したことからエネルギー安全保障を優先せざるをなくなっている。  

トラス政権は目標見直しの表明を行う前に、2019年から停止していたフラッキング(高圧の水で岩石を砕いて天然ガスを抽出する方法)によるシェールガスの採掘を解禁することも発表していた。「地球温暖化を助長する」との理由から環境保護団体などが猛反対しているが、背に腹は代えられない。  

英国政府は「エネルギー供給を強化することが絶対的な優先課題であり、国内生産を増やすため、あらゆるエネルギー資源を探査する必要がある」と説明しているが、専門家の評価は冷ややかだ。フラッキングを解禁したとしても、実際の生産開始まで何年も要するため、今年の冬のエネルギー価格を下げる効果は期待できないからだ。英国内で掘削可能な大規模なガス資源があるかどうかも不透明だとの指摘もある。  

八方塞がりの状況の英国だが、足元のエネルギー危機はリーマンショック以上の打撃を欧州経済に与えるとの見方が強まっている。欧州全体が危機に陥れば、国際社会における温暖化対策の優先度は一気に後退してしまうのではないだろうか。 【10月3日 藤和彦氏 デイリー新潮】
******************
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする